ハーフタイム 71
地区予選の初日、春来達は学校に朝早く集まった後、バスで移動して会場に向かった。
会場に行くのは、レギュラーに選ばれた人だけでなく、応援要員といった形で、他の部員もいて、その中には春翔や学もいた。ただ、ベンチに入ることもできなければ、あくまで専用の応援席で応援できるだけで、指示を出すといったことも禁止されているとのことだった。
また、地区予選は、3から4チームが総当たりで試合をするリーグ戦と、トーナメント戦を組み合わせたもので、必ずしも全試合で勝たなければいけないというものではないとのことだった。
そうしたことは、これまで何度も顧問から説明されていたものの、改めての説明といった形で、移動中のバスの中でも、また詳しく説明があった。
「地区予選、結構面倒だよな。今日勝っても、また今度あるトーナメントで勝たねえと、都大会には進めねえんだもんな」
隆の言う通り、地区によっても違うようで、確かに複雑だった。そのうえで、春来はある結論を持っていた。
「そんなことを考えるより、全部の試合で勝つことだけ考えればいいじゃん」
全部の試合で勝つことができれば、確実に予選を突破することができる。そう考えるだけでいい。そんな風に春来は考えていた。ただ、それは春来自身が思い付いた考えではなかった。
「そうそう! とにかく全部勝とうよ! 負けてもいいからって、手加減するなんて、相手に失礼だもん! 全部ハンデなしでいこうよ!」
春翔も地区予選の仕組みについて、あまり覚える気がないようで、とにかく全部の試合で勝てばいいと言い続けていた。そして、春来もその通りだと感じて、同じような結論を持っていた。
「まあ、確かに全勝した方がカッコイイもんな。でも、初戦で体力を使い切って、次の試合でボロボロになるとか、そんなのはやめような」
「手加減をしないといっても、一試合で体力を使い切るなんてことはしないから、安心してよ」
「そういった練習もたくさんしたもんね」
春来達は、走り込みといった単純な体力作りだけでなく、無駄な動きを減らすといった体力の温存についても、たくさん練習してきた。そうした練習の成果が、試合で発揮できればいい。そんな風にみんなが考えていた。
そうして、会場に着くと、それぞれが軽くウォーミングアップをしながら、試合に向けて準備をした。
「春来君、隆、頑張ってね!」
「負けたら承知しないわよ!」
その時、不意にそんな声が聞こえてきて、そちらに目をやると、奈々と結莉の姿があった。
「応援に来てくれたのかな?」
「これが初試合なんでしょ? 来るに決まってるじゃん」
「というか、春来、全然連絡寄こさないじゃない。春翔が教えてくれなかったら、わからなかったわよ」
「ごめん、連絡を取り合うとか、やっぱり苦手で……」
「まったく、相変わらずね」
「でも、応援に来てくれてありがとう。頑張るよ」
そこまで期間は経っていないものの、奈々と結莉に会って、春来は何だか懐かしいと感じた。また、別の学校になったものの、奈々と結莉は変わらずに仲良しのようで、見ていて嬉しかった。
そんな再会もありつつ、試合の開始時間を間近に控え、春来達は顧問による最終ミーティングを迎えた。
「今更、具体的にどうしろとか、そんなアドバイスはしない。練習でやってきたことを信じて、自分の力を発揮しろ。そうすれば、きっといい結果が出るはずだ。だから、全力で楽しんでこい」
顧問は、簡単にそんな話をするだけだった。それは、自分達のことを信用してくれているからだろうと思い、春来達は胸が熱くなった。
そうして、それぞれがポジションについた後、桜庭中学校がボールを持って始めることが決まった。
これは、春来にとって、初めての公式試合だ。そのことを改めて思いつつ、春来は目を閉じると、意識を集中させた。それから目を開けると、試合開始の合図を待った。
そして、ホイッスルが鳴り、試合が始まった。キックオフは先輩達が行い、ボールやグラウンドに慣れることを意識しているのか、お互いにパスを回し合っていた。そうしていると、春来のところにパスが来て、それを受けた。
その瞬間、春来はゴールへと繋がる線が無数に見えて、戸惑ってしまった。
「春来!」
それは、どれぐらいの時間だったかわからないものの、先輩の声が聞こえて、春来はどうにか我に返った。そして、無数にある線のうち、一つを選択すると、相手ゴールを目指した。
そして、春来はゴール前で先輩にパスを送り、それを受けた先輩が軽々とゴールを決めたことで、あっという間に桜庭中学校は1点を獲得した。
