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TOD  作者: ナナシノススム
ハーフタイム
215/284

ハーフタイム 80

 春翔の両親の葬式が終わってから、数日が過ぎた。

 その間、春翔は春来の家にいて、春来と両親は、なるべく春翔と一緒にいるようにしていた。

 丁度、夏休みに入っていることもあり、春翔はずっと家にいた。ただ、特に何をするということもなく、ぼんやりしていることが多かった。

 隆や学、それに奈々や結莉も心配して、家まで来てくれた。そうすると、春翔は少しだけ話をすることもあったが、基本的には黙って他の人の話を聞いていた。

 一方、両親は春翔の今後について、どうするかを考えつつ、動いているようだった。それは、改めて春翔の親戚に連絡するなど、春翔を引き取ってくれる人を探しているようだった。

 ただ、そうした両親の行動は、春翔と一緒にいられなくなってしまうかもしれないという不安を、春来に持たせた。ただ、そのことを悟られないよう、春翔の前では、笑顔でいるようにしていた。

 そんなある日、春来は両親に呼ばれて、春翔を客間に残したまま、父親の部屋に行った。それは、春翔に聞かれたくない話があるのだろうと、すぐにわかった。

「春翔ちゃんのことで、話があって……まず、色んな親戚に連絡した結果を言うと、誰も春翔ちゃんを引き取る気はないってことだったよ」

「え?」

「春来も聞いていたかもしれないけど、春翔ちゃんの両親、親戚から相当嫌われているというか……それこそ押し付け合いというか、春翔ちゃんの世話なんて誰もしたくないって感じで、勝手にしろって言われちゃったよ」

 そこまで聞いて、春来は拳を強く握った。

「何だよそれ!? だって、春翔は……」

「春来! 最後まで話を聞きなさい!」

 母親から怒られ、春来はどうにか怒りを抑えた。

「だから、言われた通り、こっちで勝手にしようと思っていて……春翔ちゃんが自分の家にいる生活、春来はどう思っているかな?」

 不意にそんな質問をされて、春来はどう答えるのがいいか、よくわからなかった。そのうえで、ただ自分の思っていることが自然と溢れてきた。

「楽しいよ。だから、ずっと春翔と一緒にいたい」

 何も考えずに出てきた春来の言葉を聞いて、両親は笑顔を見せた。

「それじゃあ、決まりだね」

「ええ、そうね」

 それから少し間を置いた後、父親は笑顔のまま話を続けた。

「春翔ちゃんを引き取って、これからは家族として一緒に暮らせないかって考えているんだけど、春来はどうかな?」

「どういう形になるかわからないけど、春来さえ良ければ、春翔ちゃんと一緒に暮らしたいって、私達は思っているわ」

 それは、春来にとって、嬉しい言葉だった。

「そんなの決まっているよ。僕も春翔と一緒に暮らしたい」

「うん、だったらそうしよう。ただ……春翔ちゃんは、両親の死を受け入れていないし、どう伝えるのがいいかわからなくて……」

「だったら、僕が伝えてもいいかな? どう伝えればいいかわからないけど……春翔と一緒に暮らしたいって、僕が伝えたい」

 そう言うと、両親は頷いた。

「うん、それじゃあ、春来に任せるよ」

「春来……大きくなったわね」

 母親の言葉の意味はわからなかったものの、春来も頷いた。

「それじゃあ、早速……いや、タイミングを考えて、伝えるよ」

 焦って伝えても、上手く伝わらないかもしれない。そう思い、春来は冷静になろうと、深呼吸をした後、客間に戻った。

 しかし、そこに春翔はいなかった。

 トイレや洗面所、他の部屋も捜したものの、春翔は見つからなかった。

 そして、玄関を確認すると、春翔の靴がなかった。

「父さん! 母さん! 春翔がいなくなっちゃった! 靴もなくて、外に出たんだと思う!」

 この時、春来は万が一のことがあるんじゃないかと、とにかく不安しかなかった。

「大丈夫よ。私は春翔ちゃんの家の中を捜すわ」

「それじゃあ、僕は春翔ちゃんが戻ってきた時のため、家で待っているよ」

「だから、春来は心当たりのある場所を捜してきてほしいわ」

 両親は、春来を落ち着けようと考えたようで、冷静だった。とはいえ、内心は春翔のことを心配して、両親も焦っていたのかもしれない。ただ、この時の春来は、そんなことを考える余裕もなかった。

