ハーフタイム 68
春休みを終えると、春来達は中学生になり、入学式を迎えた。
春来達が通うことになる桜庭中学校では、男子も女子も制服はブレザーだった。
「変じゃないかな?」
「大丈夫、二人とも似合っているわよ」
この日の朝、春来と春翔は、制服のお披露目も兼ねて、両親達も含め、一緒に朝食を取っていた。
「春来君、また身長が伸びたんじゃないか?」
「すぐに制服が入らなくなっちゃうかもしれないね」
制服のお披露目は、制服が届いた時、既に行っている。その時、制服が大き過ぎるのではないかと春来は心配になった。ただ、今日、改めて着てみると、多少大きいと感じるぐらいで、そこまで違和感はなかった。
「私も、もう少し身長伸びないかな……」
「春翔ちゃんだって、少しずつだけど、前より身長伸びているわよ?」
「でも、春来とはドンドン差が付いちゃう」
「春来は、本当に大きくなったよね」
「それでも、隆には勝てないけどね」
そんな話をしながら朝食を食べ終えると、春来と春翔はカバンに入れた荷物を改めて確認した後、家を出た。
「それじゃあ、行ってきます」
「間違えて、小学校へ行かないようにね」
「そんな間違いしないよ」
そうして、春来と春翔は、学校へ向かった。
学校までの通学路は、近くの公園を通り過ぎた後から、これまでと全然違った道を進むことになるため、どこか新鮮だった。
「他の小学校の人達もたくさんいるんだもんね? みんなと仲良くしたいね」
「春翔は大丈夫でしょ。僕は自信ないけど……」
「春来はいつもそうだよね」
そんな話をしていると、学校のすぐ近くで、手を振る隆の姿があった。
「春来、春翔、おはよう。せっかくだし、一緒に行こう」
「わざわざ待っていたのかな?」
「誰がどのクラスか、一緒に確認したかったんだよ」
「みんな、一緒だといいね」
そうして、隆と合流したうえで、春来達は学校に到着すると、貼り出された各クラスの生徒一覧を確認した。
「僕だけ、春翔と隆とは別のクラスみたいだね」
「は?」
「春来、いつもすぐ見つけるよね。何組だった?」
「僕は一組で、春翔と隆は六組だよ」
「あ、本当だ」
「いやいや、見つけるの速くねえか!?」
隆は驚いた様子で、そんな風に声を上げた。
「僕は知っている人の名前を探しただけだから、すぐに見つけられたんだと思う……って前に話して、何か春翔に怒られた気がするかな」
「あれは別に……それより、また春来と別のクラスになっちゃったね。今度は同じクラスが良かった」
「隆とも別のクラスになっちゃったし、みんなと仲良くできるか、ちょっと不安かな」
そんな話をしていると、隆はわざとらしく首を振った。
「いやいや、確かに残念だけど、その前に聞かせてくれよ。春来は、何で俺達の名前をすぐに見つけられたんだよ?」
「だから、知っている人の名前を探しただけで……僕が知っている名前なんて少ししかないけど、隆とかはもっと多くの人の名前を知っているから、その分、目に入る名前も増えると思うし、それで僕よりも時間が掛かるんじゃないかな?」
「そんな理由だけだと、納得できねえんだけど?」
「そういえば、春来って前は隆君の名前も覚えていなかったけど、今は隆君の名前を覚えたから、一緒に見つけられるようになったんだね!」
「うん、隆の名前もすぐ見つけられたよ。尾辺隆って、ちゃんと覚えているからね」
「それはありがとな! 何か嬉しいような、そうじゃねえような、複雑な気分だけどな!」
隆は、どこか怒っているような様子でそう言った後、改めて各クラスの生徒一覧に目をやった。
「まあ、春来と春翔なら、『春』って字に注目すれば見つけやすい……なんてことねえな。マジでどうやったんだ?」
そんなことをブツブツと言った後、隆は何かに気付いた様子で、こちらに目をやった。
「そういえば、今更な質問かもしれねえけど、春来と春翔って、二人とも『春』って字が入ってるけど、偶然なのか? それとも、親だかが合わせたのか?」
