ハーフタイム 90
練習試合当日、春来達は、城灰高校の最寄り駅に集合した。それは、今日の練習試合が、城灰高校のグラウンドで行われるためで、春来は春翔と隆と一緒に、電車で30分ほど移動した。
「今日は、試合を通して、自分の役割が何なのか、理解することを目標にしてね」
春来や隆にとって、今日は高校に入学してから初めての練習試合となる。そのため、顧問は簡単にそんなことを言った。
そうして、城灰高校に到着すると、簡単に挨拶をした。それから、練習試合が始まるまで、少し時間があり、それぞれウォーミングアップを始めた。
その際、孝太が春来に近付いてきた。
「こんな形で、また春来と勝負できて嬉しいよ。当然、今日の試合に出るよね?」
「うん、僕も隆もスターティングメンバ―として出る予定だよ」
「良かった。僕も出るから、また勝負できるね」
孝太は、嬉しそうにそう言った。
「まあ、お互いチームも変わったし、今日は、このチームで何ができるかを考える、いい機会だと思って、試合をするよ」
「ふざけるなよ。僕は、今度こそ負けねえつもりで、全力でやる」
「負けるつもりでやるなんて言っていないよ。練習試合だとしても、ハンデなしでいくからね」
そんなやり取りをした後、ウォーミングアップも終わり、試合の開始を待つ形になった。
「やっぱり、孝太は人気があるんだな。ギャラリーがたくさんいるじゃねえかよ」
城灰高校は、練習試合でも観客を入れる方針にしているそうだ。そのため、隆の言う通り、城灰高校の生徒と思われる人が大勢来ていて、特に孝太を応援しているようだった。
「まあ、ここは城灰高校だし、応援する人がいるのは普通じゃないかな?」
「それにしたって多いだろ」
「そうかもしれないけど……それを言ったら、ここは赤兎高校じゃないのに、これだけ応援に来る人がいる、僕達も十分すごいんじゃないかな?」
春来の言う通り、赤兎高校の生徒も何人か応援に来てくれていた。その中には、朋枝の姿もあった。
朋枝は、変装のつもりなのか、メガネとマスクをつけていた。ただ、朋枝を知っている人からすると、ほとんど意味がないように春来は感じた。
「朋枝、家がこの近くらしいな」
「そうなんだ? それでも、わざわざ来てくれたわけだし、嬉しいよ」
そう言うと、隆は少しだけ怒ったような表情を見せた。
「春来、朋枝に気がねえなら、あまり微妙な態度を取らねえようにしろよ?」
「えっと、どういう意味かな?」
「まあ、言ってもわからねえよな。だったら、これ以上は何も言わねえよ」
これまで、隆は学校で、こんな話をしてこなかった。それなのに、このタイミングで伝えてきたのは、近くに春翔と朋枝がいないからだろうと感じた。というのも、春来達は、学校でいつも一緒にいるからだ。
そして、春翔と朋枝に聞かれたくない話となると、自分が春翔に対して持っている思いが関係していることを、春来は直感的に理解していた。
とはいえ、春来としては、春翔と今の状態を維持したいといった思いがまだ強く、深く踏み込まないようにした。
また、今日は阪東も取材のために来てくれた。阪東は、春来だけでなく、赤兎高校サッカー部の記事を掲載するという方向で、積極的に部員の話を聞いていた。それは、春来の望んだことで、その結果、自分自身だけでなく、赤兎高校サッカー部を知ってほしいといった思いを持っていた。
「そろそろ始まるから、みんな集まって」
顧問からそう言われ、春来達はグラウンドに集まった。そして、改めて挨拶をした後、それぞれが自分のポジションについた。
キックオフは赤兎高校からで、それは先輩が行うことになった。そして、春来はボールから近い位置にいた。そんな春来を警戒するように、孝太は春来の進路を潰すようなポジション取りをした。
そして、試合開始のホイッスルが鳴った。
その直後、春来は左へ移動した。そうすると、孝太は春来をマークするようについてきた。
その間に、先輩達は数人でゴールを目指した。それは、いわゆる速攻そのもので、相手は試合開始早々、動揺している様子だった。
それは孝太も同じで、春来をマークしている場合ではない。むしろ、春来は囮かもしれない。そう考えたのか、意識が春来から外れた。
その隙に、春来はセンターの方へ戻った。そんな春来の動きにまた戸惑った様子を見せつつ、孝太は味方のフォローに向かった。
