表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋姫三國史  作者: 桜惡夢
12/916

10 果てに咲く花を


 other side──


謁見の間にて、戻って来た部下から報告を聞く。



「…首尾は?」


「はっ、予定通りに…

交戦後、崖下に落ちた為、此方に遺体を持ち帰る事は出来ませんでしたが…

致命傷は与え、出血も多く生存は不可能かと」


「そうか…」



眼前の恭しく頭を下げる男──黄祖の話に口角を上げ北叟笑む。



(くくっ…これで唯一邪魔だった黄忠が消えた

優秀なだけに惜しいが…

我々の“商売”に気付き、脅かす存在にも成り得た

早目に始末するに限る

まあ、女としても惜しいと思うがな…)



下卑た笑みを浮かべながら黄忠の容姿を思い出す。

右手で顎髭を撫で、想像の中で黄忠を弄ぶ。



「韓玄様、兵や民には何と言っておきましょうか?」



黄祖に声を掛けられ韓玄は我に返る。



「無難に賊の討伐中に戦死とでも言っておけ

よく有る事だ」


「しかし、黄忠は兵の間で慕われていました

遺体の捜索を願い出る者が居るやも知れませんが?」


「…ふんっ、厄介な事だ」



吐き捨てる様に呟く。



(慕われている、か…

我々や此奴とは大違いだ

まあ、連中の人気など幾ら有っても金にはならん

所詮は使い捨ての駒…

取るに足らんわ)



だが、騒がれても面倒だ。

黄祖の部下は此方の側故に心配は無用だろう。

民衆は残念がりはするが、一時の事だ。

そうなると問題は兵か。



「…そうだな

ならば見当違いの場所でも探させてみるか?」


「見当違いの場所を?」



何と無しに口にしてみたが存外悪くない。

いや、なかなかに愉快だ。



「くくっ…ああ、そうだ

連中には黄忠が討伐で傷を負った上に行方不明と教え全く違う所を捜索させる

当然、どれだけ探しても、見付かる訳が無い

数日もすれば、連中も諦め忘れるだろう

くくくっ…どうだ?

滑稽だと思わんか?

くくっ、くははははっ!」



馬鹿な連中が必死になって黄忠を探す様を想像すると嗤いが止まらない。



「し、失礼しますっ!」



其処へ、けたたましく扉を開けて、慌てて駆け込んだ一人の兵。



「人払い中だぞっ!?」


「も、申し訳有りません!

で、ですがっ、今は火急に御知らせしたい事が!」


「一体何事だ?」


「そ、それが…

黄忠が、戻りました…」


「なっ!?」



それは唐突に。

まるで悪夢を見ている様に予兆も無く訪れた。



──side out



 黄忠side──


慣れ親しんだ筈の城内。

しかし、今は違う。

身体を包む緊張感。

それは戦場で感じる物。



(奇妙な物ね…

こんな事になるなんて…)



