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TOD  作者: ナナシノススム
ハーフタイム
205/284

ハーフタイム 70

 春来達は、元々決めていた通り、サッカー部に入部した。

 桜庭中学校のサッカー部は、精力的に活動していて、練習は平日の放課後や朝だけでなく、土曜と日曜のどちらかは毎週休日練習があった。

 一年生で入部したのは、小学校の時にもサッカークラブに入っていた人が多いものの、あまり経験がない人もいて、様々だった。そんな中、春来、隆、学の三人は、体験入部のこともあり、早くに周りから注目されていた。

 とはいえ、顧問の先生は、個人の実力ではなく、あくまでチームとしての実力を重視したいといった方針のようで、部活での練習は、他の人との連携を向上させる目的のものが多かった。

 それは、体験入部で行った3対3だけでなく、二つのチームを作って練習試合をしたり、パスを回し合う練習をしたり、実践的なものが多かった。それだけでなく、個人練習をする際も、常に誰かとペアを組んで、フォームなどをお互いに確認し合うようにしたり、時には二人で何を練習するか決めたり、とにかくチームとして結束力を高めようといった印象を持つ内容だった。

 こうした方針は、ほとんど個人プレイをすることなく、みんなとサッカーをやりたいと普段から思っている春来にとって、非常に合ったものだった。そのため、普段の練習から他の部員との交流を深めていき、それぞれの癖なども覚えていった。

 また、ディフェンダーの隆も、みんなと上手くやっていた。これは、自らがゴールを目指さないというスタンスなので、勝つためには他のチームメイトに頼る必要があり、自然とチームプレイを意識していたからのようだ。

 マネージャーとして入った春翔は、特に未経験の人に手取り足取りといった形で基本的なことや、練習方法などを教えていた。感覚派なため、口での説明はあまり上手じゃないものの、経験者として自分で実際に動きを見せることができるため、未経験の人だけでなく、時には先輩にもアドバイスするなど、様々な形で部員をサポートしていた。

 そんな中、学だけは、部活の方針に合っていないのか、困っている様子だった。

 まず、話をするのが苦手なようで、隆や春来、春翔が相手でないと、上手く話せないようだった。そのため、普段の練習で他の人とペアを組んでも、どこかギクシャクしている感じだった。

 また、ストライカーとして、一人でもできるシュートやドリブルの練習を特に重視していたようで、パスの技術はそこまでないのか、相手が受けやすいパスを出すことがなかなかできないようだった。

 そうしたことが気になり、ある日の部活で、春来は自ら学とペアを組んだ。

「学に合うかわからないけど、僕がやっていることを話してもいいかな? 人によって受けやすいパスは違っていて、学は常に弱く蹴ればいいと思っているみたいだけど、速いパスの方が受けやすいって人もいるんだよ。あと、正面で受けるより、左右のどちらかに少しズレていた方が受けやすいとか、そういったこともあるそうだよ」

 春来は、自分の知識や技術が少しでも学の役に立つよう、普段パスを出す際に意識していることを話していった。

「学だって、受けやすいパスとか、受けにくいパスとかあるよね?」

「はい、春来さんや隆さんのパスは受けやすいです」

「僕は、学にパスを出す時、向かおうとしている先にパスを出すようにしているよ。本人は意識しているかわからないけど、隆も僕と同じようなパスを出すことが多いね」

「確かに、そうかもしれないです」

「そうしたことを学も意識するといいんじゃないかな?」

 そんな風に伝えたものの、学の表情は暗かった。

「僕も、そうしたいと思っているんです。でも、上手くできなくて……それで、ストライカーを目指すようにしたんです。そうすれば、パスを受けることと、シュートを打つことさえできれば、それだけで良かったので……」

「学は、ポジション取りも上手だよ。それは、周りが見えているってことだと思うし、相手が受けやすいパスを出すのも、すぐできるはずだよ。今日は、それを意識して練習してみようよ」

