表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋姫三國史  作者: 桜惡夢
20/916

        参


あの後、周瑜と朱然からは問われたが、敢えて沈黙を押し通した。

それ以外の話題には普通に応答したが。


食事を終えると、周瑜達の宿の部屋に行く事に。

必然とも言える流れ。


そして今、寝台に腰掛けた二人と向き合う形で椅子に座り、自分の後ろに三人が控えている状況。

因みに、後ろからも奇妙な威圧感を感じる。



「…改めて問う

何故…“私の”病だと?」


「あの時点では憶測でしか有りませんでしたが…

私の問いに答える際、貴女は僅かに間を要した

その訳は“本当の理由”が有るから…

訳有りで尚且つ女性二人旅ともなれば可能性は限られてきます

罪人という線は、貴女達の人と形を見れば違う事など容易に理解出来ます」



そう言って朱然の方を見て“嘘を付き通せる性格ではない様ですし”と追加。

朱然は恥ずかしそうに照れ周瑜は苦笑しつつも納得。



「故に“病”という可能性が高くなります

勿論、当事者以外の場合も有るでしょうが…

貴女を一目見て何かしらの病を抱えている事は判っていましたから」


「……そうか」



周瑜は小さく溜め息を吐き緊張を解いた。

隠しても無駄だと判断したからだろう。



「付け加えるなら…

貴女の返答も確証でした」


「私の返答が?」


「あの時も、そして先程も貴女は訊ねる際“私の”を無意識に強調しました

それは病である事を肯定し尚且つ“自分だと”言っているのも同じです

態とした発言か否かは声や眼で判断出来ますから」


「成る程な…勉強になる」



そう言って笑みを浮かべる周瑜の事を朱然は悲し気に見詰める。



「事情を御訊きしても?」


「今更隠す意味は無いが、面白くもない話だぞ?」


「お願い出来ますか?」



周瑜は呆れた息を吐き肩を竦めると視線を落とす。



「二年程前からだ

時々身体に倦怠感や疲労感を感じる様になったのは

初めは風邪か疲れ位にしか思ってもいなかった

ある日、胸を鷲掴みにする様な痛みに襲われ倒れた

しかし、その時の診察では異常は見られず疲労によるものだろうと言われた

病だと判ったのは一年前

痛みと共に吐血した事でな

その後、家の伝で名の有る医者に見て貰ったが…」



言葉を切り、頭を振る。

原因不明で“不治の病”と言われたのだろう。



「そして半年前…

私は、ある男を探す為に、旅に出る事にした」



そう言って周瑜が朱然へと顔を向けた。





「当時、私は母から見物を広める為に旅に出る様にと言われていました

そんな時、声を掛けられて同行する事に…

旅に出る理由を聞いた時は驚きよりも悲しみの方が…

大きかったです…」



思い出し、俯く朱然。

その頭を周瑜が撫でる。



「私達は各地を旅しながら情報を集めて探した

二週間前、襄陽で漸く逢う事が出来た

“神医”と呼ばれる放浪の医者・華佗に」



その名を周瑜が口にした時“やはり…”と思った。

今の周瑜の病状から見て、他の者には治療不可能だと判断していた。



「しかし、治せなかった」



非情とも言える事実を口にした時、俯いた朱然が唇を噛み、両手を握り締めた。

無力な自分が悔しい。

そう物語っている。



「…ああ、そうだ

華佗でも手の施し様が無いと言われた

“せめて一ヶ月早ければ”ともな…」



何処か諦めた様な儚げな、微笑みで答えた周瑜。


何故だろう。

無性に腹が立つ。


彼女を初めて見た時からの感覚だった。

その理由が今判った。



「それで、お前は“死”を受け入れた──と?」


『──っ!?』



抑える事もせず、解き放つ“怒気”に五人が息を飲み身体を強張らせる。



「周瑜、お前は生きられる可能性が有るのなら…

どんな事でもするか?」


「…事と次第による」


「生きたいが、犯罪に手を染めたくはないか?」


「そうだ

人の道を踏み外してまで、生きたいとは思わない

そんな事をする位ならば、私は死を選ぶ」



迷い無く言い切る周瑜。

しかし、怒りは余計に沸き上がってくる。



「だが、周りはどうか」


「…何?」


「朱然、お前は周瑜の病を治す為に、罪を犯す必要が有るなら…どうする?」


「そ、それは…」



朱然は周瑜を見て戸惑う。

それが当然の反応だ。



「身内ならどうだ?

