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TOD  作者: ナナシノススム
ハーフタイム
201/284

ハーフタイム 66

 三学期も終わりを迎えようとしている頃、春来達六年生は、自分達が通うことになる中学校の見学へ行くことになった。

 これは来年度、自分達が通う学校について、少しでも知る機会を得るためのもので、、六年生を対象に、毎年行っていることだ。

 春来、春翔、隆をはじめ、ほとんどの生徒は同じ中学校に通うことになるため、それこそ遠足や社会科見学へ行くような、大勢で移動する形だった。

 一方、奈々や結莉など、別の中学校に通うことになる一部だけは、十人ぐらいでの移動といった感じだった。

「もうすぐ別れちゃう人がいると思うと、やっぱり悲しいね」

 春翔は、より卒業を意識しているようで、今から寂しく感じている様子だった。

「でも、結莉と奈々とは、もう連絡先を交換したし、何か連絡したいことがあるなら、卒業してからも、僕から連絡できるよ」

「うん、そうだよね。でも……春来も、結莉ちゃんみたいに、みんなと連絡先を交換するつもりなの?」

 急にそんなことを聞かれて、春来は少しだけ戸惑った。

「いや、少なくとも、名前を覚えた人とだけ交換できればいいかなって思っているし……誰か卒業した後も連絡したい人がいるなら、連絡先を交換しておくよ?」

「ううん! 大丈夫!」

 春翔は、どこか慌てた様子でそんなことを言った。

「まあ、僕達は、ほとんど同じ中学校だし、そこまで連絡先を交換しなくていいよね」

「うんうん! 私もそう思う!」

 春翔の態度に疑問を持ちつつ、春来は触れないでおいた。

「春来はいいよな。俺は親が厳しいから、スマホなんて買ってもらえねえよ」

 隆は、不満げな様子で、そんなことを言った。

「私だって、スマホ持っていないよ。だから、いつも春来任せだよ」

「それじゃあ、俺も春来任せにするか。サッカークラブの中で、中学校が変わる奴とか、後輩に連絡したい時……」

「ああ、でも……そろそろ卒業だし、私もスマホ持とうかな。使い方とかわからないことがあっても、春来に聞けばいいよね?」

「ああ、うん、別にいいけど、無理に持たなくてもいいんじゃないかな?」

「でも、誰かと直接連絡するぐらいは、できた方がいいじゃん!」

 急に春翔がそんなことを言って、春来は意味がわからなかった。ただ、そんな春来と違い、隆は何か察したような雰囲気だった。

「まあ、確かにそうだな。それじゃあ、春翔がスマホを持ってから、色々とお願いする。ただ、もうすぐ卒業だし、急いでくれよ」

「大丈夫だよ。今日帰ったら、すぐにお願いしてみる」

 とはいえ、こういった形で話がまとまるのは、春来としても助かるものだった。

「名前を覚えていない人と、どう連絡先を交換すればいいかわからないし、ちょっと僕も困っていたんだよね。だから、そうしてくれると助かるよ。ありがとう」

「春来、マジで名前とか覚えねえな。生徒会の活動で、相当な人とかかわっただろ?」

「うん、そうなんだけど……」

「別に、春来はそれでいいんじゃないかな? 広く浅い関係より、狭く深い関係の方がいいってこともあるじゃん」

 春来が言葉に詰まると、代わりに春翔が伝えたいことを伝えてくれる。これまでも、こうしたことがたくさんあったように思い、また春翔に助けられたと春来は感じた。

「まあ、それで納得してるなら、もう何も言わねえよ」

 どこか含みがありつつ、隆がそんな風に言って、この会話は終わった。

 そうして、中学校に到着すると、教室をはじめとした、校内の見学があった後、どんな部活があるかといった説明があった。それを聞いて、春翔は質問したいことがあるようで、手を上げた。

