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TOD  作者: ナナシノススム
ハーフタイム
211/284

ハーフタイム 76

 三連休の最終日。

 この日、春来達が学の家へ行くのは午後の予定で、それまでは昼食を取るなど、のんびりと過ごした。

 そうしていると、遠いにもかかわらず、絵里が春来の家まで来てくれた。

「絵里さん、ここまで来てくれて、ありがとうございます」

「私もまた来たいと思っていたし、丁度良かったわよ」

 それから、絵里は改めて今日のことについて話をした。

「昨日話した通り、これから春来君と春翔ちゃんは、隆君にいじめられている被害者ということにして、私の取材に同行してもらうわね」

 今日、絵里は、そうした形で学達と会う約束を取り付けていた。

「何か、嘘をつくのは気が引けるけど……」

「学君達に会うためには、こうするしかないんだから、納得してほしいわ」

「……わかりました」

 こうしたことが好きでないようで、春翔は、渋々といった様子だった。

「あと、改めて言うけど、私は『篠田灯』と名乗るから、間違えないようにね」

「はい、わかっています」

 絵里は、問題の記事を書いた記者の知り合いで、自らも記者だということにしたそうだ。その際、許可を得たうえで、篠田の名前を借りることにしたらしい。

 そうして、絵里は今回のいじめ問題について、追加取材をしたいと学の母親にお願いした。その際、学と同じようにいじめを受けている人がいるとして、春来と春翔が同行することも許可させたとのことだった。

 クラブチームの体験会に参加した時にも感じたものの、今の状況で、こうも簡単に学と会う方法を提示できる絵里を前に、春来は感心することばかりだった。

「それじゃあ、そろそろ行こうかしらね」

「はい、お願いします」

「それじゃあ、俺も行ってくる」

 春来達とは別行動で、隆の方もやるべきことがあり、一緒の時間で家を出た。

「じゃあ、また後でね」

 そうして、隆と別れると、春来達は学の家へ向かった。

 学区の関係で、小学校は違っていたわけで、学の家はそれなりに遠かった。ただ、春来や春翔は普段から歩くことが多く、そこまで気にならなかった。一方、絵里は違うようだった。

「これだけ歩くなら、タクシーとか呼んでも良かったわね」

「絵里さんは、家に来るまでにも歩いていますもんね。父さんか母さんに送ってもらえば良かったですね」

「それはさすがに悪いわよ。そういえば、二人とも自転車には乗らないのかしら? 普通ありそうなものだけど、見かけなくて気になったのよ」

 絵里は、春来と春翔の家を見て、自転車がないことに疑問を持ったようだった。

「はい、昔から春翔とは歩いて移動することが多いですし、自転車には乗らないですね」

「……春翔ちゃん、何か言いたそうね?」

 春来の答えを受けずに、絵里は春翔にそんな言葉をかけた。それに対して、春翔は少しだけ慌てたような様子を見せた。

「いえ、別に何もないですよ」

 ただ、春翔がそんな風に答えると、絵里はそれ以上追及するようなことはしなかった。

 そうして、春来達は学の家に到着した。

「それじゃあ、二人ともいいわね?」

「はい、大丈夫です」

「私もいいですよ」

 そして、少しだけ緊張した空気になりつつ、絵里はチャイムを押した。

 それから少しして、玄関から声が聞こえてきた。

「はい?」

「取材を約束していました、篠田灯です」

「はい、お待ちしていました」

 そうして出てきたのは、学の母親だった。そして、春来達は、あっさりと中に通してもらった。

 それから、リビングに案内されると、そこには学がいた。

「学君、久しぶり!」

「あ、はい、お久しぶりです」

 春翔や春来に対して、学はどんな態度を取るのがいいか悩んでいるようで、少し戸惑っていた。

「どうぞ、座ってください。あ、今、麦茶を出しますね。二人はジュースの方がいいかな?」

「いえ、僕は麦茶で大丈夫です」

「私も麦茶でいいですよ」

 学の母親は、どこか不自然なほど好待遇といった感じの態度だった。それは、学の味方が来てくれたと喜んでいる気持ちが、そのまま表れているようだった。

「それじゃあ、取材を始めさせてもらうわ。録音してもいいかしら?」

「はい、あの隆とかいう子が今後いじめなんてしないよう、しっかり記事を書いてください」

 その瞬間、明らかに春翔が機嫌を悪くしたことに気付き、春来は咄嗟に春翔の手を握った。すると、春翔は少しだけ間を置いた後、軽く頷いた。

「二人も、いじめられているんでしょ? 本当に辛いわよね。でも、もう大丈夫よ」

「それじゃあ、いくつか質問させてもらうわ」

 一方、絵里はボイスレコーダーだけでなく、ノートパソコンも出して、取材を始めた。

「学君に聞きたいんだけど、隆君から具体的にどういうことをされたか、教えてくれないかしら?」

「それは私から話しましたよ。部活で学君を孤立させて、それに調子が出せないように嫌がらせをして、それで学君はレギュラーになれなかったんです。そんなひどいことを学君はされて……」