「うん、わかったよ! じゃあ、行ってくるね!」

 そうして、春来は外に出た。日の長い夏とはいえ、遅い時間だったため、辺りは薄暗かった。

 春来は、どうにか気持ちを落ち着けると、春翔がどこに行ったかを考えた。それは、これまで春翔と一緒に過ごした日々を思い返すことでもあった。

 そうしたら、春翔の行く場所は、一つしか思い浮かばなかった。

 それから、春来は全力疾走で、近くの公園に向かった。そして、公園のベンチに座る、春翔を見つけることができた。

 春来は、ゆっくりと近付き、春翔の前で止まった。

「春翔?」

 どうしてここに来たのかといった質問をするのは、何か違うと思い、春来はただ名前を呼ぶだけにした。

 それから、少しだけ間が空いた後、春翔は春来の方を見ることなく、口を開いた。

「ここで待っていたら、ママとパパは迎えに来てくれるよね?」

 そんな質問をされたものの、春来は何も返せなかった。

 春翔と遅くまでここにいた時、いつも春翔の両親が迎えに来てくれた。時には、心配だから暗くなる前に帰ってこいと怒られつつ、春来と春翔は反省しないで、いつも迎えに来てもらっていた。

 だから、ここで待っていれば、きっとまた両親が迎えに来てくれる。そんな風に春翔は思っているようだった。

 そうしたことを感じて、春来は春翔の隣に座った。

「それじゃあ、僕も一緒に待つよ」

 そんな風に言ったものの、春翔は特に言葉を返すことなく、やはりぼんやりとしていた。

 そうして、しばらくの間、春来と春翔は言葉を交わすこともなく、ただベンチに座り続けていた。

「ねえ、春来?」

「……うん、何かな?」

 不意に話しかけられて、春来は聞き返した。

「ママとパパが、このままずっと迎えに来なかったら、私は一人ぼっちになっちゃうの?」

 春翔がそんな風に思った理由は、わからなかった。不意に一人になって、不安になったのかもしれない。もしかしたら、春来と両親の話を断片的に聞いたのかもしれない。そんな考えが浮かんだものの、それを確認するより、言わないといけないことがある。そう思って、春来は口を開いた。

「春翔、僕達と一緒に暮らそうよ」

 何の説明もなく、そう伝えると、春翔は不思議そうに首を傾げた。

「どういうこと?」

「えっと……もしかしたら、春翔の父さんと母さん、もうしばらく帰ってこないかもしれないんだ。だから、二人が帰ってくるまで、僕達と一緒に暮らしながら、二人のことを待とうよ」

 どう伝えればいいか。そんなことを考える余裕もないまま、春来は続けた。

「今は、お泊まりって感じで、春翔は僕達の家にいるけど、そうじゃなくて、これからは……家族として、一緒に暮らそうよ。僕は、春翔と一緒に暮らしたい。春翔は、どう思っているかな?」

 そこまで伝えた後、春来は春翔からの返事を待った。

 春翔は、長い時間黙ったままで、何を考えているのか、想像もできなかった。

 そうして、しばらくの時間が経過した後、春翔は春来に顔を向けた。

「私も……春来と一緒に暮らしたい」

 春翔の言葉に、春来は笑顔を返した。

「それじゃあ、決まりだね」

 こうして話したものの、どこまで春翔に伝わっているかはわからなかった。ただ、ほんの少しだけでも伝わっているなら、それでいいと春来は思った。

「それじゃあ、もう遅いし、今日は帰ろうよ」

「……うん」

 返事をしてくれたものの、春翔はベンチから立とうとしなかった。そのため、春来はこのまま、春翔を待ち続けた。

「あのね……」

 そうしていると、春翔は何かを言おうとした。ただ、唇を震わせると、言葉を詰まらせた。

 それから、春翔は勇気を振り絞るかのように息を吸った後、口を開いた。

「ママとパパが……死んじゃったの」

 春翔は、心のどこかで両親の死を理解していたのだろう。ただ、それは何かの間違いで、いつかきっと両親は帰ってくる。そう思い続けていたようだ。それは、一人ぼっちになってしまうという不安があったことも関係しているように感じた。

