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TOD  作者: ナナシノススム
ハーフタイム
207/284

ハーフタイム 72

 桜庭中学校のサッカー部でいじめが起こっている。

 それは、学の母親がそう学校に訴えたことが始まりだったそうだ。ただ、その時点では、事実確認をするといった回答を学校側としてしたそうだ。

 しかし、学校が事実確認をする前に、週刊誌でこのことが記事になり、大騒ぎになってしまった。記事の中には、学校がいじめを揉み消しているといったものもあり、それが掲載された後、学校には様々な問い合わせがあったらしい。

 そうしたことを受けて、学校側としては学の母親の話を改めて聞くといった形になり、そこで隆が学をいじめている。しかも、サッカー部をはじめとした学校全体が、そのことを隠蔽いんぺいしている。そんな訴えを聞くことになった。

 こうした流れを教師などは隠そうとしたものの、学の母親が他の保護者などにも話をしたことで、あっという間に学校中の噂になってしまった。

 そうして、少し前から学校に来ていなかった学だけでなく、隆まで学校に来なくなり、やはりいじめがあったのだろうといった空気が出来上がってしまった。

 そんな状況の中、ある日の朝練習で、顧問から話があった。

 話の内容としては、今の状態で大会に参加できるわけがなく、都大会の参加を辞退することが決まってしまったというもの。また、しばらくサッカー部の活動も休止するといったものだった。三年生の先輩にとっては、最後の大会になるにもかかわらず、このような形で終わってしまい、顧問から話があった時、全員が悔しそうな表情だった。

「こんなの絶対におかしいよ! だって、隆君は学君のこと、いじめていないじゃん!」

 当然ながら、春翔は納得していなくて、顧問の話を聞いた後、そんな風に言った。

「周りがどう感じていようが、いじめられていると本人が感じたら、それはいじめなんだ」

「学君は、隆君からいじめられているなんて、絶対に思っていない!」

「だからそれは、本人がどう思うかで……」

「僕も春翔と同じ考えです」

 感情的になっている春翔に対して、春来は冷静になることを意識しながら、口を挟んだ。というのも、春来自身、感情的になってしまいそうなほど、強い怒りを持っていたからだ。そのため、少しだけ間を置いて気持ちを落ち着けた後、口を開いた。

「まず、隆が学をいじめているとする根拠は、週刊誌で記事になったから……ただそれだけですよね? その記事の内容、正しいものかどうか、ここにいる全員で考えませんか? そこには、僕達サッカー部のことも書かれています。少なくとも、それが正しいかどうかだけでも、みんなで考えてほしいです」

 そう言うと、春来はカバンから週刊誌を十冊ほど出した。

「おい、学校にそんな物を持ってくるな」

「いえ、先生! ちゃんと僕達で確認するべきです!」

「そうですよ! こんなの納得できません!」

 先輩達がそんな声を上げてくれたおかげで、渋々といった感じだったものの、顧問も頷いてくれた。

「わかった。確かに必要なことだな」

 それから、数人ずつで見られるように週刊誌を配ると、春来は話を始めた。

「まず、この記事には事実と異なることが書かれています。それは、学が部活で孤立させられていたというものです」

「確かに、最初は上手くいかないこともあったけど、それでも孤立はしてなかったし、最近なんてみんなの練習に普通に参加してたよな」

「あと、レギュラーを決める際、いじめを受けたことで実力が出せなかったって内容も、完全に誤りですね。皆さんもご存じの通り、普段の練習から、チームとしてやるには誰がいいかといった理由で、先生はレギュラーを決めました。でも、この記事ではレギュラーを決めるテストがあったかのような書き方になっています」

「読んでみると、確かにおかしいというか……」

 そんな風に言った先輩がいたのを受けて、春来はすぐに反応した。

「はい、おかしいんです。というのも、この記事は事実を知らない……桜庭中学校のサッカー部について、ほとんど何も知らない人が書いたものなんです」

「いや、こうして記事になってるんだから、さすがにそんなわけ……」

「だったら、質問します。この記事を書いた人は、僕達サッカー部について、何を知っていると思いますか? この記事を読んで、僕達のことを少しでも知ってくれていると感じましたか?」

