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TOD  作者: ナナシノススム
後半
236/284

後半 02

 結局、上手く言葉が出ないまま、美優は翔と一緒の時間を過ごした。

 伝えたいこと。伝えなければいけないこと。そうしたことがもっとあるはずなのに、それを言葉にすることができなくて、もどかしいと美優は感じた。

 そうしていると、仮眠を取った様子の冴木が戻ってきた。

「俺が変わる。美優と翔は休んでくれ」

「はい、わかりました。お願いします」

「最低でも3時間は休め。シャワーなどもあるから、交代で使うといい」

「それなら、美優から先にシャワーを使うといい」

「うん、ありがとう」

 言われるまま、美優は了承すると、シャワーを浴びることにした。その間、翔は一旦寝室で待っているとのことだった。

 初めて来る場所のため、多少の戸惑いがありつつ、美優は服を脱ぐとシャワー室に入り、シャワーを浴びた。そうして一人になると、様々な感情が溢れてきて、気付いたら涙が溢れ出していた。そのため、顔にシャワーを当てて、涙を流し続けた。

 それから、どれぐらいの時間が経過したかわからないものの、どうにか落ち着いたところで、美優はシャワー室を出た。そして、服を着ると、寝室に向かった。

「翔、遅くなっちゃって、ごめ……」

 長時間待たせてしまっただろうと思って、美優はそう言いながら寝室に入った。ただ、翔がベッドで横になり、既に眠ってしまったようだと気付くと、起こさないように声をかけるのをやめた。

 それから、美優は翔の穏やかな寝顔を少しの間見た後、静かに寝室を出た。そして、監視している冴木の方へ行った。

「冴木さん、ちょっといいですか?」

 そんな風に声をかけると、冴木は少しだけ驚いた様子を見せた。

「ああ、構わないが、翔はどうしたんだ?」

「疲れていたのか、シャワーも浴びずに眠ってしまったようです。それより……話したいことがあるんです」

「……わかった。話を聞こう」

 何か大事な話があると察してくれたようで、冴木は真剣な表情だった。それを受けて、美優は冴木の隣に座った。そして、少しだけ間を空けた後、口を開いた。

「私は、翔のことを好きでいて、いいんでしょうか?」

 思ったことをそのまま伝えようとした結果、美優は自分でも何を言っているのだろうかと思えるほど、変なことを言ってしまったとすぐに自覚した。

「ごめんなさい。何を言っているのか、わからないですよね?」

「いや、何を言いたいのかはわかる。だから、ゆっくりでいい。吐き出したい気持ちがあるなら、それを少しずつでも言葉にしろ」

 そう言ってもらえただけで、美優は胸が軽くなったように感じた。そして、冴木の言う通り、自分の思いを言葉にしていくことにした。

「翔は、今でも春翔さんのことが好き……愛しているってことが伝わって、それはきっとずっと変わらないと思います。それで……私は、春翔さんに嫉妬しているのかもしれません。そんな自分が嫌で……でも、気持ちを抑えることができないんです」

 冴木が真剣に話を聞いてくれたおかげで、美優は自分の思いを真っ直ぐ吐き出すことができた。

「翔が春翔さんに対して持っている思いは、ずっと大事にしてほしいです。私はそれを否定したくないんです。でも、それなら私が翔に対して持っている思いは、何の意味があるんでしょうか?」

 そこまで伝えると、冴木は複雑な表情を見せつつ、息をついた。そして、少しだけ迷った様子を見せた後、口を開いた。

「家庭環境がひどかった俺を救ってくれた彼女のことを話したが、俺は彼女のことを心から愛していた。周りから反対されても、彼女が引っ越してしまっても、それは変わらなかった。だから、ある時、彼女のことを捜したんだ。だが、彼女はもう亡くなっていたんだ」

 その言葉に、美優は驚いてしまい、何も言えなかった。

「春来と同じように、俺も愛する人を亡くした一人だ。それで、もうあんな風に誰かを愛することはない。そんな風に決心して、これまで過ごしてきた。時には、俺に好意を持ってくれる人もいた。だが、そうした思いは無駄になると思って、すぐに断っていた」

 そう言った後、冴木は真っ直ぐ美優の目を見た。

「同じ目的を持って、一緒に行動する奴はいたが、基本的に俺は一人だ。前にも話したが、そうして一人になることを選択したのは、俺自身だ。だが、それが間違っていたという結論は変わらない。やはり、翔を一人にさせるようなことは、絶対にダメだ」

 それは、前に翔のことで相談した時にも、冴木が言っていたことだった。

「それに、さっきの話を聞いて、改めて翔に対して、色々と思うところがあったんだ。一年前、翔は何もできなくて、それこそ逃げてばかりだったかのように自覚しているようだ。だが、俺の感想は違う。戦闘の経験がないにもかかわらず、あの悪魔を相手に戦う意思を強く持っているように感じた」

 思えば、翔は逃げることしかしなかったせいで、大切な人を失ってしまったと話していた。ただ、冴木の言う通り、それはどこか違うといった違和感を美優は持った。

「春翔が撃たれた直後のこと、翔は覚えていないようだったが、美優にだけ何があったか話しておく。怒りからか、翔は我を忘れた様子で、悪魔に向かっていったんだ。そして、悪魔から銃を奪うと、至近距離から何度も悪魔を撃ったんだ」

