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TOD  作者: ナナシノススム
ハーフタイム
153/284

ハーフタイム 18

 その後、朋枝の件は、大人達が色々と動いてくれた。

 まず、朋枝の怪我は虐待によるものだといった診断書が出ただけでなく、児童相談所も虐待があるという結論を出した。

 その結果、朋枝は一時保護という形で、母親とその男から離れることができた。

 また、虐待が明らかになったことで、虐待があるにもかかわらず対応しなかったという理由で、担任教師は責任を取り、辞めることになった。とはいえ、朋枝が虐待を受けているという事実を否定したのは、教師全体の会議によるものであり、担任教師にだけ責任を取らせるという対応については疑問が残った。

 それだけでなく、一緒に暮らしていた男は、麻薬を所持していたそうで、その後すぐに逮捕された。また、虐待を隠した警察官がいると暴露されたことで、警察が犯罪者と癒着していたのではないかと、マスメディアでも報道されるほど騒ぎになった。それにより、何人かの警察官が懲戒免職になった。

 これらのほとんどは、ビーが情報操作したことによって、起こったことだった。以前、朋枝を助けようとした幼稚園の先生や、その友人の記者に連絡して、協力を求めたのもビーだったそうだ。また、警察の上層部を半ば脅迫する形で、春来達の家を張り込んでいた警察官を退けたのもビーによるものだったそうで、多くの点で助けてもらったことを後で知った。

 ただ、ビーはその後、姿を現すことなく、春来の父親を通じて、感謝の気持ちを伝えてもらうぐらいしかできなかった。こうしたところから、何者だったのだろうかという疑問を改めて持ちつつ、ビーが協力してくれて良かったという感想を強く持った。

 また、朋枝は一時保護されたことで、学校に来られなくなってしまった。ただ、本来は知ることのできない、朋枝が保護されている場所を、春来達は知ることができた。しかも、その場所は驚いたことに、保健の先生の家だった。

 先生は、両親が医療にかかわっているということもあり、虐待を受けた子を保護する権利を元々持っていたそうだ。ただ、先生自身も何ができるかわかっていなかったようで、対応が遅れたことを謝っていた。

 朋枝は、これまで母親などから自分の存在を否定され続けてきたことで、自分に自信が持てなくなっていた。そのため、そうした問題を解決しようと、カウンセリングを受けることになった。

 また、朋枝の母親も精神的なストレスなどを抱えていたようで、それが虐待をした原因じゃないかとのことだった。そうした理由から、朋枝同様、朋枝の母親もカウンセリングを受けることになった。

 カウンセリングをしてくれるのは、朋枝を助け出した時にも会った、元記者のカウンセラーとのことで、朋枝が心を許していることもあり、色々と話ができていると聞いた。それによる変化は、すぐに表れ始めた。

 春来と春翔は休日になると、朋枝に会うため、先生の家を訪れていた。初めのうち、朋枝は以前と変わらず、迷惑をかけたと謝ってばかりだった。ただ、二週間が過ぎた頃、朋枝の方からある提案があった。

「これからは、春来君、春翔ちゃんと呼んでもいいですか?」

 ただ単に、さん付けをやめるというだけだったものの、そんな朋枝の提案を、春来と春翔は嬉しく感じた。

「うん、いいよ」

「そのまま、タメ口にしてもいいよ」

「えっと……タメ口は、ちょっと難しいです」

「まあ、朋枝ちゃんのタイミングで変えたいなら変えればいいし、そのままがいいならそのままでもいいからね」

「はい、ありがとうございます」

 別の変化として、朋枝はこれまで謝ってばかりだったが、感謝を伝えることが多くなった。それだけでなく、笑顔を見せることも多くなった。

 様々な事情があり、朋枝に会うことができるのは、春来と春翔の二人だけだった。ただ、元気になった朋枝のことをクラスメイトに報告するたび、みんなも喜んでいた。

 そうした日々が一ヶ月ほど続いたところで、朋枝の母親に対して、朋枝と一緒に暮らすのは難しいといった判断が児童相談所から出た。これは、カウンセリングの結果、強い承認欲求や、恋愛依存症が確認され、早急にその問題が解決することはないとされたことが理由だといった、簡単な説明を受けた。とはいえ、春来はほとんど理解できなかった。

 ただ、それは朋枝が児童養護施設で暮らすことになるという意味で、同時に別れが近いことも表していた。あらかじめ知っていたものの、いざその時が近くなると、春来達は複雑な思いだった。

 そうして、その時はあっという間に来てしまった。

 朋枝が児童養護施設へ行く日も、春来と春翔は朋枝に会いに行った。

「春来君、春翔ちゃん、本当にありがとうございました。そんな顔しないでください。私は大丈夫ですから」

 施設について調べてくれたのは、幼稚園の元先生だった児童相談所の人だそうだ。その施設は、朋枝も直接訪れたそうで、そこで暮らす子供達とも話し、仲良くなれたとのことだった。ただ、ここからは離れているため、学校が変わるだけでなく、こうして気軽に会うことも難しくなることが確定していた。