 そんな春翔にとって、両親の死を言葉にすることは、相当勇気のいることだ。

 そうわかっているから、春来は春翔を少しでも安心させようと、穏やかな表情を向けた。

「大丈夫だよ。春翔を一人ぼっちになんてしない。僕がずっと一緒にいるよ」

 そう伝えると、春翔の目に涙が浮かんで、そのまま溢れ出した。そして、春翔は顔を春来の胸に当てると、大きな声を上げながら泣き出した。

 今この瞬間、春翔は両親の死を受け入れたのだろう。そして、この涙は、これまで我慢し続けて、溜め込んでしまった分の涙なのだろう。そう思うと、幼い子供のように泣いている春翔を見て、むしろ春来は安心した。

 そして、そんな春翔のことを、春来は強く抱き締めた。

 この時、春来は、自分が春翔に対して持っている気持ちが何なのか、今更ながら自覚した。同時に、これから家族として春翔と一緒に暮らそうと思っている春来にとって、その気持ちは邪魔なものになってしまうと感じた。

 そのため、春来は自覚したばかりの気持ちを胸の奥に仕舞うと、ただ春翔のことを抱き締め続けた。

 それからしばらくして、春翔が落ち着くと、春来は春翔と一緒に家に帰った。

 両親は、春来を信用していたのか、もしかしたら近くで見ていたのか、理由はわからないものの家にいて、帰ってきた春翔を歓迎していた。

 その後、両親が具体的にどういった手続きをしたのかは、春来も知らない。ただ、どうなったかという結果を見て、いい形にしようと色々動いてくれたことは、よくわかった。

 まず、春翔の苗字は変わることなく、藤谷のままだった。また、春翔達が住んでいた家は、春翔の家として、そのまま残すことになった。とはいえ、普段は使うことがないため、時々、春翔や母親が掃除や整理をしに行くようになった。

 それから、春翔の両親の墓を、近くの墓地に建てることができた。これは、万が一のことがあった時のため、両親達の間で密かに準備していたらしい。しかも、藤谷家だけでなく、緋山家も併せて、墓を建てるなら、どこがいいかと相談していたそうだ。

 これは、納骨をした際に知ったことで、藤谷家の墓の隣にはスペースがあり、そこに緋山家の墓を建てる予定とのことだった。あらかじめ墓の準備をするというのは、死を早めるのではないかなんて考えを春来は持ちつつ、こうして春翔の両親の納骨を終えることができて、これもいいのかもしれないと感じた。

 そして、春翔は、春来達と一緒に暮らすことになった。

 お泊まりをしてもらった際、春翔には客間で寝てもらっていた。ただ、ちゃんと春翔にも部屋を持ってもらいたいと両親が願い、春来の部屋の隣にある、倉庫のように使っていた部屋を片付けることになった。

 その部屋には、作家の父親が作品のために使った資料などがたくさんあった。だから、何が必要で、何が不要か、整理するのは大変だろうと春来は感じた。しかし、両親の判断は、予想外のものだった。

「うん、全部処分しよう」

「そうね。全部いらないわね」

「いや、いつかまた使うかもしれないし、残した方がいいものもあるんじゃないかな?」

「そうだよ! もったいないよ!」

 春来だけでなく、春翔も反対したものの、両親の考えは変わらなかった。

「ここにあるもの……ここ最近で全部使っていないからね。そういったものを残すのは、むしろ昔に縛られているようで、良くないよ」

「また必要になれば、新しく用意すればいいのよ」

 そんな言葉を受けて、春来は両親の真意に気付きつつ、頷いた。

「そうだね。それじゃあ、僕も手伝うよ」

「ええ、よろしく」

「それじゃあ、まずはどこからやろうかね」

 春来の両親も、春翔の両親の死を、ちゃんとした形で受け入れていないのだろう。だから、一旦リセットするように、周りの環境を変えようとしている。そう感じて、春来は両親に協力した。

 そうして、倉庫のように使っていた部屋は、すっかり片付いた。その後、春翔の家から、春翔が必要だというものを運んで、最終的に一週間ほどかかったものの、春翔の部屋が完成した。

 それから、家族として春翔と一緒に暮らす生活が、本格的に始まった。

 春翔は、元々家事の手伝いをよくしていて、特に料理の手伝いをしていたそうだ。ただ、お泊まりをしていた時は、あくまで客だからといった形で気を使われて、手伝いができなかった。

 そのことを春翔は歯痒く思っていたようで、家族として一緒に暮らすなら、積極的に家事をやりたいと、自らお願いしてきた。

 そんな春翔の願いを断る理由などなく、春来達はそれを受け入れた。

 そうして、春翔は母親に習いながら、一緒に料理をするようになった。その際、味付けを特に気にしていて、これまでに作ったものと同じ料理を作るにしても、どんな味付けがいいかといったことを入念に聞いていた。

