後半 11
浜中達は、起きた後、居酒屋を離れた。
そうして、浜中などが勤める警察署からほど近いところにあるバーへ移動すると、そこで待機していた。
そのバーは夜に営業しているようで、朝になった今は店を閉じていた。ただ、そこのマスターとビーは知り合いのようで、こうして貸してもらうことになったそうだ。
「ビーさん、さっきまでいた居酒屋もそうですけど、飲み関係の店の人と仲がいいんですか?」
「取材で使わせてもらったというのもあるけど、こうした場は本音が溢れるからな。普通では手に入らない、貴重な情報が手に入ることもあるから、昔から協力してもらっていたんだ」
「そうなんですね」
そんな相づちをしつつ、冴木は飲みの席でも言葉に気を付けようと決意した。
「ここで少し待機だ。浜中さんは待っていてくれ」
「はい、わかりました」
「それじゃあ、絵里ちゃん、頼む」
「ええ、わかったわ」
それから、ビーと速水はタブレットやノートパソコンを使って、何かをしていた。とはいえ、何をしているのか一切説明がなく、浜中はただ待っているだけだった。
ただ、そのまましばらくの時間が過ぎても、特に目立った動きはなかった。そして、さすがに気になることがあったため、浜中は口を開いた。
「えっと、朝方動くと言っていたけど、もうそれなりの時間になっているような……」
「状況は刻一刻と変わるものだ。てっきり、月上は朝方に帰ると思っていたけど、一切その気配がない」
「このまましばらく署に泊まり込むつもりなのかもしれないわね」
「それじゃあ、会えないってことかい?」
「ビーさんと私がいるのに、そんなわけないじゃない。もうすぐ準備が終わるわ」
「ただ、これは浜中さん次第でもあるかもしれないな」
「確かにそうね」
ビーと速水が何を言っているのか、理解できなかったものの、速水の悪戯するような笑みを見て、浜中は嫌な予感がした。
「何をさせるつもりですか?」
「よし、準備はこんなものでいいだろう」
「そうね。浜中さん、月上さんに連絡してくれないかしら?」
「ああ、構わないけど……連絡して、どうすればいいんだい?」
「連絡してくれればいいのよ」
相変わらず笑みを浮かべる速水を前にして、浜中は不信感を持ちつつ、言われるまま月上に連絡した。
とはいえ、こうして連絡したところで、無視されるんじゃないかといった心配があった。ただ、そんな浜中の心配とは違い、月上はすぐ電話に出た。
「浜中か!? 大丈夫なのか!?」
昨夜、連絡した時と同じというより、むしろそれ以上に月上が心配した様子で、浜中は戸惑ってしまった。
「いえ、あの……」
そうして、尚更何を話せばいいかと迷っていると、突然後ろから羽交い締めにされた。
「何をするんですか!?」
その直後、口を塞がれて、浜中は何も話せなくなった。それをやったのはビーのようで、力はそこまで感じないものの、手慣れた様子で、まったく身動きが取れなくなってしまった。
そんな状態でいると、速水が浜中の手からスマホを奪い取った。
「誰にもバレないように、これから言う場所へ来てください。質問は受け付けません。まあ、説明しなくても、何があったか、わかりますよね?」
速水は、ボイスチェンジャーのようなものを使い、誰かわからないようにしていた。
それから場所の詳細を伝えた後、速水はスマホを切った。同時に、ビーは浜中の拘束を解いた。
「浜中さん次第と言ったけど、上手くいったな」
「ええ、完璧だったわね」
「いや、どういうことか説明してください! 本当に驚いて、それこそ殺されるかと思ったんですから!」
浜中は、恐怖心と、それから解放された安心感とで、涙が出てしまった。
「ああ、ごめんなさい。まさか、そこまで怖がらせることになるなんて……全部ビーさんのせいよ!」
「おいおい、最初に提案したのは……いや、俺のせいにしてくれていい。浜中さん、本当にすまなかった。これまでやってきたことを順に説明……している暇はないな。俺はすぐに出る。だから、絵里ちゃんから説明してくれ」
「私が説明しないといけないの!?」
「とにかく、月上は俺がここに連れて来る。ただ、上手くいかなかった時は、二人ともすぐに逃げてくれ。それじゃあ、行ってくる」
そう言うと、慌ただしい様子で、ビーは行ってしまった。
そうして、浜中と二人きりになると、速水は気まずそうというより、申し訳なさそうな表情を見せた。
「その……本当に全部ビーさんが悪いのよ。だから……ううん、悪いのは私です。本当にごめんなさい」