回廊を謁見の間に向かって歩いて行く。

一歩、また一歩と。



「失礼します」



開け放たれた扉を潜り抜け入室する。



「こ、黄忠…」


「黄漢升、賊討伐任務より只今戻りました」



驚愕する韓玄・黄祖・兵を前に態とらしい程に恭しく一礼して見せる。


顔を上げれば三者共に顔が青く、汗を滴らせる。

絶句し狼狽える事も出来ずただただ佇むしかない姿に溜飲が下がる思いだ。



「顔色が優れませんが?」


「…そ、そうか?」



辛うじて声を出す韓玄。

今の自分が置かれた状況を如何に打開するか。

それを考え様とするが何も思い付かないのだろう。

予期せぬ事に余裕を失えば冷静でなど居られない。



「黄祖が戻っているのなら報告は済んでいますね?」


「え?、あ…は、はい…」



急に話題を振られた黄祖は反射的に頷く。

既に状況に付いて来れてはいない。



「そうですか

では、改めて説明の必要は有りませんね?」


「う、うむ…」



韓玄は頷くしか無かった。

否定すれば黄祖は詰問され自身にも害が及ぶ。

兵や民の信頼が無いが故に強権も使えない。

結果、地位も私財も全てを失う事になる。

保身を第一に考える以上、他の選択肢は無い。



「其処で折り入って御願いが有るのですが…」


「…何だ?」



韓玄に断る事は困難。

有りもしない討伐の成果を肯定し、黄忠の要求を飲むしかない。



「暇を頂ければ、と」


「…な、何?、暇を?」



思いもよらぬ要求に対し、戸惑う韓玄。



「はい、見物を広め自身を鍛え直したく思い

このままでは他の者達にも影響が出る可能性も…」



最もらしい理由を言って、“決別”を印象付けてから勿体振る様な言い回しで、暗に“兵力差”を示唆。

逃げ道を塞ぎつつ、此方の望む形に誘導してゆく。



「“お互い”の事を考え、それが最良かと…

如何でしょうか?」



そして、仕上げ。

この要求を飲めば、此方は“沈黙”する。

そう言外に含める。


思案する韓玄だが、他には思い付かない様子。



「…お前の意志を尊重する

今日まで御苦労だった」


「ありがとうございます」



そう言って一礼した。




城内を後にし、愛馬である颶鵬──鹿毛の牝馬──の手綱を引き、通りを歩く。


あの後、韓玄からは功労に対する褒賞として金百銭を賜った。

“口止め”の意味で出したのかもしれないが、此方に“その気”が無ければ何の効果も無い。

しかし、路銀として見れば十分過ぎる額だ。

当面の心配は要らない。



(“彼”の“読み”には、驚いたわね…

“彼”だった事にも十分に驚かされたけど…)



先の韓玄との対話と…

“彼”──飛影からの提案を聞いた時を思い出す。

“少女”と思っていた為、思わず目を見開いた事には苦笑してしまうが。



(事の全てを見透かす様な指示を聞いた時は半信半疑だったけど…

実際に、その通りになると感嘆してしまうわ)



人の心の機微を見極めつつ此方の流れを作り上げる。其処で相手の心情を捕らえ動揺させた上、本の僅かな情報を“態と”与える事で状況を誤認させた。

思考を誘導し、正しく理解させず有利な形にする。

要求は明確に、けれど欲を出す事はしない。

そうする事で相手に飲ませ易くする。


彼から受けた指示に忠実に従った話術と演技…

そして“間”の取り方。

その結果は見事としか言い様が無かった。


件の提案者はと言うと…

連れの少女と宅の荷造りを引き受けてくれた。

今頃は、待ち合わせ場所の船着き場に居る事だろう。


まだ少女とは自己紹介していないが、彼女も強者だと一目で判った。

まあ、武人として以外でも“強敵”だろう。



(あれ程の実力者が無名で埋もれているなんて…

世界は広いわね)



だが、感慨深く思うと共に羨望と嫉妬の念を懐く。

そして自分も更に上へ──それは武人としての欲求。


以前の自分には叶わぬ願いだったが、今は違う。

己を縛る物は何も無い。

全て己が意志のままに。


彼は言った。



「先ず決着を着け、その後身の振り方を決めればいい

道を定めるのは自分だ

誰が何と言おうと、な」



ならば、心に従おう。


見馴れた街並みも見納め。感傷に浸る事は全くなく、新たな旅立ちに心は期待に満ちる。


良い事ばかりではないし、辛い事も有るだろう。

それでも構わない。


全てを糧に歩めばいい。


船を背に、視線の先に立つ──彼と共に。



──side out



 甘寧side──


飛影と別れ、単身山を下り渡し舟の乗り場に戻る。

登りとは違い、四半刻程で着いた。

すると五十人程の兵士達が其処に居た。



(…私…ではないか)



思わず警戒するが、飛影があの偽者を始末した以上、自分の生死は不明だろう。

追っ手の可能性は低い。

とすると、昨夜店で聞いた討伐隊か。

緊張感が感じられない所を見ると帰還の途中か。



「お嬢ちゃんもかい?」



船頭の男が此方に気付き、訊ねて来たので頷く。

下手に顔を隠したりはせず無関心を装って平然と舟に乗り込む。

向こうも、大して気にする様子は無い。


連中の会話には耳を澄まし聞いていたが…

特に不審な話は無かった。


その後は宿への道の途中の屋台で包子を買う。

菜包と小籠包で昼食を摂り宿で飛影を待つ。



別れてから二刻程すると、飛影が戻って来た。

見知らぬ女と一緒に。


更に女の家に行く事に。

直ぐに荷物を纏め、栗花と馬車を用意して向かう。

途中、飛影が女を“漢升”と呼んだ事で“黄忠”だと判って驚いた。



(…どういうつもりだ?)



