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TOD  作者: ナナシノススム
後半
238/284

後半 04

 浜中は、何度も肩を叩かれたことで、目を覚ました。

「いつまで寝ているのよ?」

 そんな風に速水はやみが声をかけてきて、浜中はいつの間にか寝てしまったんだと気付いた。

「ああ、ごめん……って、速水さんの方が先に寝ていなかったかい?」

「そんなことないわ。酔ったせいで、記憶違いを起こしているんじゃないかしら?」

 そのように言われて、浜中は苦笑しつつ、何も言えなかった。そして、時間を確認しようとスマホを出したところで、電源を切っていたことを思い出した。

「それより、大変なことが起きたのよ。孝太君が……殺されたの」

「え?」

「警察の方では、どういう形で伝わっているか、すぐに調べて」

「ああ、わかったよ。すぐに電源を入れるから……」

「何で、こんな大事な時に電源を切っているのよ!?」

「それは……」

「息抜きも必要だと思って、俺がそうするように言ったんだ。だから、浜中さんは悪くない。ただ、息抜きの時間は終わりのようだ」

 ビーは、フォローするようにそんな言葉を言ってくれた。それに助けられつつ、浜中はスマホの電源を入れた。同時に、今が深夜2時だと確認した。

「こんな時間になっていたんですね。そういえば、店の人は……?」

「ああ、マスターはもう帰った。飲み物がほしいなら、勝手に取っていい。厨房も使えるから、何か食べたいなら、冷蔵庫の中にあるものなどを使って料理をしてもいい」

「いや、そんなことしていいんですか?」

「いつものことだから、心配するな」

「……そうなんですね」

 浜中は、ビーとマスターの関係を察して、それなら問題ないだろうと判断した。それから、今はそんなことを考えている場合じゃないと頭を切り替えた後、スマホを操作して、何が起こっているかを確認した。

