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TOD  作者: ナナシノススム
ハーフタイム
210/284

ハーフタイム 75

 学は、何から話せばいいかと迷っている様子を見せた後、ゆっくりと話し始めた。

「きっかけは、僕がサッカー部のレギュラーに選ばれなかったと知ったお母さんが、理由を聞きに学校まで押しかけたことです」

 春来などが聞いているのは、学がいじめられているといったことを訴えてきたというものだったが、その前にも学の母親は学校に押しかけていたようだ。

「先生は、ちゃんと理由を説明してくれたんですけど、それでレギュラーに選ばれないなんてありえない……同学年の隆さんと春来さんは選ばれたのに、おかしいと訴えたんです。それで、お母さんが納得しないまま学校を出た時、記者を名乗る人が声をかけてきたんです」

「それが、問題の記事を書いた記者かな?」

「はい、そうだと思います。門の所にいて、不満げに文句を言っていたお母さんに声をかけてきたんです。それで、話をしていたら、記者の方から、僕がいじめを受けているんじゃないかという話になって、お母さんはそうに違いないと考えてしまったんです」

「何で、隆がいじめているってことになったのかな?」

「それは、クラブチームでずっと一緒だったこととか、クラブチームをやめた隆さんの方がレギュラーに選ばれたこととか、そうしたことから、隆さんが僕をいじめているんだろうと考えたみたいです」

 こうして聞いてみると、改めて事実を確認しないまま、決め付けてしまったという現状が理解できた。

「それで、お母さんは改めて学校に押しかけて、僕がいじめられていると訴えたんです。でも、実際はそんなことないですし、先生も確認するからといった形で、お母さんを帰しました。そのことを聞いた記者が、それからもお母さんと話して……それで、あんな記事が週刊誌に載ってしまったんです」

「学校に来なかったのは、母親に止められたとか、そんな理由かな?」

「はい、その通りです。いじめを受けているなら、無理に学校へ行かなくていいと、行かせてもらえなかったんです」

「そういうことだったんだね。大体の状況はわかったよ」

 そう言いつつ、春来はわからないことがあり、真っ直ぐ学を見た。

「学、さっきから周りの人の話ばかりしているけど、学はどうしていたのかな? 話を聞いている限り……母親や記者が間違ったことをしていると知りながら、何もしなかったってことかな?」

 そう言うと、学は顔を下に向けた。そんな様子を見て、春来は慌ててしまった。

「ああ、ごめん! 学を責めるような言い方になっちゃって……」

「いいえ、春来さんの言う通りです。何も言えなかった……何もしなかった、僕が悪いんです。本当にごめんなさい」

 そう言うと、学は頭を下げた。

 それから、春来は状況を整理させつつ、頭を働かせた。

「その記者、学校を張っていたみたいだけど、元々の目的は何だったのかな?」

「それは……多分、春来さんや隆さんの取材をしようとしていたんじゃないかと思います。二人のことについて、詳しいようでしたし、それで何か話題になることを探していたんじゃないでしょうか?」

「確かに、その可能性が高いかな……。まあ、これは後で調べてみるよ」

 絵里などに聞けば、恐らく何かわかるだろう。そんな期待を持ちつつ、春来はこれからのことを考えた。

「今、記者を目指している人……絵里さんっていうんだけど、その人に協力してもらって、隆は学をいじめていないってことを、みんなに知らせようと動いているよ。ただ、それには学の協力も必要で……」

「僕は、悪者になっても構いません! だから、僕が嘘をついたということにしてください!」

 学は、強い口調でそう言い切った。それだけの覚悟があると理解すると、春来は軽く息をついた。

「そこまで言ってくれるのはありがたいけど、それはダメだよ」

「何でですか? こうなってしまったのは、何も言えなかった僕のせいです。それで、周りからどう思われたとしても、しょうがないことです」

「自分が犠牲になればいいとか、そういった考え、春翔は大嫌いなんだよ。それに、罰を受けるべきなのは、悪いことをした人だよ。確かに、学は何も言えなかったわけだけど、それが悪いかっていうと、僕は違うと思う」

