ハーフタイム 94
春来は、寝られないと思っていたものの、疲れがあったからか、気付いた時には眠っていた。
そうして、目覚まし時計のアラームで目を覚ますと、春来は部屋を出た。すると、丁度部屋を出てきた春翔と会った。
「春来、おはよう」
「うん、春翔、おはよう」
今、自分達は夫婦なんだということをお互いに意識して、春来と春翔は、照れ臭そうに笑った。
それから、いつも通り朝食を両親とも一緒に食べた後、それぞれ準備をすると、春来と春翔は家を出た。
歩いて高校に行くのも、いつも通りのはずだ。ただ、春来と春翔にとっては、いつもと全然違うように感じられた。
「今日、みんなにミサンガを渡すつもりだよ。春来にも渡すからね」
「うん、ありがとう」
「でも、最初に作ったミサンガで、本当にいいの? しっかりしたのを作り直したいんだけど……」
「僕は、それがいいんだよ。あと……これは後で話すね」
「何? 夫婦になったのに、隠し事はダメだよ?」
「春翔に隠し事なんてしないよ。後で絶対に話すから、少し待っていてよ」
話す内容自体は、いつもと同じで、何てことないものだった。ただ、お互いに相手のことが好きで、夫婦になったと自覚したことで、照れつつも変な気を使うことが一切なくなった。
それは、春来と春翔の望んだ関係だった。
そうして、赤兎高校に着くと、門の所で隆と朋枝に会った。
「隆、朋枝、おはよう。誰か待っているのかな?」
「春来と春翔を待ってたに決まってるだろ。何があったか、俺と朋枝には報告しろよ」
「私も、聞きたいです」
元々、隆と朋枝には報告するつもりだったため、こうしてお願いされるのは、むしろ助かった。そうして、春来達は、この時間なら人気の少ない、特別教室がある場所へ行った。
「それじゃあ、僕から報告していいかな?」
「うん、お願い」
春来と春翔は隣に並ぶと、少しだけ緊張しつつ、報告することにした。
「昨日、僕と春翔は結婚して、夫婦になったよ」
簡潔にそう伝えると、朋枝は嬉しそうに笑った。その表情を見て、こうなることを予想していたのだろうと感じた。
「春来君、春翔ちゃん、結婚おめでとうございます」
「うん、ありがとう」
一方、隆は何を言われたのか、理解していない様子だった。
「いや、結婚って……マジか!?」
「一応、18歳になるまで籍を入れることはできないから、事実婚っていう、籍は入れないけど夫婦のように過ごすって形になると思うんだけど……」
「その説明、毎回しているけど、絶対に必要ないから! 私と春来は、結婚して夫婦になった。ただそれだけでいいじゃん」
「うん、そうだね」
そうして、春翔と目を合わせると、春来は改めて、春翔のことを愛おしいと感じた。
「ちょっと理解が追い付かねえけど……ちゃんと言うべきだな。春来、春翔、結婚おめでとう」
「うん、隆もありがとう」
そうして、朋枝と隆の祝福に感謝しつつ、今後のことを相談した。それは、春来と春翔が結婚したことを、阪東の記事を通して公表したいといったものだ。
「今日も阪東さんが取材に来てくれるみたいだし、どう公表するのがいいか、相談するよ。まあ、どういった形で公表しても、ひやかしみたいなものはあると思うけど……」
「春来と春翔がそうしてえなら、そうしろよ。変なことを言ってくる奴がいても、俺は全力で春来達の味方になってやる」
「私も隆君と同じです。二人のことを応援します」
「隆君、朋枝ちゃん、ありがとう。私も、春来と結婚したことを、みんなに伝えたいの。だから、そう言ってくれて嬉しい」
そうした話をしていると、もうすぐ朝のホームルームが始まることを知らせる予鈴が鳴った。そのため、春来達は話を切り上げて、教室に向かった。
その後は、普段と同じように授業を受けて、午前中の授業が終わると、昼休みを迎えた。
「春来、春翔、コンビニ行かねえか?」
その際、隆からそんな提案があった。
赤兎高校の近くにはコンビニがあり、多くの生徒が利用している。また、昼休みに外出することも許可されているため、温かいものを食べたい人は、昼休みにコンビニで弁当などを買う人もいるそうだ。
