ハーフタイム 86
春来の専属記者として阪東をつけてから少しして、春来と春翔について書かれた記事が掲載された。それは、複数の雑誌、ウェブニュース、さらにはブログやSNSなど、様々な媒体に掲載されたそうだ。
春来は、見ないようにしていたため、詳しい内容まではわからないものの、周りの反応を聞いて、春来や春翔の望む形にしてもらえたのだろうと感じた。
また、阪東だけでなく、春来の両親からもお願いする形で、学校側も取材に協力してくれることになった。それは、主にサッカー部への取材といった形で、部活の様子を見てもらったり、部員に取材を受けてもらったり、そうしたことを行う許可をもらった。
そのうえで行われたのは、例年よりも遅れての実施となった、春来達、三年生の引退試合だった。
「ようやく、俺達も引退だな」
「全国大会で優勝してからも、色々ありましたからね」
「まあ、少しでも長く部活を楽しめて、得したじゃねえか」
「その分、受験対策は遅れていますけどね」
「その話はやめてくれよ! 今日は引退試合を楽しませてくれって!」
学の言う通り、高校受験を意識しないといけない時期なのは、誰もが感じていて、春来も同じだった。ただ、今日の引退試合を楽しみたいという部分については、隆と同じ思いだった。
「隆、学、改めてありがとう。二人がいてくれたから、僕はキャプテンを務めることができたし、本当に感謝しているから」
そんな言葉を伝えると、隆と学は複雑な表情になった。
「ふざけるな。試合前に泣かそうとするなよ」
「春来さん、キャプテンを務めてくれて、ありがとうございました」
春来だけでなく、隆と学も、色々と思うところがあるようだ。そうしたことを感じつつ、春来は阪東の方へ顔を向けた。
「阪東さん、今日の取材も、よろしくお願いします」
「ああ、わかった。むしろ、取材をさせてくれて、ありがとう」
引退試合のことも、阪東に記事を書いてもらいたいと思い、春来からお願いした。そして、阪東だけでなく、学校側も協力してくれる形で、阪東による引退試合の取材が決まった。
とはいえ、今回は簡単なもので、阪東に試合の様子を見てもらったうえで、その雰囲気などを伝えつつ、春来達の引退を知らせる内容にするとのことだった。
また、今日は日曜で休日なものの、大勢の生徒や、保護者が見に来ていた。その中には、春来の両親もいて、見守るようにこちらを見ていた。
「ごめん、待たせちゃったね!」
その時、そう言いながら走ってやってきたのは、ユニフォーム姿の春翔だった。
「ユニフォーム、着てみたけど、どうかな?」
「うん、似合っているよ」
「ありがとう。でも、今日だけのために、こんなのを用意してもらっちゃって、何だか悪いよ」
今日の引退試合で、春翔は春来達と一緒の三年生チームの一人として、参加することになった。それだけでなく、せっかくだからと、春来達と同じユニフォームを用意してもらった。
「春翔だって、チームの一員だから、むしろこれまでユニフォームがなかったことがおかしいんだよ」
「春来の言う通りだ。俺はこのユニフォーム、ずっと部屋に飾るつもりだし、春翔もそうしろよ」
「いいですね。僕も飾るようにします」
隆や学などからも、そのような言葉を言われて、春翔は嬉しそうに笑った。
「それじゃあ、みんなの準備もできたようだし、始めるか」
顧問がそう言ったため、春来達は整列した。
例年通り、引退試合では、三年生を中心にしたチームと、次期レギュラー候補のチームで分かれた。
次期レギュラー候補のチームは、英寿をはじめとした、全国大会でも活躍したレギュラーを中心に、今年はレギュラーに選ばれなかったものの、実力を伸ばしている後輩達で構成された。
「先輩、負けないっすからね!」
英寿をはじめ、後輩達は自分達の実力を春来達に見せる最後の機会として、気合が入っているようだった。
ただ、気合が入っているのは、春来達も同じだった。
「僕達も、手は抜かないからね」
「うん、ハンデなしでいくよ!」
「先輩として、おまえらはまだまだだって教えてやらねえとな」
「僕だって、本気でやります」