「いいんですか? 僕なんかに付き合わせるなんて、悪いです」

「そう思うなら、今度、シュートの仕方を教えてくれないかな? この前見た、学のシュート、本当にすごかったし、どうやったか教えてよ」

 そんな風に言うと、学は照れ臭そうに笑った。

「はい、いいですよ。それじゃあ、今日はお願いします」

 そうして、その日は、学にパスの仕方を説明しながら、二人で練習した。

 学は、別に不器用というわけでなく、どうしていいかわからなかっただけで、春来がどんなパスを出せばいいか説明すると、すぐにそれを実践してみせた。

「速いパスを相手から見て右に出す時は、こんな感じだよ」

 そう言って春来がパスを出すと、学は軽くボールを弾きつつ、それを受けた。

「同じようにやってみて」

「わかりました」

 そうして、学が出したパスを、しっかり春来は受けた。

「次は、反対に速いパスを相手から見て左に出すよ。学は右利きだから、結構地面を蹴られるはずだし、ちょっと遠目に出すね」

 そう言うと、春来はまたパスを出した。それは少し遠めにしたのと、利き足でない左足で受けることになるため、学は先ほどよりもボールを弾きつつ、どうにか受けた。

「ごめんなさい」

「ううん、学には受けづらいパスだってわかっているし、それでも受けられた学がすごいよ。でも、こんなパスの方が受けやすいって人もいて、この部だと……」

 それからも、春来は様々なパスを学に教えていった。その際、部員それぞれで、どんなパスだと受けやすいかといった、そうしたことも教えた。

「春来さんは、いつもそんなことを考えているんですか?」

「うん、まあ……これは僕が勝手に思っていることだけど、何か、みんなでサッカーをやりたいって思っていたら、自然とこんな感じになっていたんだよね」

「あと、春来さんが受けやすいパスは何ですか? 僕のパス、全部すんなりと受けていましたよね?」

 そんな風に聞かれて、春来は少しの間、自分が受けやすいパスが何なのか考えてみた。しかし、その答えは出なかった。

「別に、僕の方に来れば、大体は受けられるし……どれが受けやすいとかはないかな」

 そう答えると、学は複雑な表情を見せた。

「それじゃあ、またパスを出すので、受けてもらってもいいですか?」

「うん、いいよ」

「それじゃあ、ある程度離れてほしいです」

「うん、わかった」

 そうして、春来は学と距離を取った。

「これぐらいでいいかな?」

「はい、大丈夫です。それじゃあ、行きますね」

 それから、学は春来がいる位置とは全然違う所へ目掛けて、山なりのパスを出した。ただ、春来は学がパスを出す直前から、どこへパスを出そうとしているかを察して、全力で走り出していた。

 そうして、春来はボールに追いつくと、それを軽々と受けた。それから、ドリブルをして、学がいる場所に戻った。

「いや、さすがにそれは意地悪じゃないかな?」

「ごめんなさい。でも、春来さんなら受けてくれると思ったんです」

「まあ、確かに受けられたけど……」

「もう少しだけ、時間がありますよね? シュートの仕方、教えますよ」

 そんな風に提案されて、春来は戸惑った。

「いいのかな?」

「はい、いいですよ」

「それじゃあ、お願いするよ」

 そうして、春来と学はゴールの方へ移動した。

「軽くドリブルしてから、シュートを打ってみますね」

 まず、学は自らがシュートを打ち、どういった感じなのかを見せた。それは、先日も見せてくれたのと同じ、強烈なシュートだった。そして、春来は、それを入念に観察した。

「なるほど、そういう身体の動きなんだね。僕もやってみていいかな?」

「はい、是非やってください」

 それから、春来は学がやったことと同じことをやってみた。そうして、シュートを打った瞬間、これまでにない感覚があった。そして、そんな春来の感覚が正しいことを示すように、放ったシュートは、真っ直ぐゴールへ吸い込まれていった。

「これ、すごいね!」

 これまで、ドリブルをした後にシュートを打つといった経験を、春来は何度もしてきた。ただ、止まっている物を蹴るわけじゃないため、どこか蹴った感覚がないといった違和感を持っていた。

 パスを受ける時は、ボールの反動を足に感じられて、それはどこか気持ちのいいものだった。ただ、シュートを打つ時は、それを感じられない。それは、しょうがないことだ。何となく、そんな風に思っていた春来の常識が、この一回のシュートをきっかけに消えてしまった。

「学、ありがとう!」

「いえ、その……すごいのは、春来さんですよ?」

 そんな風に言われて、春来はすぐに否定しようとしたものの、そうしてはいけない気がしてやめた。

 そして、少しだけ間を置いた後、春来は口を開いた。

「ありがとう。でも、僕にこれを教えてくれた学だって、すごいと思うよ?」

「そんなことないです。だって……」

「今日だけで、色々なパスを覚えられた学はすごいよ。それで、学からシュートの仕方を教えてもらって、それができた僕もすごい。それでいいんじゃないかな?」

 春来の本音としては、教えてもらったことをしただけで、何も特別なことはしていないといったものだった。ただ、結莉に言われたことなどを思い出して、学にとっての特別を普通にしないよう、自分も特別だということにした。

 そうした春来の思いが伝わったのか、学は笑顔を見せた。

「はい、そうですね! シュートの仕方、他にも色々とあるので教えます! だから、もっとパスの出し方や受け方について教えてください!」

「うん、こちらこそ、よろしくお願いします……って、何か釣られて僕まで敬語になっちゃったね」

「本当ですね」

 そんなやり取りをして、春来と学はお互いに笑ってしまった。

 その後、学は少しずつ他の部員とも打ち解けてきた様子で、見ていて心配になるような状況はなくなった。

 それだけでなく、部活以外でも練習しようといった話になり、休日練習のない日に、隆と一緒に学が来てくれることもあった。

 そうした日は、近くの公園に行き、春翔も入って、四人で練習をした。

「この壁……このボールの跡って、春来さん達が付けたものですよね?」

 その時、学は春来と春翔が壁当てをする際に使っている壁を見て、そんなことを聞いてきた。

「確かに、そうかもしれないね」

「言われるまで気付かなかったけど、前はこんなのなかったもんね。何か、こういうのが残っているの、嬉しくなるね」

 春来と春翔は、この壁に二人の思い出を残したかのような気分になり、色々と思うところがあった。

 一方、学は別のことに気付いたようだった。

「ボールの跡が強く残っている所、少ないですよね? それって、特定の場所にだけ何度もボールを当てたってことですよね? 何で、そんなことができるんですか?」

 壁を入念に見ながら、学はそんな風に言った。

「いや、別に普段の壁当ては、自分が受けやすい場所に跳ね返ってくる所に集中してボールを当てるし、シュート練習とかだと、ゴールポストギリギリの所をイメージして狙うから、こうなっただけだよ」

