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TOD  作者: ナナシノススム
ハーフタイム
220/284

ハーフタイム 85

 自分と春翔がマスメディアの問題に遭っている。そんな風にビーから言われたものの、春来は全然実感がなかった。

「まず、全国大会で優勝して、桜庭中学校には取材が殺到していた。中には、無理な取材をしようとした記者もいたそうだ」

「はい、それは自分も知っています。でも、今は落ち着いています。絵里さんの記事が、改めて注目されて……」

「ああ、それこそ俺達の方が知っている。絵里ちゃんの記事が注目されるようにしたのは、俺達だ」

「え?」

 意外なことを言われて、春来は戸惑った。

「SNSなどを通じて、桜庭中学校への取材に問題があることを広めたんだ。そのうえで、絵里ちゃんの記事は本当に良いものだったからな。記者への抑止力として、一緒に広めたんだ」

「そんなこと、していたんですか?」

「春来君なら、気付いていると思っていた。忙しかったとはいえ、まだまだだな」

 わかりやすい挑発で、むしろ春来はどう反応するのがいいか、一瞬だけ迷った。

「……勉強不足ですね。精進します」

「その返しは、なかなかいい。試すようなことをして悪かった。困った時は、そうやって謙虚に対応するのが一番だ。ただ、謙虚過ぎるのは良くない」

「どういう意味ですか?」

 ビーが自分を誘導していることは、はっきりと感じた。そのうえで、春来はビーの誘導に乗ることにした。

「春来君をヒーローとして話題にしようと思った時、いくらでも記事が書ける。そんな話題性が春来君にはあるんだ。そのことを自覚してほしい」

「何を言っているんですか? こんな普通の僕が話題になるなんて……」

「それをやめろと言っているんだ。春来君は普通じゃない。特別だと自覚しろ」

 ビーから強い口調で言われて、春来は固まってしまった。ただ、同時に、思い出したこともあった。

「実は……小学校の卒業式で、同級生から、自分が特別だと自覚するべきって言われたことがあるんです。それで、少しだけ考えを変えたつもりだったんですけど……ビーさんからこう言われたということは、まだ自覚できていないってことなんでしょうね」

「それを言った人、なかなかやるな」

「そういえば、東阪結莉って名前なんですけど、もしかしてビーさんの知り合いじゃないですか?」

「俺に知り合いはいない。いたとしても、いると答えることはない」

「……そうですよね」

 さっき、春来は迷う質問をされて、上手く答えられなかった。一方、ビーの返事は、こちらからこれ以上何も聞けない状況を、あっという間に作り出した。

 そのことに感心しつつ、春来は頭を切り替えた。

「話が脱線してしまいましたね。本題を話してくれませんか?」

「そうだな。本題に入ろう。先に言っておく。これから見せる記事が、すぐに公表されることはない。灯ちゃんが気付いて、俺達で止めたんだ」

 思えば、ビーは、絵里や篠田と知り合いであることを隠すことなく、普通に話している。そのことが気になったものの、春来は触れないでおいた。

「何度も言うけど、すぐに公表されない記事と知ったうえで、見てほしい」

 そう言うと、ビーはカバンから何枚かの紙を出して、それをテーブルに置いた。

 それは、春来と春翔について書かれた記事で、いくつもあった。それらの記事を見て、春来は自然と拳を強く握っていた。

 それらの記事には、無名校を全国優勝させたヒーローといった形で、春来のことが書かれていた。それだけでなく、それを支えた幼馴染として、春翔のことも書かれていた。

 問題なのは、春翔の両親の死や、春来と春翔が一緒に暮らしていることなどを伝えたうえで、それこそ愛の力だといった、スキャンダルに近い内容になっている記事もあったことだ。

「ふざけるな! こんな……」

「落ち着け!」

 頭に血が上ったものの、ビーの強い言葉を聞いて、春来は落ち着きを取り戻した。

「取り乱してしまい、すいませんでした。ただ、こんなひどい記事を書いた人がいるってことですよね? それも、一人じゃないってことですか?」

「怒らないで聞いてほしい。春来君や春翔ちゃんの境遇は、ドラマになるんだ。それは、話題性があるということでもある」

「ドラマって、そんな人の不幸を……」

「大切な人の死を乗り越えて、主人公が成長する。そんな話は、漫画やアニメ、ドラマなど、多くの作品で描かれるものだ。それは、時には美談として人を感動させて、話題になる。そして、こうした話を現実で作るのに、実際に大切な人の死がきっかけで、成長したかどうかは関係ない。身近な人が亡くなったという事実だけで十分なんだ」