これまでの引退試合では、先輩達を送り出す立場だった。その際も、春来達は本気で挑み、試合の結果としても勝利した。それが今、送り出される立場になったものの、本気で挑むことは変わらなかった。
そうして、顧問がホイッスルを鳴らし、試合は始まった。
まず、キックオフは英寿が行った。そして、そのままボールをキープした英寿と、春来が試合開始早々、相対することになった。
英寿は、ゆっくりと近付いてきた後、足を前に出すと同時に、身体を低くした。その結果、英寿の身体に隠れるようにして、春来はボールを見失った。
ただ、英寿の視線や身体の動きから、何をしているかを察すると、春来は右へ移動した。そして、ボールを確認すると同時に勢いよく踏み込むと、そのままボールを奪った。
この時、春来にはゴールへと続く線がたくさん見えていた。その中から一つを選択すると、ゴール近くまで向かった。
ゴール前では、春来からボールを奪おうと二人がかりで向かってくる者がいた。また、学にもマークがついていて、パスを通すのは難しいようだった。
ただ、春来は一切迷うことなく、ボールを蹴った。その先にいたのは、春翔だった。
そして、春翔は春来のパスを受けると、シュートを放った。そのボールは、ゴールポストを掠めるようにして、そのままゴールネットを揺らした。
試合開始直後、こうした試合は久しぶりなはずの春翔がゴールを決めた。それは、英寿達だけでなく、観客すら動揺させるほど衝撃的なことだったようで、少しの間、辺りが静まり返った。
それから、一気に広がっていくように、歓声が響いた。
「春翔、ナイスシュートだったよ」
「春来こそ、ナイスアシストだったよ」
春来と春翔が一緒に試合に出るのは、小学生以来だ。それにもかかわらず、ずっと一緒にやってきたかのように、二人の息はピッタリだった。
そのため、驚いた様子の周りと違い、春来と春翔は、当たり前のことをしているだけといった感覚しかなかった。
「みんな、まだまだこれからっすよ!」
その時、英寿は仲間達を鼓舞するように叫んだ。それまで、後輩達は、絶望感を持っている様子だったものの、英寿の声を受けて、表情が変わった。
とはいえ、その後、試合の展開としては、春来達が有利なまま進んでいった。
本来、攻撃の要は春来と学で、それだけでも十分な攻撃力を誇っている。それにもかかわらず、今日はそこに春翔まで加わっている。それだけでなく、レギュラーに選ばれなかった三年生も不意を突く形でシュートを放ち、それは残念ながらゴールにならなかったものの、プレッシャーを与えるには十分だった。
その結果、相手はディフェンスが追い付かない状況になっていた。また、春来などを相手にせず、パスで繋ごうとしても、ゴール前には隆がいて、確実にボールを奪っては、ゴールを防いでいた。むしろ、隆だけで十分なディフェンス力がある分、全体的に攻撃よりな戦略を取ることができ、それも春来達に有利な状況を作り出す一因になっていた。
それは、一方的な展開といえるものだった。しかし、英寿達は諦めることなく、全力で挑み続けてきた。
そうして、試合は終盤に入った。その際、英寿がボールをキープしているところで、また春来は相対することになった。
これまで、英寿は様々なトリックプレーを繰り出してきたものの、どうにかすべて抑えている。とはいえ、春来に余裕はなく、かなりの意識を英寿に集中させて、どうにか止めているだけだった。
そうして、また英寿に意識を向けていると、英寿の視線が動いたため、春来はそちらに身体を動かした。
しかし、英寿は、春来の予想とは逆の方向へ進み、そのまま横を抜けていった。
それは、孝太もやっていた、視線の動きを使ったフェイントだ。それを、英寿は試合の中で覚えたようで、英寿に意識を集中していた春来は、まんまと引っかかってしまった。
また、春来が抜かれると思っていなかったのか、隆は動揺した様子で、英寿からボールを奪おうと前に出た。それに対して、英寿はフリーになった味方にボールをパスした。
そして、放たれたシュートは、ゴールネットを揺らした。
「やったっす! まだまだこれからっすよ!」
