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TOD  作者: ナナシノススム
ハーフタイム
227/284

ハーフタイム 92

 朋枝が指定した待ち合わせ場所は、電車で一時間ほど移動した先にある駅だった。

 そして、駅を降りると、お互いにスマホで連絡を取り合う形で、春来と朋枝は合流した。

「春来君、おはようございます。来てくれて、ありがとうございます」

「うん、おはよう。今日はどこに行くのかな?」

「それは秘密にしてもいいですか?」

「えっと、秘密にしたいなら、それでもいいけど……」

「それじゃあ、ついて来てください」

 そうして、春来は朋枝に案内される形で駅を離れた。そのまま、数分ほど歩いて到着したのは、景色の良い大きな公園だった。

「トモトモ、遅いわよ?」

「ごめんなさい。すぐに準備します」

 そこには、何人かのスタッフらしき人がいて、春来は戸惑ってしまった。

「春来君、ここで待っていてもらってもいいですか?」

「いいけど、これは……?」

「秘密にしていて、すいません。今日、モデルの仕事があって、その様子を春来君に見てもらいたかったんです。春来君にとっては、つまらないかもしれませんけど、私のこと、しっかり見てください」

 そう言うと、朋枝は控室のような形で用意されたテントに入り、衣装を着替えたり、メイクをしてもらったりした後、撮影に挑んだ。

 朋枝は、カメラマンなどの指示を聞きながら、表情やポーズを都度変えていた。そうした朋枝の様子を見て、春来は思わず見惚れてしまった。

「あなたが、緋山春来君ね?」

 そうしていると、大人っぽい雰囲気の女性が声をかけてきた。

「トモトモ……朋枝ちゃんと言った方がいいわね。私が、朋枝ちゃんのマネージャーをしているの。今日は見学に来てくれて、ありがとう」

「あ、いえ……僕なんかが見学に来て、良かったんでしょうか?」

「こういった撮影は、基本的に見学が自由だから、何の問題もないわ。だから、家族とか、友人とかを呼んで、見学してもらうということは、みんなしているわ」

 そう言った後、朋枝のマネージャーは、ニヤリと笑みを浮かべた。

「でも、朋枝ちゃんが誰かを呼んだのは、今回が初めてよ。それだけ、朋枝ちゃんにとってあなたは特別なのね」

「いえ、僕なんて……」

「朋枝ちゃんが幼い頃に経験したこと、全部聞いているわ。それで、あなたは朋枝ちゃんにとってヒーローだって話、聞き飽きるぐらい聞いてきたわよ」

「そんなことないです。僕だけでは何もできなくて……みんなで朋枝を助けたんです」

「朋枝ちゃんの言った通りね。自分に自信が持てないけど、とても優しい人。春来君のことを、そんな風に朋枝ちゃんは言っていたわよ?」

 そんなことを言われて、春来は戸惑った。

「朋枝ちゃんをスカウトしたのも、私なのよ。朋枝ちゃんは、モデルを始める前から、よく色んな服屋さんに来ていて、私も仕事柄行くことが多いから、何度も見かけていたの。そうしたことがあって、ファッションに興味があるなら、モデルの仕事をしてみないかと誘ったのよ」

「そんなことがあったんですね。でも、朋枝がモデルをしていると知って、僕は驚きました」

「そうでしょうね。朋枝ちゃんは、自分に自信を持ちたいという明確な目的があって、ファッションに拘っていたみたい。それで、モデルの仕事を受けたのも、同じ理由みたいよ。少しでも自分に自信を持ちたい。そのために、朋枝ちゃんはキレイになることを選択したんだと思うわ」

 自信の持ち方は、人それぞれで違う。春翔は、自分自身を奮い立たせるようにして、いつも自信を持っている様子だった。そんな春翔に引っ張られる形で、春来は様々なことを経験できた。

 ただ、春翔は両親が亡くなってから、どこか自信なさげに見えることが増えた。そうした春翔を見て、元気付けたいといった思いが生まれてから、今度は春来の方が自信を持とうと思い、少しずつでも変わっている最中だ。

 それに対して、朋枝は外見を変えることで、自信を持とうとしてきたようだ。その結果、大人っぽい雰囲気になっただけでなく、撮影に挑む姿は、自信に溢れていた。特に、今日は撮影のための衣装を着て、メイクもしているため、普段とは別人に見えるほどだった。

