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TOD  作者: ナナシノススム
ハーフタイム
218/284

ハーフタイム 83

 都大会で優勝した後、桜庭中学校サッカー部には、ちょっとした取材などがあった。

 ただ、一昨年、いじめがあるといった嘘の記事が原因で、都大会への参加を辞退した桜庭中学校としては、あまり取材を受けたくないといった思いがあり、顧問が最低限の対応をするだけで、春来を含めた生徒は何の取材も受けなかった。

 とはいえ、周りへの反響は大きく、それによって支援も大きくなっていった。まず、自治体からのプレゼントということで、新しいボールだけでなく、新しいゴールまでもらうことができた。

 それだけでなく、関東大会は、埼玉県で行われるとのことで、桜庭中学校サッカー部は、大会の間、ホテルに泊まることになった。その費用も自治体が出してくれるとのことだった。

 そうしたことがあり、キャプテンと部長を兼任している春来は、顧問と一緒に様々な所へ挨拶をしに行った。その間、練習に参加できないことを懸念したものの、そんな春来の懸念を察した顧問は、また新たな試みを行った。

 まず、英寿がスターティングメンバ―に選ばれた。そして、春来は練習に参加するのではなくて、英寿のプレイをよく見るように言われた。

 改めて英寿のプレイを見ると、本当に自分と似ていると感じた。それにもかかわらず、もっとこうすればいいのにと思うことが、たくさんあった。それは、今の自分の改善点をそのまま春来に伝えるものだった。

「英寿、相手にプレッシャーをかける時、あえて距離を取ることを覚えるのもいいと思う。その方が、相手は他の人にパスを出さないで、少しでもゴールに近付こうとするから、その隙を突いて、一気に距離を詰めつつ、ボールを奪いに行けばいいんじゃないかな?」

「確かにそうっすね! やってみるっす!」

 また、試合の経験が成長に繋がったのか、スターティングメンバーに選ばれたことが良かったのか、英寿の実力はドンドンと向上していった。

 そうしたこともあり、ポジションの変更が少しだけあった。これまで春来は司令塔としてミッドフィルダーを務めていたものの、それと併せて、ディフェンスのサポートを重視するようにしていた。ただ、英寿が入るなら、学をはじめとしたオフェンスのサポートに回ってもいいんじゃないかといった提案が顧問からあった。

 そんな提案を受けて、春来達は新しいポジションで練習したところ、攻守のバランスも良いチームになっていった。

 そうした変化がある中、関東大会を翌日に控えたところで、春来達はホテルに向かった。

「ホテルに泊まるからといって、旅行気分になるなよ」

 顧問は、そんな風に言ったものの、みんなでホテルに泊まるというのは、どこか浮かれ気分になってしまった。

 そして、春来は、隆や学などと同じ部屋になった。

 一方、マネージャーの春翔は、別のホテルに泊まるとのことだった。そうして、久しぶりに春翔のいない夜を迎えて、春来は色々と思うところがあった。

 それは、春翔の方も同じだったのか、寝る前に電話がかかってきて、春来と春翔はしばらくの間、話をした。

 それも落ち着いたところで、春来は電話を切ると、寝ることにした。

「それじゃあ、そろそろ寝ようか」

「いや、夜に男子だけで集まったんだ。ここは恋バナをするのがいいんじゃねえか?」

「隆さん、それは女子がすることじゃないですか?」

「男子が恋バナしたって、いいじゃねえかよ! まあ、聞きてえのは、春来の話だけどな」

 隆はそんな風に言うと、真剣な表情になった。

「春来は、春翔のことが好きなんだろ?」

 その質問に対して、春来は少しだけ間を置いた。

「……家族として一緒に暮らしている春翔に対して、恋愛感情はないよ」

 春来は、視線を合わせることなく、はっきりとそう言った。すると、隆も少しだけ間を空けた後、口を開いた。

「春来は、それでいいのかよ?」

「どういう意味かな?」

「いや、だって……」

「隆さん、春来さんと春翔さんが決めることです。外野が口を出すのは、良くないと思います」

 学が苦言を呈するようにそんなことを言うと、隆はため息をついた。

「まあ、そうだけど……もう一言ぐらい言わせてくれ。もしも、春翔が春来のことを好きで、春来も同じ気持ちになったら、さすがに付き合うよな?」

「いや、春翔が僕のことなんか……」

「そこは仮の話ってことでいい。考えてくれよ」

 隆が何故そこまでむきになっているのかと思いつつ、春来は胸の奥に抑えている気持ちと改めて向き合った。そして、しばらく時間をかけたうえで、答えを出した。

「仮にそうだとしても、父さんや母さんに迷惑をかけてしまうかもしれないし……何より、春翔の居場所がなくなってしまうかもしれないから、僕は今のままで……今のままがいいよ」