 また、春翔は掃除の手伝いも頻繁にしていて、ちょっとした合間に掃除機をかけるなどしていた。ただ、それだけでは済まず、あまり部屋の掃除をしない春来を気にして、気付けば春来の部屋の大掃除が始まった。その際、自分の部屋にある物を、どれだけ処分されないようにできるかといった、変な勝負をしつつ、ほとんどの物が処分されてしまった。とはいえ、そのおかげで物が減り、随分と過ごしやすくなった。

 それから、洗濯も春翔は手伝っていた。ただ、春来の下着を見た春翔が顔を赤くしてから、男女で洗濯物を分けて、春来と父親の洗濯物は母親が担当することになった。

 そんな春翔を見て、父親も何かしようと思ったのだろう。洗面所や浴室を使っていることを伝える札は、ホームセンターで買った、木製の札に変わった。それだけでなく、春翔の部屋には、中からだけ施錠できる鍵が取り付けられた。とはいえ、鍵については、春翔があまり使いたくないと思ったようで、ほとんど使われることはなかった。

 春来は、そうした変化を受け入れつつ、時には少しだけ手を貸すといった、一歩引いた形にしていた。

 これまで、ずっと春翔と一緒にいるつもりでいたものの、家にいる時の春翔をしっかり見たわけじゃない。そのため、こうして一緒に暮らして、春翔の新たな一面を知ることが多くあった。

 そのことに多少の戸惑いがありつつ、春来達の家を自分の家として受け入れようとしている春翔を、邪魔したくない。そう思って、春来は春翔を見守ることを選択した。

 そんな新しい生活に、まだ慣れていない状況で夏休みが終わり、二学期を迎えた。

 ここしばらくの間、春翔は家にいることがほとんどだった。そんな春翔が学校へ行けるのだろうかと心配したものの、むしろ時間が解決するといった形で、二学期が始まると、自然にこれまでの学校生活に戻っていった。

 ただ、春来は春翔とクラスが違うため、休み時間になる度に会いに行ったり、春翔と同じクラスの隆から話を聞いたり、そうしたことを徹底してやるようにしていた。

 また、部活動への参加も、春翔と一緒に再開した。そして、春来を待つ形で行っていなかった、少し遅い先輩の引退試合も行うことができた。

 春来にとっては、久しぶりにボールと触れることになり、こんな感触だったのかと懐かしく思う部分もあった。ただ、それによって、ボールの特性などを改めて知ることができただけでなく、身体を動かさない分、頭で考える時間を多くしたことで、無駄な動きも減った。

 そうして、春来にとっては、サッカーと離れていた時間が、結果的に新たな武器を得る機会になった。

 ワンオンワンをやる際、誰を相手にしても圧倒する形で勝利し続けられるようになったこと。複数人に囲まれた状況でも、ボールをキープし続けられるようになったこと。自分のゴール近くから、相手のゴール近くへのロングパスを正確な制度で出せるようになったこと。

 こうした一つ一つのことが、春来の武器になっていった。

 また、先輩の引退に合わせて、次のキャプテンを決めることになった。桜庭中学校サッカー部では、キャプテンと部長を兼任する形になっていて、基本的にキャプテンからの指名で次のキャプテンを決めるようにしていた。

 そして、今回、次のキャプテンとして指名されたのは、春来だった。

「いえ、僕は……」

「春来、すごい! 頑張ってね!」

 春来は、キャプテンを務める自信などなく、断ろうとした。ただ、春翔の嬉しそうな表情を見て、自分も変わろうと決心すると、キャプテンになることを受けた。

 そうして、春来はキャプテンになったものの、これまでも後輩に気をかけて、様々なことを教えていたため、特に大きな変化はなかった。ただ、キャプテンだからという自覚を強く持ったことで、後輩だけでなく、同級生へのアドバイスも増えていった。

 それは、春来の考え方などを他の人に伝える機会になった。そして、時にはそんなことまで考えているのかと驚かれつつ、チーム全体として、単に実力が向上しただけでなく、チームワークもより向上していった。

 それと並行して、家で春翔と過ごす日々も、春来の日常になっていった。

 春翔は、自然と笑顔が増えていって、ぼんやりすることもなくなった。そうした春翔を見て、本当の意味で両親の死を受け入れたのだろうと春来は感じた。

 そして、春来達は、また春を迎えて、中学三年生になった。

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