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龍は花姫の愛を乞う  作者: 諏訪ぺこ
第二章

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32.彼岸花 2

 母の手記から何か見つからないかと、隅々まで読み解く。

 結界を張り直すためにも、そしてあの夢の意味を知るためにも……何があったのか知らなければいけない。


 だが残念ながら、母の手記からは書かれている以上のことは見つからなかった。

 それでは母の荷物の中にあるだろうか? そう考えたのだが、桃花鳥とき叔母様の元へ戻った揚羽が帰ってこない。


 半日ぐらいで行き来できるといっていたのに……これまたおかしい。

 そんな私の様子に、支度を手伝っていた三葉が首をかしげた。


「どうかなさいましたか?」

「三葉、揚羽は大丈夫かな?」

「妾たちは互いに何かあればわかりますゆえ、ご心配召されますな」

「でも……」

「ささ、朝餉を召し上がったら出仕のお時間ですよ」


 殿上童の姿になると、朝餉を食べる。

 尼寺で食べる食事よりも豪華な内容で、尼寺に戻ることになったらあの生活に慣れるのにまた時間がかかるだろう。


 戻れれば、だけど……


 私は胸元に二つある痣を思う。

 一つは旭。もう一つは蘇芳様のものだ。


 蘇芳様に印を刻むための、赤い石を渡されたときにほんの一瞬だけ先が見えた。


『――――大丈夫、番は解消できるんだよ』


 その言葉を信じて飲み込んだわけだが……帝様から、番の解消は可能だと言われたし蘇芳様は番を悪用するようなこともしないだろう。


 問題は旭の方だ。


 旭はあのとき、どうして私を番にしようとしたのか? 同情から? それとも他に理由があるのだろうか??


 旭には殆ど会わないし、どうして私に執着しているのかわからない。それに執着している割に、私に連絡を寄越すことはしなかった。


 その矛盾が、不信感を生む。


 番の印は、それほどまでに強い執着をうむのかな? でもそれなら蘇芳様は? 蘇芳様は今までと何も変わらない。


 いつも穏やかに笑っている。そもそも番は龍にとっては、大事な存在だけど……帝様たちは龍の血を引いてるだけだ。龍ではない。


「紫様、もうそろそろお時間ですよ」

「あ、うん。ありがとう、三葉」

「揚羽のことならご心配召されますな」

「そうだね。きっと、すぐ戻ってきてくれるよね」

「はい。きっと」


 三葉はにこりと笑うと、私に出仕するように促した。


 夢、の―――― 過去の出来事。旭よりもそちらが優先すべきことだろう。

 そして現状、その解決の糸口は桃花鳥叔母様の尼寺にあると思われる。揚羽が戻ってこなければ、何もしようがない。


 私はお茶を飲み干すと、蔵人所へ出仕するために席を立った。



 ***



 蔵人所は今日も今日とて忙しい。

 蘇芳様は帝様の隣で仕事の補佐。頭弁様と初馬様も忙しく動いている。


 そういえば、頭弁様も北雲の方だったな……

 昨日助けてもらった、北雲紫紺様を思いだす。帝様のご兄姉のご子息。蘇芳様からすると従兄弟にあたる方。あの後大丈夫だったのかな?