 そんな春来の質問に対して、誰も何も答えられなかった。

「そんな物のせいで、隆は学をいじめているだなんて、思い込んでいる人がいます。そんな間違いを今すぐ直しましょう」

「ああ、緋山の言う通りだ。でも、どうすればいい?」

「もうすぐ夏休みに入ってしまいます。そうなると、何の弁解もできないまま、これが事実ということにされてしまうと思います。なので、みんなでこの記事がデタラメだということを知らせてもらえないでしょうか?」

「いや、そんなことできるわけ……」

「今、僕がしたことと同じことをすればいいだけです。みんな、真面に記事を読まないまま、単に記事になったからという理由だけで信じてしまっているんです。だから、とにかく、記事を読ませてください。それこそ、この記事をコピーして、みんなに配るとか、手段は選ばなくていいです。そうすれば、自然とそんなわけないと、わかってくれる人もいるはずです」

 そう伝えたうえで、春来はそれだけだと解決しないということも理解していた。

「ただ、この記事がデタラメだとしても、先生の言う通り、いじめがあったかどうかというのは、本人に聞かないとわからない……もしかしたら、本人に聞いてもわからないかもしれませんけど……今の時点で、隆と学に話を聞いた人は、誰もいませんよね? それなのに、いじめがあったと決め付けている現状を、みんなで変えてほしいです」

 それから、春来は必死に怒りを抑えようと、どうにか笑顔を作ったうえで、話を続けた。

「このデタラメな記事を載せた週刊誌の方は……それこそ手段を選ばねえで、俺が絶対に潰します」

 その瞬間、どこかみんなが春来を怖がっているかのような、そんな雰囲気を感じた。そして、何でそんな感じになっているのかと春来が疑問を持つと同時に、春翔が春来の隣に立った。

「うん、私も春来と一緒に、どうにかするよ! だから、みんなは春来の言った通り、この記事がデタラメだと伝えてほしい! お願いします!」

 そう言って、春翔が頭を下げたため、春来も合わせるように頭を下げた。

「……わかった。どうにかやってみるよ」

 そして、みんなは春来達の願いを聞いてくれて、その日から早速記事がデタラメだといったことを他の人に伝えてくれた。

 そうして、少しだけ空気が変わりつつあったものの、結局のところ記事を信じてしまう人もやはりいて、隆と学から事情を聞けない今、状況はそこまで良くならなかった。

 とはいえ、どうすることもできないまま、放課後を迎えると、この日は帰ることになった。

「とにかく、隆と学から話を聞きたいんだけど、学校に来てくれないと、どうしていいか……」

「奈々ちゃんとかに聞けば、隆君の家はわかるよ。だから、直接家に行けばいいんじゃないかな?」

「確かに、それでいいかも……」

 そんな話をしながら、家の近くの公園まで来たところで、春来は足を止めた。

「隆?」

 ふと公園の方を見た時、ベンチに隆が座っていることに気付いて、春来は思わず声を上げた。

「本当だ! 隆君!」

 そんな風に春翔が大声で呼ぶと、隆は顔を上げた。ただ、その顔は傷だらけで腫れていた。

「隆君!? どうしたの!?」

「ああ、何というか……とにかく、ごめん」

 隆は落ち込んだ様子で、ただ謝罪をしてきた。そんな隆を見て、春翔は首を振った。

「隆君、何も悪いことなんてしていないでしょ?」

「いや、でも、俺のせいでこんな騒ぎになって、大会にも出れなくなって……」

「だから、それは隆君のせいじゃないでしょ? だって、隆君は学君をいじめていないじゃん」

 春翔がそんな風に伝えると、隆は目に涙を浮かべた。

「でも、もしかしたら、学はずっと俺にいじめられてると思ってたかもしれねえじゃねえか。俺は口も悪いし、それで学がずっと嫌な思いをしてたかもしれねえじゃねえか」

「そんなこと、絶対にないよ」

「何で、そんなことがわかるんだよ!? 学の気持ちなんて、誰にも……」

「わかるよ。だって、私は特別だもん」

 自信満々な様子でそんな風に言った春翔の言葉が響いたのか、隆は表情を変えた。ただ、一方の春翔は何かに気付いた様子で、春来の方を一瞬だけ見た後、何だか急に慌てだした。

