31.彼岸花 1
――――夢を見た。
それは誰かの過去、起こった出来事に感じた。
今よりも古めかしい衣服を着た人たちが多く出てきたからだと思う。
「……龍だ」
大きな、大きな龍。とぐろを巻いてる姿は、大蛇のようにも見える。
しかしその鋭い爪と、頭にある角が龍であると告げていた。
その龍の側に一人の女の子がいる。怪我をした龍を治療しているようだった。
どうやらその少女は、普通の人とは違う力も持っていたらしい。
その力で龍の怪我を治していたが、力が強くはないのか時間がかかっていた。
初めのうちこそ、龍は人の子が側に寄るのを嫌がっていたが……徐々に少女と龍は心を通わせていく。
そのうち側に寄ることを許容し、背に乗せ空を駆けるまでになる。
無邪気な子供のままなら、ずっと側にいられた。
だが少女は大人の女性へと成長し、子供の頃のようには龍の背に乗ることもできない。そして寄り添うには、龍と人、その壁が邪魔をした。
「龍と、あの女の人は思い合っていたんだ……」
異種族であるがゆえに、その思いが成就することはない。
そう思われたが―――― 妖が国中を跋扈しはじめた。
彼女は妖を討伐するために、自ら志願する。
自分の力を妖を退治するために役立てたいのだと。
龍はもちろん止めた。危険な仕事だ。大の男でも尻込みするような。
それでも自分を育ててくれた人たちに恩を返したいのだと、笑って……
『なら俺と―――― すればいい そう、――――』
『そんなことできない。あなたは―――― てしまう』
『かまわない。―――― とずっと一緒にいられるなら』
彼らの声が聞こえなくて耳を澄ます。
しかしやはり肝心な所は聞こえない。まるで何かに邪魔されているかのよう。
そして二人は力を合わせ、結界を張った。国中を覆うように、大きな結界を。
二人を見ると、龍はなぜか人の姿へと変わっていた。
そして龍は赤い石を彼女に手渡す。
アレは、旭と蘇芳様が私に飲ませた……?
「そうか、これは湟国が龍に助けられたときの記憶……」
合点がいった。だが、この話はどこかおかしい。
この話の通りなら、共に結界を張った斎宮と結婚していなければ変なのだ。
私の聞いた話では、龍と結婚したのは帝の娘。
帝の娘は、斎宮ではない。
「どうして?」
すると場面が急に変わる。
まるで突風に攫われたかのような、そんな感覚に襲われた。
――――龍が、彼女を抱きしめて泣いている。
その側に一人の女が立っていた。
彼女を抱きしめ、泣いている龍の目の前で女は赤い石を飲み込んだ。
そしてケラケラと嘲笑うように言い放ったのだ。
『わたくしが、わたくしこそが! 貴方様の妻に相応しいのです!!』
ゾッとするような声だった。
しかし、龍は彼女の亡骸から顔を上げふらりと立ち上がる。
『さあ、龍神様。わたくしが貴方様の花姫。その邪魔な女は消し炭にしてくださらない?』
『……ああ』
いうが早いか、龍の手から炎が現れ彼女を燃やし尽くす。
「な、なんで……?」
愛していたのではないのか? 花姫のいうことにどうして??
龍を睨みつければ、龍の目の焦点が合っていない。
操られている? なぜ??
『さ、わたくしを妻に。そして貴方様はこの国の帝になってくださいませ』
『ああ』
その女は龍にしなだれかかる。そして龍もその体を抱きしめた。
自分が燃やした、愛した者など見向きもせず。
残された遺灰は風に舞って消えた。
***
誰かが名前を呼んでいる。
肩を揺さぶられ、起きろと―――― 誰、私を呼ぶのは……?