そうして様子をうかがっていると、相手にボールを奪われて、すぐに孝太へパスが送られた。それを予想していた春来は、すぐ孝太に迫った。
孝太は、春来を相手に、今度こそ負けないと意気込んでいる様子だった。そんな孝太に対して、春来は乱暴ともいえる形で、無理やりボールを奪いにいった。
それに対して、孝太は咄嗟にかわしたものの、その先には隆がいた。
そうして、隆はボールを奪うと、すぐに春来へパスが送られた。その瞬間、春来はゴールへと繋がる線が無数に見えた。というのも、誰にパスを送ってもゴールを決められるだろうというほど、相手のディフェンスが崩れていたからだ。
ただ、春来は自らゴールを狙うかのように、ゴール近くまで迫った。その結果、相手は春来に意識を向けてきて、さらにディフェンスが崩れた。そうしたうえで、フリーになっていた味方にパスを送ると、簡単にゴールを決めてくれた。
それは、試合開始直後の出来事だったため、相手は何が起こったのかわかっていない様子で、呆然としていた。
「まだまだこれからだ! こんな特殊な奇襲戦法、何度も通用するわけがねえし、集中しよう!」
一年生でありながら、孝太はキャプテンのように、そんな声を上げた。その言葉で、相手は奮起したように、目付きが変わった。
そうして、それぞれが自分のポジションに戻るところで、孝太が春来に話しかけてきた。
「春来は積極的にボールを奪いにくるし、隆も前線近くまで来るし、さすがにプレイスタイルが変わり過ぎじゃね?」
「チームが変われば、プレイスタイルが変わるのは普通じゃないかな?」
「僕はそうじゃねえんだけどね」
思えば、城灰高校は守備を重視したチームで、孝太のいた沼萩中学校と似ていた。そのため、孝太は、今まで通りのプレイスタイルを貫いているようだった。
それは、城灰高校がバランスの良いチームを築けているのだろうと感じさせるものだった。ただ、攻撃に特化するという、バランスの悪い赤兎高校は、城灰高校にとって相性の悪い相手になっているだろうとも感じた。
それから、今度は城灰高校のキックオフで、それは孝太が行った。同時に、春来は先ほどと同じように、積極的にボールを奪いにいった。というより、味方数人と一緒に、ほぼ一斉といった形でボールを奪いにいった。
それに対して、孝太は咄嗟にパスを送った。ただ、そこには隆がいて、すぐにボールを奪った。
次の瞬間、赤兎高校の部員のほとんどが、相手のゴールを目指して走り出した。
今、赤兎高校のゴール近くには、キーパーしかいない。それは、ボールを奪われれば、簡単にゴールを決められてしまう状況ということだ。そんな状況の中、春来はボールを受けた。
そして、春来はゴールへと繋がる線が見えると、ゴールに向かった。そんな春来に対応するように、孝太だけでなく、多くの相手が迫ってきた。
それを確認したうえで、春来は前線にいる味方にパスを回した。その結果、相手のディフェンスより、相手のゴールを攻める味方の方が多い形になり、そのまま押し切るようにゴールを決めた。
「こんな奇襲戦法、そう何度も通用するわけがねえし、落ち着こう」
孝太がそんな風に言ったところで、春来は思わず笑ってしまった。そして、一つのヒントを与えることにした。
「これ、特殊でも奇襲戦法でもなくて、このチームの普通だよ?」
そんな言葉を伝えると、孝太は驚いた様子を見せた。
「いや、そんなことしたら、点を入れられまくって、ボロボロになるし……何より疲れるんじゃね?」
その言葉は図星で、春来は苦笑した。
「うん、だから後半になると、みんなバテバテになると思うし、それまでとにかく点を稼ぐよ。そんな感じで、とにかく攻めるから、しっかり対応してね」
「何で、そんなこと教えるんだよ?」
孝太の質問は、当然のものだった。それを受けて、春来は答えを伝えることにした。
「これだと大会で勝てないってことは、わかっているよ。だから、これだとダメだってことを、みんなに教えてよ」
赤兎高校は、顧問にサッカーを教える技術があまりないだけでなく、週に一回は必ず休日があるなど、練習に専念しているわけでもない。そのため、現状は、素人の集団といった感じだった。
一応、春来と隆が入ったことで、変わった部分はある。しかし、このままの赤兎高校では、大会で勝ち続けることは難しいと、はっきりわかっていた。ただ、それは、ちょっとしたきっかけで、すぐに変わるだろうとも、春来は信じていた。
