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TOD  作者: ナナシノススム
ハーフタイム
230/284

ハーフタイム 95

 潜伏すると言われた時、春来は上手く理解できなかった。ただ、特に何もしないまま、時間が過ぎていくのを感じて、これが潜伏なんだろうと理解した。

「特にやることもないし、暇ですね」

「潜伏というのは、こういうもので、何もないことが一番いいんだ」

「でも、安心しました。本気でターゲットを殺しにくる人がいると思って、色々と用意したけど、全部無駄になってくれるみたいで、むしろ良かったです」

「何を用意していたんだ?」

「それは……言ってもしょうがないことなので、黙っておきます」

 冴木と志賀は、のんびりとした雰囲気で、そんな話をしていた。

 一方、春来は特に話をすることもなく、何もしない時間を送っていた。こうなると知っていたら、サッカーボールや、教科書を持ってくれば良かったと思いつつ、それも何か違うとも感じた。何より、こんなものなのかと拍子抜けしてしまい、複雑な思いだった。

 そうして、ふと今の時間を確認すると、いつもなら家にいる時間だと気付いた。同時に、春来は、ある不安を持った。

「あの、すいません。一度家に帰ることはできないでしょうか?」

 そんな風に尋ねると、冴木などは困った様子を見せた。

「はっきり言うと、特に問題ないだろう。ただ、当然だが、少しリスクがある。念のためと考えるなら、このままここにいてほしいというのが、俺の本音だ」

「やっぱり、そうですよね……」

「何か、特別な用事があるなら、一度帰るのもいいんじゃないですか? それに、何もないと暇だし、ゲームとか持ってきてくれたら、むしろ私は嬉しいです」

 志賀は、危機感が一切ない様子で、そんなことを言った。それによって、春来は背中を押されたような感覚を持ち、自分の希望を伝えることにした。

「安全だから、心配しないでいいといったことを、家族などに話したいんです。特に、さっき学校で一緒にいた、春翔などは心配すると思います。だから、大丈夫だと伝えるため、一旦家に帰ることはできませんか? これは、スマホなどでもできますけど……やっぱり、直接伝えた方が、安心すると思うんです」

 学校で別れた時は、そこまで頭が回らなかったものの、今振り返った時、春翔が強く心配していたことを改めて感じた。そのため、少しでも安心させたいと春来は思った。

「そういうことなら、いいんじゃねえか? この前、それをしねえでいたら、捜索願を出されて、ちょっと面倒だっただろ?」

「確かにそうだが……」

「私も賛成です。事情を話しに行きましょう」

 志賀などが、春来の希望を後押しする形で、そうしたことを伝えると、冴木はため息をついた。

「わかった。まあ、大丈夫だろう。それなら、早速行こう」

「ありがとうございます」

「だったら、私も行きます。冴木さんが話すより、刑事をしている私が話した方が安心するはずです」

 そうした形で話がまとまり、春来は、冴木と志賀と一緒に家へ戻ることになった。そして、三人は車に乗ると、冴木の運転で出発した。

「僕の家の住所は……」

「大丈夫だ。既にわかっているから、わざわざ説明しなくていい」

 春来は、マスメディアの問題などを知ってから、様々な情報を収集する能力を少しずつ得てきた。ただ、冴木は、春来とは違う形で、情報を収集する能力を持っているようだった。

 そうして、冴木は真っ直ぐ春来の家に向かった。ただ、家の近くまで来たところで人だかりを見つけると、車を止めた。

「これは……何ですか?」

 春来は、そんなことをつぶやいた後、何か嫌な予感がした。すると、勝手に身体が動いて、車から飛び出した。

「春来、待て!」

 冴木の制止する声が聞こえたものの、春来は人だかりをすり抜けるようにして、全力で家に向かった。

 そして、真っ赤に燃えた家を目の当たりにした。

 既に、火は全体に回っていて、所々焦げて崩れつつあった。そうしたことを理解したうえで、春来は家に近付いた。その際、周りの人が制止したものの、それは全部振り払った。

 ドアノブに触れた瞬間、熱いと感じたものの、春来は構うことなく、ドアを開けた。そして、玄関で倒れている、両親の姿を確認した。

「父さん! 母さん!」

 春来は、どうにか両親を外へ出そうと、抱きかかえようとした。ただ、何かに滑って、上手く抱きかかえることができなかった。そして、ふと両手を見ると、真っ赤に染まっていた。