「燕、起きなさい。燕……!」
「み、かど……さま?」
「燕……いや、雛菊だな。お前さん、夢を見たか?」
「ゆ、め……夢は……龍が、愛した人を失って……それで……」
「ああ、その愛した女の遺体を燃やしてしまった、か?」
「そう、です。はい」
ぼんやりとしていた頭の中が、徐々に冴えてくる。
体を起こせば、まだ辺りは暗かった。
「帝様、もしかして同じ夢を見ましたか?」
「たぶんな。アレは……この国を護った龍と斎宮、そして花姫の立場を奪った帝の娘の話しなのかもしれん」
「奪ったって……」
「龍は一途なんだ。たとえ慰めていたからといっても、別の女に現を抜かすとは思えない」
「……それはその、あまり説得力がないかと」
「僕のはアレだ。帝としての義務感だからな! 龍の性質の話しだよ」
「なる、ほど?」
しかしどうして帝の娘は花姫の……龍の妻の立場を奪ったのだろう? 帝の娘なら、いくらでもいい縁談があるだろうに。
「帝様……龍の妻という立場は、その当時の人からすると欲しいものですか?」
「どうだろうな。ただ、妖が闊歩して国が乱れたのなら……龍の庇護は必要だっただろう」
「龍と恋人関係にあった、あの人は……身分が低かったんでしょうか?」
「その辺はどうかな……斎宮を愛した龍、そして斎宮を失って悲しみに暮れていた龍を癒やした帝の娘。という形で美談に落とし込まれている。つまり証拠は消しているだろう」
不意に、母の手記に書かれていたことを思いだす。
龍と斎宮、そして龍と夫婦になった姫君のことが書かれていた。ということは、どこかにその元となる資料があったはず。
そこに真実が書かれているのではなかろうか?
「……帝様。母は、龍と斎宮。そして姫君の間に何が起こったのか知ってしまったのではないでしょうか?」
「それを知ったところで今さらどうにもならんだろう? その龍は死んでもういない。なにせ花姫が死ねば、龍も死ぬからな」
「結界の維持に帝様……つまり龍の力が必要なんですよね。そして斎宮の力が……でもどうして斎宮の力なんだろうって」
「それは……どうしてだ??」
帝様が首をかしげる。私に聞かれても困るのだけど……
ただ不思議ではあった。儀来府の術者たちと帝様では結界を張れないのかな、と。
陰陽寮の中には女性もいる。それに結界だって張れる人もいるだろう。
それなのに斎宮が必要だった。
「母が、何かを見つけて……それが儀来府の術者たちの知るところとなった。だから斎宮の地位を追われた、という感じですよね。今って」
「そうだな。その何か、はわからんが……」
「その何かが、龍と斎宮、そして帝の娘である姫君の間に起こったことだった……とか?」
「しかし、それを儀来府の術者たちが知っているとして……過去に起こったことはどうしようもない。時間は巻き戻せないからな」
「そうなんですよね。たとえ、そのときに斎宮と姫君の間で何かあったとしても……今さらどうしようもないですし。それを発表したところで、それで? ってなりますよね」
「そうだな。斎宮がどの立場の人間であったかはわからんが、龍の血を皇族に残した姫の方が褒められるかもしれん」
「じゃあなんで龍は怒るんでしょう?」
花姫となった姫君が寿命で死ねば、龍も同じく死ぬ。
だから花姫を作るときは慎重にやらなければならない。それが今も皇族に伝わる話。
しかしあの龍は、本来の花姫ではない人を花姫にしてしまった。
「花姫を辞めさせることはできないのですか?」
「辞めさせる、か……できなくはない」
「えっ!」
「印をつけた龍よりも強い龍が干渉すれば、まあなんとか……という話だな」
「話し……ということは」
「試した者がいない。そもそも、花姫を作ることはだいぶ最初の頃から議論されていてな」
「花姫が死ぬと、龍が死ぬからですか?」
「それもあるが、皇族とは血を残すことも義務だからだよ。僕はその義務に則っているといったろう?」
確かに子供が生まれない。または生まれても一人だけ、とか困るだろう。
最低でも二人は必要。なにせ必ず大人になれるわけではない。
流行病に罹って死ぬこともある。そのときに跡取りがいなければ、皇族はとても困るだろう。なにせ龍の血を引いているのだから。なるべく多くいてほしいはず。
「なんだか……謎だけが増えましたね」
「そうだな。まったく、せめてもう少し夢を見せるにしても情報を小出しにせずわかりやすくしてもらいたいものだ」
「それができたら苦労はしないかと……」
「だが、いつものお前さんの先見とは違うのだろ?」
「そう、ですね……」
誰かが、何かを知らせようとしているのだろうか?
さっぱりわからない。
ただ、死んでしまったあの人を哀れだと思った。
色々あって二本更新です。
明日はモブ姉王女更新予定です