「全部、春来君のために朋枝ちゃんが努力してきたことよ。それを今日は見せたくて、春来君に来てもらったんでしょうね」

「いえ、朋枝が自分自身のために努力した結果じゃないですか?」

「まったく、春来君は本当に自分に自信がないのね。よく見なさいよ。今日の朋枝ちゃん、いつもよりずっといい表情で、きっとそれは春来君が来てくれたからよ」

 そう言われても納得できなかったものの、確かに、朋枝の表情はとても良いものに見えた。その時、朋枝が春来の方を一瞬だけ見た。すると、朋枝が笑顔を見せて、春来は思わず息をのんでしまった。

「ほら、いい表情じゃない?」

「……そうですね」

 春来は、そんなことしか言えなかった。

 その後、途中で衣装を変えつつ、撮影は進んでいった。その様子を、春来はただ見守っていた。

 そうして撮影が終わると、朋枝は普段着に着替えた。

「春来君、お待たせしました。ごめんなさい、つまらなかったですかね?」

「ううん、何か圧倒されちゃったし、見られて良かったよ」

「それなら良かったです」

 撮影時のままのメイクだったものの、こうして話すと、いつもの朋枝だった。それは、撮影時の朋枝が別人のようだったのが、単にメイクだけが原因じゃないと気付かされるものだった。

「まだ時間はありますか?」

「うん、大丈夫だよ」

「それじゃあ、少し近くを回りませんか? この辺り、デートスポットみたいで、行ってみたい場所がたくさんあるんです」

 不意にデートという単語を聞いて、春来は戸惑ってしまった。

「えっと、スキャンダルとかは、大丈夫なのかな?」

「それはマネージャーの私から言わせてもらうけど、モデルはアイドルみたいに恋愛禁止ってわけじゃないから、安心していいわよ。だから、せっかくだし、デートを楽しんできなさいよ」

「ありがとうございます。それじゃあ、春来君、行きましょう」

「ああ、うん」

 断る理由が見つからず、春来は朋枝と一緒に、その場を後にした。

 それから、朋枝は小腹が空いたと言って、近くのクレープ屋でクレープを買った。それは、クリームやフルーツがたくさん乗った、ボリュームのあるものだった。

「マネージャーには秘密にしてくださいね。スタイルが崩れるからって、普段は控えるように言われているんです」

「いや、先に言ってよ。それじゃあ、僕が共犯になっちゃうじゃん」

「先に言ったら、止められるから言わなかったんですよ」

 朋枝は、悪戯をする子供のように笑った。

 それから、景色の良い場所をいくつか回ったり、スポットとなっているモニュメントを見たり、そうして長い時間を過ごした。

 その後、朋枝は気になっている服屋があるとのことで、その店を訪れると、いくつか服を試着した。

「この服はどうですか?」

「いや、僕はファッションのこととか、よくわからないから……」

「私の写真を見てくれる人の多くは、春来君と同じです。だから、春来君の感想を聞かせてください」

「そう言われても、似合っているとしか……あ、でも、今のメイクだと少し大人っぽいから、その服は合わないかもしれないね。でも、普段着としてなら、合うんじゃないかな?」

「ちゃんと意見を言ってくれて、ありがとうございます。確かに、普段はメイクを控えめにしているので、そちらだと合いそうですね。それじゃあ、今度は、こちらの服を試してもいいですか?」

 その後も、朋枝が都度聞いてくるため、春来は自分なりに意見を伝えた。その度に、朋枝は喜んでいるような反応を見せた。

 そうして、朋枝がいくつか服を買った後は、少し休憩しようと、近くにあった大きな公園のベンチに二人で座り、しばらく話をすることになった。

「春来君のおかげで、素敵な服を買うことができました」

「いや、大したことも言えなかったし……」

「そんなことないです。私にとって、今日は人生で一番幸せな日です」

「そんな大げさな……」

「大げさじゃないんです」

 不意に朋枝が真剣な表情になって、春来は固まってしまった。

「春来君がいなかったら、私は今ここにいなかったと思います」

「その……僕だけじゃなくて、春翔や隆や、みんなが朋枝を助けたんだよ?」

「そうじゃないんです。春来君達と別れた後、私は一人になって、そうしたら不安になって……何度も自殺を考えることがあったんです」

 急にそんなことを言われて、春来は言葉を失った。ただ、すぐに否定したいと思い、自然と口が開いた。

「ふざけるな! そんなこと考えるなよ! 朋枝がそんなことしたら……」

 そうして感情をぶつけていると、朋枝が嬉しそうに笑ったため、春来は戸惑った。

「朋枝?」

「ごめんなさい。春来君なら、きっとそう言ってくれると思って、私はずっと生きてこられたんです。それで、自分に自信を持ちたくて、自分を変えたいと思って……私は、変われましたか?」