「弁当があるから、行く必要ないんだけど?」
とはいえ、春来と春翔は、基本的に弁当を持ってきているため、コンビニに行く頻度は少なかった。
「いや、ちょっとしたお祝いって感じで、ケーキでも奢ろうかと思ったんだよ」
「いいですね。私も半分出しますよ」
隆と朋枝は、春来と春翔に何かしたいと思っているようで、そんな提案をしてきた。
「時間があるなら、放課後にどっか寄るとかでもいいんだけど、それだと結構かかるから、さすがに奢りは厳しいし……だから、コンビニのケーキなんかで悪いんだけど……」
「ううん、嬉しいよ。それじゃあ、何か買ってもらおうかな」
そして、そうした隆達の厚意を、春来と春翔は受けることにした。それから、春来達は外に出ると、コンビニに向かった。
「一番高いのにしようかなー」
「いや、金欠だから、そこは気を使ってくれよ」
「大丈夫です。足りないなら、私がほとんど出しますよ」
「それはそれで、嫌なんだよ」
そんな話をしている中で、春来は妙な気配を感じると、足を止めた。そして、自分のことを見ている男性と女性がいることに気付いた。
「春来、どうしたの?」
「ちょっと気になって……待っていてくれないかな?」
そう言うと、春来は、こちらを見ている男女に近付いた。ただ、待っているように言ったものの、春翔達は心配した様子で、そのままついてきた。
「何か用ですか?」
普段、見知らぬ人にこちらから話しかけるということは、絶対に行わない。ただ、この時は、どうしても無視できないと強く思い、春来から話しかけた。、
そして、春来が話しかけると、その男女は驚いた様子を見せつつ、笑った。
「まさか、君の方から話しかけてくるとは思わなかった。俺は冴木優だ」
「私は、志賀渚です」
「僕は、緋山春来です。それで、何か用ですか?」
そう尋ねると、冴木はどう説明するべきか、少しだけ迷っているような様子を見せた。
「簡潔に説明すると、今、君は命の危険があるんだ」
「え?」
「いや、正確には、命の危険があるかもしれないと言った方がいいな。今、君が死亡した場合、賞金を得られる者がいるんだ。そいつらが、君の命を狙う可能性がある。それぐらいの認識で十分だ」
そう言われたものの、春来は上手く理解できなかった。
「あの、意味がわからないんですけど……」
「まあ、理解しろという方が難しいだろう。毎月、ランダムで選ばれた高校生をターゲットとして、その生死により、勝敗が決まるというゲームが開催されているんだ。それで、勝った方は賞金を得られるわけだが、俺達は、君が死亡しなければ賞金を得られる。だから、君が死なないよう、守りに来た」
「冴木さん、そんな説明だと、ますます混乱するだけですよ? 春来君、私は刑事をしているんだけど、冴木さんの言う通り、あなたには命の危険があるかもしれないんです。だから、あなたを保護しに来ました。一緒に来てくれませんか?」
志賀は、警察手帳を見せつつ、そんな説明をした。ただ、春来は相変わらず、どう反応するのがいいか、わからなかった。
「おい、春来、こんなの信用できねえし、無視した方がいい」
「私も同感です。かかわらない方がいいと思います」
「うん、私もそう思うよ。早く行こうよ」
みんながそう言ったものの、春来は冴木と志賀の話を無視できなかった。
「荷物を取りに行ってもいいですか? 春翔、悪いんだけど、体調を崩して早退したとか、そんなことを先生に言ってくれないかな?」
「待ってよ。だったら、私も一緒に行くよ」
「いや、巻き込みたくないし、僕だけで行くよ。ただ……さっき、毎月あるといった話をしていましたけど、つまり、いつまでもこの状態が続くということはないんですよね?」
そんな質問をすると、冴木は驚いた様子を見せた。
「理解が速いな。君の言う通りで、今回は15日の20時まで生き残れば、それで終わりだ」
「それまでの間、春来君には、念のため潜伏してほしいんです。まあ、もしかしたら、誰からも命を狙われずに済む可能性もあって、その場合、普段通り過ごしても問題ないということになるんだけど、あくまで念のためと思ってください」