「でも、何も悪くない隆さんが悪者にされるぐらいなら……」

「ちょっと口を挟んでもいいかい?」

 これまで黙って話を聞いていたコーチが、不意に声を上げた。

「これは、前から思っていたことだけど……学君、一度お母さんと、ちゃんと話をするべきじゃないかい?」

 コーチがそんな風に言うと、学は何か思うところがあるようで、顔を背けた。ただ、春来には、コーチの言葉の意図などがわからなかった。

「すいません、どういうことですか?」

「春来君は知らないんだね。実は……いや、僕が言うべきことじゃないね」

「いえ、構わないです。ちゃんと言ってください」

 学からそう言われて、コーチは少しだけ迷った様子を見せた後、口を開いた。

「それじゃあ、僕から話すよ。実は、今回の件がある前から、みんな学君とは少し距離を置くようにしていたんだよ」

「……どういうことですか?」

「学君のお母さんは……過保護というか、本当に学君のことを大切に思っていて、このクラブチームに対しても、何度か意見を言ってきたことがあるんだよ」

 コーチは、言葉を選びながら話しているようだった。

「それで、前に練習していた時、学君が他の人とぶつかって、怪我を負ってしまって……その時、学君のお母さんが来て、ひどい文句を言ってきたんだよ。そのせいで、怪我をさせてしまった人がやめちゃって……そんなことがあってから、みんなは学君と距離を置くようになっちゃったんだよ」

「当たり前ですよ。怪我をさせちゃったら、あんな文句を言われるとわかったら、学と一緒に練習なんかしたくないですよ」

「コラ! そんなこと言っちゃダメだよ! といっても……僕の指導不足だね。隆君だけは学君と変わらずに接してくれて、それでどうにかなっていたけど、隆君がやめちゃってから、学君とみんなとの距離はドンドンと開いてしまって……何もできなくて、本当にごめんなさい」

 そう言うと、コーチは深く頭を下げた。

「いえ、それも僕が悪いんです。僕がちゃんとお母さんと話していたら……でも、お母さんは僕の言うことなんて聞いてくれなくて……」

「ああ、ごめんね。責めるつもりはなかったんだけど……それに、指導者として、僕がちゃんと話せなかったのが悪いのに、それを学君のせいにするべきじゃないよね。本当にごめん」

「いえ、悪いのは全部僕です」

 話を聞いて、学の母親は、学校やクラブチームに理不尽な要求などをする、いわゆるモンスターペアレントなのだろうと感じた。そのうえで、春来は学とコーチのやり取りを見て、思うところがあった。

「そうやって、学もコーチも、自分が悪いと決め付けないでください。ただ……学、聞いてもらいたい話があるんだけど、いいかな?」

 そんな風に前置きすると、学は何か大切な話があるのだろうと察した様子で頷いた。

「初めて学に会った時、僕は小学一年生の時に同じクラスだった人……朋枝と似ているって感じたんだよ」

「……朋枝さん?」

「朋枝は……親から虐待を受けていて、今は親から離れて、児童養護施設で暮らしているよ」

「待ってください! 僕は虐待なんて受けていないです! お母さんは、僕のことを大切にしてくれていて、ただ、そのやり方が上手くいっていないだけで……」

「わかっているよ。でも、いじめと一緒で、虐待というのも色々な形があって、学は母親に自分の意見を言えていないんだよね? そうして、母親の言いなりになっているんだとしたら、それは虐待だよ」

 春来の言葉を否定できないようで、学は困っている様子だった。そのうえで、春来は話を続けた。

「隆を悪者にしたくない……いや、それだけじゃないね。母親を悪者にしたくないと思っているなら、学は母親と向き合う必要があるよ」

「でも、さっきも言いましたけど、お母さんは僕の言うことなんて聞いてくれなくて……」

「聞いてくれないなら、伝え方を変えればいいんだよ。というか、学はこれまでこうした話をみんなにしていなかったってことだよね? でも、このままだといけない。変えたいって思っているんじゃないかな? その証拠に、今こうして、みんなの前で話してくれているじゃん?」