「ごめんなさい。私は学君に質問しているの」

「私がこうして説明しているんだから、学君が答える必要なんてないでしょ?」

 学の母親からそんな風に言われて、絵里は少しだけ間を空けた。

「……いえ、ご本人からの意見の方が、記事を読んだ人に伝わるんです。なので……」

「だから、私が話したことが全部よ! いじめられていることを話すなんて、そんな辛いことを学君にさせないで!」

「そうですね。すいません」

 事前に、学から話を聞いていたため、こうした母親の対応は、ある程度予想できていた。そのため、絵里は早めに引いて、学から話を聞くことを諦めた。

 そうした様子を見て、春来は自分が動く時だと思い、軽く息をついた後、口を開いた。

「僕は、いつも隆君から乱暴な言葉を言われています。具体的には、『何とかじゃねえ』とか、『何とかだろ』とか、攻撃的な言葉で、いつも言われるたびに怖いと感じます」

 昨日、絵里から春来にだけメッセージが届いた際、母親が学に一切話をさせない可能性があるといったことが書かれていた。そして、その場合、隆からどんないじめを受けているか、春来から話してほしいとも書かれていた。

「それに、隆君は背が高いので、すぐ近くに立たれるだけで威圧感があるというか、やっぱり怖いと感じます。そんな隆君に何か言われたら、言う通りにしないといけないと思うし……」

「春来、何を言っているの?」

「春翔は黙っていてくれないかな? そうして、僕は隆君からいじめを受けていて、学君も同じだよね?」

「話してくれてありがとう! そんなひどいことを隆って子は……」

「待ってください! 隆君は、いじめなんてしていません!」

 とうとう我慢できなくなったようで、春翔は否定した。それに対して、学の母親は表情を変えた。

「どういうこと? あなたもいじめられているんでしょ?」

「学君、ちゃんと話してよ。本当に隆君からいじめられているの?」

「何よあなた!? わかったわ! あなたも私の大切な学君をいじめているんでしょ!?」

 学の母親が攻撃するような言葉をぶつけてきて、春翔は怖がっている様子だった。それを見て、春来の頭に血が上った。

「うるせえ! 俺達は学に聞いてんだよ! おまえは黙ってろ!」

 そんな風に春来が叫ぶと、学の母親は驚いた様子で、言葉を失ってしまった。

「学、ちゃんと伝えないと、伝わらないよ?」

 そして、春来は気持ちを落ち着けると、そう伝えた。

「……僕は、隆さんから乱暴な言葉を言われても、怖いなんて思いません」

 そして、学はゆっくりと話し出した。

「身長の高い隆さんのこと、いつも羨ましいと思っていますし、何より頼もしく感じています。それに……僕は気が弱いから、昔から嫌がらせをされたり……いじめられたりしていました。でも、隆さんと同じ中学校になって、同じクラスになって、いじめられることはなくなりました。これは、隆さんのおかげだと思っています」

「学君、そんな風に言えなんて言われたの? まったく、あの隆って子は……」

「違います! 僕は隆さんにいじめられてなんていません! それだけじゃないです! クラブチームで孤立しそうになった僕に、変わらずに接してくれたのも隆さんです! 隆さんがクラブチームをやめて……正直に言うと、僕はクラブチームに行くのが嫌になりました。みんなが気を使ってきて、居心地が悪いんです」

 学は、必死に自分の思いを母親に伝えていた。その様子を、春来達は黙って見守った。

「でも、中学校のサッカー部は、本当に楽しいです。隆さんだけでなく、春来さんや春翔さんが、上手く自分の伝えたいことが言えない僕のことをフォローしてくれて、そのおかげで居心地がいいです」

「でも、学君がレギュラーに選ばれなかったのは……」

「選ばれなくて当然です。僕はまだ、隆さんや春来さんみたいに、チームの一員として活躍できる自信がないです。でも、いつか絶対にチームの一員として活躍したいです。だから、今後も隆さん、春来さん、春翔さん……いえ、全員と一緒に頑張っていきたいです」