名前の由来というのは、人それぞれ様々あるものだ。隆は、春来と春翔の名前を見ているうちに、ふとそれが気になったようだった。
「私のママとパパが、春来に合わせたって感じかな」
「僕と春翔は3月21日に生まれて、その日が丁度、春分の日だったらしいよ。それで、僕の方は『春が来る』とか『春が来た』って意味で、『春来』って名前を付けてくれたって聞いたよ」
いつだったか忘れたものの、春来自身、自分の名前の由来が気になり、両親に聞いた際、そんな答えをもらった。
「私の方は、ちょっと特殊で……元々、ママとパパは男の子が欲しかったみたいで、男の子の名前ばかり考えていたんだって。それで、第一候補として、翔って名前にしようとしていたみたい。でも、生まれてきた私は女の子だったわけで、改めて名前を考えることになったんだって」
この話も、いつだったか覚えていないものの、春翔の両親から聞いたものだ。
「それで、春来のママとパパにも相談して、『春』って字を入れないかって提案があったみたい。そしたら、元々付けようとしていた『翔』って字と合わせた、『春翔』って名前を見つけて、それを私に付けてくれたんだよ」
音として「はるか」という名前はよくあるものの、それに「春翔」という漢字を使うのは、珍しいらしい。そのことを知り、春翔は特別感があると喜んでいた。
「結構複雑だな」
「隆君は、どんな理由で隆って名前になったの?」
「別に、とにかく大きく育ってほしいだとか、そんな単純な理由だって聞いた」
「だったら、名前の通り、大きく育っているじゃん」
「僕も身長伸びたけど、全然追いつけないからね」
「いや、身長が伸びてほしいって意味じゃねえと思うけどな」
そんなやり取りをしていると、予鈴が鳴り、周りにいた生徒も教室の方へ移動し始めた。
「俺達も行くか」
「うん、そうだね。僕は一人だけど……」
「春来、まだそんなこと心配してるのかよ? 別のクラスなのは残念だけど、春来は一人でも大丈夫だって」
隆はそんな風に言ってくれたものの、春翔は特に何も言わなかった。
「最初から遅刻はまずいし、行かないとね」
そして、春来達は早足でそれぞれの教室へ向かった。
桜庭中学校では、各学年で六組まであり、一年生の教室は四階に順番通り並んでいる。そのため、一組と六組では、距離的に離れてしまうため、休み時間など、ちょっとした時間に合うのも難しいように感じた。
そのことを気にしつつ、春来は一人で教室に入った。
「緋山君、おはよう! また同じクラスだね! よろしく!」
「今年も同じクラスだな。緋山がいると、体育祭とか有利だから嬉しいぜ」
「初めまして……でも、ないんだけど、スポーツ大会で一緒になったの、覚えてるかな?」
教室に入った途端、多くの人から声をかけられて、春来は戸惑った。
そうして、何も言えないでいると、先生がやってきた。
「みんな、席に着いて」
そう言われたものの、春来は自分の席がどこかすらわかっていないため、黒板に貼られた各生徒の席の一覧を確認すると、自分の席に着いた。
それから、簡単に先生から挨拶があった後、一人ずつ名前を呼ばれつつ、一言で自己紹介をすることになった。
このクラスは、小学校が一緒なだけでなく、これまで同じクラスだった人も何人かいるようだった。それだけでなく、近隣のイベントに参加した際に会った人も何人かいて、まったく知り合いがいないという状況ではないとわかった。とはいえ、名前を知っている人が一人もいなくて、大丈夫だろうかといった不安があった。
その後は、入学式があり、校長先生や保護者代表から話があったり、先生の紹介などがあったり、ほぼ一時間ほどで終わった。
それから、教室に戻ると、改めて担任教師から挨拶があり、この日は終わりとなった。ただ、その後も春来は他の生徒に囲まれた。
「緋山君、また生徒会に入るのかな?」
「今度は生徒会長を目指すのもいいんじゃない? 応援するよ!」