 そんな風に聞くと、学は少しだけ驚いた様子を見せた。

「そういった形で、学の思いを母親にも伝えればいいんだよ。大丈夫、自分の伝えたいことを伝えるってことなら、僕や絵里さんが力になるよ」

「……僕は、とにかく隆さんを悪者にしたくないです。だから、どうすればいいか、教えてください」

 学は、そう言うと深く頭を下げた。

「だったら、俺も協力したい!」

「俺だって、何かできることがあるならしたい!」

 学の様子を見て、他の人も色々と思うところがあったようで、そんな声が上がった。それを受けて、春来は笑顔で頷いた。

「実は、明日しようと思っていることがあって、それに協力してもらえないかな?」

 それから、春来は何をしようとしているか、詳細を説明した。

「何だよそれ!? 面白そうじゃねえか!」

「絶対に協力する!」

 そうした言葉を他の人から受けたうえで、春来は学に視線を戻した。

「明日、僕と春翔は、絵里さんと一緒に、学の家に行くよ。そこで、学は母親に自分の思いを伝えてほしい。だから、明日までに自分の伝えたいことをどう伝えればいいか、考えてくれないかな?」

「待ってください! お母さんは、春来さん達が来ても会わせないと思います! だって……」

「それは僕も同感なんだけど、絵里さんなら、それを実現させると思う。だから、信じてよ」

 そこまで伝えると、学は頷いた。

「僕は、隆さんが悪者にならないなら、それでいいです。だから、春来さん……皆さん、協力してください。お願いします」

 そうして、学は春来だけでなく、他の人にも頭を下げた。

 そうした学の行動に対して、戸惑った様子を見せつつも、みんなは何をするべきか理解した様子だった。

「ああ、協力してやるよ」

「学君は、何も悪くないよ」

「てか……今まで避けるようなことして、ごめんね」

「それは俺も同じだ。ホントに悪かった」

 それから、学は様々な形で謝罪を受けて、どう対応すればいいのかと困っている様子だった。ただ、一人一人に謝るべきだと判断したようで、その後はとにかく学がみんなに謝るという形になった。

 そうしているうちに、予定していた練習時間も過ぎた。そのため、春来は、ここを離れることにした。

「なあ、一つだけいいか?」

 その際、そんな風に声をかけてきた人がいた。

「うん、何かな?」

「おまえが名乗ってた来翔って名前、不良グループのライトから取ったんだろ? もしかして、ライトに入ってるのか?」

 そんな風に聞かれたものの、全然意味がわからず、春来は反応に困った。

「えっと……何のことかな?」

「とぼけねえでくれよ! 俺、ライトに入りたくて……」

「ああ、ごめん! 本当に関係なくて、ただ自分の名前と幼馴染の名前を併せて、来翔って付けただけだよ!」

「……何だよ。期待させやがって」

 その人があまりにもガッカリしている様子で、何だか悪いことをした気分になりつつ、春来はそこを後にすると、家に向かった。

 そうして、春来が家に帰ると、既に春翔と隆は家にいた。

「ただいま」

「おかえり」

「学、どうだった!?」

 隆は心配した様子で、そう尋ねてきた。それに対して、春来は笑顔を返した。

「ちゃんと話してきて……詳しいことは後で話すけど、学は隆からいじめられているなんて思っていない。そう言っていたよ」

「マジか!? ホントに良かったー!」

 隆は、もう何もかも解決したかのように、ただただ喜んでいた。それほど、学がいじめられていると思っていないという事実は、嬉しいことのようだった。

「春翔達の方の話も聞きたいけど、絵里さんにも報告したいし、通話を繋ぎながら話そうよ」

「うん、いいよ」

 それから、春来達はリビングへ行くと、絵里に連絡した。その際、春翔と隆も会話に参加できるように、スピーカー機能を利用することにした。

「もしもし? 絵里さん、今大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫よ。みんな、どうだったかしら?」