「え?」

「さっき軽く話したが、防弾になっているといっても、多少の衝撃はある。それで、悪魔は少しの間だったが、動きを止めたんだ。だが、それで翔は止まることなく、とにかく悪魔を殺そうとしていた。だから、俺はそんな翔を止めて、春翔と一緒に車に乗せた後、すぐにその場を離れたんだ」

 そんなことがあったと知り、美優は言葉が出てこなかった。

「相手の武器を奪うという技術は実際に存在するし、俺も習得している。だが、それは多くの訓練を経て得られる技術で、習得したとしても、実戦で使うのはなかなか難しい。それを、翔は特に訓練などすることなく、実戦で行ってしまったんだ」

「それは……どういうことなんですか?」

「翔は、物覚えがいいという言葉で片付けられないほど、何か特別な才能があるんだろう。そのことは、春翔などから言われて、翔も多少自覚するようになっているかもしれないが、それでもまだ足りないと俺は思っている」

 これまでも、翔の能力の高さや、知識を豊富に持っていることなど、そうしたことに美優は驚くことがあった。ただ、それでも足りないほど、翔は特別なんだろうと感じた。

「あの時、翔が悪魔を殺していたら、孝太や篠田、セーギ……いや、もっとたくさんの命を救えただろう。だが、翔を止めたことだけは後悔していない。どんな理由があったとしても、人を殺すというのは、やはり一線を超えることだ」

「私もそう思います。翔が誰かを殺すなんて、そんなこと、絶対にさせたくありません」

「……今の美優には言ってもいいだろう。ここから話すことは、翔に話すな。といっても、翔は既に自覚している気もするが……」

 冴木は、どう伝えればいいかと迷っている様子を見せつつ、話を続けた。

「一年前、ターゲットに選ばれて、緋山春来は死んだということにした。そして、今は堂崎翔として生きていた。そんな状況で……どう言えばいいんだろうな。美優がターゲットに選ばれたことで、翔が深くTODにかかわっている現状は、やはり偶然じゃないと思うんだ」

「私も、そんな偶然があるのかと驚いています」

「美優は自分がターゲットに選ばれたせいで、翔を巻き込んでしまったと思っているようだが、実際は逆なのかもしれない。改めて翔がTODにかかわるようにするため、意図的に美優をターゲットに選んだ可能性がある。つまり、翔が美優を巻き込んだということだ」

「そんなこと……」

 すぐに否定するつもりだったのに、美優は言葉が出てこなかった。というのも、思い返すと、そう感じることは何度もあったからだ。そのうえで、どうしても言いたいことがあった。

「そうだったとしても、私は翔を責めません」

「ああ、言わなくてもわかっている。だが、翔はそう思わないだろうから、美優にだけ話しているんだ。さっきも言ったが、美優は自分のせいで翔を巻き込んでしまったと思っているように感じたから、そうじゃない可能性があると伝えたかったんだ」

 そう聞いて、美優は、それだけが理由でこの話をしたわけじゃないだろうと感じた。そのため、特に何も言うことなく、さらに冴木の言葉を待った。

「それと……翔を悪魔のようにしたいと思っている奴がいるように感じる。これは、一年前のことも含めてだ。どういった境遇にすれば、翔は悪魔のようになるかと考えて、それを実際に行っているのかもしれない」

「そんなの、ひど過ぎます。もし本当にそうだとしたら、翔があまりにもかわいそうで……」

 その時、美優の目から、さっき止めたはずの涙がまた溢れてきた。

「何で、そんなひどいことができるんですか?」

「そいつも悪魔だということだろう。だが、そういった目的を持っている奴からすれば、美優の存在は想定外だと思うんだ」

「え?」

 冴木の言葉の意図がわからなくて、美優は戸惑った。

「前に、俺と翔が似ているという話をしたが、それは翔が俺のように強くなりたいと思ったことも関係しているのだろう。だが、悪い形で似てしまっているように感じるんだ。というのも、翔は昔の俺に似ているんだ」

 冴木は少しだけ迷った様子を見せた後、話を続けた。

「昔の俺が、今よりひどかったという話は既にしたが、そんな俺を少しでも真面にしてくれたのは、彼女だった。そして、そのことを、俺は今でも感謝している。だから、美優は翔にとってのそうした存在になればいい」

「そんな存在に、私はなれるでしょうか? だって……」

「絶対になれる。翔が俺と似ているように、美優は……俺の愛した人によく似ているんだ」

 一瞬、冴木が言葉に詰まった点が気になりつつ、美優は話を聞き続けた。

「翔が間違った道を進むなら、美優も一緒に進むと言っていたが、そんなことするな。翔が間違った道を進まないよう、すぐ近くで美優が支えてやれ。もしかしたら、翔が悪魔のようになってしまう危険が今後もあるかもしれない。その時、止められるのはきっと美優だけだ」

 そんなことができる自信は、美優になかった。ただ、冴木の言葉を受けて、自然と強く頷いていた。

「はい、わかりました」

 そして、もう美優の中に、迷いなどはなかった。

「それじゃあ、美優はもう寝ろ。寝られなかったとしても、ただ横になるだけでいい。とにかく身体を休ませろ」

「……そうですね。冴木さん、ありがとうございました」

 それから美優は寝室へ行くと、改めて翔の寝顔を見た。そして、冴木に言われた通り、すぐ近くで翔を支えようといった決意を固めた後、ベッドに入った。

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