「緋山、ナイスアシストだ。でも、緊張してるのか? いきなり止まった時は何かあったのかと思って心配した」
「すいません。何か……何をしてもゴールを決めることができるように感じて、どうしていいか迷ってしまいました」
「……まだ試合は始まったばかりだ。追加点を狙おう」
「はい、そうですね」
先輩がどこか複雑な表情を見せていたのが気になりつつ、春来は引き続き試合に集中した。
そして、相手ボールから試合が再開された直後、春来はあっさりとボールを奪った。それから、今度はわざと相手を引き付けるように動き、他の人がフリーになったところでパスを出した。そのパスを受けた先輩は、ほとんど相手から妨害されることもないままゴールを決めて、追加点を獲得した。
「ナイスシュートです。このまま追加で……」
「いや、もう勝負はついた。これは手加減とかそんなんじゃなくて、相手の顔を見てみろ」
そう言われて、春来は相手チームの人達を順に見ていった。そして、全員が諦め切った表情というか、それこそ心が折れてしまったかのような表情になっていることに気付いた。
「負けを認めた相手を攻撃し続けるのは、弱いものいじめだ。これからはボールのキープを優先しよう」
「……わかりました」
春翔なら、こうした状況でも手加減なしで攻撃し続けるのだろうか。そんな疑問を持ちつつ、春来は先輩に従うことにした。
そうして、途中で2点の追加点を獲得しつつ、桜庭中学校の最初の試合は快勝といった形の結果になった。
その次の試合も同様で、開始早々に何点か獲得したところで相手が諦めてしまい、そのまま勝利が決まるといった展開だった。
その後は、最後まで諦めないといった雰囲気のチームもいたものの、それが空回る形になってしまい、こちらが6点もの大量得点を獲得したうえで勝利した。
そうして、この日の試合、桜庭中学校は全勝で終えることができた。
「これでまだ予選突破じゃねえんだもんな」
試合が終わった後、隆はそんなことを言った。隆の言う通り、後日、地区予選の続きがあり、そこでもいい結果を出さなければ、予選を突破することはできない。ただ、そのことについて、春来は特に何も考えなかった。
「別に、次も勝てばいいじゃん」
「ああ、そうだな」
それから、少しだけ時間があったため、春来は応援に来てくれた奈々や結莉と話をした。
「春来君、すごかったよ!」
「圧勝って感じだったわね」
「ありがとう。みんなで練習してきた成果が出せて良かったよ」
「まったく、春来は相変わらずね。ところで、春翔はどうかしら?」
不意にそんな質問をされたものの、春来は何を聞かれているのか一瞬わからなかった。ただ、最近の春翔を見て感じていたことを思い出し、それを話すことにした。
「春翔、僕の応援をしてくれるようになって、マネージャーになったこともそうだけど……何か『普通』って言うことが増えた気がするんだよね。特に、僕と何か一緒にした時とか、普通のことをしただけだって言うことが増えて……前の春翔なら、自分は特別だからなんて言いそうな時も、普通って言っている気がするんだよね」
そんなことを伝えると、結莉はわかりやすく頭を抱えた。
「結莉、どうしたのかな?」
「何でそうなっちゃうのかしら? ごめんなさい、私の方からまた春翔に話をするわ」
「結莉、卒業式で春翔に何か一言伝えるとか言っていたけど、それと関係あるのかな?」
「そうだけど、もっとゴチャゴチャするだけだから、あんたは何も考えなくていいわ」
そんな風に言われてしまうと、春来は何も言えなくなってしまった。
「まあ、大丈夫だよ! 春来君、引き続き頑張ってね! また応援に来るから!」
「ああ、うん、ありがとう」
奈々が強引に話をそらしたことも気になりつつ、会場を離れる時間が来てしまったため、春来は二人に別れを伝えると、バスの方へ向かった。
それから数日後、地区予選の続きが始まり、時には負けたら予選敗退が決定するトーナメント戦もあった。しかし、そんなことを気にすることなく、ただ試合に挑み、その結果、どの試合も快勝といった形で、桜庭中学校は勝利を重ねた。
そうして、桜庭中学校は地区予選を勝ち抜き、都大会へ進むことが決まった。
そのことは、学校中で話題になり、春来も同じクラスの生徒から様々な言葉を掛けられた。その中で特にあったのは、必ず応援へ行くといったものだった。というのも、都大会は夏休みに入ってから始まるため、その休みを利用して応援へ行きたいと考える人が多かったからだ。
そんなある日、近くの公園で春来と春翔と隆は、いつも通り練習していた。その時、隆は春翔のスマホを借りつつ、春来にある話をした。
