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TOD  作者: ナナシノススム
ハーフタイム
204/284

ハーフタイム 69

 中学生になってから数日が過ぎた後、体験入部というものが始まった。

 これは、その名の通り、一年生が体験という形で部活に入部することで、実際に入部した後の雰囲気などを少しでも知ってもらおうといった、そうした目的で行われるものだ。この体験入部により、どの部活を選択するか、決めるためのヒントにする生徒も多い。

 とはいえ、春来、春翔、隆、そして先日知り合った学などは、既にサッカー部に入ると決めているため、こんな体験入部など、必要なのかといった疑問を持った。ただ、実際に入部した後のことを考えるきっかけにはなった。

「春翔、本当にマネージャーになるのかな?」

「私がマネージャーだと、不満なの?」

「そうじゃなくて、やっぱり春翔なら、女子サッカー部とかで活躍できると思うんだけど?」

「私は、もう決めたから」

 春翔がそんな風に強く言ってきたため、春来は言葉に詰まった。

「俺も話は聞いてるけど、春来と春翔って、色々と極端だよな」

「どういう意味かな?」

「言葉通りの意味だ。でも、俺はいいと思う。春翔、色々と知識があるというか、他の人にはねえ発想とかもあるし、マネージャーになってくれたら、マジで助かるよ」

 それは、春来も同意できることで、春翔がマネージャーになってくれることは、ただただ嬉しいという感想しかないのも事実だ。とはいえ、春翔を自分に合わせてしまっているような気がして、どこか抵抗があった。

「春来、私は私のしたいことをするんだよ?」

「うん、まあ……春翔は決めたら変えないもんね。わかった、もう言わないよ」

 ただ、結局押し切られる形で、春来は自分を納得させた。

 そうして、春来達は、初回の体験入部で、サッカー部へ行った。

「藤谷ちゃん、マネージャーをやるつもりなの?」

 まず、注目されたのは春翔で、他の場所で練習していた女子サッカー部の人まで来て、驚かれていた。

「はい、春来と一緒に、大会で優勝するって夢を叶えたいんです」

 ただ、春翔の決意が固いことを知ると、みんなは諦めるように納得していた。

 それから、実際にサッカー部の練習を体験することになり、先輩からある提案があった。

「初心者と経験者で分けて、練習に参加してもらおうかな。初心者の方は、とりあえずボールに慣れるところから始めようか。それで、緋山君達、経験者は……3対3で、実践向きの練習をしてみようか」

 それは、1対1で行うワンオンワンと同じで、攻める側と守る側に分かれ、攻める側はゴールすれば勝ち、守る側はボールを奪えば勝ちというものだ。ただ、3対3となると、他の人との連携なども必要で、より実践的な練習になるとのことだった。

「俺達の実力を見せるチャンスだ。春来、学、一緒にやろう」

「えっと、僕は学とやるのが初めてだから、上手く連携できるかわからないけど、いいのかな?」

「僕も、心配ですけど……」

「二人なら大丈夫だって。二人ともいつも通りでいいって」

 隆がそんな調子で戸惑いつつも、そこまで言うならと、春来と学は従うことにした。

「それじゃあ、お願いします」

 そうして、春来達が攻める側で、3対3が始まった。

 まず、ボールを持ったのは春来で、とりあえずキープすることを意識しながら、相手や学の動きを観察した。隆は自信があるようだったものの、学の実力がわからない今、どうすればいいかわからないというのが現状だ。

 そんな状況で、春来は自分が何をするべきかと意識を集中させた。そして、相手が向かってきたところで、まずは隆にパスを出した。

 隆はディフェンダーとして、相手からボールを奪ったり、パスやシュートを妨害したりといった技術に優れている。ただ、基本的にすぐ前線の方へボールを送ることが多いため、ボールをキープすることはそこまで得意じゃない。そのため、春来はすぐにボールを受けられるよう、ポジションを変えた。

 この時、学が隆の方へ近付きつつも、いつでもゴールへ向かうといった意識を持っているように感じた。それを受け、春来は相手がどこにいればいいか迷わせるため、色々と移動しながら誘導しつつ、フリーになれるスペースを作り出した。

 そして、隆の方へ相手が向かっていった瞬間、春来はパスを受けられる位置へ即座に移動した。そうすると、隆も事前にわかっていた様子で、慣れたようにパスを送ってきた。

 無事に隆からのパスを受けた瞬間、ゴールへと繋がる線のようなものが見えた。それを信じると、春来は真っ直ぐゴールを目指すようにドリブルした。しかし、途中で相手がブロックするように立ちはだかった。それは、春来が想定した通りの状況だった。