 春来は納得できなかったものの、ビーの言葉を否定することはできなかった。

「さらに、サッカーの全国大会で優勝したという、春来君は他の人がやらなかったことをやった。これも、ドラマになり、話題性がある。だから、春来君のことを記事にしたいと思う人は、たくさんいるんだ」

 ビーの言葉を受け入れることは、まだできなかった。そのため、春来は別のことに思考を移した。そして、ある疑問を持った。

「でも、絵里さんの記事が注目されたことで、そういったことは、抑えられたんじゃないんですか?」

「それは万能じゃないからな。何より問題なのは、こうした記事を書いた奴の多くが、記者じゃないことだ」

「どういうことですか?」

「本業は別で、春来君の父親みたいに作家をしていたり、中にはデイトレーダーをやったりしている奴もいた。こういった奴らは、ちょっとした小遣い稼ぎのような形で、こんな記事を出そうとするんだ」

「そんな人達がいるんですか?」

「こいつらは、記事を出したことで批判されても、そこまでダメージにならない。だから、絵里ちゃんの記事を広めたところで、あまり意味がないんだ」

「でも、今回はビーさん達が止めてくれたんですよね?」

 それを知っているから、春来はどうにか冷静でいられた。ただ、ビーの表情は深刻だった。

「止めたといっても、雑誌などに載らないようにしただけだ。今後、雑誌に載らないとわかって、ウェブニュースや、有料のブログに掲載する奴もいるかもしれない。それに、また似たような記事を書く奴も出てくるだろう。その時、今回みたいに止められる保障はない」

「それじゃあ、どうすればいいんですか?」

「春来君は、どうしたいと思っているんだ?」

 恐らく、ビーは既に答えを持っている。そんな予想をしたうえで、春来は自分でも考えようと思い、頭を働かせた。

「できることなら、ずっと普通でいたいです。だから、マスメディアと一切かかわりたくないです。でも、取材を受けなくても、こうして勝手に記事にされて、それこそ特別扱いされることは、もう防ぎようのないことなんですよね?」

「ああ、そう考えていいだろう」

「そのうえで……取材を受けなかったから、こんな好き勝手な記事を書かれたと解釈するなら、取材を受ければいいと思います。でも、絵里さんの姉さんのように、取材を受けたところで、デタラメな内容にされてしまったら、逆効果ですよね?」

 言いながら、春来は頭を働かせ続けた。

「だから、自分で情報を発信できるような環境を作ったうえで、こっちから事前に情報を出すようにしたいです。そのためには、どうすればいいか教えてくれませんか?」

 そんなお願いをすると、ビーは軽く笑った。

「惜しいところだな」

「……惜しいというのは、どういう意味ですか?」

「今、春来君は、なるべく一人で解決しようとしている。それが減点ポイントだ」

 そう言われたものの、春来は意味がわからなかった。

「これまで、様々な問題があった時、春来君は周りに頼っていた。何で、今回は一人で解決しようとしているんだ?」

「それは……自分のことで、周りに迷惑をかけたくないからです」

「それが減点ポイントだと言っているんだ」

 それから、ビーは穏やかな表情を見せた。

「誰かを助ける時だけ、周りに頼るんじゃない。春来君は、もっと自分のことで周りに頼っていい。俺だけでなく、他の人もそう思っているはずだ。そのことも、自覚してほしい」

 ビーの言葉を聞いて、春来は色々と思うところがあった。それは、自分自身の悩みなどを人に相談しないといった、日常的な部分から、自覚できることばかりだったからだ。

 隆などは言葉として、はっきり頼ってほしいと伝えてくれた。それなのに、春翔に対する気持ちなど、春来は隆に相談していない。

 しっかりと悩みを相談した相手といえば、先輩の泉ぐらいだ。ただ、これも泉の状態が悪いことを誰にも相談できていないという悩みが残っている。

 それは、自分自身のことで周りに迷惑をかけたくないといった考えが、春来の中にあるからだ。ただ、ビーからそのことを否定されて、春来は、自分が間違っているかもしれないと思い始めていた。

「まあ、色々と試すようなことを言って悪かった。今の問題を解決する方法について、俺から一つ提案させてもらう。具体的にどうするかは、春来君に任せる」

 そこで、ビーは少しだけ間を空けた。

「春来君に専属の記者をつけて、その記者の取材しか受けないことを公表するんだ。そのうえで、春来君の伝えたいことを、その記者を通じて発信すればいい」

 それは、自分で情報を発信できるようにしたいという、春来の希望に沿ったものだった。

「こんなこと、普通はしないけど、春来君はマスメディアの問題に何度か触れているから、それを理由にすればいい。春来君の父親が作家をしているから、それを通じて知り合った記者を信用して、お願いしたことにするのがいいだろう。まあ、実際に俺などと知り合っているから、その理由で問題ないはずだ」