「わかりました。それじゃあ、荷物を取りに行ってくるので……」
「春来、こいつら怪しいって。ついていかねえ方が……」
「ううん、この人達と一緒にいた方がいい気がするんだよ。というのも……僕が命を狙われているって話、多分本当なんだと思う」
そう言うと、春来は先ほどから感じている、別の気配がする方へ顔をやった。そこには、こちらを観察している様子の男性が立っていた。
その人物がこちらに向けているものは、恐らく殺気だった。そうしたことを感覚的に理解して、春来は冴木達と行動を共にしようと決めた。
「安心して。少しの間、学校にも来られないと思うけど、終わればすぐに戻るから、待っていてよ」
「でも……」
「むしろ、僕がいなくなって、みんなが心配しないよう、色々とフォローしてくれないかな?」
「……わかった」
そうして、多少無理やりな形で春翔達に納得してもらうと、春来は荷物を取りに教室へ向かった。そして、重くならないように教科書などは机に残すと、最低限必要なものだけ持って、また外に出た。
「春来、気を付けてね」
「大丈夫だよ。さっきも言ったけど、安心してよ。それに、多分、そこまで危険な状況でもないんだと思う。それでも、万が一のことがあるから、あくまで念のためって形で、行ってくるよ」
心配する春翔などにそう伝えた後、春来は冴木が用意したという車に乗った。そして、相変わらず殺気のようなものを感じつつ、その場を後にした。
そうして、少し移動したところで、春来は口を開いた。
「さっきは、何か知られたくないことがあって、話していないことがありますよね? 何が起こっているのか、もっと詳しく話してくれませんか?」
そう伝えると、冴木と志賀は、軽く笑った。
「君には驚かされてばかりだな。志賀、TODについて、説明してやってくれ」
不意に出た、「TOD」という聞いたことのない言葉に、春来は戸惑った。
「TODって言いました?」
「私から説明します。TODというのは、ターゲット、オフェンス、ディフェンスという、三つに分かれて行われるゲームとのことです」
志賀はスマホを操作しながら、そんな説明をした。
「ターゲットというのは、東京に暮らす高校生からランダムに選ばれた人で、今回は、春来君がそのターゲットに選ばれたんです」
「……ターゲット?」
「それと、オフェンスとディフェンスは、それぞれ希望した人達の中から抽選で5人ずつ選ばれます。それで今回、私と冴木さんは、ディフェンスとして、参加しています」
「今、5人って言いましたよね? それなら、他の3人は、どうしたんですか?」
「それは俺が説明する。他の3人は、元々俺の知り合いで、既に潜伏先で待機している。というのも、このTODは、今年の2月に始まったばかりで、まだそこまで参加希望者がいないようなんだ。おかげで、俺は6回連続で参加している」
冴木は、運転しながらそんな話をした。
「参加希望者がいないというのは、恐らくオフェンスも同じなんだろう。命の危険があるかもしれないという言い方になったのもそれが理由で、これまでターゲットを殺そうとしたオフェンスは、一人もいないんだ」
「そうなんですか?」
「賞金……これは500万円なんだが、そのために人を殺すなんて、リスクが高いからな。俺はディフェンスとして参加してきたが、これまで何のリスクもなく、賞金を獲得している。今回も、恐らくそうなるだろう」
「でも、さっき学校にいた時、殺気を感じました」
「俺も気付いたが、単に来ただけで、行動を起こすような奴には見えなかったから、安心していい。それに、こうして普段の生活から離れるだけでなく、しばらく潜伏すれば、オフェンスとしては何もできないだろ? まあ、さっき志賀も言ったが、そんなことしないで普段通り過ごしていても、君に何の危険もない可能性すらあるぐらいだ。だから、何度も言うが、安心してほしい」
冴木は、少しでも春来を安心させようといった思いもありつつ、本心でそう話しているようだった。