 それは、正直な気持ちだったものの、こうして言葉にすると、どこか胸が苦しかった。そんな春来の思いを察したのかどうかわからないものの、隆は困った表情になった。

「春来……しんどくねえか? いや、もういい。変なこと聞いて、悪かったな」

「ううん、別に……」

「ただ、しんどい時とか、一人で抱え切れなくなった時は、いつでも何でも話してくれよ。前も言ったけど、俺にとって、春来達は恩人なんだよ。だから、マジで頼ってほしい」

「……うん、ありがとう」

 以前、隆は、春来と春翔のことをからかっていたものの、春翔の両親が亡くなってから、そうしたことはしなくなった。ただ、こうした言葉を伝えてきたということは、恐らく春来の気持ちに気付いているのだろう。そう思いながら、春来は深く触れることなく、感謝の言葉を伝えた。

 そうしていると、顧問が部屋にやってきた。

「おい、明日は試合だ。早く寝ろ」

「あ、はい、すいません」

 そんな風に顧問から怒られて、春来達は寝ることにした。

 そして、翌日から、春来達、桜庭中学校は関東大会に挑んだ。

 関東大会は、16校によるトーナメント戦で行われる。ただ、全国大会へ進出できるのは7校と多く、単に全国大会を目標とするなら、勝たなくていい試合も多かった。

 とはいえ、春来達は全部の試合で勝つことを目指した。そして、二回戦で勝ち、全国大会への参加が決まった後も、それは変わらなかった。

 一方、他の学校は、全国大会への進出が決まった後、それ以降は主力選手の出場を控えるなど、手を抜いている印象だった。

 それだけでなく、全国大会に向けて、こちらが不利になるよう怪我をさせる目的があったのか、反則に近いラフプレイを受けることも何度かあった。

 とはいえ、春来達は、そうしたラフプレイの対策もしてきたため、特に怪我を負うことはなかった。そうして、随分と簡単だったという感想を持ちつつ、関東大会で桜庭中学校は優勝した。

「何か、張り合いのねえ奴ばっかだったな」

「他は全国大会が本番で、これは通過点ってことなんでしょうね」

 春来だけでなく、隆や学も不満げだった。ただ、観客は喜んでくれていた。

 都大会よりも会場が遠いため、他の生徒の応援は少なくなったものの、それでも決勝では多くの人が応援に来てくれた。

 そして、相変わらず、感動して泣いている春翔や、笑顔で手を振る両親など、春来は自分達を応援してくれた全員を見ていった。

 その時、春来は会場を出て行く、ある人物の姿を見つけた。

「隆、ごめん! ちょっと行ってくるから、後のこと、お願いしてもいいかな?」

「いや、行くってどこに行くんだよ? それに、この後、表彰とか……」

「だから、それをお願いするよ。じゃあ、行ってくるね」

「いや、お願いって、何をすればいいんだよ!?」

 何も理解していない様子の隆を残して、春来は靴だけ履き替えると、全力疾走で会場の外へ向かった。

 そして、春来は会場を出ると、辺りを見回した。その時、会場を離れようとしている人物の後ろ姿を見つけて、春来は大きく息を吸った。

「日下泉先輩!」

 そう呼ぶと、その人物は足……でなく、車椅子を止めた。そのため、春来は駆け寄るように、その人物の前に立った。

「……先輩、お久しぶりです」

 こうして正面に立つまで、本当に先輩なのか、少し自信がなかった。ただ、確かに先輩だと確認すると、春来は安心しつつ、挨拶をした。

「うん、春来君、久しぶりだね。本当は……会わないで帰るつもりだったんだけど、見つかっちゃったね」

 先輩は、どこか困ったようにそう言いつつ、その表情は笑顔だった。

「春来君、都大会に、関東大会の優勝まで、本当におめでとう」

「はい、ありがとうございます」

「ごめんね。本当は全部の試合、見に行きたかったんだけど、見ての通り……ちょっと調子が悪いんだよね。でも、入院している病院からここが近いって知って、決勝戦だけでも見たいと思って……今日は特別に許可をもらって、見に来られたんだよ」