「……朋枝ちゃん、私達はずっと友達だからね!」

「はい、私にとって、春翔ちゃんと春来君は、ずっと友達一号ですよ」

 朋枝は、こちらを安心させようとしているのか、ずっと笑顔だった。それは、別れを悲しむ春来達を慰めようとしているようだった。そうしたことを感じて、春来は笑顔を返した。

「うん、朋枝なら大丈夫だよ。ただ、困ったことがあったら、すぐ誰かに頼ってほしいかな」

「はい、わかっています」

 それから、朋枝は少し複雑な表情で、先生の方へ視線を向けた。

「先生……やっぱり、言ってほしいです」

 不意にそんなことを朋枝が言って、何のことだろうかと、春来と春翔は疑問を持った。先生は少しだけ時間を置いた後、軽くため息をついた。

「……実は、先生の仕事、辞めようと思ってるんだよ」

「え?」

 突然のことで、春来達は驚いた。ただ、思い返してみると、先生はしばらく学校に来ていなくて、代わりに別の保健の先生が学校に来ていた。それは、朋枝を保護するため、一時的なものだと思っていたものの、実際は違うようだった。

「別に、責任を取ってとかじゃないよ。少しでもいいから、誰かを笑顔にしたいって夢を持っていたけど、もっと多くの人を笑顔にしたいなら、今の仕事を続けるのは難しいって、前から思ってたんだよね。それを改めて自覚して、仕事を変えようって思ったんだよ」

 先生は、前向きな理由で辞めると言っていた。そのことを感じて、春来は反対できなかった。ただ、春翔は違うようだった。

「嫌だ! 先生、辞めないでよ!」

「そんな風に言ってくれて、ありがとう。でも、先生として経験したかったことは大体できて、もう満足なんだよね。朋枝ちゃんを助けられたのもそうだけど、私、生徒からあだ名で呼ばれたいってずっと思ってたんだよね。それも、朋枝ちゃんが素敵なあだ名を付けてくれて、それが……」

「言わないでください! あんな簡単なあだ名で……ちょっと恥ずかしいです」

「私は気に入ったんだけどね。でも、そう言うなら、私と朋枝ちゃんだけの秘密にしようか。とにかく、先生になって経験したいことは、色々と経験できたんだよ。辞めるって言って、反対してくれる生徒がいるっていうのも、私の夢の一つだったよ。だから、春翔ちゃん、ありがとう」

 そこまで言われ、春翔も納得したようで、黙ったまま頷いた。

 そんなやり取りをいつまでもできると思っていたが、そんなわけにもいかず、いよいよ別れの時が来た。朋枝は、先生の車で児童養護施設へ行き、そのままそこで暮らすことになるとのことだった。つまり、朋枝とこうして簡単に会えるのは、本当に最後ということだ。

「何度も言います。春来君、春翔ちゃん、本当にありがとうございました。あと……」

 その時、朋枝は春来の方に視線を向け、何か言おうとしたが、そのまま言葉を詰まらせてしまった。それから少しして、春翔が軽く息をついた。

「春来、今だけだからね。朋枝ちゃん、春来と二人きりで伝えたいことがあるんだよね?」

 春翔の質問を受け、朋枝は明らかに動揺した様子を見せた。

「いえ、あの……」

「いいよ。ただ、今だけだからね」

 この時の春翔は、どこか怒っているように見えた。

「春翔も朋枝も、何の話をしているのかな?」

「うるさい! とにかく、春来と朋枝ちゃんの二人で話しなよ!」

 春翔が春来に対しても怒っているようで、ますます意味がわからなかったが、春来と朋枝は春翔に押されるように少しだけ移動した。そして、春翔はすぐに戻っていった。

「春翔、何で怒っているのかな?」

「春来君、前も言いましたけど、自分に向けられている思いにも、もっと気付いてあげてください」

 それは、朋枝の言うとおり、以前も言われたことだ。ただ、その意味はやはりわからなかった。

「えっと、どういう意味かな?」

「……はっきり伝えた方がいいですね。私は……」

 朋枝は顔を赤らめながら、真っ直ぐこちらを見た。ただ、そこで朋枝は黙ってしまい、その先を言わなかった。

「朋枝?」

「春来君は……自分に自信を持っていますか?」

 不意な質問に、春来は戸惑ってしまい、何も言えなかった。

「春来君が、みんなにお願いしてくれたおかげで、私は助かりました。サッカーも、すごく上手です。色々なことを知っていて、大人みたいだと感じることもたくさんあります。そんな春来君は、自分に自信を持っていますか?」