飛影の考えが解らない。

ただ、その間に黄忠の家に着き、何故か荷造りをする事になった。

訳が判らない。


黄忠は別れて何処かへ。


飛影から荷造りをしながら事情を説明された。



「…お前は厄介事を招く質なのか?」


「寧ろ、向こうから寄って来る感じだな」



そう言って苦笑する。

だが、私自身そんな飛影に救われた。

経緯は違えど、黄忠の事は他人事に思えなかった。


荷造りを終えると船着き場へと向かう。



「彼女はどうするんだ?」


「取り敢えず、夷陵までは一緒だな

後は本人の自由だ」



そう飛影は言うが、彼女は一緒に来るだろう。

恩も有るが…飛影の実力に惹かれてもいる筈。

武を嗜むが故に。



「…さて、幾ら出すか…」


「…?、何の話だ?」



呟いた飛影に訊ねる。



「ああ、口止め料をな

まあ…向こうは疚しさしか無いからな」



成る程、韓玄からか。

腐っても太守だ。

それなりの額だろう。



「幾らを見る?」


「そうだな…

切り良く百銭辺りか」


「…大金だな」


「それだけの事って訳だ

悪銭身に付かず、だ

おっ、来たみたいだな」



“悪銭”か…飛影は出所を知っているのだろうか。


此方に向かって来る黄忠を見ながら思った。



──side out



夷陵へと向かう船の上。

甲板で甘寧・黄忠と景色を見ながら自己紹介。


甘寧は既に知っていたが、黄忠は甘寧に驚いた。

まあ、当然だろう。


驚いたと言えば船。

一応とは言え、客室が有る事には吃驚。

船体も大きく、馬や馬車が余裕で乗る程だ。

その分、乗船料は高いが。

下りでは帆を使って進み、上りは櫂を使う様だ。

上りは風が無ければ倍以上時間が掛かるそうだ。


因みに渡し舟は少人数用のゴンドラ型と大人数用の筏だった。



「夷陵までは丸一日…

明日の昼過ぎには着くか」


「そうだな」


「天候も良い様ですし」



二人も同じ見積りらしい。

栗花は黄忠の颶鵬と一緒に房の中だ。



「良い風だな…」



縁に背中を預け、瞼を閉じ風と陽光に浸る。



「一つ聞きたい事が有る」


「ん〜?」



真面目な声の甘寧に悪いがこのまま昼寝をしたくなる陽気に身を預けながら気の抜けた返事。



「お前は旅人だ

“厄介事”は敬遠して然るべき所だ

なのに何故、自ら介入し、私達を助けた?」


「…そうですね

私達が言うのも可笑しい事ではありますが…」



苦笑して居そうな黄忠。

だが、当然の疑問。

そう思っていた事だろう。



「んー…

気紛れって事じゃ駄目?」



右目だけ開け、小首を傾げ“可愛らしく”言う。


頬を染め、狼狽える二人。

だが、甘寧は直ぐ我に返り睨んでくる。

“誤魔化すな”と。


“やれやれ…”と溜め息を胸中で吐く。

柄ではないが…仕方無い。

真面目に考えるか。



「期待はするなよ?

助ける理由なんて人其々、千差万別なんだ」



念を押すと頷く二人。

それを確認し、空を仰ぐ。



「助けたのは偶然

ただの偽善──自己満足だ

それ以外に無い」



これが偽り無い本心であり自分の価値観。



「…だが、お前達の問題に口出ししたのも事実だ

それに関して言うのなら…

そうだな…

“見てみたい”から、だ」


「…見てみたい?」


「そう…お前達が咲かせる“未来”という花を…な」



そう言って笑う。

二人を双眸に映しながら。



「…そうか」



ふっ…と笑う甘寧。

黄忠も静かに微笑む。


そう、見てみたい。

この先、進む道を違える事になろうとも。


彼女達が道の先に咲かせる──“命の花”を。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