 触れないようにしていたものの、やはり先輩が車椅子を使っていることは気になった。そうした春来の疑問を察したようで、先輩の方から、そうした話をしてくれた。

「僕達が優勝した時、そこにいてくれるって約束を守ってくれて、ありがとうございます」

 先輩と別れた時、また会うと約束したものの、もう会えないかもしれないといった不安を春来は持っていた。しかし、今こうして先輩と再会できて、ただただ嬉しかった。

「私の方こそ、約束……また、夢を叶えてくれてありがとう。春来君が大会で優勝するのを見ることができて、私は本当に嬉しい。もう、これで満足だよ」

 ただ、先輩のそんな言葉を聞いて、春来は今の状況を改めて確認した。

 先輩は、車椅子を使っている。病院から特別に許可をもらって、ここに来られたとも言っていた。ただ、先輩の周りに誰もいないというのは、おかしかった。

「先輩、本当に許可をもらって、ここまで来たんですか?」

 その質問に、先輩は答えなかった。ただ、先輩が答えなかったことで、むしろ答えが春来には、わかってしまった。それは、病院の許可をもらうことなく、一人で無理して春来達の試合を見に来てくれたということだ。

「変な質問をして、すいませんでした。先輩、病院まで、僕が送ってもいいですか? 話したいことがたくさんあるんです」

「……うん、お願いしようかな」

 そうして、春来は車椅子を押しながら、先輩の入院している病院に向かった。

「春来君、改めて優勝おめでとう。たくさん頑張ったんだね」

「僕だけの力じゃありません。みんなのおかげです」

「確かに、春来君だけじゃなくて、隆君も上手くなったね。隆君は不器用だと思い込んでいたし、苦労したと思うけど、それで得られたものもあるんだね」

「隆がいてくれるから、ゴールを決められることはないって思えることがたくさんあるんです。隆は確かに不器用ですけど……いえ、正直なんですかね。ただボールを奪うことに集中しているから、トリックプレーに引っかかることも少ないですし、本当に頼りになります」

 あまり比べたことはないものの、隆は間違いなく中学生でトップクラスのディフェンダーだ。そのため、春来は心から頼りにしている。

「それに、中学で一緒になった学が、ストライカーとして高い実力を持っているので、それも本当に助かっています」

「学君って言うんだね。確かに、いい選手だと思うよ。それに、学君のおかげで、春来君も攻めやすい場面がたくさんあるんじゃないかな?」

「はい、そうですね。でも、僕が攻める機会が増えたのは、英寿という一年生の後輩のおかげです。元々、英寿とは、小学校のクラブ活動で一緒になって、その時に色々なことを教えたんです」

「だから、動きが春来君にそっくりなんだね。春来君は、教え方も上手だもんね」

「それは先輩のおかげですよ。僕はただ、先輩に教わったことを教えただけですから」

「それは確実に違うよ。春来君、それに隆君も、私が教えた以上のことをしているし……でも、私が教えたことも実践してくれていて、嬉しかったよ」

 先輩は、色々と思うところがあるのか、噛み締めるような言い方だった。

「そういえば、春翔ちゃんはどうしているの?」

「中学になってから、春翔はマネージャーをしてくれています。うちは、女子サッカー部があるので、もったいないって話もあったんですけど、春翔が強く希望して、マネージャーになったんです」

「春翔ちゃんは感覚派だけど、教え方は上手いし、マネージャーも合っていると思う」

「はい、それに時々、奇抜な作戦を提案してくれることもあって、助かっています。ただ……」

 一瞬、その先を話そうかどうか、春来は迷ったものの、先輩には話すことにした。

「去年、春翔の両親が事故で亡くなったんです。それで、今は家族として、春翔と一緒に暮らしているんです」

「そうだったんだ。大変だったね」

「はい、それで……僕は春翔のことが好きなんです」

 隆に対しては隠したものの、先輩にだけは話したいと思い、そのまま話を続けた。

「でも、その気持ちを伝えたら、きっと春翔は気を使うし、それこそ春翔の居場所を奪うことになるかもしれません。それに、両親を困らせることにもなると思って、隠しています。ただ、春翔とずっと一緒にいて、気持ちが溢れそうになることもあって……」

「……話してくれて、ありがとう。その、参考になるかわからないけど、私の両親の話をしようかな」

 そう切り出した後、先輩はゆっくりと話し始めた。

「春来君、さっき私の名前を呼んでくれたけど……もう、私の苗字は日下じゃないの」

「え?」

「実は……両親が離婚して、今はお母さんと一緒にいるの。それで、お父さんとは全然会えなくなっちゃったの」

「そうなんですか?」

「まあ、お父さん、刑事をしていて、元々忙しかったし、会う機会はそんなになかったんだけどね。私が入院するようになってから、私のことはお母さんに任せっきりって感じになって、それでお母さんの方も限界が来たんだと思う。それで、両親は離婚してしまったの」