 そこまで言われ、春来は戸惑いつつも、口を開いた。

「いや、朋枝を助けられたのは、協力してくれたみんなのおかげだよ。それに、サッカーだって、全然できないことばかりだし……それよりも、僕は大人なんかじゃないよ。今回のことだって、結局僕ができたことなんてほとんどなくて、大人に頼っただけだし……」

 その時、朋枝は急に笑い出した。そして、少しして落ち着いたのか、笑うのをやめると、どこか寂しげな表情を見せた。

「春来君、もっと自分に自信を持ってほしいです。そうじゃないと……私の気持ちも、伝わらないじゃないですか」

「……朋枝の気持ち?」

「きっと、今伝えても、春来君はそんなわけないと否定すると思います。だから、今は伝えません」

 朋枝が何を言っているのか、理解できなかったが、春来は少しでも理解しようと、朋枝の話を真剣に聞いた。

 それから、朋枝は自分を落ち着かせようとしているのか、自分の両手を握ると、軽く呼吸を整えているかのような動作をした後、笑顔を見せた。

「私も……自分がここにいることを否定しないで、自分に自信が持てるよう頑張りますから、一緒に頑張りましょう」

 一緒に頑張るという言葉は、春来が朋枝に伝えたものだ。その言葉をこうして返され、春来は軽く笑ってしまった。というのも、今日は別れを悲しみ、複雑な思いしか持っていなかったのに、そんな思いを朋枝が晴らしてくれたからだ。そして、春来が助けた朋枝が、今日は春来を助けてくれている。そのことに気付き、春来はただただ嬉しかった。

「わかった。離れてしまうけど、僕も一緒に頑張るよ」

「はい、一緒に頑張りましょう。それで……お互いに少しでも自分に自信が持てた時、私の気持ちを伝えます」

 結局、朋枝が自分の気持ちを伝えることはなかった。ただ、それはいつか再会した時、伝えてもらえることだと思い、春来はそれ以上聞くことはなかった。

 そして、春来と朋枝は戻ると、それぞれ本当の意味で別れの挨拶をした。

「朋枝、さっき言ったとおり、僕も自分に自信が持てるように頑張るよ」

「朋枝ちゃん! 私達はずっと友達だからね! いつかきっと絶対に会えるからね!」

「はい、春来君、春翔ちゃん……結局、いつも同じことを言ってしまいますね。ありがとうございます。さような……」

「いつかまた」

「いつかまたね!」

 朋枝が「さようなら」と言いかけたのを、春来と春翔は遮った。

 今日、朋枝は、春来達を安心させるため、泣くのを我慢していたようだ。ただ、この瞬間、我慢し切れなくなったのか、朋枝の目に涙が溢れた。それでも、表情は笑顔のままだった。

「はい! いつかまた会いましょう!」

 そうして、朋枝は先生の車に乗り、行ってしまった。

 春来と春翔は、しばらくの間、呆然と立ち尽くしていた。それは、何か大きなものが急になくなり、心に穴ができてしまったような感覚だった。

「……春来、朋枝ちゃんの気持ち、聞いたんだよね?」

 不意に春翔がそんなことを言ったものの、春来は意味がわからず、困ってしまった。

「春来は……何て答えたの?」

「いや、何か伝えたいことがあったみたいだけど、僕と朋枝がもっと自分に自信を持った時に伝えるって言われて、結局何だったのか、わからないんだよね」

「え?」

「春翔は知っているのかな? だったら、教えてほしいんだけど?」

 そんな風に言うと、春翔はまた怒っているような表情を見せた。

「知らない! 朋枝ちゃんに聞けば良かったじゃん!」

「えっと……何で怒っているのかな?」

「全然怒っていないし!」

 明らかに怒っている春翔を前に、春来はどうしていいかわからなくなってしまった。ただ、春翔は困っている様子の春来を見て、むしろおかしそうに笑った。

「春来は、春来のままでいいよ。朋枝ちゃんが言ったことと、逆の意味になるけどね」

「いや、本当にどういう意味なのかな?」

「わからない? 私は……私も、いつかきっと伝えるね。今、言えるのは……私の気持ちは変わらないよ」

「何か……なぞなぞみたいなものなのかな?」

「ここまで言ってわからないなら、もういいよ」

 春翔は、どこか呆れた様子だった。それを見て、春来は絶対に悪いことをしてしまったのだろうと自覚した。

 ただ、この直後に見せた春翔の笑顔は、本当に嬉しそうで、そんな笑顔を見せられた春来は、何も言えなかった。

 そして、春来と春翔は、一緒に家へ向かった。その間、春翔はいつもと同じように話して、春来もいつもと同じように話した。

 朋枝の件で様々なことがあり、気持ちが落ち着かない時もあった。ただ、春翔と二人きりでいる時間は、春来にとって、本当に落ち着くものだった。

 そして、ずっとこんな時間が続いてほしい。ただそれだけを春来は思っていた。

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