ハーフタイム 89
高校の入学式当日。
春来と春翔は、それぞれ新しい制服を着て、家を出た。
赤兎高校も歩いて行けるため、そこまで早い時間に出発する必要もなく、向かう先が違うというだけで、これまで通りの通学と、そんなに変わらなかった。
「春来、春翔、おはよう」
そして、途中で隆と合流すると、三人で学校へ向かった。
「やっぱ、学ランは合わねえよ。何だか首が苦しいんだよな」
「そのうち慣れるよ」
「二人とも、学ラン似合っているよ」
そんな話をしつつ、春来達は赤兎高校に到着した。
「よし、今度こそ春来に勝つからな。誰が最初に……」
「それ、またやるの?」
「まさか、本当にそれがしたくて、僕と同じ高校にしたんじゃないよね?」
「いや、流石にそれが志望理由じゃねえよ。でも、また勝負ができるなら、やりてえとは思ってたよ」
「何を言っても聞かないだろうし、付き合うよ」
そうして、春来は多少うんざりしつつ、いつも通り、誰がどのクラスかを見つける勝負を受けることにした。
春来達は、掲示板を見ないように、顔を下に向けつつ、掲示板の前に立った。
「じゃあ、行くからな? せーの!」
そして、隆の合図を聞いて、春来は顔を上げた。
「僕も春翔も隆も、D組だよ」
「だから、早いって! てか、マジでそうだ……ってか、同じクラスじゃねえか!」
隆は、勝負に負けた悔しさと、また春来と春翔と同じクラスになった喜びが混ざった変な反応をしていた。
「また同じクラスで嬉しい。春来、隆君、今年もよろしくね」
「うん、よろしく」
「ああ、よろしくな。てか、いつもだけど、何でこんなに見つけるのが早いのか、意味がわからねえよ。知ってる名前が少ねえって言っても、三つの名前を見つけるって、普通に考えて大変だろ」
「それなんだけど……」
そう言いながら、春来は改めて掲示板に目をやった。
「同じクラスに、もう一つ知っている名前があって……」
その時、後ろから近付いてくる人がいたため、春来は振り返った。そこには、一人の女子が立っていた。
「あの、すいません。春来君、春翔ちゃん、それに隆君も、お久しぶりです」
そんな風に言われたものの、この女子が誰なのか、春来はわからなかった。ただ、先ほど見つけた名前を思い出して、自然と口を開いていた。
「もしかして、朋枝かな?」
「はい、そうです! 万場朋枝です! 覚えていてくれたんですね!」
朋枝は嬉しそうな様子で、大きな声を上げた。
「いや、覚えてはいたけど、全然雰囲気が違うから、気付かなかったよ。でも、同じクラスに名前があったから、もしかしたらと思って……本当に久しぶりだね」
「朋枝ちゃんなの!? 久しぶりだね!」
「マジか!? てか、同じクラスなのかよ!?」
春翔と隆は驚いた様子で、朋枝と同じように、大きな声を上げた。
「はい、改めまして、お久しぶりです。実は、推薦入試の時に、みんなを見つけたんです。それだけでなく、サッカーの試合も何度か見に行ったんですけど、声をかけることができなかったんです。でも、こうして同じ高校になっただけでなく、同じクラスになれて、嬉しいです」
「それなら、もっと早く声をかけてほしかったよ。朋枝ちゃん、大人っぽくなったというか、すごく大きいし、全然わからなかったよ」
春翔の言う通り、朋枝は大人っぽい雰囲気だった。また、女子にしては身長も高く、身長の低い春翔からすると、かなり大きく見えているようだった。
「確かに、でけえな……」
一方、隆は春翔に同意しているかのような言葉を言っているものの、その視線は妙に低かった。そんな隆に対して、朋枝は呆れたように笑った。
「隆君、私はいいですけど、そうやって胸ばかり見ていると、女子から嫌われますよ?」
「は!? いや、見てねえし!」
「隆君、最低」
「だから、見てねえし!」
隆が慌てた様子で、図星なのだろうということは、誰の目からも明らかだった。
「朋枝ちゃん、気を付けた方がいいよ?」
「春翔ちゃん、心配してくれてありがとうございます。でも、大丈夫です。見られることには慣れているんです」
「慣れているって、どういうこと?」
そんな話をしていると、数人の女子が朋枝に近付いた。
「あの、すいません。トモトモですよね?」
そんな風に声をかけられて、朋枝はそちらに顔を向けた。
「やっぱり、トモトモだ! 雑誌とか見て、憧れてたんです!」
「握手してもらってもいいですか?」