「ちなみに、私は今回が初参加です。刑事をしていると話したけど、お金が必要な同僚がいて、協力することにしたんです。それで、学校の外で待機していたら、冴木さんと会って、だから、私も冴木さんと知り合って少ししか経っていないんです」
「細かい話になるが、ディフェンスとして参加することが決まったという知らせが昨晩。ターゲットがどこの学校にいるかという知らせがTOD開始の2時間前。そして、ターゲットが誰かという知らせが来るのがTOD開始の1時間前だ。それで、事前に待機していた時、志賀と合流した形だ」
「その知らせは、こんな感じで来ました」
そう言いながら、志賀はスマホを操作して、その際に来たメールなどを見せてくれた。
「そういえば、私も聞きたいことがあったんです。TODって、いつも同じ時間に始まるわけじゃないんですか?」
「ああ、その通りだ。数時間単位で前後していて、それによって終了時間も変わるんだ」
冴木は何度も参加していることから、TODについて詳しい様子だった。一方、初参加ということもあり、志賀はそこまでTODについて知らないようで、様々な質問をしていた。
「Target、Offense、Defenseの頭文字をとって、TODっていうんですよね?」
「実際のところはわからないが、恐らくそういうことなんだろう。ただ、こんなものが普通に開催されているだけでなく、まさか刑事まで参加するとは驚いた。それより、こんなものが開催されないよう、警察として対応するべきじゃないのか?」
「耳が痛いですね。冴木さんの言う通り、私もTODについては知ったばかりで、何もできていないというのが現状です。でも、しっかりとした対応を、今後はしていきたいと考えています」
冴木と志賀の会話を聞きつつ、春来は自分が今どんな状況なのか、少しずつながら理解していった。
まず、そこまで危険な状況じゃないのだろうと感じた。それは、冴木と志賀が深刻な様子でないことから、強く感じた。それだけでなく、TODのルールを聞いて、ターゲットである自分が隠れてしまえば、オフェンスにできることは、ほとんどないと理解できた。そのため、春来は命の危険を感じることなく、むしろ、こんな理由で学校を休んでいいのかと心配になった。
そうして、しばらく車を走らせた後、冴木は、車の通りが少ない道に入った。それからもう少し移動した後、工場らしき所に入った。
「ここは工場だったが、しばらく前に倒産して廃墟になっているんだ。休憩室などもあるから、しばらく潜伏するには適した場所になっている」
冴木は、そんな説明をした後、車を止めた。
「さっき話した通り、他のディフェンスは既に中にいる。来てくれ」
「はい、わかりました」
そうして、春来は車を降りると、冴木や志賀についていく形で、工場の中に入った。そこには、3人の男性がいた。
「思ったより早いじゃねえか。てか、まだ学校終わってねえだろ?」
「昼休みに彼が外に出てきたから、事情を話して、もう連れて来たんだ」
「別に放課後まで待って良かったんじゃねえの? 学生の本分は勉強だぜ?」
「あ、えっと……僕から冴木さん達に話しかけて、それでここまで来たんです。あの、僕は緋山春来です。よろしくお願いします」
そんな風に春来が挨拶すると、3人の男性は穏やかな表情を見せた。
「どこまで聞いてるかわからねえけど、緊張しねえでいいぜ」
「はい、ありがとうございます」
「ああ、それと、この二人は無口なんだ。全然話さねえけど、不機嫌なわけじゃねえから、安心してくれ」
代表するように話してくれた男性は、言葉遣いが悪いものの気さくな感じで、春来は安心した。
「TODが終わるまで、ここに潜伏してもらう。食料などは、十分用意してあるから、安心していい」
「はい、わかりました」
まだ、戸惑いがあるものの、春来は特に危機感を持つことなく、これも一つの経験になればいいといった、楽観的な考えを持っていた。
そして、春来は冴木から、各設備の説明などを受けた。
ただ、その後は特に何もすることなく、時間だけが過ぎていった。