「サッカー部は、男女別なんですか?」

 そのことを、あらかじめ春来は知っていた。

 中学校の運動部は、基本的に男女別だ。それはサッカー部もそうで、校庭の一部をそれぞれの部活が利用するといった形になっていた。

 これ自体は、むしろいいことで、学校によってはサッカー部が一つしかなく、基本的に男子しか入らないといったことが多いそうだ。それに対して、この学校では、女子サッカー部があり、部員も多いため、大会に参加するなど、積極的に活動しているようだ。

「春翔なら、活躍できると思うし、女子サッカー部でいいんじゃないかな?」

「うん……」

 ただ、春来の提案に対して、春翔は納得がいかないようだった。

 その後は、それぞれが希望する部活の見学へ行くことになった。そして、今日は、男子サッカー部と女子サッカー部を一緒に紹介するとのことで、春来、春翔、隆などは一緒に見学へ行った。

「せっかくだし、短い時間だけど、練習試合みたいなことをしてみようよ」

「一年ぶりに、緋山と尾辺の相手ができて嬉しいな」

 当然のことながら、小学校のサッカークラブで一緒だった先輩達がいて、そんなことを言ってきた。

「いえ、僕なんて、全然普通ですよ。それより、オベって……?」

「俺の苗字、尾辺だからな! 春来、何で忘れてるんだよ!?」

「ああ、ごめん。いつも隆って呼んでいるから、うっかりしちゃったんだよ」

「今度忘れたら、常に俺の名前をフルネームで呼ばせるからな。絶対に忘れるなよ」

「ごめんごめん」

「てか……奈々の苗字、忘れてねえよな?」

「えっと、こんな字の苗字だよね? 覚えているよ」

 奈々とも連絡先を交換していて、その際にお互いフルネームで登録した。そのおかげで、「麻空」という字だと覚えていたため、春来はそれを地面に書いた。

「連絡する時に見ているから覚えているよ。この字だよね?」

「読み方わかってねえだろ! さすがに覚えてやれよ!」

「振り仮名も付けていたから、後で確認するよ」

「そういうことじゃねえんだけどな……」

 隆は呆れた様子で、わざとらしくため息をついた。それに対して、春翔は笑った。

「でも、前よりは良くなったじゃん!」

「それは、前がひど過ぎるからだろうが! てか、ほぼゼロだったじゃねえか!」

 そこで、そんなやり取りを長々としてしまっていることにふと気づき、春来達はさすがに止めた。

「えっと、すいません」

「いいよいいよ。むしろ、そんなやり取りを久しぶりに見れて嬉しいくらいだよ」

「でも、試合はしたいし、そろそろ始めよう」

「はい、お願いします」

 そうして、春来達はサッカークラブの人達を中心に、足りない分は先輩達に入ってもらう形で、チームを組んだ。

「それじゃあ、始めようか」

「はい、お願いします」

 練習試合ということで、ルールは緩く、前半と後半に分かれることもなければ、時間も許す限り、いつまでもといった形だった。そのため、勝敗なども適当なもので、ただ先輩達と一緒にサッカーをする時間といった感じだった。

 とはいえ、そんな自由なところが、むしろ今の実力を見せようとお互いが全力になるきっかけになった。

 先輩達は中学校で背が伸びた人も多く、対峙すると、それがよくわかった。ただ、春来と隆は、先輩と比べても身長がそれなりにあるため、ボールを奪ったり、それをキープしたりといったことをどうにかこなした。

 そんな中、春翔だけは困っている様子で、ボールを受けた後、攻めようとしても、すぐにボールを奪われるといった状態が続いた。

 以前、春来が司令塔を目指そうと思ったきっかけの一つに、身長が低くても不利になりづらいというものがあった。これは、ゴールを目指すストライカーや、ゴールを守るディフェンダーになるなら、ある程度の身長が必要だといった意味でもある。

 春翔は、体質的に身長があまり伸びないようで、背の順で並ぶ時は、いつも前の方だ。それでも、これまでは様々な知識や技術などでどうにかしていたものの、相手との背の差が大きくなった今、それだけではどうにもできないようだった。それだけでなく、男子の力に勝てないといった、男女の差も出始めていた。