「私もお願いしたいです」
「あの、写真とか撮ってもいいですか?」
そう言われて、朋枝は困っているようだった。
「ごめんなさい。そういうのは断っているんです」
「同じ高校なんですよね!? 是非友達になってください!」
「だったら、私も友達になりたいです!」
何が起こっているのか理解できないものの、朋枝が困っていることは理解できた。そのため、春来はすぐに決断した。
「朋枝、そろそろ教室に行こう。春翔と隆も一緒に行こうよ」
そう言うと、春来は春翔と朋枝の手を握り、二人を引っ張るようにして、その場を後にした。それだけでなく、隆が周りを威圧するように睨んでくれたおかげで、ついてくる人はいなかった。
そうして、学校に入ったところで、春来は手を離した。
「これで良かったんだよね?」
「はい、助かりました。ありがとうございます」
「朋枝ちゃん、さっきのは何なの? トモトモって呼んでいる人もいたけど?」
そんな質問をすると、朋枝は少しだけ間を空けた後、口を開いた。
「実は、トモトモという名前で、モデル活動をしているんです」
「モデル!?」
「スカウトされて、最初は読者モデルのような軽い仕事を受けていたんです。そうしたら、大きな反響があったそうで、今は事務所に所属して、本格的にモデル活動をやっているんです。先日、あるコンテストでも優勝したので、知っている人は知っているみたいですね」
そんな話をされたものの、春来達は誰もそのことを知らなかったため、複雑な気持ちになってしまった。
「僕は全然知らなかったよ」
「私も知らなかったし、驚いちゃったよ」
「俺も知らなかった」
「それは当然のことだと思います。春来君達は、サッカーに集中していたじゃないですか? 全国大会で優勝したこと、本当におめでとうございます。私も嬉しかったです」
「いや、そうしたことを知ってくれているのに、反対に僕達は朋枝の活動を全然知らなくて、本当にごめんね」
「だから、謝らないでください。私自身、モデルの世界で話題になるなんて、思っていませんでした。反対に、春来君達がサッカーの世界で話題になることはわかっていたので、色々な活躍を見逃さないよう、私は逐一確認していたんです。その違いですよ」
そう言われたものの、春来は申し訳ないという気持ちしかなかった。それは、春翔と隆も同じのようだった。
「いや、でも……」
「やっぱり、一番すごいと思ったのは、沼萩中学校との試合でした。相手も強かったんですけど、それでもチームの力で勝った、いい試合だったと思います」
それから、朋枝は全部の試合の感想を言うんじゃないかと思わせるほど、とにかく試合の感想を言い続けた。ただ、流石に全部聞くわけにはいかないと思い、止めることにした。
「えっと、ありがとう。色々な感想が聞けて、嬉しかったよ」
「雑誌などに掲載された、春来君の記事も見ましたよ。あれもすごく良くて……」
「ごめん、変に意識しないよう、自分のことを書いた記事は見ないようにしているから、詳しい内容とかは知らないんだよね」
「あ、そうなんですね。でも、引退試合も、すごくいい雰囲気だったようで……」
朋枝の感想は止まりそうになかったため、反対に春来から質問することにした。
「そういえば、トモトモって名前にしたのは、何か理由があるのかな?」
「そんな大した理由はないですよ。何か、芸名のようなものを付けていいと言われて、簡単に自分のあだ名みたいなものを考えただけです」
「朋枝だから、トモトモってことだよね? そのあだ名の付け方だと、僕と春翔は、同じハルハルになっちゃうね」
「別に、名前のどこを取るかは決めていないので、ルキルキとか、ハキハキでもいいんじゃないですか? 前に、お世話になった先生にあだ名を付けた時は……ああ、これは秘密にしているんでした」
朋枝の言う、お世話になった先生というのは、小学一年生の時、様々な形で朋枝を助けてくれた、保健の先生のことを指しているようだった。実際に、どんなあだ名を付けたのかはわからなかったものの、その話しぶりから、同じようなあだ名を付けたのだろうと感じた。
「あと、モデルの仕事って、芸能界というか、マスメディアに近いと思うんだけど、大丈夫なのかな? それこそ、枕営業と呼ばれるようなこともあるって聞いているんだけど、そういったことはないのかな?」