 そこで、両親が何か刃物で切られて、血だらけになっていること。それだけでなく、一切の呼吸をしていないこと。そうしたことを、春来は理解した。

「春来、早く出ろ!」

 その時、冴木が春来の身体に腕をかけるようにして、後ろへ引っ張った。ただ、そうした冴木の行動に、春来は抵抗した。

「待ってください! 父さんと母さんを助けないと!」

「二人とも、もう死んでいる!」

 両親が死んだ。その事実を春来も理解していた。それは、こうして冴木が言葉にしたことで、より理解できてしまった。

 そうして、力が抜けたところで、冴木が強引に引っ張る形で、家を出た。それから、少し離れたところで、家が崩れた。つまり、冴木が助けなければ、春来は瓦礫の下敷きになっているところだった。

 ただ、そんなことより、春来は両親の死と、家が崩れていくという、二つの事実をどう受け入れればいいかわからず、呆然としてしまった。

「ここは危険だ。すぐに離れた方がいい」

 そんな言葉を聞きつつ、春来は周りに目をやった。そして、学校にもいた、こちらに殺気を向けていた男性の姿を見つけると、冴木を振り払うようにして、男性に迫った。

「おまえがこれをやったのか!?」

 ただただ怒りに任せて、春来は男性に向かっていった。それに対して、男性は焦った様子を見せつつ、ナイフを取り出した。そして、そのナイフを乱暴に振り回した。

 この時、男性の振るナイフの軌道の先に自分の首があることを理解して、春来はここで死ぬのかと覚悟した。ただ、次の瞬間、冴木がナイフを抑えると同時に、そのまま男性をその場に倒して押さえ付けた。

「春来、怪我はないか?」

 そんな冴木の質問に答えることなく、春来は地面に押さえられた男性の首を見ながら、右足を大きく上げた。

「やめろ!」

 春来は、男性の首を折るつもりで、踏みつけようとしたものの、冴木の手に弾かれる形で、それはできなかった。ただ、春来の怒りは収まらなかった。

「だって、こいつが……!」

「落ち着け! 少しでも情報を聞いた方がいい! それに、これをやったのは、恐らくこいつじゃない!」

 冴木が男性を庇うようにしたため、春来は何もできなかった。そうして、少しずつ落ち着きを取り戻すと、冴木の言う通りだと思えるようになってきた。

「おまえはオフェンスだな? 何があったか、知っていることを話せ」

 冴木は、強い口調で男性にそう尋ねた。それに対して、男性は苦笑した。

「確かに、俺はオフェンスだけど、何もしてねえよ。一応、学校まで行ったけど、いかにも強そうなおまえがいたから、何もできなかったし、それでとりあえず家を張ってただけだ」

「家に火をつけた人物を、おまえは見たか?」

「ああ、しっかり見た。フルフェイスのヘルメットを被って、レーシングスーツっていうのか? そんなのを着た大柄な奴が来て、ドアが開いたと同時に中へ入ったんだ。それから少しして出てきたと思ったら、家が燃え出したんだよ」

 話を聞いてわかったことは、何者かが家に来て、恐らく春来の両親が出たのだろう。その直後、何者かは突然襲撃する形で、そのまま両親を殺した。その後、ただ立ち去るだけでなく、家に火をつけた。