 そうして、試合は春来と隆のディフェンスによって、点を入れられることはない。春翔も先輩を相手に攻め切れず、点を入れられないといった、膠着状態が続いた。

 そんな中、春来はまた相手からボールを奪い、春翔にパスしようとした。

「春来! そのまま春来が攻めて!」

 ただ、不意にそんな風に言われて、春来はパスを出すのをやめた。

「え?」

「いいから、そのままゴールを目指して!」

 春翔の言葉を受け、春来はゴールに目をやった。すると、自分からゴールへと繋がる線のようなものが見えた。それは、先輩から助言を受けてから見えるようになったものだ。

「わかったよ」

 そう返すと、春来は線を辿るようにゴールを目指し、そのままシュートを放った。

 そのボールは、相手のゴールネットを揺らし、そのまま春来達の勝利といった形で、試合は終わった。

「やっぱり、緋山君と尾辺君には勝てないね」

「二人が入ってくれれば、優勝も狙えそうだし、絶対に入ってよ」

 先輩達からそんな風に言われたものの、春来はどう反応すればいいかわからず、戸惑った。

「はい、俺は部活に集中するため、クラブチームの方は辞めることにしました。だから、全力で頑張るので、よろしくお願いします」

 一方、隆はそんな意気込みのようなことを伝えていた。

「そういえば、泉先輩は今日、休みなんですか?」

 そこで、ふと気付いたようで、春翔はそんな質問をした。それに対して、先輩達は複雑な表情を見せた。

「それが、何か引っ越したみたいで、入学式の日には、もういなかったんだ」

「そうなんですか!?」

「そんなの、全然聞いてねえよな?」

「うん、聞いていないよ」

 春翔や隆などは、その事実を知って、驚いていた。一方、春来は、やっぱりそうなのかと確信して、複雑な思いだった。

「言ってくれれば良かったのに……」

「ホントだよな。何で何も言ってくれなかったんだよ?」

「泉先輩にも、何か事情があったんじゃないかな?」

 フォローするように、春来がそんなことを言うと、春翔と隆は表情を変えた。

「春来、知っていたの?」

「何か知ってるなら、話してくれよ」

「ごめん、詳しい事情については、答えられないんだけど……」

 そうして、少しだけ間を置いた後、春来は軽く息を吸った。

「僕が……僕達が大会で優勝した時、泉先輩は、そこにいるって約束してくれたよ。だから、僕は絶対に大会で優勝したい。それしか言えないかな……」

 その言葉に、春翔と隆は、驚いた表情を見せた後、どこか嬉しそうに笑った。

「うん、いいと思う。応援するよ」

「てか、春来がそこまで強く『したい』なんて言うの、初めてじゃねえか?」

 隆の指摘した通り、これまで春来は、そこまでしたいと思えるものを見つけることができなかった。ただ、サッカーの大会で優勝したいという思いは、強い決心のような形になっていた。

「大会って……具体的にどの大会だろう?」

「え?」

「いや、ここだと、地区予選、都大会、関東大会、全国大会とあって、それぞれ優勝したり、上位に入ったりすれば、次の大会に参加できるって感じなんだけど……大会で優勝って、どの大会のことを言ってるのかな?」

「えっと……そういう話、全然知らなかったので、わからないんですけど……わからないので、全部優勝すればいいんじゃないですか?」

 そんな春来の言葉に、みんなはどこか呆れた様子も見せつつ、嬉しそうに笑った。

「うん、春来君の言う通りだね。僕達も一緒に優勝を目指したいよ。だから、四月からよろしくね」

 そして、先輩達からそんな風に言ってもらい、春来は頭を下げた。

「はい、よろしくお願いします」

 そうして、部活の見学も終わると、春来達は集まり、小学校の方へ帰っていった。

 春来達が小学校に着いた時、奈々達の方の見学は既に終わったようで、教室にいた。ただ、奈々はどこか不機嫌そうだった。

「何かあったのかな?」

「うん、それが……結莉、私とも別の……私立の中学校に行くんだって」

「マジかよ!?」

 一緒に聞いていた隆は、驚いたように声を上げた。ただ、春来はどこか納得してしまった。

「みんなと仲良くしなかった理由は、それだったんだね」

「どういうこと?」

「結莉、中学校が別々になるから、友達は作らないとか、そんなことを言っていたけど、それなら同じ中学校になる人と仲良くすればいいのにって思っていたんだよ。でも、元々私立の中学校に行く予定だったんだとしたら、誰とも仲良くしないって選択になるのかなって……」