「心配してくれて、ありがとうございます。でも、安心してください。私の事務所は、そうしたことありませんし、それに母が色々とコネを使って、私のことを守ってくれているみたいなんです」
「そうなんだ? 今、母親とは、上手くいっているのかな?」
朋枝は、虐待などを受けていたこともあり、母親とは離れて暮らしていたはずだ。そのため、母親の話が出てきて、春来は驚いた。
「いえ、まだ一緒に暮らしていませんし、親子の関係としては、上手くいっていません。ただ、私がモデル活動をしていることは応援してくれていて、それに母は元々芸能界などにコネがあったようで、力になってくれているんです」
「そうだったんだね。変なことを聞いちゃって、ごめんね」
「いえ、むしろ話したかったので、話せて良かったです」
そうして、話が尽きないまま、春来達は1年D組の教室に着いた。そこでも、朋枝は色々な人に話しかけられていた。ただ、それだけでなく、春来に話しかけてくる人も大勢いた。
「全国大会で優勝した、緋山春来君だよね? まさか同じ高校で、しかも同じクラスになれるなんて思わなかったよ」
「春来君の記事、全部チェックしてるよ」
こうして話題になることを覚悟していたものの、実際にそうなった今、春来はどう対応すればいいかわからなかった。特に、今は朋枝も一緒になって囲まれている状態のため、ますます収拾がつかなくなってしまった。
「ちょっと! 二人とも困っているのがわからないの!?」
「春翔の言う通りだ! 有名だからこそ、こうした所では、普通に過ごさせてやれよ!」
そんな中、春翔と隆が、怒った様子でそんな言葉をぶつけた。そして、その言葉は、みんなに響いたようだった。
「確かに、そうだよね。ごめんなさい」
「私もごめんなさい。有名人が来たと思って、はしゃいじゃって……」
そうして、みんなが落ち着いたところで、春来は口を開いた。
「僕は、みんなと普通に仲良くできればと思っているから、そんな特別扱いみたいなことはしないでもらえると、嬉しいかな」
「私も同じです。応援してくれるのは嬉しいですけど、ここでは普通に皆さんと友達になりたいです」
そのように春来と朋枝が伝えると、みんなはすぐに受け入れてくれた。
「春翔、隆、ありがとう。助かったよ」
「私も、本当に助かりました。ありがとうございます」
「どういたしまして」
「まあ、落ち着いて良かったな。てか、俺だって全国大会で優勝したのに、何で誰も話題にしねえんだよ?」
「今後も阪東さんに取材をお願いするから、もっと隆のことを書くように言った方がいいかな?」
「……いや、春来を見てたら、面倒なんだろうなってよくわかるし、やめておく」
そんなやり取りがあった後、入学式や、ちょっとした自己紹介を兼ねたホームルームがあり、それで今日は終わりとのことだった。
「朋枝ちゃんは、家近いの?」
「いえ、電車で30分ほどの所で、マネージャーと一緒に暮らしています」
「それじゃあ、大変だね。もっと、近くにも学校があったんじゃないかな?」
「そうですけど、またこの場所に通いたいと思って、赤兎高校にしたんです。そうしたら、春来君達と同じクラスになれて、本当に良かったです」
そこで、朋枝は、どこか真剣な表情になった。
「ところで、春来君は、自分に自信を持てましたか?」
それを聞いて、朋枝と別れる際に話したことを、春来は思い出した。あの時、朋枝はお互いに自分に自信を持てるようになったら、伝えたいことがあると言っていた。
「うん、まあ……自信というと、ちょっと違うかな。前よりもできることは増えたけど、それ以上にできないことがあると気付いて……だから、まだ自分に自信は持てないかな」
そんな風に答えると、朋枝は笑顔を見せた。
「私も同じです。モデルの仕事をやるなんて、昔の私からしたら、ありえないようなすごいことです。でも、それが自信になったかというと、もっともっとできることがあると思う毎日で、自信というと違う気がします」
春来と朋枝は、お互いに同じ気持ちのようだった。
「でも、そうやって自信を持てないからこそ、成長できている自分に気付くこともあるんです。だから、矛盾した考えかもしれませんけど、自分に自信を持てないことに、私は自信を持っています。春来君も、そんな自分に自信を持つのは、どうでしょうか?」