親ともなれば我が身よりも我が子の命を助けたい…

そう願うとは思わないか?

周瑜、お前はその想いを、覚悟を“外道”と罵ると?

その命に価値は無いと?」


「…それ…は…」



言葉に詰まる周瑜。

具体的な例を与えられれば想像に難くないだろう。



「それが“偽善”である事には変わらない

しかし、命を突き詰めれば弱肉強食が唯一の真理

全ての生命は他の命を糧に生きていく

それは決して誰も抗う事も覆す事も出来ない理だ」



そう言い、俯く周瑜の前へ歩み寄った。




黙り俯く周瑜の頭を右手で撫で、頬を撫で、顎に触れ上を向かせる。



「周瑜、もしも“代償”を必要とするのが、自身だとするなら…どうする?」


「…私…自身?…」



戸惑う周瑜の双眸を吐息が触れ合う距離で覗き込む。



「俺に“全て”を捧げるのなら治してやる」


「──なっ!?」


「──と言ったら?」



目を見開いて驚く周瑜に、口角を上げて返す。

態と揶揄う様に嗤って。



「…質が悪過ぎるな

冗談にしては笑えない」


「冗談?、何を以てお前は俺の言葉を冗談だと?」


「それは…」


「俺の表情?、声色?

それとも…

そんな事は誰にも不可能だとでも言うつもりか?

お前の常識が絶対だと証明出来無いのに?」



言葉を無くし黙る周瑜に、核心を告げる。



「いいか、周瑜

他の誰でもない…

諦めているのは、お前だ」


「──っ!!」



見開かれた瞳。

その奥に圧し隠されていた感情が揺れる。

揺れ動いて、溢れ出す。



「“死”を恐れる心は何も恥じる必要はない

生命としての必然だ

しかし、死から目を逸らし日々を惰性に生きたとして本当に“生きている”と、お前は言えるか?」


「……わた…し…は……」


「生きる事は戦う事だ

命有る限り、決して抗えぬ“死”という理との…

お前は自ら放棄するのか?

生きる可能性を

自らの“未来”を」


「…私…は……私は…」



周瑜の双眸から溢れ落ちる涙が指先を濡らす。

それは決して冷たくはなく命を感じさせる様に熱い。



「もう抑えなくてもいい

辛かったな…

苦しかったな…

だが、それは、これからのお前の生きる力になる

だからな…もう大丈夫だ」


「…ぁ…ぁあ…ぅあぁ…」



涙に濡れた周瑜の顔を胸に抱き締め、頭を撫でる。

服を両手で握り締めながら泣きじゃくる周瑜。

しかし、声を上げない辺り朱然や興覇達の手前という意識が働いている様子。

それが彼女の“素顔”かと胸中で微笑ましく思う。


どれ程の孤独感に苛まれて居たかは解らない。

ただ、今は全てを受け止め曝け出させてやる。


死という闇に囚われた心に生という光が当たる様に。


彼女が泣き止むまでの間、ただ静かに優しく頭を撫で続けた。


余談だが…

隣で貰い泣きする朱然や、背後から生暖かい眼差しで見ていた興覇達の存在を、僅かだが失念していた為に後で冷やかされた。




 other side──


漸く見付けた華佗。

しかし、彼が私の病に対し下したのは“不可能”との診断だった。



「すまない…

今の俺では治す事は無理だ

せめて…もう少し、病魔が小さければ…

一ヶ月早く会えていたら…いや、結局は言い訳にしかならない

本当に、すまない…」



深々と頭を下げる華佗。

だが、彼に非は無い。

逆に此方が恐縮する。

彼の医療への、患者への、その情熱に。


その後、朱然と共に襄陽を立ち、江陵へ。


舒に向かう船が雨天で出ず三日の足止め。

しかし、今の自分には急ぐ理由が無い。


朱然が街に誘うが正直な話どうでもよかった。

適当な所で朱然を撒き一人になって思う。



「…長くて、二ヶ月だ」



私の“余命”を聞いた際の華佗の見解だ。



(もう少し早ければ助かる病だったが…

これも“運命”か…)