「だから、それがすごいと言っているんですけど……」

「学君は知らないけど、私と春来はずっと前からここで練習しているんだよ。だから、こんな跡が残っているってことだし、普通のことだよ」

 春翔がそんな風に言ったものの、学は納得していないようだった。

「学、考えるだけ損だから、やめておけ。それより、練習しよう」

「はい、そうですね」

 それから、四人でパスやシュートの仕方などをお互いに教え合い、知識や技術を深めていった。そうした四人の集まりはその後も続き、定期的に行われた。

 ただ、学はクラブチームの練習にも参加することがあるため、そうした時は、三人で練習するようにしていた。

 それと並行して、大会の話題も頻繁にあり、まず、地区予選は6月から始まるということ。そして、その際のレギュラーは誰になるかということ。そんな話題を多くの人が話していた。

「一年生は、レギュラーに選ばれることがほとんどねえって聞いてるけど、俺達三人、全員レギュラーに選ばれるといいな」

「別に、僕達が考えてもしょうがないし、今は練習に専念しようよ」

「まあ、確かにそうか」

 ただ、春来自身、一年生でレギュラーになれるかどうかといったことに、そこまで関心がなく、それに隆なども合わせる形で、そこまで話題にすることはなかった。

 そして、いよいよ試合を間近に控えたタイミングで、顧問からレギュラーの発表があった。

「一年生は初めてのことだから、最初に説明しておく。といっても、何度も言っていることだが、この部ではチームプレイを重視している。だから、自然と二年生や三年生を中心に選ぶことになる。むしろ、ここで一年生を選ぶということは、ほとんどない。だから、選ばれなかったとしても、実力がなかったなんて考えないでほしい」

 それは、普段の練習から感じていたことで、だからこそ、春来はレギュラーに選ばれるかどうかということについて、そこまで関心がなかった。というのも、恐らく自分が選ばれることはないだろうといった思いを、心のどこかで持っていたからだ。

「それじゃあ、順番に発表していく」

 サッカーは1チーム11人で行うものの、それとは別に、いわゆる交代要員としてベンチ入りする7人もいる。そうした、合計18人の名前を順に顧問は発表していった。

 その中に、一年生でありながら、春来と隆の名前があった。しかも、交代要員としてではなく、試合開始時から参加する、いわゆるスターティングメンバーに選ばれた。

「驚いたかもしれないが……いや、驚かないか。普段の練習で、みんなも感じていた通り、緋山と尾辺の二人は、このチームに必要だと判断した。一年生なのにレギュラーに選ばれて、プレッシャーを感じるかもしれないが、是非頑張ってほしい」

「はい、えっと……よろしくお願いします」

「俺も頑張ります。よろしくお願いします」

 そんな風に春来と隆が頭を下げると、レギュラーに選ばれた人だけでなく、選ばれなかった人も祝福するように拍手を送ってくれた。

 そうしたレギュラーの発表も終わり、練習に戻るところで、学が笑顔を向けた。

「隆さん、春来さん、おめでとうございます」

 結局、学はベンチ入りすらできなかった。そのことを何とも思っていないはずがない。それでも、春来達に、祝福の言葉を送ってくれた。

「たく、何で学が選ばれねえんだよ?」

「僕もそう思うよ。攻めの要になってくれると思っていたし、残念だよ」

「先生が決めたことです。しょうがないですよ」

 学は、自分に言い聞かせるように、そんな言葉を伝えた。

「安っぽい言葉かもしれねえけど、俺達が学の分まで頑張るからな!」

「僕も、レギュラーに選ばれたことは特別だと思って、自分にできることを全力でやるよ」

「はい、ありがとうございます。僕も、全力で応援しますから」

 そうしてレギュラーも決まり、それからは、レギュラーになった人を中心に、より大会を意識した、実践的な練習が行われた。その練習の中で、春来は他のチームメイトの癖を入念に覚え、最適なパスやポジション取りを、改めて学んでいった。

「春来、ディフェンダーは隆君だけじゃないし、もう少し前線にいてもいいと思うよ。隆君は、むしろもっと下がって、それこそキーパーと一緒にゴールを守るぐらいの意識でもいいかも。あと……」

 その際、春翔はマネージャーとして、春来や隆だけでなく、先輩達にも様々なアドバイスをした。

「なるほど。いいかもしれない。試しにやってみよう」

 それは、顧問にも受け入れられ、春翔が出した多くの案が採用されていった。

 そうして、チームとしての力が何段階も高まったことをお互いに意識し始めた頃、いよいよ地区予選を迎えることになった。

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