前半 51
翔が光から受け取ったメッセージは、詳細は後で話すという前置きがあったうえで、美優と冴木に今すぐ移動した方がいいと伝えるだけの、簡潔なものだった。それに従う形で、翔はメッセージで冴木にそのことを伝えると、光からの連絡を待っていた。
その間、翔はデータベースに共有された情報に目を通し、光達がTODの調査を控えるといった内容についても確認した。そのことに思うところがありつつ、その他の情報にも目を通していたところで、光から連絡があり、すぐに出た。
「ラン君、今は大丈夫かな?」
「はい、大丈夫です」
「さっきは変なメッセージを送ってごめんね。和義君が調べていたこと、僕が引き継いで調べたんだけど、ラン君達の位置が特定された理由、わかったよ」
「本当ですか?」
「まあ、まだわかっていない部分もあるから、理由の一部といった方が正しいかな。現状わかったことを順に説明していくよ」
インフィニットカンパニーが絡んでいる可能性や、以前から仕掛けがされていた形跡があること。そして、あらかじめ参加者の情報を集められているとしたら、今後も何かしらかの形で潜伏先などが特定されるリスクがあること。そうしたことを順に聞きつつ、翔自身も頭を整理しながら、どういうことか考えた。
「これは推測だけど、TODを開催しているところが、ターゲットの位置情報を特定して、さらにはそれを外部に発信しているんじゃないかと思うんだ。そうなると、ラン君と話した、あらかじめターゲットやディフェンスが誰になるか決まっていた可能性が、より高くなったよ」
「……本当にそうですか?」
光の話を理解しつつ、翔は自然と疑問が生まれ、聞き返していた。
「あらかじめ、美優ちゃんがターゲットに選ばれることが決まっていた。そんなシナリオが背景にあると仮定した時、ラン君がこれまで持っている違和感が解決することはないかな?」
「自分が何に違和感を覚えているのか、自分自身わかっていません。それは、光さんの話を聞いた今も変わっていません」
「それはつまり、ラン君の持っている違和感が、これとは別の原因によるものってことだね」
「いえ、わかっていないだけで、これが違和感の正体かもしれ……」
「ラン君が納得できていないなら、それはないと思うよ。何か別の原因だと思うから、ラン君が持っている疑問を教えてくれないかな?」
そう言われたが、翔はどう答えようかと迷ってしまった。
「疑問と言われましても……」
「整理できていなくていいから、思っていることを言うだけでいいよ」
「それなら、美優や冴木さんだけでなく、自分のスマホにまで同じ仕掛けがされていたのは、何でだと思いますか? それも、解析しようとしたら攻撃されるなんて、手の込んだ仕掛けをわざわざする必要がありますか?」
TODに参加しているわけではない、翔のスマホにまで同様の仕掛けがされていたことは、単純に疑問だった。そもそも、翔の位置を特定したところで、オフェンスだけでなく、TODを開催している者にとっても、得になることは何もないように感じた。
「それと、ダークが自分を襲撃するよう、誘導された件については、誰がやったと思いますか? これもTODを開催している者がやったんだとしたら、ますます目的がわかりません」
「うん……そうだね」
その時、ちょっとした息遣いなどから、光が何か困っているようだということを翔は察した。同時に、翔の疑問に対する答えを、光が持っているようにも感じた。
「何か、知っているんですか?」
「……いや、確かにラン君の言うとおりで、僕の推測は破綻しているね」
「光さん、話してください」
強い口調でお願いすると、光はため息をついた。
「あくまで推測だし、ラン君に話すつもりはなかったんだけどね。でも、そこまで疑問を持っているなら、直に気付くと思うし、話しておくよ」
そんな前置きをした後、光は少しだけ間を空けた。
「今回のTOD、本当の標的はラン君じゃないかと思うんだよ」
「……どういうことですか?」
「ラン君のスマホに仕掛けがされていたことも、ダークがラン君を襲撃するように仕組まれたのも、ラン君が美優ちゃんを守るために動くと知っていたから。そんなシナリオは考えられないかな?」
光の言葉を受け、翔は自分の中で一つの推測を立てた。しかし、それを口にすることはしなかった。
「ラン君?」
「……自分を標的にしているとしたら、何が目的なんですか? 確かに自分はオフェンスを相手にしていますし、命の危険も多少ありました。ただ、単に殺したいだけなら、こんな遠回しなことをしますか?」
「それはこれまでも話していることだけど、一部だけ目的や理由がわからない事象があるのも事実だよ。わざと残したかのような形跡や、解析したら攻撃されるようなトラップとか、わざわざする必要があったのかって疑問しかないからね」
それは、光と同じように、翔も疑問に思っている部分だった。