朱然の手前、感情を抑えて平静を装って居るが本音は当たり散らしたい。

“何故、私がっ!?”…そう叫ぶ事が出来たら、どれ程楽だろうか。

しかし、一方でそんな事をしても無駄だと思う冷静な自分が居る。



(だが、結局は無意味…

結末は変わらない…)



既に定められた物語の結末には登場人物は抗えない。

私の物語の終幕。

そう思う心は空虚だった。


宿に戻る途中、朱然に会い自分が離れていた間の事を聞かされた。

世間知らずな所が有る事を失念していた自分を責め、恩人に感謝した。


待ち合わせ場所で対面した四人の女性と店内へ。

飛影の事は朱然から聞いていたが、自己紹介した際き黄忠の名を聞き驚いた。


だが、それ以上に…

飛影に病の事を指摘された方が衝撃的だった。

しかも、その後は沈黙。


真意を問う為に宿の部屋へ招いた。


実際に話を聞けば納得するしかなかった。

寧ろ、その洞察力には感嘆してしまう。


けれど、何が琴線に触れたのか怒気を露にする飛影。

そして彼女──否“彼”が私に向ける言葉は悉く心を揺さ振った。


その真紅の瞳は、私の心の深淵までも見透かす。



「──もう大丈夫だ」



たった一言。

けれど、どれ程望んだのか自分ですら判らない。


その一言が私を壊す。

全てに蓋をし、目を逸らし孤高であろうとした私を。


自分でも信じられないが、ただただ、私は泣いた。


それは何時以来の事か。


在るが侭、心の侭に。

私は心を溢す。



──side out



周瑜が落ち着いた所で治療について話す。

病は完全に治せるが体力は時間を掛けて戻すしかないという事。

暫くは無理せず安静にする必要が有る事。

再発の可能性は皆無だとは言えないが、基本的に別の要因になるという事。


また、今回の件に関しては身内以外には他言無用だと条件を出した。



「…さて、質問が無ければ始めるが?」


「一つだけ…

何故、私を助けようと?」


「…ただの、自己満足だ

それじゃあ、始めるぞ」



そう言い周瑜の頭に右手を置き、氣を流して気絶させ寝台に横たえる。


双眸に氣を集中させ周瑜の“還氣脈”を視る。

“還氣脈”は氣を操る為の勁道とは違い、生命が元々有している氣の流れ。

言わば血管と同じ。

それを診れば病巣など楽に断定出来る。



(改めて見ても厄介な…

肺結核の末期状態か…)



寧ろ、この状態で普段通り生活出来る方が凄い。

時代の特性か…

或いは“世界”か。


だが、考察は後回し。

今は治療に尽力する。


両の掌に集めた氣を周瑜に同調させ、片方で氣の流れを操作し、もう片方で病巣を除去していく。


その制御と操作は、極めて繊細に行う必要が有る。

微細にして精密。

これを思えば戦闘用の技は格段に楽だ。


氣の特性。

自分以外の氣は猛毒。

この技法以外に助ける術は無いが、一撃必殺不可能な現状は至極困難。

本の僅かなミスで致命傷を与え兼ねない。


それ故に、氣と体力以上に集中力と精神力を消耗。


気にする余裕すら無いが、汗だく状態だろう。

それが目に入ったりしないのは漢升辺りが拭っていてくれる為か。


少しずつ、本当に少しずつ慎重に慎重を重ねながら、病巣を除去し続ける。










何れくらい経ったか。

掌から氣を消した。



「…これで、大丈夫だ

良く頑張ったな…」



周瑜の頭を撫でると自然に頬が緩んだ気がする。

だが、今は優先すべき事は別に有る。



「目が覚めても安静にな」


「…ぐすっ…はい…

飛影様…本当に…

ありがとうございます…」



深々と頭を下げて礼を言う朱然の頭を撫で、彼女達の部屋を後にする。


外は既に夜の闇が支配。

正確には判らないが恐らく日付は変わっている。


珍しく抱く焦燥感。

何とか平静を装う。


話をしていた様で深夜にも関わらず宿の部屋には問題無く入れた。


だが、その直後──

俺は意識を失った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