 そのまま、春来はノールックで学にパスを出した。それを学が受けた時、学の目の前には、相手のキーパーしかいなかった。

「オフサイド! いや、違うのか?」

 サッカーでは、オフサイドというルールがあり、味方にパスを出した際、その味方の前に、キーパーを除いた相手が2人以上いないといけない。これは複雑なもので、プロの試合でも、判定が正しかったかどうかと論争がよく起こるものだ。

 ただ、今回の場合、春来がパスを出した瞬間、学の前には2人以上、相手がいた。これは、学が隆の方へ近付くことで、自然とゴールから離れていたからだ。

 それを知ったうえで、春来がパスを出した先は、学がいる場所よりもゴールへ近い場所だった。これは、常にゴールを狙っている様子の学なら、絶対に追いついて受けてくれるだろうと確信していたからだ。

 その結果、審判としてついている人達から、オフサイドを指摘されることなく、学はシュートを放った。

 学の身長は、春来よりも少し低いものの、同年代の男子の平均よりかは高い。そうした恵まれた体格を使ったシュートは強烈なもので、相手のゴールネットを勢いよく揺らした。それは、春来達の勝利を意味していた。

「ほら、俺の言った通り、大丈夫だっただろ?」

「いや、確かに勝てたけど、もう少し情報をくれても良かったんじゃないかな? 学のオフサイドを警戒したポジション取りとか、あれだけ強いシュートとか、そうしたことを事前に教えてもらっていたら、もっと楽だったよ」

「僕も同意見です。春来さんのポジション取り、僕が動きやすい位置にしてもらえて、助かりました。それだけでなく、パスも受けやすくて、おかげで全力でシュートを打てました」

「ほらな? 実際にやってみねえと、そういうのってわからねえだろ? だから、春来と学には、いつも通りでいいって言ったんだよ。実際やってみて、いつも通りで良かっただろ?」

 そんな隆の言葉を否定できず、春来と学は複雑な気分だった。

「隆さんは、いつもそうですよね」

「うん、いつもそうだよね」

 そんな風に春来と学は言った後、お互いに顔を合わせると、思わず笑ってしまった。

 そうしていると、先輩達が駆け寄ってきた。

「参ったよ。でも、三人が入ってくれたら、いい戦力になることは確実だね。今から楽しみだよ」

「はい、ありがとうございます。あと、体験入部は、サッカー部にしか行くつもりがないので、また次もよろしくお願いします」

 春来がそんなことを言うと、先輩は複雑な表情を見せた。

「いや、せっかくの機会だし、色々な部活を経験するといいよ。まあ、それで他の部活に入っちゃったら困るんだけど……サッカーにも活用できるヒントみたいなものが見つかることもあるし、体験入部をそうしたことに使ってよ」

 それは、先輩自らが経験したことを基にしたアドバイスのようで、確かにそうかもしれないと春来達は感じた。

「だったら、他の……野球部とか、陸上部とか、色々行ってみようか」

 そして、春翔がそう言ったことをきっかけに、どうするかは決まった。

「そうだね。せっかくだから、他の部活の体験入部にも行こうか」

「どうせ、春来と春翔は一緒に回るんだろ? だったら、俺と学も入れた、この四人で回ろう」

「僕もいいんですか?」

「そんなこと言わねえで、一緒に回ってくれよ。まあ、嫌なら諦めるけど……」

「嫌なんかじゃないですよ。僕も一緒に回りたいです!」

 そんな風に話がまとまりそうだったものの、春来は一つだけ気になることがあった。

「でも、男子と女子で分かれている部活だと、春翔が……」

「そこは、適当にどうにかなるでしょ。マネージャー志望だけど、少しだけ私もやりたいとか言えば、多分何かやらせてもらえると思うし」

「まあ……そうかな」

 いつも通り、強気な春翔に押し切られる形で、春来は納得した。

 それから、春来達は、体験入部で様々な部活を経験した。

 野球部へ行った時は、実際にボールを投げ、それを先輩のキャッチャーが受けるといったことがあった。

「小さいと、上手く投げられねえな」

「隆さん、サッカーボールと同じに考えるのはダメですよ。あと、乱暴に投げるのも良くないですよ」

「学は、もっと思い切り投げろよ」

 以前、誰かに誘われて、様々なスポーツをやった時と同様に、隆は相変わらず不器用で、なかなか苦戦していた。一方、学は普通というか、無難といった形で、球速はほとんどないものの、それなりにコントロールはいいといった感じだった。