 そんな風に考えたものの、とても人のする行動とは思えなくて、春来は混乱した。

「とにかく、俺はもうかかわらねえよ。あんな悪魔みたいな奴がいるなら、俺が何かする必要なんてねえし、巻き込まれる前に逃げるが勝ちってやつだ」

 オフェンスであるにもかかわらず、男性は身の危険を感じている様子だった。そのことがあまりにも異常で、春来はどう整理すればいいか、わからなくなってしまった。

 それは、冴木も同じのようで、深刻な表情だった。

「春来、もう行こう。ここは危険だ」

「でも、春翔が……」

「春来!」

 不意に春翔の声が聞こえて、春来は振り返った。そこには、特に怪我を負った様子もない春翔がいた。

「何か騒ぎになっているけど、何があったの?」

「春翔!」

 春来は、春翔の質問に答えることなく、春翔を強く抱き締めた。

「春来、苦しいよ」

「ああ、ごめん。でも、春翔が無事で良かったよ。まだ家にいなかったんだね」

「うん、部活が終わるまで朋枝ちゃんが待ってくれて、少し寄り道したから……って、その手どうしたの!?」

 春翔に言われて、春来は改めて真っ赤になった両手に目をやった。それは、あまりにも異常な光景で、どこか現実感のないものだった。

「これは……」

「とにかく、ここは危険だ。彼女も一緒でいいから、すぐに離れよう」

 そうして、上手く頭が働かないまま、春来は冴木と春翔と一緒に、その場を離れた。それから、待機していた志賀とも合流しつつ、車に乗ると、また冴木の運転で出発した。

「何があったんですか? それに春来君の手……タオルとかウェットティッシュがあるから、とりあえず拭いてください」

「はい、ありがとうございます」

 春来は、タオルやウェットティッシュをもらうと、手を拭いた。ただ、なかなか血は落ちなくて、随分と時間がかかった。それは、両親の死や、家が焼失したことを実感するのに、十分な時間だった。

「父さんと母さんは、何で殺されたんですか? 何で、家が燃やされたんですか?」

 ただ思った疑問を春来は言葉にした。すると、春翔が驚いた様子を見せた。

「どういうこと!? それ、本当なの!?」

 そんな春翔の様子を見て、もっと言葉や伝え方を考えるべきだったと春来は反省した。

「ごめん、順に説明……どう説明するのがいいのかな?」

 とはいえ、何を説明すればいいのかわからず、春来は言葉に詰まってしまった。

「春翔と言ったな? 改めて、俺は冴木優だ。まず、TODについて説明した方がいいだろう」

 冴木は、運転しながら、TODのことや、そのターゲットに春来が選ばれたことを説明した。

「だが、これまでのTODで、ターゲットが襲われることはなかった。だから、今回は異常だ。ここからは志賀もよく聞いてくれ。春来の両親が殺された。それに、家に火をつけられて、恐らく全焼してしまうだろう」

「そんなことがあったんですか?」

「今まで、こんなことはなかった。そもそも、ターゲットの家族や家を標的にした理由がわからない。そんなことをすれば、警察も動くことになるから、オフェンスとしては動きづらくなるはずだ。実際、警察の方は、どう動いているんだ?」

「そうですね。今調べます」

 志賀は、慌てた様子でスマホを操作した。ただ、すぐに深刻な表情を見せた。

「……変ですね。近隣で事件があれば、その情報がすぐにわかるようになっているんだけど……そういえば、パトカーだけでなく、消防車なども来ていなかったですよね?」

 そう言われて、春来も変だと感じた。家が燃えていて、それにより人だかりはできていたものの、志賀の言う通り、パトカーや消防車は来ていなかった。それは、あれだけの人がいたのに、誰も通報しなかったか、通報してもパトカーや消防車が来てくれなかったということになる。