「……たく、敵を練習に使うなよ」
「これは、練習試合だよ?」
「いや、そうだけど……そう言われたら、春来達がこのままでいるよう、わざと負けた方がいいって考えるのが普通じゃね?」
「孝太は、そんな風に考えないと思っていたけど、違うのかな?」
その言葉に、孝太は笑顔を返した。
「僕のことをよく理解してくれて、まるで親友みたいで嬉しいよ。期待に応えて、全力でやるし、まだ負ける気もねえから、覚悟しろよ?」
「うん、ありがとう。じゃあ、引き続きこっちは、普通を貫くよ」
それから、赤兎高校がいくつか追加点を入れた後、後半に入る頃には動けなくなる人が出てきた。そのため、人を交代するなどの対応をしたものの、こちらから攻めることはほぼなくなった。
これは当たり前のことで、攻めるとなれば長い距離を移動することが多く、その分スタミナを大きく消費する。そのため、とにかく攻めることを優先する赤兎高校は、後半になると動ける人がほとんどいなくなってしまうという大きな欠点がある。
それだけでなく、攻めも強引なため、得点に繋がることは少なく、むしろカウンターを受ける形で、前半から大量失点をするようなことも多かった。ただ、春来と隆が入ったことで、この問題については、ほとんど解決してしまった。それは、序盤から多くの得点を狙えるようになっただけでなく、仮にカウンターを受けそうになっても抑えられるようになったからだ。
とはいえ、後半になると真面に動ける人がほとんどいないという、大きな欠点は残ったままだ。そのため、大量失点をしてしまうリスクは、後半になるほど大きくなる。そのことを、赤兎高校の部員達に自覚してもらいたいと、春来は思っていた。
そして、春来の思った通り、後半は城灰高校の独擅場といった展開になった。ただ、逆転されそうになったところで、春来と隆は、ディフェンスを重視するようにした。そうして、どうにか失点を抑えた結果、6対5で、赤兎高校が勝利した。
とはいえ、サッカーの試合で、お互いに5点以上の点が入ることは珍しく、これが赤兎高校なのだろうということを改めて春来は感じた。それは、他の部員や顧問も同じのようで、これをきっかけに改善点を見つけて、赤兎高校は強くなるだろうとも感じた。
それから、今日はここで解散とのことで、それぞれ荷物をまとめると、帰ることになった。
「たく、僕は春来に負けてばかりで、悔しいよ」
そのタイミングで、孝太が話しかけてきた。
「今日は練習試合だし、孝太も色々と教えてくれてありがとう」
「感謝なんかいらねえよ。ただ、大会では負けねえからね。予選までに期間はあるし、徹底的に対策するから、覚悟しろよ?」
高校の大会として大きなものは、全国高校サッカー選手権だ。これは、年末年始を跨ぐように行われるもので、それこそ一番強い高校を決める大会になる。
この大会に参加するための予選は、8月の下旬から始まる。そのため、孝太の言う通り期間があり、この間にどのような練習をするかというのは、重要なことだった。
それは、赤兎高校も同じで、後半で多くの失点があったことについて、みんな反省していた。そのため、今後は少しでもディフェンスに意識を向けることで、このチームは進化するだろうといった、そんな期待を春来は持った。
そうして解散すると、春来は阪東に簡単な挨拶をした。そして、その後は、春来、春翔、隆、朋枝という、いつもの四人になった。
「朋枝は、ここから家が近いんだよな?」
「はい、歩いて行ける所にあります」
「朋枝はモデル活動をしているし、あまり自分がどこに暮らしているか、伝えない方がいいんじゃないかな?」
「はい、わかっています。だから、本当に仲がいい人にしか言わないようにしています」
「……朋枝がこの近くに暮らしているって、隆から聞いたんだけど?」
「いや、それは春来にしか言ってねえから! てか、春来は知ってると思ってたから……」
「朋枝ちゃん、本当に気を付けた方がいいよ? これを機に、隆君には今後何も言わないように……」
「だから、春来にしか言ってねえから!」
春翔に責められて、隆は戸惑っていた。ただ、そうした様子を朋枝が笑顔で見ていたため、何の問題もないのだろうと春来は感じた。
それから、すぐに帰るつもりだったものの、隆から行きたい所があると言われて、春来達は付き合うことにした。