「確かにそうですけど、その……専属の記者を僕なんかにつけるなんて、本当にできるんですか?」

「何度言わせるんだ? そうやって『僕なんか』なんて考えるのを辞めろ」

「……すいません」

 ビーに怒られ、春来は謝ることしかできなかった。

「結論を言うと、春来君に専属の記者をつけることは可能だ。ただ、灯ちゃんは、俺の代わりに色々とやってもらっているところで、手が離せない状態だ。あと、絵里ちゃんは、まだ大学生で、記者としては見習いといったところだから難しい。だから、別の記者にお願いする予定だ。一応、予定している記者としては……」

「あ、待ってください」

 春来は、口を挟むようにして、話を止めた。それから、少しだけ間を空けた後、また口を開いた。

「あの……さっき言われた通り、ビーさんに頼ってもいいですか?」

「どういう意味だ?」

「専属の記者……僕は、ビーさんにお願いしたいです」

 そう伝えると、ビーは驚いた様子を見せた。

「マスメディアの問題を教えてもらって、知識が深まったのも、ビーさんのおかげです。何より、僕はビーさんのことを信用しています。だから、知らない誰かでなく、僕はビーさんにお願いしたいです」

 それは、春来にとって強い希望といった形で伝えた。ただ、恐らくビーは受けてくれないだろうとも思っていて、半ばダメ元といった形で伝えたようなものでもあった。

「俺は、しばらくの間、潜入取材をしていて、真面に記事を書いたことなんて、いつぶりになるかわからない。それに、これまで何度も外見を変えているけど、俺の正体に気付く奴は一定数いる。春来君だって、久しぶりに会ったにもかかわらず、俺のことに気付いた。そして、そうした奴の中には、俺に恨みを持っている奴もいる」

 それは、わかりやすい断り文句で、やはり無理だろうかと感じた。

「ただ、そうした奴らは、何をやっても俺がかかわっていることに気付くだろう。そう考えたら、何か問題があった時、すぐに対応できる俺が適任かもしれない」

「え?」

「丁度、手も空いたからな。それに、人に頼れと言ったのは、俺だ。春来君が、俺に頼りたいと言うなら、俺が春来君の専属記者になろう」

「いいんですか?」

「断られると思っていたようだな。まあ、本来なら断るところだけど、これも何かの縁だ。ただ、それだと匿名希望のビーは良くないな」

 そう言うと、ビーは何種類かの名刺を取り出した。その際、ちらっと見えた名前は、どれも違っていた。

「そうだな。これからは、阪東ばんどうつたうと名乗る。だから、俺のことは、阪東と呼んでくれ」

 そうして、渡された名刺を見て、「阪東」と言う苗字が、先ほど話した結莉の苗字である「東阪」を逆にしたものだと気付き、春来は軽く笑った。

「わかりました。阪東さんですね」

「それじゃあ、予定では明日にでも記者を紹介するつもりだったけど、俺がやるなら、今日のうちに方針を決めてしまおう。何か考えはあるか?」

「いきなりそう言われると、難しいですけど、僕はビーさん……あ、阪東さんでしたね。ただ、阪東さんの取材を受ける。それだけでいいと思うんです」

「どういうことだ?」

「阪東さんなら、僕の伝えたいことを文章化して、みんなに伝えてくれると信じています。それに、僕の意見を多く入れてしまうと、それは何か違うと思うんです。ただ、一つだけお願いしたいことがあって……」

 そこで、春来は真っ直ぐ阪東の目を見た。

「僕だけでなく、僕の身近にいる人にも取材してもらえませんか?」

 先ほど、阪東から言われたことを受けて、春来は今後どうしたいか、ある程度の考えがあった。

「いくら言われても、僕は、自分が特別だと思えないです。全国大会で優勝したのも、みんなのおかげです。ただ、そう思わない人がいることも、少しずつでも理解していきます。だから、身近な人から見た僕と、僕達のことを記事にしてくれませんか?」

 取材を受けない理由は、これまでデタラメな内容の記事にされるといった問題を目の当たりにしてきたからだ。ただ、信用できる阪東の取材となれば、それを断る理由がないだけでなく、みんなにも取材を受けてほしい。そんな思いを春来は持っていた。

