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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
32/916

        肆


 孫権side──


男が死に振り向いた彼女と目が合う。

僅かな逡巡。

それは畏怖によるもの。


彼女に声を掛けられた事で我に返るが、彼女は返事を待たず私の右足に触れる。

すると、不思議な暖かさが足首を包む。

擽ったさを堪え様とするが小さく声が漏れた。


少しすると痛みが消えた。

彼女に訊かれ立ち上がって確認してみても大丈夫。


何をしたのか気になり彼女に訊ねながら振り向く。

しかし、その返答以上に…

彼女が左手に持った翼槍に目が釘付けになる。



(まさか、そんな…

でも、見間違える筈がない

あの槍は確かに…

でも、どうして彼女が?)



思考に没頭していたが声を掛けられ我に返る。


一旦、思考を切り替えて、事実確認をする事に。

彼女ではなく“彼”だった事には素直に驚く。


外見では判らない物だ。

そんな事を考えていると…



「俺が男なら──

“こういう事”になるとは思わないか?」



そう言って右手を腰に回し私を抱き寄せる彼。

口付けしそうな至近距離で私は彼の問いに答えながら冷静な自分に驚く。


仮に犯されたとしても…

今は生きて戻り皆に警告を発する必要が有る。

そんな使命感故からか。


しかし、不思議と彼が私に“そういう事”をするとは思えなかった。


彼の質問が終わり、今度は私が訊ねる。



「“それ”をどうした?」



そう言って彼の持つ翼槍に視線を向ける。



「お前に関係有るか?」



彼の言う事も尤もだ。

だが、私には関係が有る。



「それは我が母・孫文台の愛槍で有り、形見だ」



そう言うと、目をスッ…と細める彼。

無意識的に後退りしそうな“何か”を感じる。

しかし、退いてはならない場面だと気合いで堪える。



「…成る程な、話は判る」


「そうか…それなら──」


「──だから?」


「──え?」



理解を得たと思った矢先に否定を受ける。

その切り返しに僅かな間、思考が停止した。



「まさか、形見“だから”返せとか言うつもりか?」



彼の言葉と“値踏み”する様な視線から意図を感じ、言わんとする所を掴む。



「ただで、とは言わない

相応の礼はする」


「相応、ね…」



そう答えた私を彼が見る。

目でも、表情でもなく…

舐め回す様に“身体”を。


“対価”を理解する。

“それ”を要求されても、私は呑むと覚悟した。



──side out



妙に翼槍を気にしていると思ったが…

成る程、“形見”か。



(“愛槍”という事は…

孫堅が“先代”か…

孫堅自身が“澱”と戦った可能性は………低いな)



もし、孫堅自身が“澱”の存在を知っていたのなら、娘の彼女は氣を使えないと話が合わない。

それは孫堅自身にも言える事でも有る。



(となると“父方”か…)



孫堅の夫に関しては情報が極端だった。

量的には少ないが…

意図的に“必要が無い”と判断する様に情報を流した可能性が有った。

また公瑾達の話を聞いても“平凡”過ぎる。


他人の恋愛に口を挟む気は無いが、女傑と釣り合いが取れなさ過ぎる。

いや、対極と言う意味では釣り合っているが。



(見限られたのが娘達なら俺の手に在る事も頷ける

渡す気は無いが…

少し突っ突いてみるか)



理解した様に見せ、直ぐに“関係無い”という態度で切り返す。

次いで“足元”を見る様に仕草や口調を演じる。



「ただで、とは言わない

相応の礼はする」



案の定、彼女は嵌まる。

“対価”が何かを理解し、覚悟を決めた表情。

それが“思い込み”だとは露程も思わないで。



「俺が“何”を対価として求めるか…判るか?」


「…っ……好きにしろ

抵抗は…しない…」



一瞬、己の口から言う事に屈辱感を覚えて睨んだが、“選択肢は無い”と考えて静かに答えた。


その言葉を“承諾”と取る振りをしながら彼女の腰に回したままの右手で身体を更に密着させた。


そうしながら、考える。


彼女の覚悟は本物だ。

そうまでして取り戻したい気持ちも判る。


しかし、何故か納得出来ず逆に、苛々している自分が居るのだ。



(…何か見落としたか?)