 学は、こうした思いを持つたびに、それを消すことなく、胸の中に仕舞い続けていたのだろう。それが今、ドンドンと溢れて、止まらないようだった。

「何よこれ? まさか……あなた達、学君を騙しているんでしょ!? きっとそうよ!」

「そんなことないよ! 学君は、正直に自分の思いを……」

「やっぱり、あなたもグルなのね!? それに、口の悪い彼もそうでしょ!? だって、学君がこんなこと言うはずないもの! 学君、こんな人達のいる学校になんて、もう行かなくていいわ!」

「待ってください。先ほど、乱暴なことを言ったことは謝ります。本当にごめんなさい。でも、学の気持ちも聞いてあげてください」

「うるさい! あなた達みたいな悪魔の言葉なんて、何も聞きたくないの!」

 学の母親は、ヒステリーを起こしたかのように、こちらの話を一切聞こうとしなかった。そうして、春来はまた頭に血が上りそうになったものの、その前に学が両手で思い切りテーブルを叩いた。

「お母さん! 僕の大切な人達を、悪く言わないでください!」

 それは、恐らく学にとって、初めて母親に怒った瞬間だったのだろう。そして、ここまでしたことで、ようやく学の言葉を母親は受け入れたのか、ただただ言葉を失っていた。

 そうしていると、これまで一歩引いていた絵里が、ノートパソコンの画面を学達に向けた。

「これは、さっき投稿した記事よ。あなた達に取材した記者、これまでにもいい加減な記事を書いていて、それらのほとんどが嘘だったと暴露したわ」

「え?」

「これによって、世間一般の意見が、桜庭中学のサッカー部でいじめが起こっているなんて記事は、デタラメだったと変わるでしょうね。つまり、あなた達は嘘つきということになるわ」

 絵里がそう言うと、学がすぐに反応した。

「はい、それでいいです。隆さんが悪者にされるぐらいなら、僕が悪者になります」

「学君、そんなことダメよ! 悪者になるなら……私がなればいいんでしょ?」

「そんなのダメです! 誰かが悪者になればいいとか、犠牲になればいいとか、そんなのおかしいです!」

 予想通り、春翔は誰かを犠牲にするといったことに反対していた。そして、これは春来も同じ考えだった。

「悪いことをした人は、罰を受けるべきだと思いますけど、今回悪いことをしたのは、あなたを誘導したうえで、あんな記事を書いた記者だと思います。それに、僕達は学と一緒にまたサッカーをやりたいんです。だから、そんな形で解決させる気はありません」

「そういうわけだから、今回の件、みんな大好きな美談にすり替えさせてもらうわ」

 絵里は、楽しそうな様子でそんな風に言った。

「美談?」

「ああ、先に謝っておくわ。録音だけじゃなくて、実は通話もしていたのよ」

 そう言うと、絵里はノートパソコンを操作して、通話ソフトを画面に表示させた。その通話相手として表示されていたのは、春来のスマホだった。

「学! 一緒にサッカーやろう!」

 次の瞬間、そんな隆の声が外から聞こえてきた。それに対して、学は慌てた様子で外に出た。そんな学についていくように、春来達も外に出た。

 そこにいたのは、隆を含めた、桜庭中学校サッカー部の人達だった。

「俺達のこと、大切って言ってくれて、ありがとな」

 今日、春来は自分のスマホを隆に貸していて、何を話しているか、部員全員に伝わるようにしてもらっていた。そうして、学の思いを知った全員は、穏やかな表情だった。

「俺達は、学と一緒にサッカーがやりてえんだ。だから、一緒に来てくれねえか?」 隆がそんな風に言うと、学は驚いた様子を見せつつ、深く頭を下げた。

「ごめんなさい! 僕のせいで、大会にも出られなくなってしまって……本当にごめんなさい!」

「いいえ、私のせいよ! だから、ごめんなさい!」

 学だけでなく、母親も深く頭を下げて、ただただ謝罪の言葉を伝えていた。それに対して、隆は首を振った。

「話は聞きました。俺……僕……私は……って面倒だな。そんなこと言ったら、俺の言葉遣いが悪いせいだってことにもなるじゃねえか。だから……俺達は誰も悪くねえってことでいいじゃねえか」

 隆は、あえて敬語を使わずにそんなことを伝えた。そうした思いは、学達に伝わったようだった。

「とにかく来てくれよ。これから三年の先輩達の引退試合をするんだ。学がいねえとつまらねえよ」

「……はい、行きます。お母さん、一緒に来てください。是非、見てほしいんです」

 そんな風に学がお願いすると、母親は黙ったまま頷いた。

 それから、春来達は学校まで移動した。

 昨日、春翔と隆は、学校やサッカー部の人達にお願いして、三年生達の引退試合が実施できるように進めていた。

 これは、このサッカー部の恒例となっているもので、レギュラーになれなかった人も含め、三年生だけのチームを作り、それを一年生と二年生だけで作ったチームが相手をするというものだ。