 春来から見ても、朋枝は変わった。ただ、それをそのまま伝えるのは、何か違う気がして、何も言えなかった。

 そうして黙っていると、春来の思いを察した様子で、朋枝は笑顔を見せた。

「別れる時、お互いに少しでも自分に自信が持てた時、私の気持ちを伝えると言いました。今、それを伝えてもいいですか?」

 そう言うと、朋枝は真剣な表情になった。

「……うん、いいよ」

 そして、そんな朋枝に少しだけ圧倒されつつ、春来はそう答えることしかできなかった。

「万場朋枝は、緋山春来君のことが好きです。だから、私と付き合ってください」

 朋枝は真っ直ぐな目で、そう伝えてきた。

 それに対して、春来は思わず目をそらしてしまった。

「ごめん、僕は誰かと付き合うっていうのが、どういうものかわからなくて……」

「それは、春翔ちゃんがいるからですか?」

 そんな風に聞かれて、春来は朋枝に目を戻した。相変わらず、朋枝は真っ直ぐこちらを見ていて、それはどこか責めているかのような雰囲気だった。

 そして、そんな朋枝に対して、誤魔化すのはやめようと決心すると、春来は口を開いた。

「うん、僕は春翔のことが好きだよ。だから、ごめん。誰かと付き合うとか、そういうことをするつもりはないよ」

 そう伝えると、朋枝は寂し気な様子で、笑顔を見せた。

「私は、自分に自信を持ちたくて、服に拘ったり、表情の作り方を勉強したり、そうしてモデルの仕事を始めました。モデルの仕事、順調なんだと思います。コンテストでも優勝して、実は今度、写真集も出す予定みたいですよ。そんな私の告白を断るなんて、春来君はひどい人です」

 朋枝は、台詞を言うかのように、淡々とそんなことを言った。それから、少しだけ間を空けると、目に涙を浮かべながら、また口を開いた。

「春来君が春翔ちゃんのことを好きだなんて、ずっとずっと前からわかっていました。それなのに、好きという気持ちは抑えられなくて、再会した後は、さらに大きくなるばかりです」

 それだけ自分のことを好きでいてくれている。そうした朋枝の思いは、はっきりと春来に伝わった。

「今まで触れないようにしていましたけど、記事を読んだので、春翔ちゃんの両親のことや、家族として春来君と春翔ちゃんが一緒に暮らしていることも知っています。そのうえで聞きますけど、春来君は春翔ちゃんと恋人になるつもりはないんですか?」

「……うん、だって、僕と春翔はいつも一緒にいるし、恋人になっても、今より関係としては下になってしまうと思うから……」

「だったら、春翔ちゃんと比べて、私の方が下でも構いません。私を恋人にしてくれませんか?」

「いや、そんなの……」

「春来君にとって、一番大切な人は、春翔ちゃんのままでいいです。それでいいですから、私を恋人にしてください」

 朋枝は、自分を好きでなくてもいいといった形で、そこまで言ってきた。そのことに戸惑いつつ、春来は首を振った。

「そんなの、朋枝に悪いよ」

「私はそれでいいんです。そうしたいんです。このことは、春翔ちゃんにも話しました」

「え?」

「実は……春翔ちゃんにも、同じことを話しました。納得していないようでしたけど、春来君が私を恋人にしてくれたら、春翔ちゃんも変わると思います。それこそ、春翔ちゃんの方も、誰か恋人を作るようになるんじゃ……」