まだ1点入れただけにもかかわらず、英寿は勝利を確信したかのような口調だった。そんな英寿に背中を押されるようにして、後輩達はさらに気合が入ったようだった。
そして、春来のキックオフから始まり、今度は春来がボールを持った状態で、英寿と相対した。
恐らく、これがラストプレーだろう。そう思って、春来は真っ直ぐ英寿を見た。
「英寿、僕からボールを奪えるかな?」
そんな挑発するような言葉を伝えた後、春来は改めて意識を集中させた。それに応えるように、英寿は頷いた。
「絶対に、奪ってみせるっす!」
そして、周りも何か察した様子で、特にどちらも援護に来ることなく、春来と英寿、二人だけのラストプレーが始まった。
この時、春来には、自分からゴールへと繋がる線が見えなかった。ただ、それは当然のことで、英寿を相手に、そう簡単に抜けられるとは思っていなかった。そのため、ボールをキープしつつ、どうにか隙を見つけられないかと考えていた。
そんな中、英寿が何度も果敢に攻めてきて、その度に春来はボールを英寿から離すように移動させ、ボールをキープし続けた。
通常、このように攻められれば、どこかで隙が生まれるはずだ。しかし、英寿の攻めはフェイントに近く、あくまで守備を徹底しているため、抜けようと思っても簡単にはいかなかった。
ただ、そんな英寿のプレッシャーを受けつつも、春来はボールをキープし続けた。とはいえ、ボールをキープするだけでは、勝ちじゃない。そんな孝太の言葉を思い出して、春来はどうにか攻められないだろうかと頭を働かせた。
そして、春来は英寿が攻めてきたタイミングで、ボールを踵で蹴り上げた。それは、試合で何度もやってきたヒールリフトだ。
しかし、英寿はそれを読んでいたのか、地面を思い切り蹴ると、反対に春来と距離を開けた。その結果、ボールの行方をしっかり目で追えただけでなく、ボールの落下地点に立ち、それこそ春来からパスされたかのように、ボールを受けた。
それと同時に英寿はドリブルを始め、そのまま春来の横を抜けていった。咄嗟に春来は追いかけたものの、追い付くことはできず、そのまま英寿がシュートを放った。
そうして、最後に英寿がゴールを決めたところで、試合は終わった。
「勝てなかったっすけど、満足っす!」
結果は、春来達の勝利で終わった。ただ、終盤は英寿達に押されていたため、このまま続けていたら、どうなっていたかわからなかった。それは、来年の桜庭中学校サッカー部への期待に繋がった。
それから、お互いに試合の感想を言い合った後、いよいよ春来達、三年生の引退ということで、順番に一言ずつ挨拶をしていった。
「私は、マネージャーとして、このサッカー部にいたけど、みんなが試合をしている時、いつも一緒に試合をしている気分だったよ。みんな、来年は連覇を目指して、頑張ってね!」
涙もろい春翔は、どこか寂しい気持ちを抑えられないようで、やはり泣いていた。ただ、確実に春翔もサッカー部の一員だったということを、改めて感じた。
「一年生の時、僕は迷惑をかけてしまって、都大会に出ることができなくて、本当にすいませんでした」
「おい、学のせいじゃねえって言ってるだろ!」
「はい、そうですけど……そんな僕を最後までチームの一員として迎えてくれて、全国大会での優勝なんて、素敵な体験までさせてもらって、本当にありがとうございました。皆さん、これからも頑張ってください」
一昨年のことを気にするなという方が、むしろ難しいだろう。そう思いつつ、学が上手く整理できている様子で、少しだけ安心した。
「学がそんな風に言うなら、むしろ俺の方が口も悪いし、それで怖いとか思う奴もいたかもしれねえ。それでも、こうしてチームの一員にしてくれて、ホントにありがとな。俺は不器用だから、上手いこと言えねえけど、俺達がいなくなっても、このチームは絶対に強い。だから、マジで連覇を狙ってくれ」
こういった話をするのに慣れていない隆も、自分の思いをしっかり伝え、それは後輩達に伝わっているようだった。
そうして、最後はキャプテンを務めた春来が挨拶をすることになった。