 大丈夫かと言えば、暁もだ。

 あのあと牛車で帰ったみたいだけど、今日出仕できてるだろうか? 暁に何かあれば、きっと旭が乗り込んでくる気がする……勘だけど。


 なにせ暁は旭の側仕えだ。

 そして旭の抑止力でもある。旭が小龍殿を抜けて、正殿に来るのを止めているのは暁なのだ。


「紫、これを正殿まで持っていってくれ」

「あ、はい!」

「それから、そこで受け取った書類は各部署に配ってくるように」

「わかりました」


 私は頭弁様から書類を受け取ると正殿に向かう。

 正殿では帝様が蘇芳様と何人もの側仕えに囲まれながら仕事をしていた。


「失礼いたします。蔵人所から書類をお持ちいたしました」

「ああ、ありがとう。紫」


 蘇芳様はそういうと、ちょいちょいと手招きする。私は書類を抱えて蘇芳様の元へ。

 いくつかの書類を確認すると、蘇芳様はそれを帝様へ渡す。とはいっても、書類の束に追加すると言う形だが。


 帝様の仕事は見ただけでもとてつもなく多いのがわかる。

 それなのに昨日の夜は、あの夢のせいで申し訳ないことをしてしまった。


 いや、夢の内容を操ることはできないから……私にはどうしようもないのだけど。


 蘇芳様はさっ、さっと書類の順番を入れ替えている。そして私の前に折敷おしきを用意すると、部署名を書いた書類を乗せた。


「今日はちょっと多いんだ。頑張って運んでくれるかい?」

「わかりました。これぐらいなら大丈夫です」

「それならよかった。あと配っていくうちに、書類を預かるだろうからそれは頭弁に渡して良いからね」

「承知いたしました」


 部署名を見ると、正殿から少し遠い部署ばかり。

 正殿から遠いと言うことは、小龍殿からももちろん遠い。私はチラリと蘇芳様の顔を伺う。


 しかし蘇芳様はにこりと笑うだけで、何も言わない。


「さ、いっておいで。紫」

「はい。行ってまいります」


 頭を下げると、私は折敷を持ち上げ各部署を巡ることになった。


 まずは一番遠い部署から。

 色々と回っていくと、顔なじみの官吏から声をかけられる。


「やあ、紫。今日も頑張ってるな」

「ありがとうございます」

「紫、お菓子あるよ。あげようか」

「いただきます。ありがとうございます」


 みんな気の良い人たちばかりで、そして噂好き。殿上人はみんなそうなのかもしれないが。

 意外と知らない噂も教えてくれる。


「そういえば、南雲の花姫の噂聞いたか?」

「南雲の花姫って……アレか? 正妻の子供を追い出したってヤツ??」

「そうそう。なんかさー正妻と側室の間に確執があってーとか?」

「でもそんなのよくある話しだろ?」

「だけど問題は父親だろ? 本当はどうやら追い出された娘の方を花姫に望んでたらしいぜ東宮様は」

「それなのに来たのは側室の娘だったから、怒って東宮が後宮に現れないってさ」

「……その噂、どこからですか?」


 実際そうなのだが、その噂が流れるなんて変だ。

 千夏は「正妻の娘はもののけ姫」みたいな噂を流していたはず。他の家だって南雲を悪くいうことはあっても、正妻の娘を花姫に求めていたなんて知るはずない。


 だってその話は、南雲の……当主、もしくは千夏や春裳の前じゃないと知らないのだから。

 わざわざ千夏がそんな噂を流すとは思えない。


 千夏は私が嫌がって出奔した、と流してたんだから。


「あーどこからだったかな。でも結構流れてるぜ。南雲家は正室の娘を虐待して、虐げてたって。正室の娘の名前が系譜に載ってないのが証拠だってさ」

「そんなことできるんですかね?」

「南雲家が手を回してればできるだろうさ」

「でもですよ? 本当に亡くなった正室様の娘が虐げられていたとして……今さら出てきて何になるんです?」

「そこはほら、虐げられていた娘が皇族に見いだされるなんて夢のある話しだろ?」

「そうですかねぇ……だって花姫様たちは、妃に相応しい教育を受けてらっしゃるんでしょう? ポッと出の娘なんて見劣りしますよ。それに、系譜から消されているなら本人かなんてわからないから偽物も出そう」


 そう告げると、官吏たちは肩を竦めて苦笑いをした。

 そして私の頭を雑に撫でる。


「紫にはまだ早かったなー」

「そうだな。ま、夢のある話しに尾ひれ背びれがついてるだけさ」

「はあ……」

「それに東宮が南雲の花姫の元を一度訪ねただけで、他の花姫の元を訪れていないのは有名な話しだからな。そんな噂も広がるさ」

「その、南雲の正妻の娘を探してる……ですか?」

「そうそう。実際にどうの、って段階になったらさすがに大臣たちが止めるさ」


 そうでないと困るな。

 私は手渡した書類と交換で、新しい書類を受け取るとまた別の部署へと向かった。


 それにしても、意図的な噂だ。旭が流しているのだろうか? それとも別の花姫が何か思惑があって流しているのか??


 少なくとも「南雲燕」が探されている。それに少し、イヤなものを感じた。

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