「春来、人の名前とか顔を覚えるのが苦手って言ってたけど、こいつの名前と顔だけは絶対に覚えろ」
そう言われて、春来はスマホに表示された人物を確認した。
「えっと、誰なのかな?」
「沼萩中学校の、高畑孝太だ。こいつは春来と同じ司令塔で、別のクラブチームに所属してたんだ。それで、俺や学は何度も対戦したんだけど、孝太のいるチームに勝ったことは一度もねえんだ」
そんな風に言われて、春来は驚いた。隆と学の実力で、一度も勝てないなんてことは考えづらい。そのため、この孝太という人物に、強い興味を持った。
「司令塔って言ったけど、具体的にどんなプレイをするのかな?」
「それは、私の方でも調べて、試合の映像も見つけたよ」
春翔は事前に孝太から話を聞いていたようで、そんな風に言った。
「それを見ながら、実際に対戦した俺の意見も言っていく。ホントは学もいたら良かったんだけどな」
隆がそんな風に言ったのを受けて、春来は心配していたことを話そうと思った。
「何か、学校に来ていないみたいだけど、大丈夫なのかな?」
「俺もよくわからねえんだよ。家に行ったんだけど、学のお袋から帰れって言われて、学には会えなかったんだ。何か、変な病気とかになってねえといいけどな」
学は、ここ最近学校に来ていないそうだ。しかも、その理由がよくわからず、みんなが心配していた。
「学は、よく試合で孝太にボールを奪われてたから、どんな感じだったか聞きたかったんだけど、まあ、しょうがねえよな。とりあえず、映像を見てくれよ」
そうして、春来達は孝太が出ていた試合の映像を見た。
スマホの画面なので、よく確認できないものの、むしろ小さな画面で見たことで、広い範囲を見ることができ、そこで孝太の実力の高さを春来は実感した。
「この孝太って人、フィールド全体を支配しているというか……相手の人、みんなポジションを誘導されているし、すごくプレイしづらそうだね」
そんな風に言うと、隆が反応した。
「ああ、正にそうなんだよ! 孝太がいると、何だか動きづれえんだよ! 俺が守ってる場所と全然違う所にボールをパスされて、あっさり点を決められたり、学もわざわざディフェンスが多い場所に向かっていって、それでボールを奪われたり、とにかくおかしいんだよ!」
実際に対戦した隆がそんな風に言ったのを聞いて、春来は高畑孝太という人物について、自分の感じたことが正しいのだろうと確信した。
「ボールを持っていない時も、常に相手が動きづらい位置に移動して、反対に味方の人はみんなやりたいことをしているね。すごい……この孝太って人は、みんなでサッカーをしているよ」
これまで、春来は初心者と一緒にサッカーをする時でも、なるべくパスを送るなどして、とにかくみんなでサッカーをやろうと心掛けていた。しかし、孝太のプレイは、そんな次元でなく、味方も相手も誘導したうえで、試合に参加している全員を自分の思い通りに動かしているかのような、そんな風に見えるものだった。
「これを見て、どう対策すればいいか、確かに全然わからないよ」
「大丈夫! 春来は自分のできることをすれば、きっと普通に勝てるよ!」
そんなことを自信満々な様子の春翔に言われて、春来は思わず笑ってしまった。
「ありがとう。春翔が言うと、本当にそう思えてくるよ」
「いや、俺もそうじゃねえかって思う部分はあるけど、ちゃんと対策は立てねえとまずいだろ?」
「そうだね。ただ……この孝太って人のプレイ、僕も参考にしたいから、動画とかがあるなら、色々と見せてくれないかな? こんな小さい画面じゃなくて、パソコンでも見てみたいんだよね」
「それじゃあ、私が動画のURLとかを送るよ」
そうした形で話がまとまったところで、春来は軽く息をついた。
「都大会は、この孝太って人を相手にしないといけないんだね。何だか……楽しみだよ」
それは、自然と出てきた言葉だった。
そんな春来の言葉に対して、春翔と隆はどこか嬉しそうな様子で、笑顔を見せた。
「うん、楽しみだね!」
「ああ、俺も楽しみだ」
そうして、春来達は孝太を相手に、どんな対策をしようかと長い時間話し合った。
しかし、この年は春来達がいる桜庭中学校と、孝太のいる沼萩中学校が対戦することはなかった。
その理由は、桜庭中学校のサッカー部で、いじめが起こっていると騒ぎになり、週刊誌などでも話題にされてしまったため、自主的に都大会への参加を辞退したからだ。
この時、週刊誌などでは匿名だったものの、いじめを受けているとされた人物は、学だった。
そして、いじめをしているとされたのは、隆だった。