「そんなの絶対に嫌だよ!」

 春来は、思わず大きな声が出てしまった。同時に、何でそんなことを言ってしまったのだろうかと思いつつ、自然と胸に手を当てていた。

「やっぱり、春来君は、春翔ちゃんと今の関係のままでいいなんて、思っていないんですね」

 朋枝からそう言われて、春来はハッとさせられた。ただ、そうした自分を、すぐに否定した。

「いや、僕がそんな思いを伝えたら、春翔の居場所を奪ってしまうかもしれないし、だから今のままでいいんだよ」

「春来君は、何があっても春翔ちゃんの居場所を作ってあげるはずです。今までだって、春来君は春翔ちゃんの居場所を作り続けているじゃないですか」

「そんなことないよ。反対に、春翔が僕の居場所を作り続けてくれているだけだよ」

「だったら、春来君と春翔ちゃんの二人で、考える……悩むべきじゃないですか?」

 そう言われて、春来は返す言葉がなかった。

「大丈夫ですよ。きっと何があっても、春来君と春翔ちゃんの居場所がなくなることはありません」

 朋枝は、穏やかな表情でそう言い切った。それから、どこかわざとらしくため息をついた。

「結局、春来君の背中を押すことになってしまいましたね。でも、これもわかっていたことなので……」

 その時、朋枝の目から涙が零れ落ちた。それを隠すように、朋枝は両手を顔に当てると、そのまま下を向いた。

「ごめんなさい。ここでお別れにしてください」

「いや、でも……」

「春来君のために、キレイになろうと努力してきたんです。だから、こんな顔、見せたくないです。わかってくれませんか?」

 そこまで言われて、春来は頷いた。それから、朋枝に背を向けて、少しだけ離れた後、軽く息を吸った。

「朋枝、僕のことを好きになってくれて、ありがとう」

 振り返ることなく、そう伝えると、朋枝が顔を上げたことを気配などから感じた。

「はい、どういたしまして!」

 それは、涙声だった。そして、そんな朋枝の思いを受けると、春来はその場を後にした。

 それから、帰りの電車の中で、春来は、ただただ春翔のことを考えていた。それは、降りる駅を間違えてしまいそうになるほどで、どこか上手く頭が回らなかった。

 そうして駅を降りると、春来は真っ直ぐ家に帰った。ただ、家の前で待っている春翔の姿を見つけて、足を止めた。

「春翔?」

「春来、おかえり」

「うん、ただいま。こんな所で、どうしたのかな?」

「春来、少しだけ二人きりで話せないかな?」

 春来の質問に答えることなく、春翔はそう言った。それに対して、春来は頷いた。

「うん、僕も春翔と話したいと思っていたよ」

 それから、春来と春翔は、いつも通り近くの公園へ行くと、ベンチに座った。ただ、しばらくの間、お互いに何も話すことなく、沈黙が続いた。

 今は、公園に誰もいなくて、お互いの息遣いだけが響いていた。その時、春翔の息遣いが少し変わったことを春来は感じた。

「……春来、朋枝ちゃんから、何か言われたよね?」

 春翔は、遠回しな表現で、そう聞いてきた。それを受けて、春来は反対に、はっきり伝えようと決心すると、口を開いた。

「うん、朋枝から告白されて……付き合ってほしいって言われたよ」

「朋枝ちゃん、ちゃんと伝えたんだね。勇気があって、すごいな……」

 朋枝の言っていた通り、春翔は事前に話を聞いていたようだ。

「それじゃあ、春来は……朋枝ちゃんと付き合うんだよね?」

「……ううん、断ったよ」

 そう言うと、少しだけ間があった後、春翔は驚いた様子を見せた。

「何で? 朋枝ちゃん、あんなにキレイだし、性格だっていいし、断る理由なんか……」

「春翔、一週間後の日曜日、何も予定なかったよね?」

 春翔の質問に答えることなく、春来は反対に質問した。それに対して、春翔は戸惑っているようだった。

「えっと、ないけど?」

「それじゃあ……」

 春来は少しだけ間を置いた後、笑顔を見せた。

「その日一日、恋人として、僕とデートしてくれませんか?」

 春翔は、何を言われているのか理解していない様子で、少しの間、キョトンとしていた。ただ、言葉の意味を理解すると、少し驚いたような表情も見せつつ、最後は笑顔を見せた。

「うん、デートしましょう」

 お互いに、妙な敬語になっていることがおかしくて、春来と春翔は少しだけ笑った。

「えっと……それじゃあ、私は先に帰るね」

 それから、春翔は照れ臭そうな様子でそう言った後、少し駆け足に近い速度で、その場を離れた。

 そうして、一人残された春来は、胸に手を当てて、心臓の鼓動が激しくなっていることを感じながら、しばらくベンチに座っていた。

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