「みんな、僕なんか……僕をキャプテンとして迎えてくれて、本当にありがとうございました。キャプテンとして、しっかり仕事ができたかどうか、自信はないんですけど……全国大会で優勝したいという夢をみんなと一緒に叶えることができて、本当に嬉しいです」
キャプテンを任された当初、春来は無理だと思った。それでも、どうにかキャプテンを務めることができたのは、みんなの支えがあったからだ。そして、全国大会で優勝できたのも、みんなのおかげだ。そんな思いを、春来は伝えていった。
「キャプテンの僕から、連覇を目指してほしいと伝えるのは、プレッシャーになるかもしれないからやめておくよ。でも、これまで僕達とやってきたことを無駄にすることなく、活用してもらえれば、きっといい結果に繋がると信じているよ。だから、頑張ってというよりかは……ずっと楽しんでほしい」
それは先輩に言われて嬉しかった言葉で、それを春来から後輩達に伝えた形だ。
「改めて……これはみんなに言いたいことなんだけど、キャプテンになってからの一年間、貴重な経験をさせてもらいました。みんな、本当にありがとうございました」
春来は、後輩だけでなく、同級生に向けても感謝の言葉を送った。
そして、春来が頭を下げると、大きな拍手が送られた。
「それじゃあ、最後に、次期キャプテンを選ばせてもらうよ。これは、みんなとも相談して決めたんだけど……」
春来の中では、誰を選びたいか、既に決まっていた。ただ、それでいいのかと思い、顧問や三年生の部員全員に相談した。その結果、満場一致といった形で、次期キャプテンは決まった。
「次期キャプテンは、英寿にお願いするよ」
そう言うと、英寿は驚いた反応を見せた。
「自分っすか!? だって、自分はまだ一年生っすよ!?」
英寿の反応は、予想通りだった。それだけでなく、周りの反応も予想通りだった。
「ああ、俺も英寿がいいと思う」
「僕もそう思ってました」
「英寿、俺達も支えるから、頑張れ」
英寿がキャプテンに選ばれたことに、一年生だけでなく、二年生も一切の疑問を持っていないようだった。それは、春来達と同じ考えを後輩達も持っていると感じさせるものだった。
「英寿は、レギュラーに選ばれて、試合に出て、さらにはスターティングメンバ―に選ばれて、その度に急成長と言えるぐらい上達していって、僕だけでなく、きっとみんな驚いていたと思うよ」
全国大会で優勝するうえで、英寿の存在は大きなものだった。それこそ、英寿の成長と共に、チーム全体が変化していき、その結果が全国大会での優勝といえた。
「きっと、英寿は責任感が強いんだと思う。だから、大きな責任を任されれば任されるほど、それを自分の成長に繋げられたんじゃないかな? 僕は、そんな英寿にキャプテンを任せたいんだよ」
人によっては、責任を任された時、それをプレッシャーに感じてしまい、本来の力が発揮できない人もいる。しかし、英寿は違い、それを力にしてしまえる人だ。そんな英寿に、キャプテンという責任を任せることで、きっともっと成長するだろう。そんな考えを春来だけでなく、みんなが持っていた。
「でも、自分は春来先輩みたいに、みんなを引っ張ることなんて無理っすよ」
「引っ張る必要なんてないよ。今まで通り、英寿は、みんなの背中を押してあげてよ」
英寿の成長は、自分も頑張ろうといった思いを周りに持たせ、それがチーム全体の成長に繋がっていた。春来としては、それを続けてほしいといった思いがあった。
「一年生でキャプテンになるって、当然珍しいことだし、不安になることもあるかもしれないけど、英寿は英寿のままでいいんだよ。僕のようになる必要もないし、キャプテンとして英寿がしたいことをすれば、それが結果に繋がるはずだよ」
その後、春来だけでなく、他の人からも様々な言葉をかけられ、英寿は決心したようだった。
「わかったっす! 自分がキャプテンになるっす! みんな、よろしくっす!」
キャプテンになることを決心した英寿は、一切の不安も迷いもない様子だった。それを見て、春来は英寿をキャプテンに選んで良かったと改めて感じた。
そうして、春来達はサッカー部を引退した。
そして、いよいよ本格的に、高校受験を意識する時がやってきた。