「はい、えっと……僕の方は長くなりそうなので、先に春翔達の話を聞いてもいいかな?」

「うん、わかった。こっちの方はほとんど上手くいって……」

 まず、春翔達が絵里に頼まれていたことは、概ね上手くいったそうだ。それも、特に苦労することなく、すんなりと上手くいったとのことだった。

「後で話すけど、その件、クラブチームの人達も協力してくれるみたいだよ」

「マジか!?」

「それはいい情報ね。人数が多い方が助かるわ」

 そうして、春翔達の報告が終わると、春来は自分の方の報告を始めた。

「僕の方の報告ですけど、まず、偽名を使ったり、メガネをかけたりしましたけど、みんなは僕が誰か最初から知っていたようで……」

「ええ、そうでしょうね。春来君、有名だから、あんな簡単な変装でバレないわけないわよ」

「……何のための変装だったんですかね?」

「でも、楽しかったんじゃないかしら?」

 絵里の意図がわからず、春来は戸惑いつつ、話を続けた。

「でも、無事に学と話すことはできまして、色々と聞けました」

 それから、春来は今日あったことを順に話していった。

「そう、わかったわ。大体のところは、こちらの予想通りだったわね」

「……絵里さんは、これを予想していたんですか?」

「学君の母親の話とか、私は事前に知っていたしね」

「一つ質問させてください。問題の記事を書いた、記者の目的は何なんですか?」

 それは、学と話して、多少の予想をしたものの、結局答えまではわからなかったことだ。

「学の話だと、僕や隆の取材をしたかったんじゃないかとのことだったんですけど……」

「間違ってはいないけど、足りないわね。その記者、ろくにアポを取ることなく、強引に桜庭中学に取材を申し込んだのよ。まあ、取材を申し込んだのは、地区予選の活躍を知って、話題になると思ったみたいね。ただ、都大会の前だし、生徒達には集中してもらいたいといった理由で、断られたのよ」

 そんなことまで知っているのかと、春来は少し驚いた。

「その腹いせもあったかもしれないけど、話題になるなら何でもいいと、元々似たような記事にする予定だったのかもしれないわね。例えば、顧問による強引な指導だとか、生徒同士のいざこざとか、あることないことを書こうとしていたんじゃないかしら?」

「そんなひどい話……絶対に許せねえ」

「春来、落ち着いて!」

 頭に血が上りそうになったものの、春翔の言葉のおかげで、どうにか春来は冷静でいられた。

「それじゃあ、これからのことを話すわね。まず、明日、春来君と春翔ちゃんは、私と一緒に学君の家へ行ってもらうわ」

「それなんですけど、行ったところで会わせてもらえないだろうと学も言っていて……」

「安心していいわ。もう、会う約束はしてあるのよ」

「え?」

 絵里ならどうにかしてくれるだろうと思いつつ、あまりにも簡単に話が進んでいて、春来はさすがについていけなかった。

 それから、絵里はどういった形で、学達に会う約束をしたか説明した。そのうえで、どんな話をするつもりかといった、詳細も話してくれた。

「大体はこんな感じよ。まあ、すべて計画通りにいくとは限らないし、必ずこうしようと決め付けないで、臨機応変にいくわよ」

「わかりました」

 そうして、ある程度の話がまとまったところで、春来はふと思い出したことがあった。

「そういえば、来翔と名乗っていたら、ライトという不良グループと関係があるんじゃないかと、話してきた人がいたんですけど、知っていますか?」

「気付かなかったけど、言われてみれば、そう思う人がいるのはしょうがないわね。ライトというのは、有名な不良グループで……といっても、やっていることは、ボランティア活動とかイベントの手伝いみたいなんだけどね」

「それで不良グループなんですか?」

「まあ、学校や社会に馴染めない人達が集まったグループって言った方が正しいかもしれないわね。でも、色々と面白い話があって、そのライトの初代リーダーは、現在セレスティアルカンパニーの副社長、宮川光みたいよ」

「え、そうなんですか?」

 あまりにも意外なことを言われて、春来だけでなく、春翔や隆も驚いた様子を見せた。

「しかも、今のライトのリーダーは、今井圭吾といって、宮川光と大学時代の同級生だそうよ。だから、あのセレスティアルカンパニーに近付きたいなら、ライトに入ればいいなんて話もあるくらいよ。といっても、私はライトに入るなんて無理だし……春来君、興味があるなら、ライトに入ってみるのはどうかしら? 色々とセレスティアルカンパニーの情報が手に入るかもしれないわよ?」

「春来はそんなところに入りません!」

 春来としては、多少の興味があったものの、春翔が断固として反対したため、この話はここで終わった。

 そうして、今日のところはこれで本当に話が終わり、通話を切った。

 そして、春来達は明日に備え、改めて準備を進めた。その時、春来のスマホにだけ、絵里からのメッセージが入った。

 それを見て、春来は軽く息をつくと、自分のできることをしようと決心した。

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