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龍は花姫の愛を乞う  作者: 諏訪ぺこ
第二章

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33.彼岸花 3

 暫く書類を配り歩いていると、儀来府の近くを通ることになってしまった。


 昨日の件があるだけに、ちょっと身構えてしまう。大丈夫だろうか? いきなり捕まったりとかしないよね??


 帝様の許可があったかどうかなんて、きっとあの術を張った人には関係ないだろう。

 水晶府は元々神祇官たちが出入りしていた場所。それに神祇官だけでなく、女官だって斎宮の身の回りの世話をしにいたはずだ。


 そんな場所に術を張る。


 不特定多数の人がはいる場所に術を張ることの危険性を知らないわけがない。

 それでも構わず張ったのであれば、『帝様の許可』なんて簡単にもみ消せるのではなかろうか? 帝様に確認を取らずに、罪人として処分してしまうだけでいい。


 その後に帝様にバレたとしても、知らぬ存ぜぬで押し通せる。

 なにせ証拠なんてないんだから。


「いやいや、変な顔して歩いてる方が変だ……うん」


 頭を振り、私は努めて冷静に儀来府の前を通り過ぎた。

 今の私は殿上童。この辺を歩いていたって問題はないのだし。


 スタスタと歩いていると、後ろから声をかけれる。

 突然のことに心臓がきゅっとなったが、不自然にならないように振り返った。


「……はい?」

「お前、蔵人所の殿上童だろ?」

「え、ええ。そうですけど……」

「ああ、よかった。蔵人所に持っていってもらいたい書類があるんだ。頼めるか?」

「それは、もちろん。ですがすぐには戻れませんよ?」

「その折敷に乗ってるの……全部配って回るのか?」

「はい」


 その言葉に素直に頷く。私の持っている折敷おしきの上には、まだたくさんの書類が乗っていた。

 たぶん急いで頭弁様に見てもらいたいなら、自分で持っていった方が早いだろう。


「あー……まあ、これ……最後には少なくなるんだよな?」

「まあ一応。たぶん……今よりは?」


 私の言葉にその人はうーんと唸りだす。こうしてみると儀来府の官吏も普通の人だ。

 悪い人ばかりではないのだろう。そう見えるだけかもしれないが。


「悪い。やっぱり持ってって。俺ら夜から市中を見回りに行かないといけないんだ」

「市中を……ですか?」

「ほら、アレが出るからさ」

「アレって……猩猩、ですか?」

「そっ。交替で警邏と一緒に見回りいかないといけないんだ。なにせ足止めでいないと警邏もたたっ切れないしな」

「アレって……切れるんですか!?」

「俺たち儀来府の術者が、切れるようにしてるんだよ。そういう術をかけてるってわけ」

「はーすごい……!」


 私が感心したようにいうと、その官吏は得意げに話を続けた。


 曰く――――

 市中に出ている猩猩の大半は儀来府の術者たちが術をかけた刀で切ることができる。

 だが猩猩の動きは人間が追うには速いので、術者たちは足止めをする必要がある。


「猩猩って、そんなに動きが速いんですか?」

「まあ大猿のような化け物だしな。速いよ。それに屋根の上も移動するし」

「縦横無尽、って感じなんですね」

「そういうこと。だから足止めして、切ってもらう。俺たちは武人じゃないから刀の扱いは

 いまいちでなぁ」

「なるほど。適材適所なんですね」

「そ。でも俺たちの術で切れるんだぜ」


 手が空いていたら拍手していただろう。そうすればこの官吏は調子に乗ってもっと喋ってくれたかもしれない。残念ながら両手は折敷で塞がれているのだが。


 それでも私が興味津々、という感じで聞いていたせいか官吏は他にも色々教えてくれた。

 夜は大半の術者が出払っていることや、猩猩が出やすい場所、とか。


「猩猩が出やすい場所までわかるなんて凄いですね」

「そう言うのを卜占ぼくせんっていって占うんだよ」

「それで今日の出やすい場所がわかるんですか?」

「まあね。とはいえ、その辺は俺にはわからんのだけど」

「どうしてですか?」

「まあ術者にも適材適所があるんだよ。俺は足止めが得意。他のヤツは刀に術をかけるのが得意、とかな」