「いや、違うね! 学君の気持ちなんて、普通にわかるじゃん! 隆君だって、学君をいじめているつもりなんてなかったんでしょ? それが正しいんだよ! 隆君は学君をいじめていない! みんな、そんなこと普通に気付くから!」

 そんな春翔の言葉を受けて、隆は何かが吹っ切れた様子で笑った。

「ホントに春翔は極端だな。でも、その通りだ。俺は学をいじめてねえし、学も俺にいじめられてるなんて思うはずがねえ」

 ついさっきまで落ち込んだ様子だった隆を、あっという間に励ましてしまった。そんなことをした春翔は、やはり特別だ。そんな風に感じつつ、春来はある提案をすることにした。

「今日、サッカー部の方でも色々と話して、週刊誌に載った記事の内容がデタラメだってことはみんなわかってくれて、そのことを他の人にも伝えてくれたよ。ただ、それだけだと足りなくて……」

 少しだけ間を置きつつ、春来は話を続けた。

「こうして隆と話して、やっぱりいじめなんてなかったって確信したよ。だから、僕達は、そのことをみんなに伝えたい。そのために、協力してくれないかな?」

 そんな風に言うと、隆は笑った。

「いや、そんなの俺からお願いすることじゃねえかよ。何で春来からお願いしてくるんだよ?」

「僕がそうしたいと思っているからだよ」

「……俺の親は、いじめなんかしてねえって俺が言っても、全然信じてくれなくて……こんな感じで殴られて……まあ、殴られることはたまにあるし、俺が悪くて殴られるのはしょうがねえと思ってる」

 そう言った後、隆の目から涙が零れた。

「でも、俺は悪いなんて思ってねえのに、信じてもらえなくて……それで殴られるのは、きついな」

 隆がそんな風に弱みを見せることは、これまでほとんどなかった。それほど限界なんだろうと感じて、春来と春翔は手を差し伸べた。

「だったら、隆は悪くないって、僕達が一緒に伝えるよ」

「うん、私達に任せて!」

「……ありがとな」

 そうして、隆は涙を拭きつつ、春来と春翔の手を取った。その後、三人は春来の家へ行き、春来は両親にこれまでのことを話した。

「うん、事情はわかったよ」

「それなら、隆君はしばらくうちに泊まっていったらどう?」

「え?」

「そうだね。両親の誤解が解けるまで、お互いに少し距離を置いた方がいいだろうし、隆君の両親には僕から話すよ」

「そんな……いいんですか?」

 隆は戸惑っていたものの、しばらく話し合い、最終的な結論としては、春来の家に泊まっていくことになった。その際、春来の両親は隆の両親に連絡して、しっかりと同意を得つつ、隆の着替えなども用意した。

「えっと……お世話になります」

「隆君が泊まるなら、明日は休みだし、私も泊まろうかな。みんなで映画でも見ようよ」

「いや、それは色々と解決してからにしようよ。それで、父さんにお願いしたいことがあるんだけど、週刊誌に書かれていたこと、ほとんど何も知らない人が書いたものだってことはわかっていて……これって、いわゆるマスメディアの問題だと思う」

 春来がそんな風に言うと、父親は複雑な表情を見せた。それでも、春来は話を続けた。

「だから、ビーさんに協力をお願いできないかな?」

 そこまで伝えたものの、父親は複雑な表情のままで、答えに困っている様子だった。そうしていると、隆が口を開いた。

「春来、そのビーさんって何だ?」

「マスメディアとか、いわゆる権力者と言われる人の問題を暴露している記者で、朋枝が虐待を受けていた時、色々と協力してくれた人だよ。僕がマスメディアの問題について、色々と知るきっかけになった人でもあるよ」