右手で彼女の腰回りを撫で反応を楽しむ様な素振りをしながら記憶の海を探る。


すると、公瑾達や街などで入手した情報の幾つかが、結び付く。

“ああ、成る程”と納得が行く仮説が出た。

いや、恐らくは事実か。


翼槍を傍らの地面に刺すと左手で彼女の右手を取る。


ビクッ…と身体を震わせる彼女を左手で少しだけ引き左耳へと唇を近付ける。



「……んっ……」



僅かに息が触れただけで、擽ったさも有り、彼女から小さな声が漏れる。



「…覚悟は良いんだな──“孫権”?」


「…二度も言わせるな」



俺の問いに、彼女が返した言葉を聞き、思わず口角を上げてしまう。




消え入りそうな声ながらも最後の意地を張る姿には、慈しみを覚えた。


だが“確認”は取れた。


彼女は覚悟の確認と思っただろうが…違う。

俺が欲しかったのは彼女が“孫権”だという確証。


孫策は袁術の手元に居ると考えて良いだろう。

そうなると彼女は妹二人の何方らかになる。

孫権・孫尚香…

誰かによって話は変わるが彼女は孫権で間違いない。


情報に合致する部分も多く何より、本人が認めた。


あれだけ冷静に事を分析し理解していたが…

“未経験”の事には誰でも戸惑うものだ。

どれだけ虚勢を張っても、彼女は“初”だ。


一般的な知識は有っても…いや、有るが故に考えた。

そして思考が外れる。


それが認識の違いを生み、此方の思惑通りに。



「俺には解らんな…

生きて戻る事は頷けるが、素性も解らぬ男に初めてを奪われ孕む可能性も有る

そうまでして欲しいか?」


「貴様が解る必要は無い

知る必要もな…」



そう彼女は言うが台詞とは裏腹に弱々しい声。

“初めて”や“孕む”にも反応は薄い。

中々に“重症”の様だ。



「孫家の為、か?」


「──っ、……そうだ…」



図星を突くと小さく身体を跳ねさせた。

見透かされて悔しいのか、苦々し気に肯定した。



「家の為ね…くだらない」


「──なっ!?、貴様っ!!」



そう吐き捨てる様に言うと彼女は強く反発する。

状況も忘れ、顔を上げると声を荒げて睨み付ける。


左手に掴まれている右手を振り上げ様とするが無駄。

左手は互いの身体に挟まれ動かす事も難しい。

足を使うにも体勢が悪い。

だが、今の彼女に其処まで冷静な判断は出来無い。


激昂して我を忘れている。



「お前さぁ…

勘違いしてないか?」


「私が何を勘違いしているというのだっ!?」


「誰かの為、何かの為…

それは全て、妄想だ」


「…貴様、自分が一体何を言っているのか…

判っているのか?」



怒声から、冷やかな怒気を含む声に変わった。

相当御立腹の様だ。



「お前こそ判っていない

いいか、どんな事も結局は“己が為”でしかない

誰かを助けたいと思うのも自分が見たくないから…

何かを守りたいと思うのも自分が失いたくないから…

“情けは人の為ならず”

全て──自分の自己満足、自己陶酔、自己中心的な、自己偽善でしかない」



はっきりと彼女の目を見て言い切った。




 孫権side──


彼の言葉に対し鼓動が一際大きく響いた。



「ち、違う!

私は孫家の為に──」


「誰が、望んだ?」


「──っ!?」



心臓を掴まれた様に痛む。

誰が──“私”だ。

私が、勝手にしている事。

誰も、望んではいない。



「親の形見…確かに子供にしてみれば大切だろう

だが、お前の姉妹はお前を犠牲にしてまで手にしたいと思うか?

お前ならどうだ?

姉や妹が自分の身体と引き替えに手にしたとして…

それを誉め称え喜ぶか?」


「そ、それは…」



反論など出来はしない。

彼の言葉は私にしてみれば“正論”でしかない。



「お前が求めるている物は“形見”ではない」



思わず、逃げようと身体を動かしたが無駄。

耳を塞ごうにも両手を使う事も出来無い。

最後の抵抗は眼を瞑る事。



(いや…止めて…

お願いだから、止め──)



しかし、彼は私の耳元へと唇を寄せて来る。



「必要とされる自分だ」


「────っ!!!!」



たった一言。

彼の一言が私を壊す。



「ち、違う!