「なるほど。卜占が得意の方もいらっしゃるってことですね」

「そう。ま、そんなわけだから悪いんだけど持っていってもらえる?」


 私はもちろんです! と、いかにも尊敬してます。みたいな視線を向けて返事をした。

 相手に好印象を与えるのも大事だからね。なにせ、儀来府はほとんど足を踏み入れることはないからだ。


 その官吏はわかりやすいように、と自分が持ってきた書類を手ぬぐいでくるんで折敷の上に置いてくれる。


「ありがとうございます!」

「いや、こっちこそ悪いね」

「いえ。興味深いお話を聞けて私も嬉しかったので」

「そ、そう? まあ、そのぐらいの歳だとまだ儀来府が何やってるかって知らないものな」

「そうですね……まだ童殿上をはじめてそんなに経っていないので」

「そっかそっか。じゃあ頑張れよ」

「はい。お務め、頑張ってください」


 ギリギリ下げられる位置まで頭を下げれば、その官吏は機嫌良く手を振りながら儀来府に戻っていった。


 ホッとしつつ、預かった書類を見る。

 その時に、一瞬だけ()が見えた。


『これには呪がかけてある。勝手に見たものには、印がつくのですよ』

『だからといって子供を折檻するのはどうかと!』

『書類を勝手に見た時点で何かある、そう思われても仕方ないのでは?』


 顔までは見えないが、一人は頭弁様の声だ。

 もう一人はわからない。


 ちらっとだけ、中を見てみようか? と考えたけれど、見たら最後。酷い目に遭うのがわかってしまった。


 必要な情報なら、蘇芳様が教えてくれるかな? 頭弁様の元に行く書類だし。

 勝手に余計なことをしてはいけない。


 小さく頷くと、私は次の部署へ行くべく歩きだした。



 ***



 書類を渡しに各部署を巡っていると、どこもかしこも猩猩の噂と南雲の一の姫の話しで持ちきりだった。中には猩猩を操っているのが南雲の一の姫と聞いた、という人もいる。


 噂とはなんともいい加減に広がるものだ。


「……戻りました」

「おかえり、紫」

「藤の宮様……帝様のお側を離れて平気なんですか?」

「僕だってたまには息抜きをするんだよ?」

「息抜きしてる暇はないんですよ」

「いやいや。必要だよ。息抜き」


 頭弁様に怒られながら、息抜きは必要だ! と蘇芳様は話し続ける。

 私は置いてきた書類の代わりに預かってきた書類を二人の前に並べた。


「あー……これは、訂正書類じゃないよね?」

「違います。新しく預かりました。ちなみにこの手ぬぐいで巻かれているのは、儀来府からです」

「儀来府による用はなかっただろ?」

「儀来府の前を通り過ぎようとしたら呼び止められまして」

「ああ、今あそこは忙しいからね」

「そうみたいですね。なんでも刀に術をかけて猩猩を切れるようにしているとか……」

「へぇ……」

「色々教えてくれて面白かったです」


 私がそういうと、頭弁様だけでなく他の蔵人所の人たちも集まってきた。


「猩猩を退治するのって、儀来府の術者じゃないんだ?」

「聞いた話から考えると、半分当たりで半分違う感じですかね。刀に術をかけて、それを使って警邏の人たちが切ってるそうです。でも動きが速いので、足止めは必要で……その足止めに儀来府の方々が出てるみたいですね」

「そりゃ大変だな」

「そう仰ってました。昼も夜も働くなんて、大変だーって」

「でも儀来府の術者にしかできないからなあ」

「そうですね」


 本当は猩猩が出ないように、斎宮が結界を張り巡らせるんですよ。そのための斎宮なんです。そう言いたかったが、斎宮の存在意義を知らない人たちにいっても仕方がない。


 母が追放されてから、斎宮は形骸化されてしまったのだから。


「でもま、猩猩は今やどこにでも出るからな」

「出てないのは正殿ぐらいだからな」

「そうですね……」


 小さく頷きながら、私は儀来府からの書類を目線で追う。


 アレには、何かあるのだろうか? 私が見た先は、私が見たから起こったこと。なにか書類に呪をかけるほどの何かが、あの書類には……ある?

現在モブ姉王女と龍花は交互更新中です。

よろしくお願いします。


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