そう言うと、速水は深く頭を下げた。それに対して、浜中は軽く息をついた後、笑顔を返した。
「本当に怖かったけど、何の意味もなく、こんなことをするわけないとわかっているよ。だから、話してくれないかい?」
優しい口調でそう言うと、速水は顔を上げた。
「本当にごめんなさい」
「大丈夫だから、いつもの調子で話してくれないかい? そんな態度をされると、逆に困ってしまうよ」
「……しょうがないわね。それじゃあ、話してあげるわ」
多少、無理をしているように見えつつも、速水はいつもの調子に戻ったようだった。こうした切り替えができるのも、記者だからだろうかと思いつつ、浜中は軽く頷いた。
「さっき言った通り、月上は外へ出る気配がなかったから、ビーさんと私の知り合いの記者を使って、ある情報を伝えてもらったのよ」
「ある情報?」
「浜中さんが、大手マスメディアなども含め、色々と嗅ぎ回っている。そのことを危険視した人達が、そうした浜中さんを止めようと動き出している。その中には、手段を選ばない人もいる。そんな情報よ。まあ、これは多少なりとも実際に起こっているから、嘘でもないんだけれどね」
「今、私はそんなに危険な状況なのかい?」
「多少なりともって言ったわよ? 向こうからすれば、強硬手段を使ってでも最優先で止めたい対象としては、ライトやダーク、それにセレスティアルカンパニーだと思うし、浜中さんはそこまで危険じゃないはずよ。これは、敵が浜中さんを危険と思っていないという意味でもあるわね」
「わかっているから、わざわざ言わなくていいよ」
先ほどの申し訳なさそうな態度は嘘だったのだろうかと思いつつ、浜中はため息をついた。
「でも、ビーさんと私で、浜中さんが敵から危険視されて、何をされるかわからない状況だといった情報が、月上に伝わるようにしたのよ。これも、最初は信じていないようだったけれど、複数の記者から話を聞いたことで、もしかしたら本当かもしれないと思わせることはできたみたいね」
「確かに、さっき連絡した時、月上さんは相当心配していました。それこそ、自分の身に何か起こったんじゃないかと思っているようでした」
「そんな状況で、浜中さんから連絡が来たと思ったら、誰かに襲われたかのような声が上がって、その直後、謎の人物から至急指示された場所へ行くように言われたのよ? こうなれば、さすがに外へ出てきてくれると思わないかしら?」
「そうだけど……だったら、事前にそう説明してくれても良かったんじゃないかい?」
「反対に質問するわ。事前に伝えていた場合、浜中さんは、月上を心配させるような声を上げることができたかしら?」
そう言われて、浜中は息をついた。
「無理だっただろうね。演技をしろと言われても、不自然になったと思うし、確かにこの方法が正解だったね」
そう伝えると、また速水は申し訳なさそうな表情を見せた。
「怖がらせてしまって、本当にごめんなさい。ちゃんと相談すれば、もっと別の方法があったかもしれません。だから、本当にごめんなさい」
「いや、私はこれが最善だったと思うよ。だから、ありがとう」
そんな風に感謝の言葉を伝えると、速水は戸惑った様子を見せた。
「調子が狂うわね。私は納得していないから、この借りは必ず返すわ」
「貸し借りだと、私の借りの方がずっと多いと思うよ。今だって、月上さんと会う機会を作ろうと、速水さんとビーさんは動いてくれているからね」
「ああ、もう! そうじゃないのよ!」
そんなやり取りをしていると、速水のスマホが鳴り出した。そのため、速水は表情を変えると、すぐスマホを取った。それと同時に、ノートパソコンを操作し始めた。
「尾行はないわ。ただ、監視カメラが二人を追うように動いているわね。それじゃあ、次は手品の出番ね」
不意に手品という言葉が出てきて、浜中は意味がわからなかった。
「ええ、一般人のふりをした刑事などがいないか、引き続き確認するわ。手品の方は……既に準備できているわ。それじゃあ、私は監視を続けるわね」
浜中は、速水が何をしているのか気になって、ノートパソコンの画面を覗き込んだ。そこには、複数の監視カメラの映像が表示されていた。
「これは、何だい?」
「見ての通り、監視カメラの映像よ。知識さえあれば、こうやって一般人でも見られるのよ。常識よ?」
「いや、話には聞いていたけど……こうなっているんだね」
光などともやり取りをしたものの、浜中はこうしたことに疎いため、実際に目にすると驚きしかなかった。