「孝太君が殺された件について、現場検証などは行われたようだけど、やっぱりTOD絡みということで、詳細な捜査は行われていないみたいだよ」

「マスメディアの方も情報がほとんど入っていないみたいで、このことは公表されていないわ。いわゆる情報規制されている状態よ」

「ライトとダークが色々と動いているようで、高畑たかはた孝太の死はそこの情報から知ったんだ。でも、こちらも詳細はわかっていないみたいだ」

 それから、浜中はこれまでに来た連絡を確認した。

「上司の月上つきがみさんから、何度も連絡が来ているね。あと、光君からも連絡が来ているよ」

「ここは、位置情報などが特定されないようになっているから、こちらから連絡しても問題ない」

「だったら……光君は、自宅に戻るみたいだから、簡単に返事だけして、月上さんの方に連絡します」

 月上と光は、浜中の身に何かあったのではないかと心配している様子だった。特に、月上は何度も連絡してきていて、それが履歴として残っていた。

 これまで、月上に対して、浜中は不信感を持っていたものの、そこまで心配されていると知って、すぐに無事であることを伝えたいと思った。

 そうして連絡すると、遅い時間にもかかわらず、月上はすぐに出た。

「浜中、大丈夫か? 怪我などは負っていないか?」

 月上は、演技などでなく、心から浜中のことを心配している様子だった。そのことに驚きつつ、浜中は軽く息をついた後、自身の無事を知らせることにした。

「私は大丈夫です。連絡が取れなくて、すいませんでした」

「無事ならそれでいい。ただ、今後はすぐに連絡できるようにしろ」

「月上さん、高畑孝太が殺された件について、聞いてもいいですか?」

 ただ、その質問をした瞬間、電話越しでも空気が変わったことを感じた。

「浜中、おまえはもう何もするな。危険だとわかっただろ?」

「私は危険だとしても、調べ続けます」

「いい加減にしろ。おまえが新聞社を訪れたこと、こちらも把握していて、すぐ止めるように指示された。だから連絡したのに、おまえが出なくて、こっちは困っていたんだ」

 思い返せば、スマホの電源を切る際、月上から着信があることを確認していた。それは、勝手に新聞社へ行かないよう、警告するものだったのだろうと浜中は感じた。

「あと、警察内部を探っている奴がいたが、それも俺が止めた。だから、おまえにできることは、もう何もない」

 同僚に警察内部のことを調べてもらっていたが、それも止められてしまったようだ。それでも、浜中の考えは変わらなかった。

「たとえ一人になっても、私は諦めません」

「無駄だと言っているだろ。命を粗末にするな」

 相変わらず、月上は浜中がTODについて調べることに反対している。そのことを理解したうえで、浜中はある質問をすることにした。

「月上さん、答えてください。今、緋山春来は、どこにいますか?」

 そう質問した瞬間、月上が息を呑んだことを浜中は感じた。

「……緋山春来は死んだ。何を言っているんだ?」

「そうでしたね」

 そして、それからお互いに何も話さない時間が少しだけあった。

「浜中、おまえは二度と警察署に来るな。おまえみたいな奴は必要ない」

「……わかりました」

 そうしたことを最後に話して、浜中は電話を切った。

「大丈夫かしら?」

「どうなるかわからないけど……今まで誤解していただけで、月上さんは信用できるかもしれないんだ」

「何で、そんなことが言えるのよ?」

「それは……ビーさん、さっき見せてくれた写真、また見せてもらえませんか?」

「ああ、構わないけど、何か関係あるのか?」

「はい、重要なことなんです」

「そう言うなら、わかった」

 ビーは疑問を持っている様子だったが、タブレットを操作すると、先ほど見せてくれた写真をまた表示させた。

「これでいいか?」

「ありがとうございます。少しいいですか?」

 それから、浜中はタブレットを操作すると、ある写真を表示させた。それは、緋山春来と藤谷春翔が亡くなった後の写真で、サッカー部の部員達は手首につけたものをカメラに見せるようなポーズをとっていた。そのため、その手首の部分を拡大させた。

「これは、マネージャーの藤谷とうや春翔がみんなに配ったものだと言っていましたけど、これってミサンガですよね?」

「今はそんなに流行っていないのに、よく知っているな」

「高校生の時、クラスで流行って、僕も女子からもらったことがあるんです。それで、誰かがミサンガをつけていると、自然と目が行くようになったんです」

「ということは、そのミサンガ、好きな女子からもらったのね?」

「いや、それは関係ないから……」

「図星みたいね」

 速水の言う通りだったため、浜中は何も返せなかった。

「話を戻そう。このミサンガがどうかしたのか?」

 ビーがそうして話を戻してくれて、浜中は心の中で感謝しつつ、話を再開した。

「このミサンガ、つい最近、見た記憶があるんです。こうして改めて見て、色も模様も同じだったと確信があります。それで、速水さんに聞きたいんだけど、このミサンガ、速水さんも見なかったかい?」

「えっと、どういうことかしら?」

 その反応から、速水が見ていないか、見たとしても気付いていないようだと察して、浜中は戸惑った。ただ、そのまま話を続けることにした。

「これとまったく同じミサンガを、堂崎翔がつけていたんです。速水さんも堂崎翔と会ったはずだけど、気付かなかったかい?」

「そう言われても……でも、確かに言われてみれば、何かつけていたわね。ほとんど覚えていないけれど、同じだったかもしれないわ」

「これは、特に僕がミサンガに注目していたから、気付けたことなのかもしれないね。とにかく、堂崎翔は、このミサンガをつけていたんだ。それで、僕はある考えを持っていて……」

 すぐに言うつもりだったものの、言葉にしようとしたところで、本当にそんなことがあるのかといった疑問を持ち、言葉に詰まってしまった。ただ、浜中はあらゆる疑問を振り払うように、自分の考えを伝えることにした。

「緋山春来は死んでいなくて、今、堂崎翔として生きていると僕は思っている」

 そう伝えた瞬間、速水の表情が変わった。

「そんなことないわ! だって、堂崎翔は春来君とは全然違ったし……」

絵里えりちゃん!」

 ビーは大きな声を出して、速水の言葉を止めた。ただ、それを見たことで、浜中は確信した。

「やっぱり、速水さんとビーさんは、緋山春来の知り合いだったんですね」

 そう言うと、特に速水が困ったような表情を見せた。

「ビーさん、ごめんなさい。動揺してしまって……」

「いや、隠すことでもないからいい。それに、浜中さんの言い方からすると、もっと前から気付いていたんだろ?」

 ビーの言う通りで、浜中は頷いた。

「はい、このタブレットにある写真を見て、あまりにも数が多過ぎると感じたんです。中にはボツになりそうな写真もあって、それを見ているうちに、この取材をしたのがビーさん本人なんじゃないかと感じたんです」

「隠すつもりがなかったとはいえ、それは俺が迂闊うかつだったな」

 速水と違い、ビーは余裕のある雰囲気で、そんな風に言った。

「それで、春来君が死んでいなくて、堂崎翔として生きているという話、まさかこのミサンガをつけていたからって理由だけじゃないだろ?」

「はい、このミサンガをきっかけに、これまでの疑問が解けたように感じたんです。一番大きいのは、一年前に日下さんや月上さん達がしていたことについてです。何が目的だったのか、これまでわかりませんでしたけど、緋山春来の死を偽装することが目的だったと考えたら、しっくりきませんか?」