 春来の言葉で、奈々は同じように思うところがあるのか、複雑な表情を見せた。

「でも、もっと早く言ってほしかったよ」

「それは同感かな。でも、それで仲違いしたまま卒業というのが、一番良くないよね? だから、ちゃんと結莉と話すべきじゃないかな? 僕も少し言いたいことがあるしね」

「うん、そうしてほしい!」

「じゃあ、放課後、春翔も誘って、みんなで話をしに行こうよ」

 そうして、放課後になると、春翔にも声をかけつつ、春来達は結莉の教室へ行った。

「奈々から話を聞いたみたいね」

 結莉は、春来達が来た理由を理解している様子で、そんな風に言った。

「結莉ちゃん、私立の中学校に行くって本当なの?」

「そうよ。でも、どちらにしろ、春翔達とは別の中学校になる予定だったんだから、同じことじゃないかしら?」

「確かに、私達はそうかもしれないけど……」

「私にだけは言ってくれても良かったじゃん。何で言ってくれなかったの?」

 言葉に詰まった春翔と代わるように、奈々は強い口調でそう言った。

「別に、言う必要がないと思ったからよ」

「何それ!? 私は……」

「奈々、一旦落ち着こうよ。それに、結莉も強がるのをやめてくれないかな?」

「別に私は……」

「もうすぐ卒業なんだし、ちゃんと本音で話そうよ」

 そんな風に春来が伝えると、結莉は困った様子を見せつつ、口を開いた。

「私立の中学校に入ることは、親から言われてずっと前から決まっていて、そのことを誰かに伝える必要はないと私が決めただけよ」

「そんなの……」

「でも、それだけが理由じゃないわ。みんなと距離を取っていた私に、初めて奈々が話しかけてくれた時、『一緒の中学校になるんだから』と言われて、すぐに否定するべきだったのに、上手く否定できなかったのよ。そのまま、ずっと言えないでいたの」

「別に、中学が別だとしても、私は結莉ちゃんと友達のままだし……」

「私みたいに、中学校は別なんだって思ってほしくなかったのよ」

 結莉は、誰と過ごす時でも、ずっと寂しさを感じていたのだろう。そうした弱さを隠すため、私立の中学校へ行くことを、誰にも言えなかったようだ。

「でも、春来のおかげで、スマホも持てるようになったし、奈々とは連絡先を交換したし、家も近いから、卒業した後も、ずっとかかわれるし、何も変わらない。何も変わらないはずなのに……今日一緒に中学校の見学に行って……バカ。だから言いたくなかったのよ」

 そう言うと、結莉は涙を流した。

「奈々と一緒の中学校に通いたかった。そんな風に思っちゃったじゃない」

 そんな結莉に、もらい泣きしたようで、奈々だけでなく、春翔まで泣き出してしまった。

「絶対、定期的に連絡してよ! 家も近くだし、ちょっとした時に絶対会おうよ!」

「私もスマホ持つことにしたから、絶対に連絡して! 私は少し遠いけど、私も時々会いたい!」

「そんなの、絶対するに決まっているじゃない!」

 そうして、お互いに抱き合いながら泣いている春翔達を見て、本当に卒業が近いんだということを、春来は実感した。

 その後、春翔は両親に頼んで、すぐにスマホを買ってもらうと、結莉や奈々だけでなく、多くの人と連絡先を交換した。

 そして、時間は本当に早く過ぎていき、春来達は卒業式を迎えた。

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