「わかった。俺もそれがいいと思う。ただ、それなら最初に取材する相手は……春翔ちゃん、入ってきていい」

「え?」

 春来が声を上げると同時に、廊下からも似たような声が聞こえた。そして、少しすると、春翔がリビングに入ってきた。

「春翔、もしかして聞いていたのかな?」

 その瞬間、春来は、テーブルに広げられた記事を隠すように揃えた。そうした春来の様子を見て、春翔は穏やかな表情を見せた。

「ママとパパのことで、気を使ってくれて、ありがとう。でも、問題に巻き込まれているのは、私も一緒だよね? だったら、一緒に解決させてよ」

 春翔は、むしろ自分だけ仲間外れにされたことを不満に思っている様子だった。それを受けて、春来は頷いた。

「うん、春翔にも頼っていいかな?」

「うん、当たり前だよ!」

 春翔は満面の笑顔を見せた後、春来の隣に座った。

「でも、こうしたことはよくわからないから……阪東さんでしたよね? どうすればいいか、教えてほしいです」

「俺から春翔ちゃんにお願いすることは、取材を受けてほしいというものだ。ただ、それは単に話を聞くだけじゃない。どういった形で、春来君と春翔ちゃんのことを伝えたいか。そうした思いを聞かせてほしい」

 それは、単純なようで、難しいお願いだった。ただ、春翔はすぐに頷いた。

「はい、わかりました!」

 春翔は、難しいとわかっていないのか、わかったうえで自信があるのか、力強い返事をした。

「それじゃあ、まずは春来君と春翔ちゃんの関係性について触れた記事を出そうと思う。その際、春翔ちゃんの両親が亡くなったことや、今一緒に暮らしていることは、どうしても触れないといけなくなる。春翔ちゃんには辛いかもしれないけど……」

「大丈夫です。学校中の人や、近所の人も知っているぐらいだから、隠すことは無理だってわかっています」

「……春翔ちゃんは強いな」

 このことについては、春翔の方が覚悟を持っているようだった。それは、阪東の感心している様子からも伝わった。

「単刀直入に聞く。二人は幼馴染で、今は一緒に暮らしている。その関係を、知らない人に説明する時、どう説明したい?」

 阪東の質問は、春来と春翔の関係を世間一般に伝える時、どう伝えたいかという意味だと理解した。そのうえで、春来は自分の考えを伝えることにした。

「春翔との関係を伝える時、僕は『家族』という言葉を使っています。えっと、春翔はどうかな?」

「……うん、今、私は家族として、春来達と一緒に暮らしている。私達のことを知らない人に説明する時は、私も同じだよ」

「よくわかった。今日、二人とも時間はあるか?」

「はい、大丈夫ですけど?」

「鉄は熱いうちに打てというからな。今日のうちに、ある程度、記事の概要を決めてしまおう」

 それから、阪東はノートパソコンとボイスレコーダーを取り出すと、本格的に取材を始めた。それは、両親も交えて、生い立ちから振り返るような形で、春来と春翔にとっては、半生を振り返るようなものだった。

「初めて春翔ちゃんに勝ったのがサッカーだったから、サッカーを始めたというエピソードはいいな。少し脚色して、もしも野球で勝っていたら、野球選手を目指した。それこそ、ゲームで勝っていたら、プロゲーマーを目指していたかもしれない。そんな話を追加してみよう」

「いや、実際のところ、どうなっていたかわからないですよ? 何があっても、サッカーを始めたかもしれないですし……」

「こうした脚色は、よく使われる手法で、取材を受けた人が、自分の本心まで公にしているような印象を与えるんだ。そうすることで、伝えたくない本心を隠すことができる。覚えておくといい」

「そうなんですか? わかりました」

 そうして、途中で夕飯も挟みつつ、阪東の取材は遅くまで続いた。ただ、それだけ時間をかけた分、春来や春翔の伝えたいことを阪東は多く受け取ってくれた。

「遅くまで付き合ってくれただけでなく、ご馳走までしてもらって、ありがとう。おかげで、いい記事が書けそうだ。下書きが出来たら送るから、確認して……」

「それなんですけど、完成したものも含めて、僕についての記事は父や母に判断してもらう形で、少なくとも僕は見ないようにしたいです」

 そんなお願いをすると、阪東は驚いた様子を見せた。

「いや、伝え方とかニュアンスとか、完全に理解できたわけじゃない。きっと、不満に思う箇所があるはずだから……」

「さっきも言った通り、僕の意見を多く入れてしまうのは、何か違うと思うんです。それに、自分が周りからどう見られているかを意識してしまうと、今、上手くいっていることが上手くいかなくなってしまう気もするんです」

「私も同じかな。私の場合、見てもわからないと思うし……だから、私も春来と同じように、阪東さん達に任せます」

 そこまで言うと、阪東は納得した様子で頷いた。

「わかった。そこまで信用してくれて、ありがとう。改めて、いい記事にすることを約束する」

 そうした、阪東の頼もしい言葉を受けたところで、この日の取材は終わった。

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