 そうして、来年度レギュラーになる予定の後輩の実力を先輩に知ってもらいつつ、様々なことを先輩から後輩に受け継いでほしいといった思いがあるそうだ。

 ただ、今日はいつもと違い、大勢のギャラリーがいた。

 まず、来てくれたのは、学が所属するクラブチームの人達だ。それから、奈々と結莉を中心に、他の中学校の人達も集まってくれた。

 そうした中で、三年生達の引退試合が始まった。

「それじゃあ、一年と二年だけのチームを作る。これは、来年度、レギュラーとして活躍してほしい人を中心にしている。そのことを全員意識してほしい」

 そんな前置きをした後、顧問は順に名前を挙げていった。それは、大会のレギュラーを決めた時と同様に、先輩達の名前がまず挙がっていった。

 そんな中、一年生で名前が挙がったのは、春来と隆、それに学だった。

「え、僕がですか?」

「今回の騒動で、気を使っているとかじゃない。このチームはディフェンスを重視しているが、それだけじゃ勝てない。点を入れてくれる学は、攻撃の要になると思っている」

 顧問からそんな風に言われて、学は強く頷いた。

「ありがとうございます!」

 そうして、三年生の引退試合が始まった。それは、部員同士の練習試合とほとんど変わらないはずなのに、全然違った印象を持った。

 一人一人が全力でボールを追いかけて、ただただサッカーを楽しんでいる。そんな素敵な空間がそこにはあった。

 そんな中、春来はボールを奪うと、前線までボールを運んだ。そして、ゴール前で学にパスを回した。

 学はパスを受けると、シュートを放った。それは見事ゴールを決めたものの、体勢を崩すと、そのまま転んでしまった。

「学!?」

「大丈夫です。これぐらいの怪我、大したことないです」

 学は、足を擦りむきつつも強い口調でそう伝えた。それから、母親に向けて満面の笑顔を見せた。

 そうして、試合の結果は、春来達の勝利といった形で終わった。ただ、ここにいる全員にとって、勝ち負けは全然関係なかった。

 試合が終わった後、学は母親に歩み寄った。

「お母さん、こうして怪我もしているけど、心配しないでください。僕は、ここにいて幸せです。だから、見守っていてください」

 これまで、学は母親に思いを伝えるきっかけがなかっただけで、ちゃんと自分の思いを伝えることができるようだった。そして、母親の方も、ちゃんと学の思いを受けることができるようだった。

「ええ、今までごめんなさい。学君、こんなに強くなっていたなんて、全然気付かなかった。それに、こんな素敵な人達が周りにいて……私が間違っていたと、みんなに伝えて、絶対に誤解を解くからね」

 そんな学達の様子を見ていた絵里は、軽く息をついた。

「万事解決といった感じで、良かったわ。それじゃあ、『誤解によって強まる絆』って感じで、記事を書かせてもらうわね」

「え?」

「試合の様子とかも、撮らせてもらったわ。これをSNSで拡散して、桜庭中学のサッカー部でいじめなんて起こっていない。そうしたことを世間に知らせていくわ」

 絵里は、ウキウキとした様子で話を続けた。

「こうした美談って、たとえ嘘だったとしても叩きづらいもので、否定する人は心が汚いって感じで、むしろその人が叩かれるのよ。そうした心理を利用して、隆君が学君をいじめているなんてデタラメな話を、全部消してあげるわ」

 ただ言葉を聞いているだけだと、そんなことできるのだろうかと疑問を持っただろう。しかし、自信に満ちた様子で話す絵里を見て、春来は絶対に実現できるだろうと安心した。

 それから、ネット上に絵里が書いた記事が投稿された。それは、デタラメな記事を書いた記者のせいで誤解が生まれ、大会への参加も辞退してしまったものの、そうしたことを通して部員全員の絆が深まったというものだ。そこには、引退試合の様子を映した動画もあり、こんな素敵な部活があるのかと、大きな反響があった。それだけでなく、大勢のギャラリーがいたこともあり、多くの人から注目されているといった印象を与えることもできた。

 また、学の母親は自分が間違っていて、いじめなんてなかったと他の保護者に伝えてくれたようだ。

 そうして数日後。隆が学をいじめている。そんな嘘を信じる人は、一人もいなくなった。

 そして、終業式の日。隆と学は、久しぶりに学校に来た。

「隆、学、おはよう!」

「二人とも、おはよう」

「ああ、おはよう」

「おはようございます」

 学校で、隆と学に会い、こうして挨拶をする。

 そんないつも通りが、当たり前にできた。そのことを春来達は改めて喜んだ。

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