そこは、ゲームセンターだった。
「ここにも、この前やったバイクのレースゲームがあるんだ。春来、今日は負けねえからな」
「僕の不戦敗みたいな感じで、回避できないかな?」
「そんな面倒そうな顔をするなよ!」
「ごめん、本当に面倒だと思っているよ」
「そんな悲しいこと言うなよ! 『親友』と書いて『ライバル』と読むって感じの相手になってくれよ!」
そんな隆の言葉に対して、春来は何を言えばいいのかわからなかった。そして、諦めるように勝負を受けることにした。
そうして、今日は春来と隆の一騎打ちといった形で勝負した。ただ、結果は今回も春来の勝ちだった。
「次は負けねえからな!」
「だから、僕の不戦敗にしてよ」
そう言ったものの、隆が諦める様子は一切なかった。
その後は、適当にゲームセンターの中を回った。その際、春翔がUFOキャッチャーの前で足を止めた。そして、そこにあった犬のぬいぐるみをじっくり見ていた。
「これ、やってみていい?」
「うん、いいんじゃないかな?」
それから、春翔は何度も挑戦したものの、ぬいぐるみは取れそうになかった。
「俺もやってやるよ」
それから隆も挑戦したものの、やはりぬいぐるみは取れなかった。
その間、春来はアームが動く速度や、ぬいぐるみのバランスなどを観察していた。
「僕もやってみていいかな?」
そして、春来が挑戦すると、たったの一回でぬいぐるみは取れてしまった。
「春来、すごい!」
「おめでとうございます!」
「春来、UFOキャッチャー、得意だったのかよ?」
「いや、どうかな? 今までやったことがあるかどうかも、覚えていないんだけど?」
「たく、マジで敵わねえな」
そんなやり取りをした後、春来は春翔にぬいぐるみを差し出した。
「え、もらっていいの?」
「春翔のために取ったんだから、むしろもらってくれないと困るよ」
「ありがとう!」
春翔は心から喜んでいる様子で、満面の笑顔だった。そんな春翔の笑顔を見て、春来も嬉しくなった。
その後、朋枝と別れると、春来達は電車に乗った。そして、家の近くの駅で降りると、途中で隆とも別れ、春来と春翔の二人きりになった。
「春来、本当にありがとう」
春翔は、ぬいぐるみが気に入ったようで、ずっと抱いていた。
「そんなに気に入ってくれて、僕も嬉しいよ。そういえば、春翔は昔からぬいぐるみが好きで、今も部屋に飾っているよね?」
春来は男子のため、ぬいぐるみというものにそこまで関心が向かず、こうした話をすることは今までなかった。ただ、春来の取ったぬいぐるみを喜ぶ春翔を見て、そんな話題を振った。
「うん、春来には話したことなかったかな? ママが裁縫とか好きだったみたいで、私が小さい時から、ぬいぐるみを作ってくれたんだよね。それで、ぬいぐるみが好きになったの」
「あれって、春翔の母さんが作ったものだったんだ?」
「店とかで買ってもらったものもあるけどね。全部、私にとっては宝物だよ。当然、春来にもらった、このぬいぐるみも宝物だよ」
ずっと春翔と一緒にいるのに、まだ知らないことがたくさんある。それは、これからもっともっと春翔を知ることができるということだ。そう思うと、春来は嬉しかった。
「私もママから色々と教えてもらったんだけど、上手くできなくて諦めちゃったんだよね。簡単なところだと、ミサンガって知っているかな?」
「うん……まあ、知ってはいるって感じかな」
「昔、サッカーが話題になった時に、ミサンガをつけて応援するっていうのが流行ったみたいで、ママから簡単だから作ってみたらどうかって言われて、教えてもらったんだよね。でも、全然上手くいかなくて……」
そこまで話して、春翔は何か思い付いたような様子を見せた。
「春翔?」
「ミサンガを作って、サッカー部のみんなに渡すのって、どうかな? 何か、みんながお揃いで同じものをつけているって、一体感があっていいじゃん?」
それは、この場の思い付きで言っているのだろうと理解しつつ、いい考えだと春来も思った。
「うん、いいんじゃないかな? 春翔がやりたいと思ったなら、僕も色々と調べて応援するよ。それに、確か母さんも、そういうのは得意だったと思うし、色々と教えてくれると思うよ」
「うん、それじゃあ、頑張る!」
そうして、春翔は赤兎高校サッカー部、全員のミサンガを作ると決めた。
そして、春来は、そんな春翔を応援することにした。