私はそんな事はっ!」


「違わない

お前は望んでいる

誰からも必要とされ敬われ尊ばれる理想の自分を」


「違う!、違う違うっ!、違う違う違う違うっ!!!!」



駄々を捏ねる子供の様に、頭を振り、叫び、ただただ私は否定する。

そんな中で、背中に何かが当たるのを感じた。

反射的に見開いた眼。

目の前には彼の顔。

彼の瞳に映るのは──私。


弱々しく、情けない、私。



「違いなどしない

お前は自分を“犠牲”にし形見を手にする事によって認められたいだけだ

“犠牲”にした自分さえも美化・神聖視する程に…

理想の自分に酔い浸りたいだけなんだよ」


「……ぁ……」



溢れた弱々しい声。

自分が壊れそうになる。



「…だが、理解も出来る」


「………ぇ…」



全てを暴かれ、否定され、なのに肯定される。

思考も感情も追い付かず、何もかもが混濁する。


彼は私の右手を引いて歩き槍の前へと立たせ、右手を離した。



「真の武具は自ら主を認め選ぶとされる

お前が抜く事が出来たなら持って行けば良い」



信じられない展開。

しかし、彼の眼が嘘でない事を物語る。


私は右手を伸ばす。



(お願い、抜けて──)



ただ一心に願い、槍の柄を握り締める。

そして、力の限りを込めて引き抜いた。



──side out



孫権は必死の形相で翼槍を抜こうとしている。

だが、ピクリともしない。


別に岩に刺している訳でも特に深い訳でもない。

埋没する鋒は5cm程。

勿論、氣で捕まえてとかのイカサマも無い。


──主とは認めない。


明確な翼槍の意志だ。



「そんな…どうして…」



高が地面に刺さっただけで何故抜けないのか、或いは何故抜けてくれないのかと思っているのだろう。



「気は済んだか?」


「ま、待って!

もう少し、もう少し──」


「無駄だ」



そう言って縋る彼女の脇を抜けて翼槍の柄を掴み──楽々と引き抜く。


信じられない様な眼差しで彼女は見ているが、これは当然の結果だ。



「今のお前には無理だ」


「…っ…」



はっきりと言われ、俯いた彼女の身体は震える。

握り締めた両手に篭る力が悔しさを物語る。



「…蛇は動く物を捕食する習性が有る」



怪訝そうに彼女が顔を上げ此方を見詰める。



「だから、蛙は喰われない為に動かない…

“死んだ振り”なんてのも戦場では珍しくない事だ」



そう言うと袁嗣に雇われた男が出した両銭束を右手で拾い上げ、懐に仕舞う。

実際は“影”の中だが。


そして孫権に歩み寄り──そのまま通り過ぎる。



「……っ……」



俺の言葉の意味を理解し、彼女が息を呑んだ。


大声を上げ叫ぶか。

後から襲い掛かるか。

屈辱に自害するか。


どれでもない。


喚く事も、罵倒も自尊心が赦さないだろう。

死ぬ事も出来無い。

彼女には“戻る”理由が、伝える事が有る。


故に彼女が出来るのは街へ戻る事だけだ。



(その苦悩も糧になるさ)



肩越しに振り返った彼女の背中に向け胸中で呟く。


ふと、翼槍から不満そうな気配を感じた。

自分を彼女に触らせた事に怒っている様だ。


小さく苦笑し、氣を与えて炎を顕現。

そのまま右手で大きく振り周囲に炎を放つ。


そして賊徒と男の屍だけを焼き尽くす。


いつもより、炎が大きく、よく燃えていたのは──

気のせいだろう。


決して、嫉妬や拗ねたからではない──筈…多分。


孫権を残し、彼女の愛馬を残した滝へと向かう。



(…忘れてた

あの子、どうするかな…)



改めて連れて行くのも何か変だろう。

街の近くで放せば良いかと妥協案を出し納得。


取り敢えず、問題も解決し足取りも軽くなった。




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