 簡単にそう説明した後、春来は父親の方へ視線を戻した。

「僕とビーさんがかかわること、父さん達は反対していると思うけど……」

「いや、違うよ。むしろ、春来が色々とマスメディアの問題に首を突っ込むから、ビーさんから助言してもらいたいとお願いしたぐらいだよ。ただ、ビーさんは潜入取材といって……簡単に言えば、身分を偽って、取材したい企業などに社員として潜入しているみたいなんだよ。だから、今は僕もビーさんに連絡できない状態なんだよね」

「それじゃあ……ビーさんに協力をお願いすることは、もうできないってことかな?」

「手が空けば、ビーさんの方から連絡すると言っていたけど、今のところ連絡はなくて……今後はどうかわからないけど、今はビーさんに協力をお願いできない状態だよ」

 ビーさんの協力を得られないとわかり、春来は途方に暮れてしまった。そんな様子の春来に対して、父親は軽く息をついた後、口を開いた。

「実は、何か困ったことがあった時のため、ビーさんから伝言をもらっていたんだよ。それは、『猫の手を借りるといい』というものだよ」

「え?」

 伝言の意味がわからず、春来はどう反応すればいいかすらわからなかった。

「猫の手って……野良猫でも探しに行けってことか?」

「いや、違うよ。あまりにも忙しいことを表すことわざで、『猫の手も借りたい』っていうのがあって……でも、何でわざわざそんなことを伝言として残したのか……」

「ペットショップだよ!」

 春翔がそう言ったのを聞いて、最初に感じたことは、春翔も隆同様、ことわざを知らないのだろうといったものだった。ただ、少しだけ時間を置き、ビーが残した伝言の意味を考えたところで、春来も気付いた。

「そうか、ペットショップだね」

「うん、そうだよ!」

「いや、意味がわからねえから、説明してくれよ!」

 隆がそんな風に言ってきたため、春来は頭を整理させつつ、話すことにした。

「前に、小学校の近くで捨てられた子犬がいたことは覚えているかな? 結局、その子犬は助けられなかったけど、その時、ペットショップに子犬を連れて行ったじゃん?」

「ああ、そんなことあったな。覚えてる。そういえば、あの時もテレビでデタラメなことを言ってたとか、そんな話があったな」

「うん、あれも今回のようなマスメディアの問題だったんだよ。その時、篠田さんっていう……本人は否定したけど、多分ビーさんと知り合いの記者が協力してくれて、問題を解決してくれたんだよ」

「つまり、そのペットショップを通じて、篠田さんって人に協力をお願いできるかもしれねえってことか?」

「そのペットショップの店長には妹がいて、篠田さんのような記者を目指したいと言っていたし、確か連絡先も交換していたと思う。ビーさんは、そうしたことを伝えるため、伝言を残したんじゃないかな」

 そこまで考えがいったところで、父親がスマホをテーブルに置いた。

「もう中学生だし、それに丁度明日から三連休だね。だから、三人で行ってみたらどうかな?」

 スマホに表示されていたのは、ペットショップのホームページだった。

「事前に連絡して、事情とかを説明すれば、色々と動いてくれるはずだよ」

「うん、そうだね。それじゃあ早速連絡して、明日、行ってくるよ」

「だったら、私が連絡したい!」

 それから、ペットショップの方へ春翔が連絡して、恐らく店長が出たのか、しばらく会話が弾んでいた。ただ、そのまま本題に入る様子が一向になかったため、途中で春来は電話を替わった。

「お久しぶりです。緋山春来です。実は……」

 その後、春来はこれまでの経緯を話した。

「それで、篠田さんの協力をお願いしたいんですけど……」

「わかったよ。妹に話しておくね」

「はい、ありがとうございます」

 そうして話もまとまり、春来は電話を切った。

 そして、明日家を出る時間などを春翔も含めて決めた後、この日、隆は春来の家に泊まっていった。

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