 そんな質問をすると、ビーと速水は複雑な表情を見せた。

「そういうことか。爆発に巻き込まれたことにすれば、遺体の判別が難しくなる。そのうえで、検死の結果、春来君の遺体で間違いないと判断してもらえるように手を回せば、死を偽装できるということか」

「でも、私はさっきも言った通り、堂崎翔と話したけれど、春来君とは別人だったわ。顔は整形したとして、雰囲気や話し方も全然違ったわよ?」

「それは、自分の正体を隠すため、意図的にそうしているんじゃないかい? 単に緋山春来が生きているというだけでなく、堂崎翔として生きていると思うのは、彼の過去について不明な点が多いことや、TODに対して異様なまでに固執していることも理由なんだよ」

 そこまで伝えたところで、ビーと速水は、しばらく黙り込んだ。それは、二人も色々と思うところがあり、頭を働かせているようだった。

 そして、ビーはある程度の整理がついたのか、口を開いた。

「仮にそうだとしても、これまで隠してきたわけだし、堂崎翔本人を追求するのは良くないだろう。それより、あかりちゃんが調べていた、堂崎団司に関する話を、改めて考える必要があるな」

 そう言われて、速水はすぐに反応した。

篠田しのださんは、堂崎団司について調べていて、一部だけれど、残されている情報があるの。堂崎団司は、自らの息子をただ人を殺すことだけを目的にした、悪魔のようにしようとしていたみたいなの。てっきり、その対象は、堂崎翔だと思っていたけれど、違うのかもしれないわね。そういえば、私が堂崎翔を疑っていると伝えたら、孝太君は、はっきりと否定したのよ。その理由は、よくわからないけれど……」

「……これは、いよいよ危険というか、それこそパンドラの箱かもしれないな」

 ビーは、深刻な様子で、そんなことを言った。それに対して、速水は頷いた。

「みんなが悪魔と呼んでいる人物の正体は、堂崎団司の息子だと私は思うわ。だから、堂崎翔を疑ったんだけど、その正体が春来君なんだとしたら、話が変わってくるわ」

「絵里ちゃんの言う通りだ。ただ、そうなると、堂崎団司の本当の息子が誰なのかという話になるな」

「そういうことなら、孝太君が殺された件、警察が知っていることを少しでも調べたいですね。その中に、少しでも手掛かりがあるかもしれません」

「そんなこと無理じゃないかしら? 警察は敵も同然じゃない」

「いや、月上さんが日下さんと一緒に緋山春来の死を偽装したのは、緋山春来を助けるためじゃないかい? さっき、月上さんは私のことを本当に心配してくれていた。だから、協力してもらえると思うんだ」

 そう伝えたものの、速水とビーは浮かない表情だった。

「本当にそうかしら?」

「俺も疑問がある。これまで協力してもらえなかったんだろ? それに、その月上という人物が、敵側だった場合、無事では済まないんじゃないか?」

「そうだとしても、私は知りたいんです」

 そう言った後、浜中はあることを思い出して、思わず笑みが零れた。

「もっと大きな理由がありました。日下さんが緋山春来を殺したなんて、絶対にありえないです。きっと、緋山春来を助けるために行動したはずなんです。そして、そんな日下さんに、月上さん達も協力した。何の根拠もないですけど、そう思いたいんです」

 そう伝えると、ビーは呆れたように笑った。

「そういうことなら協力しよう。まず、その月上という人に会うのがいいだろう」

「え?」

「今、月上は警察署にいるようだ。恐らく、今夜は徹夜するつもりだろう。これから少し休んで、朝方にでも会って話ができるように動いておく」

「そんなこと、できるんですか? 警察署には二度と来るなと言われましたけど?」

「考えてみれば、それも浜中さんを守るため、警察から遠ざける目的があるのかもしれないな」

「そうなると、警察そのものは本当に敵ということになるわね」

「ああ、そう考えたうえで、月上とだけコンタクトを取るようにしよう。俺が直接動くのは久しぶりだけど、むしろ久しぶりだからこそ、自信を持ってできると言える」

 そんなビーの言葉を受けて、速水は嬉しそうな表情を見せた。

「ビーさん、私も協力します」

「ああ、元々そうしてもらうつもりだ。さっき言った通り、動くのは朝方だ。それまで、ゆっくり休んでくれ。スペースはあるから、横になってもいい」

 まるでビーがこの店の持ち主であるかのような言い方だったため、浜中は軽く笑った。

 そうして、朝に備えて、浜中達はそれぞれ休むことにした。

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