第62話『騎士見習いレオリンデ外伝Ⅰ』
ヒロイン視点の外伝です。
私が初めて彼と出会ったのは、開拓村で使われなくなってしばらくたつ村の馬小屋だった。
昨年から食糧難となった村では、移動用の馬も食用にまわしてしまっていた。
天井が崩れ落ちても誰も修理しなかった馬小屋に、コーティング剤を持った村の外からきた変な二人組がいると話しを聞き、私は急ぎ馬小屋を目指した。
この開拓村には悪魔像が迫ってきている。なのに、それを迎撃するための戦力も武器も底を尽きかけている。愛用している剣も予備の剣もまともな修理ができず、丁寧に扱ってはきたが限界にきている。
なんとかコーティング剤を譲ってもらわないと。
聞けば来訪者は鉄材を欲しているらしい、コーティング剤のためなら、父上の勲章ともいえるミスリルの短剣と交換してでも。
馬小屋の前に到着して一呼吸。
私は騎士だ。
この村で暮らすようになってから行うようになった自己暗示。
閉鎖された男ばかりの開拓村では、少女のままでは生きていけなかった。
毎朝、欠けた鏡を見つめ自分は騎士であると言い聞かせ、言葉使いも固く尖らせる。そうでもしないと、弱さを見せれば、いつ村の男たちに襲われるかもわからない環境。
私たちはよそ者、悪魔像討伐に失敗した役立たず。
村の人々が討伐隊唯一の生き残りである私とバァルボンに向ける視線は憎悪も含まれている。
隙は見せられない、弱さを見せられない、私は騎士の娘だ。
どんな時も強く背筋を伸ばせ。
背筋を伸ばすと一年前に新調したはずの皮の鎧が胸をしめつけ苦しいが、この苦しみは生きている証拠、悪魔像を討伐するまで私は死ねない。
もう一度だけ大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、私は扉の無くなった馬小屋へと足を踏み入れる。
「ここの馬も食ったのかな」
「その通りだ」
馬小屋に入ってすぐ、若い男性の声が聞こえた。この村の現状もまだ理解していないみたいね。
穴の開いた天上を見上げている見たこともない鎧を着ている二人組。
いきなり話しかけて失礼なことをしてしまった。独り言に応えられ、私を見つめて沈黙する同い年くらいの少年。
「どなたですか」
少年にかわり一緒にいた女性が訪ねてきた。
背筋を伸ばせ、騎士らしく、弱さを見せるな。
「私は騎士ライエン・フジ・ヴァルトワの娘、騎士見習いレオリンデ・フジ・ヴァルトワだ。貴様たちが未開の森からきた二人組だな、折り入って頼みがあってまいった。貴様の名は」
少し硬くなりすぎたかなと自分でも思ってしまう。威圧過ぎではないかと心配になってしまったけど。
「俺は魔導技師見習いカズマです」
「マスターカズマの従者シルヴィアです」
「カズマ殿にシルヴィア殿だなよろしく頼む」
普通に名乗りを返してくれた。魔導技師見習いのカズマくんか、同じ見習い同士でよそ者同士、村の人たちのような厳しい感情をぶつけてこない、できれば仲良くなりたいけど、はたしてどんな人物だろうか。
私はコーティング剤を分けて欲しいことを伝え、交換の品としてミスリルの短剣を提示してみた。
通常の相場なら物々交換の対象にもならないほど二つの品の価値に差はあるが、ここは物資の補給ができない開拓村、都市では銀貨数枚で手に入るコーティング剤も金貨百枚以上の価値になる。
「これでは不足か」
「過剰すぎるんだよ、あ、です」
カズマくんが言葉を無理やり丁寧にいい直す。
「言葉は崩していいぞ、私も正式の騎士ではないからな」
無理に言葉を固くしている私が言うのも変な気がするけど、これは私が自分で勝手にやっている縛りだ。
「そうか、だったら遠慮なく」
言葉を崩せと言われ素直に崩してくれた。それに少し驚く。
学院に通っていた頃は、崩した話し方をしてくれと頼んでも、家柄のせいで親しい友人でも崩してくれなかったのに。
過去に出会ったことのないタイプの性格をしていたカズマくんは、商人ネクロなら手もみをしながら嬉々として交換していただろうコーティング剤とミスリルの短剣の交換を断ってきた。
「もっと適当な鉄材でいいんだ、他にないのか折れた剣とか壊れた鎧とか」
正直者すぎないか、これではネクロにコーティング剤を安値で買いたたかれたと予想できてしまうが、同時に好感も覚えた。
出会って間もないが、カズマくんは信用ができそうな予感がする。
「壊れた武具か、この村はあらゆる資材が不足している。壊れた鉄製の物は杭に加工して村の防柵に使われてしまった」
「不足するってわかっていて、柵に資材をつぎ込んだのか」
「そうしなければならない理由があるのだ、カズマ殿は本当にこの村の事情を知らないようだな」
「事故で飛ばされたから、ここがフロトライン王国だってのも村に着いてから知ったんだ」
「その話しも聞いている。転移で飛ばされた先がこの地とは災難が続くな、その見慣れぬ鎧も異国の物だったか」
本当に見たこともない鎧、かなりの魔力を内胞しているのは一目でわかる。魔力だけなら王国の最高峰である輝聖十二魔導甲冑にも匹敵するかもしれない。
「これはパワードなスーツその名をアクティブアーマー。素材不足で妥協はしたが、性能には満足してる自信作だぜ」
「あくてぃぶあーまー、聞いたことはないな、いや、まって、それよりも自信作って、まさか自分で作ったの!?」
あ、自己暗示が解けかけるほど驚いてしまった。落ち着いて私、私は騎士、どんな時でも平常心を維持しないと。
「その通り」
カズマくんは、魔力を噴き出しながら一回転して魔道具らしきものを構えた。あれは魔導銃だろうか。
「その構えは?」
「この構えが、この機体の一番カッコよく映えるポーズなのだ」
「そ、そうか、なかなか様になっているぞ?」
見栄え優先の構えなのか、カズマくんの習っている流派にはそんな型があるのかな。
まあ、鉄材があればコーティング剤と交換してくれるそうなので、一つ浮かんだ鉄製の武具、あれならばカズマくんが求める交換品として申し分ないだろう。
想い出の品ではあるが、悪魔像を倒すためには私の思い出はなんの役にも立たない。
カズマくんたちをヒートレオン号に案内した。
「この鎧とならどうだ」
学院で剣術の成績一位になった時、父が記念にオーダーメイドで作ってくれた鎧。胸には我がヴァルトワ家の家紋である青い獅子が刻まれている。この鎧は私が初めて自分の力で手に入れた勲章のようなモノだけど、成長した今の体ではもう装備できない。
装備できない鎧など、必要のないモノだ。
想い出じゃ悪魔像は倒せない。
「交換を決める前にひとつ聞いてもいいか」
「なんだ」
「どうもこの村には秘密があるみたいだけど、それを教えてくれ、情報次第では鉄材じゃなくてもコーティング剤を提供しよう」
「村の秘密?」
この鎧はいらないの、開拓村に秘密なんかないけど、もしかして私がこの鎧に未練があることを見抜かれてしまったのかな。
ヒロイン視点の外伝、4話構成予定