 春来は、何て言えばいいかわからず、黙って話を聞いていた。

「私のせい……私が病気になったせいじゃないかって、自分を責めたこともあるけど、そんなこと考えてもしょうがないもんね。ただ、お父さんは今も私の治療費を払ってくれているし……それに、私は手術をする必要があるみたいなんだけど、その費用が高いみたいで……それもどうにか用意しようと頑張ってくれているんだよ」

 先輩は、話しにくそうな様子で、所々間を空けつつ、そんな話をしてくれた。

「それと、お母さんは、ほぼ毎日病院に来てくれるの。時々、朝から長い時間、ずっと一緒にいてくれる時もあるよ。そうやって、形は違うけど、両親は二人とも私のために色々してくれて、私にとっては、大切な家族なの。でも、さっき言った通り、今はお父さんと会えなくなっちゃったの」

 それから、先輩は少しだけ間を置いた後、また話し始めた。

「家族だとしても、そうやって離れ離れになってしまうことがあるの。だから、家族として春翔ちゃんと過ごしているからって理由で、春来君の気持ちを抑えてしまうのは、違うと思う。まあ、これは私の勝手な意見で、具体的にどうすればいいかってことも言えないんだけど……何かがきっかけで、春翔ちゃんとの関係が変わること、きっとあると思う。その時、できれば消極的に考えないでほしいかな」

「……ありがとうございます」

 何の答えも出ていないものの、先輩の話を聞いて、春来は何だか胸が少し軽くなったような気がした。

 春来は、春翔との関係について、今のままでいいと決め付けて、自分の気持ちを抑えていた。ただ、その必要はないのかもしれない。特に根拠はないものの、そんな風に思えた。

 そうした話をしているうちに、先輩の入院する病院に着いた。

「泉!」

 入口には、先輩の母親らしき人や、看護師などがいて、心配した様子で駆け寄ってきた。

「もう! 心配したじゃない! あんたが泉を連れ出したの!?」

「ううん、違うよ! ごめんなさい、どうしても行きたい所があって……春来君は、私のことを心配して、ここまで送ってくれたの」

「ああ、そうだったの……大きな声を出して、ごめんなさい」

「いえ、僕は大丈夫です。それに、先輩が外に出たのは、僕との約束を守るためだったんです。だから、僕のせいでもあるので……すいませんでした」

「春来君が謝る必要なんてないよ!」

「いえ、だから、先輩のこと、あまり怒らないでください」

 春来がそんな風に言うと、先輩の母親などは、何も言えなくなった様子だった。

「とにかく、早く病室に戻りましょう」

「はい、すいませんでした。春来君、ここまでで大丈夫だよ。送ってくれて、本当にありがとう」

「いえ、僕の方こそ、色々話してくれて、ありがとうございました」

 そう言ったものの、春来は、まだ伝えたいことがあり、軽く息を吸った。

「先輩、また会えますよね?」

「え?」

「その……今度、お見舞いに来ます。春翔とか隆も、先輩に会いたいと思うので……」

「それは、やめてほしい」

 先輩は、はっきりとそう言い切った。

「さっきも言ったけど、春来君に会うつもり、なかったんだよ。私……今は、こんな状態だから……」

「でも、僕は先輩とまた会いたいです。だから、元気になってください。先輩が元気になった時、また会いたいです」

 先輩の病気が何なのかすら知らないまま、こんなことを言うのは無責任かもしれないと思いつつ、春来はどうしても伝えたくて、この言葉を伝えた。

 それに対して、先輩は目に涙を浮かべつつ、笑顔を見せた。

「今日、春来君との約束を守ることができて、それで満足だったはずなのに……春来君は、また新しい夢をくれるんだね」

 そして、先輩は右手の小指を出した。

「それじゃあ、また指切りしようか」

「はい、お願いします」

 そうして、春来と先輩は、また指切りを交わした。

「僕達は、全国大会でも優勝します。会場に来るのは難しいと思いますけど、見守っていてください」

「うん、春来君達なら、絶対に優勝できるよ。だから、私の分まで楽しんできて」

 最後にそんな言葉を交わした後、春来はその場を後にした。

 それから会場に戻ると、顧問などから軽く注意されたものの、そこまで強くは怒られなかった。それは、何か春来の事情を察してくれたからのようだった。

 そうして、戻ってきた春来を迎えつつ、関東大会での優勝を改めてみんなで喜び合った。

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