「さっき手品と言っていたけど、それは何だい?」
「その言葉の通りよ。まあ、見た方がわかりやすいから、しっかり見ていなさい」
そう言われて、浜中はしばらく監視カメラの映像を注視していた。ただ、途中から月上とビーは、どの監視カメラにも映らない場所へ入るようになり、その度に監視カメラが揺れるように動いた。
「さっき、監視カメラが追っていると言っていたけど、月上さんとビーさんを追っているということかい?」
「ええ、その通りよ。まあ、正確には月上を追っているんでしょうね」
「どういうことだい?」
「浜中さんの上司だし、実際に浜中さんのことを心配しているとしたら、同じように警戒されていると考えるのが普通じゃないかしら?」
そう言われて、浜中は月上に対して、どこか申し訳ない気持ちを持った。
「今見てもらっているのは、警察が導入している監視システムなのよ」
「そうなのかい? いや、何で私も見たことのない、そんなものが見られるのか、意味がわからないんだけど……」
「ビーさんの功績よ。ビーさんは潜入取材という形で色々な所に入って、多くの人から信用を得ているのよ。その結果がこれよ」
「私には理解できない話だね」
「あ、動いたわね。これが手品よ」
速水がそんな風に言ったものの、どういう意味か、浜中は理解できなかった。ただ、しばらく見たところで、どういうことか理解できた。
「月上さんとビーさんが、街中の至る所にいるように見えるんだけど……」
「これが手品よ。監視システムの顔認証などは、犯人が変装する可能性を考えて、ある程度似ているだけでも反応するのよ。だから、顔と服装を同じようにするだけで、簡単に狂わせることができるわ。今、知り合いの記者を使って、ビーさんと月上さんらしき人を街中に出現させて、監視されない状況を作っているところよ。まあ、ビーさんと月上さんは結構離れた所にいたから、しばらくの間、この状況を維持して、完全に監視の目が外れた後、ここに来るんじゃないかしら」
速水がそう言った直後、このバーに入ってきた人がいて、浜中と速水は警戒した。しかし、入ってきた人を確認して、安心したように息をついた。
「遠くへ行っていたと思ったんだけれど……この手品の種、是非教えてほしいわ」
「絵里ちゃんがもっと成長したら、教えるつもりだ」
バーに入ってきたのは、ビーと月上だった。ただ、二人ともボロボロの服を着ていて、浜中は驚いてしまった。
「その恰好は何なんですか?」
「ホームレスに紛れるため、途中で羽織ってきたんだ」
そのボロボロの服は、服の上に着ていたようで、ビーは簡単にそれを脱いだ。
「これはどういうことだ? 浜中が監禁されていて、俺が来ないと処刑するとか、そんなことを言われたが、どう見てもそんな状況じゃないな」
「ああ、すいません。これは……」
「ここなら誰の邪魔も入らない。だから、お互いに伝えるべきことを伝える場所として使ってほしい。邪魔なら、俺と絵里ちゃんは外に出る」
そう言われて、浜中はどう答えるべきか迷ってしまった。そんな浜中に対して、月上はすぐに口を開いた。
「そういうことなら、外へ出なくていい。何より……そういうことか。浜中が一人で行動していると思って、ずっと心配していたが、そうじゃなかったんだな」
月上は、これまでの厳しい態度でなく、ただただ自分を心配した、優しい態度だった。そのため、浜中は戸惑ってしまった。
「いえ、迷惑をかけてしまい、申し訳ございません」
「監視システムの誤魔化しは長く続かない。だから、できれば手短に話してくれ」
「はい、わかりました」
そして、浜中は一息つくと、直接的な質問をぶつけることにした。
「月上さんと日下さんは、一年前、緋山春来を助けるために、彼の死を偽装しましたよね? それに……月上さんは、勝手な行動をする私の味方ですよね?」
そんな質問を受けて、月上は目を閉じると、少しの間、黙り込んでいた。そして、ため息をついた後、目を開けた。
「緋山春来の死を偽装しようと準備していたというのが、正確な答えだ。それと、二つ目の質問の答えだが、浜中の味方になりたいとは思っている。だが、今の状況でそれは無理だ」
「……どういうことですか?」
「ここでの会話、他の者には聞かれないんだな?」
「ああ、安心してくれ」
念を押すように、月上はビーに確認した後、軽く息をついた。
「わかった。一年前、何があったか話す」
そうして、月上は話し始めた。