春来は、自分自身のことを普通だと思いながら、特別だと思う人もいることを、少しずつ理解している最中だ。そんな春来にとって、朋枝の言葉は、色々と考えさせられるものだった。
「僕のことを特別だと言う人がいるけど、僕はそう思えなくて……でも、そのおかげで、できることが増えたというのは、僕も一緒だよ。だから、そのことに自信を持つのは、いいかもしれないね」
「はい、いいと思います」
朋枝は、嬉しそうな様子だった。そうした朋枝の表情を見て、春来の方から切り出すことにした。
「お互いに少しでも自分に自信が持てた時、気持ちを伝えるとか言っていたけど、あれは何だったのかな?」
そんな質問をすると、朋枝は複雑な表情を見せた。
「覚えていてくれたんですね。でも……それは、また今度伝えたいと思います」
そうした形ではぐらかされて、結局朋枝が何を伝えようとしていたのかは、わからなかった。
そうして始まった高校生活は、春来、春翔、隆、朋枝の四人でいることがほとんどだった。とはいえ、春来達がサッカー部に入ったのに対して、朋枝はモデルの仕事を優先するため、部活に入らなかった。そのため、放課後になると、朋枝とはすぐ別れることになった。
また、サッカー部の方では、全国大会で優勝した経験があるということで、春来と隆に期待が寄せられた。そのため、早速実力を見たいと言われる形で、2対2で、先輩と勝負することになった。
事前に調べていた通り、相手は積極的にゴールを狙ったり、ボールを奪いにきたり、攻撃的なプレイスタイルだった。そうした中で、春来と隆も、自然と攻撃的なプレイスタイルで対応した。
それが良かったようで、先輩を相手にしても、春来と隆は負けなかった。
「噂以上で、驚いたよ。まあ、二人が赤兎高校に入ってくれたことが、一番の驚きなんだけどね」
顧問の先生は、期待した様子で、そんなことを言った。それは、顧問だけでなく、他の部員も同じだった。
「近くだから、俺達も桜庭中学校を応援してたんだ」
「どの試合もすごくて、ホントに興奮したぜ」
中には、直接そんな言葉を伝えてくる人もいた。
「そんな風に言ってもらえて、嬉しいです」
「俺もマジで嬉しいです」
春来と隆は、戸惑いつつも、そんな言葉を返した。
そうして、春来と隆は、顧問や部員から認められる形で、サッカー部に入った。
また、マネージャーとして入った春翔も同じで、すぐに周りと打ち解けているようだった。
それと並行して、阪東の取材に協力してほしいとお願いして、それも顧問と他の部員などから了承を得ることができた。そのため、部活をしている時など、頻繁に阪東が訪れて、このサッカー部の取材を行うようになった。
それから、本格的に練習が始まった後も、春来と隆は実力を発揮して、部員達から評価されていった。それに伴い、このチームにおける春来と隆のプレイスタイルも決まっていった。
まず、春来は攻撃にも守備にも対応した司令塔といった形だ。これは、広い範囲をフォローすることになる、本来なら非常に難しいものだ。そのため、周りの状況を常に把握できる春来だからこそ、できることだった。
一方、隆は今まで通りディフェンスに入っているものの、これまでよりも自分のゴールから離れ、積極的にボールを奪いにいくことが増えた。これは、他の人が前線に行くことが多いため、一人だけゴール近くに残るより、多少前に出た方がむしろディフェンスしやすいと判断してのことだった。
そうして、中学校の時とは違うプレイスタイルを、春来と隆は覚えていった。
その際、春翔のアドバイスは、やはり助かるもので、春来と隆だけでなく、他の部員も含め、どういったポジション取りをした方がいいかなど、的確なアドバイスをたくさんしてくれた。
そうした形で、チームとしてまとまりができてきた頃、他校との練習試合があるといった話があった。その相手は、城灰高校とのことだった。それを聞いて、隆は驚いた様子だった。
「城灰高校かよ!?」
「強豪校みたいな感じなのかな?」
「いや、そうじゃねえけど、あの孝太がいる高校だよ」
隆の話によると、孝太も強豪校ではなく、普通の高校に入学したとのことだった。そこが、今度の練習試合の相手となる、城灰高校とのことだった。
「スターティングメンバ―には、春来と隆も入ってもらう予定だよ。よろしくね」
「はい、わかりました。頑張ります」
それから、春来と隆を入れた形で練習を進めて、数日後、城灰高校との練習試合を迎えた。