「あれだけの騒ぎになっているのに、何の情報もないのは、やっぱり変です」

「事態は深刻なのかもしれないな。いわゆる情報統制が行われていて、警察なども真面に動けない状況なんだろう」

「そんなこと、あるわけないです。そうだとしたら……」

「ああ、そうだとしたら、警察の上層部などもかかわっていることになる。だから、志賀でも何が起こっているか、恐らくわからないだろう」

「でも、だったら、日下さんが……いえ、何でもないです」

 志賀は何か言おうとしたものの、途中で止めた。ただ、日下という名前を聞いて、春来は小学生の時の先輩である、泉のことをふと思い出した。

 その時、冴木は車を脇に寄せると、急に車を止めた。

「志賀、何を隠しているんだ? もしかして、こうなることがわかっていたのか?」

 冴木が強い口調でそう言うと、志賀は勢いよく首を振った。

「いえ、違います! 確かに、隠していることはあります。でも、それはターゲット……春来君のためにしていることです。だから、信じてください」

 志賀は慌てた様子だったものの、だからこそ、本心でそう言っているように見えた。そして、冴木も同じように感じたのか、軽く息をついた。

「想定外のことが起きて、俺も動揺しているな。すまなかった」

 そう言うと、冴木はまた車を走らせた。それから、少しだけ間を置いた後、今度はため息をついた。

「こんなことは言いたくないが、はっきり伝えるべきだろう。春来、命の危険があるかもしれないと言ったが、訂正する。命の危険がある。そう考えてほしい」

「……はい、わかっています」

 あまりにも多くのことが起こり、まだ全部を理解できたわけではない。むしろ、理解できていないことがほとんどだ。

 そうした中で、春来は自分に命の危険があり、いつ殺されてもおかしくない。それだけでなく、両親のように、自分の周りにいる人も、巻き込まれる形で殺されてしまうかもしれない。そう考えて、一つの決断をした。

「僕は、春翔の安全を最優先にしてほしいです。そのために、警察で……警察が信用できないなら、冴木さん達の方で、どうにか守ってもらえませんか? それで……僕はどうなってもいいです。それこそ、どこかへ姿を消すとか……僕が死んで解決するなら、それでもいいです」

 自分のせいで春翔などが犠牲になるなら、自分が消えてしまった方がいい。そう思って、春来はそんな言葉を伝えた。すると、これまで黙って話を聞いていた春翔が、春来に詰め寄った。

「もしも春来が消えたら、私は生きていけない! それぐらい春来のことが大好き! 迷惑かもしれないけど、私はそう思っているから!」

 今、何が起こっているのか、春翔はほとんど理解していないだろう。それでも、そんな強い言葉を伝えてくれた春翔に、春来は笑顔を向けた。

「春翔、ありがとう」

 そして、春来は心から感謝の言葉を送った。

「安心しろ。俺達が君達を守る。今、潜伏先に向かっているが、そこで待っている奴らと一緒に、俺は事件を未然に防ぐ活動をしているんだ。時には、テロを目的とした武装集団を相手にするなど、多くの修羅場を潜り抜けてきた。だから、君達を守ることができると自信も持っている。何度も言うが、安心しろ」

 冴木の言葉に大きな説得力があり、自然と春来の気持ちは落ち着いていった。それは、春翔も同じのようだった。

「冴木さん、よろしくお願いします」

「私からも、お願いします」

 春来と春翔がそう言うと、冴木は苦笑した。

「ああ、必ず君達を守る。約束する」

 その時、ふと外の景色を見て、春来は疑問を持った。

「あれ? 今は、潜伏先に向かっているんですよね? でも、こんな道、さっきは通らなかったと思うんですけど……」

「念のため、尾行を警戒して、迂回しているんだ。だが、特についてくる車もないし、大丈夫そうだな。もう少しだけ迂回した後、潜伏先に戻る」

「わかりました」

 冴木は、警戒心が強く、さらに慎重でもあるようだと感じて、春来はさらに安心した。

 そうして、冴木の言う通り、しばらく迂回した後、春来達は潜伏先へ向かった。

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