「いや、サッカーの大会で優勝したいと思っていて、そっちに集中することになるかな」
「いいね! 緋山君なら、絶対にいい結果が出るよ!」
「試合とか、俺も応援に行くからな!」
こうして話しかけてきてくれるみんなは、春来のことを色々と知っているようだった。一方、春来は、みんなの名前すら知らないわけで、何だか変な気分だった。
こうしたことはこれまでもあったものの、春翔や隆などが一緒にいる時は、それほど気にならなかった。ただ、一人きりになった今、こんな気分になっているということは、これまで春翔と隆が色々とフォローしてくれていたのだろうと気付かされた。
「春来!」
そうしていると、春翔が教室の外から声をかけてきたため、春来はそちらに目をやった。
「うん、今行くよ。みんな、ごめん。もう行くね」
そうして、簡単に別れを伝えた後、春来はカバンを持つと教室を出た。
そこには、春翔だけでなく、隆と、見知らぬ男子がいた。
「俺から紹介する。クラブチームで一緒だった、成瀬学っていうんだ」
「初めまして、成瀬学です。よろしくお願いします」
「ああ、うん。緋山春来です。よろしくお願いします」
唐突に挨拶されて、春来は戸惑いつつも返した。
「当然だけど、学もサッカー部に入ってくれるってよ。だから、ちゃんと名前、覚えてやれよ?」
「うん、わかったよ。僕も学って呼んでいいかな? 僕のことは春来でいいよ」
「はい、春来さん、よろしくお願いします」
「いや、別に敬語じゃなくても……」
「学は、みんなに敬語なんだよ。俺もタメ口でいいって言ってるんだけど、無理させるのも良くねえだろ?」
「そういうことなんだね。わかったよ」
同級生に対しても敬語を使っていた人として、春来は朋枝のことを思い出した。
朋枝の場合、親などから虐待を受けていたことなどが原因で、同級生に対しても敬語を使っていた。そうしたことを覚えていたため、敬語で話す学に対して、少し心配になったものの、変に勘繰るのも良くないと考え、触れないでおいた。
「学、こんな大人しい感じだけど、クラブチームではエースストライカーで、バンバン点を入れるんだよ。司令塔の春来がパスして、学が点を決めるってこと、たくさんあると思うし、まあ、丁度同じクラスだったから、紹介してえと思ったんだ」
「そうなんだ。紹介してくれて、嬉しいよ。学、改めてよろしくね」
「はい、春来さん、よろしくお願いします」
そんなやり取りをした後、春来達は帰ることにした。その際、短い距離ではあるものの、隆や学も途中までは一緒のようで、そこまでは四人で帰ることになった。
「春来、新しいクラスはどう?」
「うん、色んな人から話しかけられたんだけど、名前とかは全然覚えられなくて、ちょっと戸惑っちゃったかな」
「春来って、何で人付き合いが苦手なのか、よくわからねえよな。学は、大人しいからみんなと話せねえんだろうなってわかるけど、春来は普通にみんなと話せるだろ?」
「まあ、寂しくなったら、私達の教室に来てよ」
そんな話をした程度で、隆と学と別れる場所まで来た。
「じゃあ、俺達はこっちだから、またな」
「うん、じゃあね」
そうして別れた後、隆と学の様子が気になって、少しだけ見送るように見ていた。すると、言葉遣いは全然違うものの、普通に会話していて、仲良しなんだろうなといった印象を持った。
「中学校に入ったからって、知っている人もたくさんいるし、あまり変わらないと思っていたけど、やっぱり変わるね」
ふと、春翔がそんな風に言ったのを受けて、春来は頷いた。
「うん、僕もそう思うよ」
それは、どこか寂しく感じる部分もあり、複雑だった。
「春来、今日も公園に寄って行こうよ」
「うん、そうだね」
ただ、春翔と一緒にいるこの時間は、何も変わらない。そんな風に感じると、春来の中にある心のもやもやみたいなものは、すぐに消えた。
そうして、春来と春翔は、中学生になっても変わらない、二人きりの帰り道を歩いていった。