「反対に、目的がわかっていることをまとめようか。ケラケラなど、オフェンスはターゲットを殺すことが目的……悪魔だけは人を殺すこと、それ自体が目的のようにも感じるかな。あと、潜伏先を特定したり、位置情報を闇サイトに流したりといったことは、TODを停滞させずに動かす目的があると考えられるよ。これはオフェンスじゃなくて、TODを開催しているところがやっているから、極端にターゲットが危険にならないようにするため、中途半端に情報を流すようにしているって説明にもなるよ」
「それにしては、あまりにも襲撃者が多くないですか?」
「確かにそうだけど、ラン君のおかげで美優ちゃんは今も生きているでしょ? 向こうは、ラン君が相手なら、そこまでしていいと判断した可能性があるんじゃないかな?」
「美優を守ることができているのは、自分の力だけじゃなくて、みんなのおかげです。ただ、そうなると、みんなが協力してくれていることも、向こうは知っているのかもしれません」
「まあ、結構露骨に動いた部分もあるし、それはしょうがないよ。それに、話し忘れていたけど、今後はTODの調査を控えたように偽装するから、何か変わるかもしれないよ」
「偽装って……データベースにあった情報は、そういうことですか?」
警察などの妨害があるからと、TODの調査を控えるように指示が出ていたが、その理由を知り、翔は複雑な思いだった。
「いや、調査自体は縮小する……というより、僕と瞳に圭吾、それに鉄也と和義を中心に、本当に信用できる人だけで調査を進めることにしたんだよ。インフィニットカンパニーが絡んでいるとなると、どこで情報が漏れるかわからないからね」
「わかりました。ただ、どんな危険があるかわからないので……」
「身の安全を第一に考えて、十分気を付けるよ」
言おうとしていたことを先に言われてしまい、翔は言葉に詰まった。ただ、一つだけ伝えたいことがあり、それだけは伝えることにした。
「孝太と千佳に、そのことを伝えてください。二人のことだから、調査を控えるようにしたなんて知って、また危険なことに首を突っ込むと思うんです」
「うん、僕もそう思って、真っ先に知らせておいたよ」
それから、光の笑い声が聞こえた。
「どうしたんですか?」
「いや、ごめん。ラン君が二人の心配をしてくれたことが、嬉しくてね」
そう言われた理由がわからず、翔は何も返せなかった。
「話を戻すけど、ラン君が本当の標的じゃないかって話、何もラン君を殺すことが目的じゃないと思っているんだよ」
「どういうことですか?」
「これは何の確証もないことだけど……はっきり言うね。ラン君を悪魔、あるいはJJのようにするため、TODに巻き込んだ。そんなシナリオを僕は考えているんだよ」
光の言葉を受け、翔はJJから自分と同じだと言われたことを思い出した。
「ラン君の過去に何があったのかわからないけど……いや、もう聞くよ。ラン君、いったい何があって、TODに執着しているのかな?」
目の前にいなくても、光が真剣な態度を向けていることは十分伝わった。これまでの話を聞いて、翔の中で納得できる部分もある。ただ、翔は別の考えを持っていた。
「TODを開催している者が自分の過去を知っていて、意図的に巻き込んだ可能性は確かにあります。ただ、自分も確証はないですが、違うような気がしているんです。そもそも、これまでのTODで、そんな意図的なものはあったんでしょうか? 少なくとも、冴木さんが過去に参加していた時、そんな意図的なものはなかったように感じます。それに……上手く言えませんが、TODを開催している者が、そんなことをするとは思えないんです」
「その場合、ラン君の過去については、やっぱり教えてもらえないってことかな?」
そう言われて、多少戸惑いがありつつ、翔は息をついた。
「すいません、話せないです」
「うん、わかったよ」
あっさりと諦めてくれた光の言葉を受けたうえで、翔は伝えられる範囲で話すことにした。
「自分をTODに巻き込んだことなどが、別の誰かの意図したもの、あるいは単なる偶然なんだとしたら、自分の存在はイレギュラーということになります。それは、TODを潰したいと思っている自分にとって、嬉しいことです。もしかしたら、自分だからこそできることもあると思います」
「そうかもしれないけど……あまり無茶をしないでと言っても、無駄なんだろうね」
「大丈夫です。自分は死にません。残された人がどれだけ悲しむか、理解していますから」
そう言いながら、翔はミサンガに目をやった。
「僕の言った無茶は、そういう意味じゃないんだけど……うん、ラン君も身の安全を第一に考えてね。僕達もそうするよ」
光の言い方が多少気になったが、翔は頭を切り替えた。
「既に美優と冴木さんは移動し始めていると思いますが、これから詳細を連絡しながら、自分は二人に合流します。また何かわかったら、知らせてください」
「うん、ラン君達も、何かあったらすぐに知らせてね。僕達は全力で協力するから」
「はい、ありがとうございます。それじゃあ、切りますね」
そうして通話を切ったところで、翔は改めて頭を整理させた。しかし、わかったこと以上にわからないことが増えたような感覚で、軽く混乱してしまいそうだった。
そして、翔は目を閉じると、何度か深呼吸をした。そうして一先ず落ち着かせると、美優達と合流するという目的だけを考え、行動を開始した。