 そんな中、春来がボールを投げる番が来た。

「よろしくお願いします」

 これまで、誰かに誘われたり、近隣のスポーツ大会に参加したり、そうした形で野球の経験はあった。そこで教わったことなどを思い出しつつ、春来はボールを投げた。

 その直後、春来は周りが変な空気になっていることに気付いた。それは、驚いているというか、呆然としているというか、よくわからないものだった。

 そうしていると、キャッチャーをやっていた先輩が駆け寄ってきた。

「君! 野球というか、ピッチャーの経験があるのかい!?」

 それは、詰め寄られるような感じで、春来は戸惑った。

「えっと……友人とやる時とかに、少しピッチャーもやりましたけど、何か良くなかったですか?」

「ほぼ未経験ってこと!? 君、是非野球部に入ってほしい!」

「すいません、僕はサッカー部に入る予定で……」

「そこを何とか……」

「あの! 私も試しに投げてみたいです!」

 春来が困っていると、春翔はそんな声を上げた。そこで、先輩などは冷静さを取り戻したようだった。

「ああ、というか、まだ投げてない人もいたんだよね。ごめんごめん、とりあえず、後で話そうか」

 それから、他の人もボールを投げ、先輩のキャッチャーが受けていった。そして、春翔の希望も聞いてもらえて、次は春翔が投げることになった。

「それじゃあ、行きます」

 そう言うと、春翔はキャッチャーの方に背中を見せるほど身体を捻らせた後、ボールを投げた。それをキャッチャーが受けた瞬間、気持ちのいい高い音が響いた。

「いやいやいや! 君も何なんだい!?」

 すると、またキャッチャーをやっていた先輩が興奮した様子で、今度は春翔の方へ駆け寄った。

「トルネード投法なんて、どこで覚えたんだい?」

「……何ですか、それ?」

「いや、今の君の投げ方……知らないでやったってことかい?」

「何か、身体を捻った方が速く投げられると思ったので……」

 春来も、春翔の投げ方が独特なことは知っていた。とはいえ、これまで野球をやる際、春翔がピッチャーをやることは結構あり、そこでも見ていたため、自然と慣れてしまった。ただ、野球経験者から見ると、やはり独特というか、むしろ特別なんだろうと改めて感じた。

「えっと、マネージャー志望とか言ってたけど、普通にピッチャーをやっても通用すると思うし……」

「ごめんなさい。私も春来と一緒で、サッカー部に入る予定なんです」

「いや、君達は本当に何なんだい?」

 その後は、キャッチャーをやっていた先輩だけでなく、色々な人から執拗に勧誘されたものの、春来と春翔は丁重に断った。

 ただ、向こうは諦め切れなかったのか、カーブという変化球を教えてくれるなど、何だか本格的な練習をさせてもらった。

「確かに、言われた通りに投げたら、ボールが曲がりますね」

「いや、何でそんなすぐにできるんだい?」

「それなら、こんな感じで投げてみたら……あ、何か、面白い動きをしましたよ」

「いや、今の魔球みたいなの、むしろどうやったんだい?」

 春来は、教えられたことを、その通り普通にやった。一方、春翔は、自分がやりたいと思ったことを、とにかくやっていた。

「二人とも、どうしても野球部に入ってほしいんだけど……」

「すいません。もうサッカー部に入ると決めているんです」

 色々あったものの、春来と春翔の考えが変わることはなく、体験入部が終わった際にも、野球部への入部は断った。

「結構楽しかったね」

「何か、色々と教えてもらったけど、良かったのかな?」

「次はどの部活に行こうかね?」

 そんな風に春来と春翔が話していると、隆と学が呆れた表情でこちらを見ていた。

「いや、こんなことを繰り返すのか? さすがにまずいだろ」

「僕も同感です」

「え、何でかな?」

 隆と学の言葉の意味がわからず、春来は首を傾げた。

 一方、春翔はどこか理解した様子で、落ち着いた表情だった。

「別に、私も春来も、『普通』のことをしているだけだよ?」

 それは、春来がよく言っていることだ。ただ、それを春翔が言っているのは、何だか違和感があった。

 すると、隆はわざとらしくため息をついた。

「だから、二人とも極端なんだって。まあ、俺が何を言っても春翔は変えねえし、春来は気付かねえか」

「え、どういうことかな?」

「まあ、俺は付き合うよ。学も付き合ってもらっていいか?」

「はい、いいですよ」

「隆君も、学君も、ありがとう。それじゃあ、次はどの部活に行こうかね?」

 色々と疑問は残りつつ、勝手に話がまとまったようで、春来は複雑な気分だった。

 その後も、春来達は体験入部で、陸上部、テニス部、卓球部、剣道部といった、様々な部活を経験した。その度に、周りの人から妙な反応をされたり、執拗な勧誘を受けたり、何でこんなことになるのだろうかと思いつつ、春来の気持ちが変わることはなかった。

 そうして、体験入部が終わると、春来達は、サッカー部への入部希望を出した。

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