結婚式 2
進行役の合図があり、重厚な扉が開かれた。私はゼイーダ国王の腕に手を添えて、しずしずと赤い絨毯の上を進む。
ゼイーダ国と、クロドメール国の結婚式の形式がかなり違ったこと、王女と王太子の結婚であることなどが重なり、今回限りの独特の式次第になっている。
向かいの扉からは、盛装をしたシウがゆっくり歩を進めていた。その姿をはっきり見た瞬間、見慣れているはずのシウに驚き、歩調がずれてしまった。ゼイーダ国王が気づかい、しっかりと支えてくれる。
シウは、先日誕生日を迎えて18歳になった。以前から完成された美を誇っていたが、まだその上があったし、今は極致と言えるだろう。秀でた白い額、憧れてしまう高い鼻筋、誰よりも特別に輝く紺碧の瞳。
今朝、また後でねと別れた後、何がどうなってこうなったのだろう。私と違ってお化粧もしていないのに、髪を少し整えただけなのに、目が眩みそうに光っていた。
青と白の軍服には、それなりに細かな刺繍や飾りがある。胸には幾つもの勲章もある。だけど、この衣裳はほかの式典でも着ているところを見たし、後ろのクロドメール国王も同じような服装なのに、シウだけ別格に美しい。
ゼイーダ国王がさっき言ったように、愛の喜びによっていくらかの美が発現されているのか。確かに、瞳が潤んだり、血色が良くなるだけで、基礎芸術点が高いシウは宇宙到達レベルになる。
シウは、このときを迎えたのが嬉しいんだ――
急に、ゾクゾクとした緊張が背筋に走った。大勢の前で式を執り行うことには緊張していなかったのに、今さらシウ相手に緊張してしまった。
ぎこちなく歩きながらも中央の祭壇まで到着し、私とシウは並んで隣に立つ。祭壇の向こうには、儀礼用の青のストラを身につけた教皇マルクスが微笑んでいる。
「新郎、アンブロシウス・フォン・シュテインベルグよ」
「はい」
「新婦、サミア・マリーテレーズ・デ・ゼイーダよ」
「はい」
マルクスは、朗々とした声を聖堂に響かせた。
「大いなる神の創りたもうたこの世界において、あなたたちは、互いを生涯の伴侶と決めました」
天国の風景を想像して描かれたステンドグラスから、光が様々に色を変えながら射し込んでいた。マルクスの言葉は、通常の結婚式のものではない。私とシウの背景を知っているマルクスが、特別に語ってくれている。
「命尽きるまで、互いを光として、道として、慈しみ、支え合うことを誓いますか?」
「はい」
「はい」
シウの声に続き、迷うことなく私も返事をした。マルクスが紫の瞳を細め、微かに頷いた。
「神は全てを識り、ご覧になっています。神の代理者として、祝福を与えましょう」
祭壇に捧げられていた杖をマルクスが掲げる。マルクスの何らかの魔法を予測したが、突然に杖の先からではなく、聖堂の天井から光の粒が降り注いだ。
参列者たちは一斉に驚き、茫然と装飾されたアーチ天井を見上げる。
雪のような、小さなクリスタルのような、煌めく光はみんなの頭や手のひらに散って、ふわっと消えていく。神がお祝いしてくれたのかと、私は胸が温かくなった。
「私がお祈りするまでもありませんが、心からあなたたちの幸せを祈っていますよ。ご結婚、おめでとうございます」
ざわめきに乗じて、私とシウにだけ聞こえるようにマルクスは囁いた。
「ありがとう、マルクスの結婚式のときはきちんとお返しするから」
私がそう言うと、マルクスは照れたように肩をすくめた。
「おめでとう!」
参列者の席から、びりびりするような威厳ある声が届いた。振り返ると、ボルディア国王だった。何度も通って治療した甲斐もあって、彼とはすっかり仲良くなった。生え揃った真っ白な歯をニカッと見せ、頭の上で陽気に手を叩いた。すると合わせるように、全員が拍手をしてくれた。
招待していた、私のお気に入りのレストランのオーナーシェフ、ダニーロとシェリーも涙を浮かべて喜んでくれていた。
それから、神殿を出て馬車に乗り込む。目抜通りをパレードするのだ。
馬車を牽く馬は私たちの大事な仲間、メリッサではないのは残念だが、その番の一角馬が引き受けてくれた。メリッサは現在、妊娠中でお腹も大きいので厩舎でゆっくりしてもらっている。
メリッサを通じて仲よくなり、グニールと名付けた雄の一角馬は、体格がメリッサより一回り大きく、パレード用の装飾も大人しく付けられてくれた。自由を愛し、人に馴れない一角馬がここまで譲歩するのは大変珍しいことであり、それだけメリッサが好きなのだろう。
「すごい、信じられない!一角馬が馬車を牽くなんて」
クロドメールの目抜通りをパレードすると、大歓声だった。真っ白なグニールが牽く馬車に私とシウが乗り、その後ろには青い制服のクロドメール騎士団、赤い制服のゼイーダ騎士団が続く。
私はシウ目当ての女性たちの、黄色い歓声を予想していたけれど、意外と老若男女が沿道に集まっていた。
「おめでとうございます!」
「おめでとう!」
小さな子どもたちが笑顔で手を振ってくれると、私も心からの笑顔になれる。馬車に同乗しているディミウスも嬉しそうに尻尾を振っていた。
「サミアはみんなに大人気だね」
シウが私の耳元に口を近づけて言う。賑やかすぎて、そうしないと聞き取れないのだ。私もシウの耳元に手と口を寄せる。
「シウの人気なんじゃ?」
「ううん、サミアだよ。サミアは医療改革を成功させたし、移動ゲートも開発したし、本当に国民に慕われているよ」
誇らしげに、屈託なく微笑むシウに私は何と返したらいいかわからなかった。ただ耳がくすぐったく、適当に誤魔化してまた沿道の人々に手を振った。
白竜のアイギスも、ぐるぐると低空飛行をしながらパレードを見守ってくれて、首都はまさにお祭り騒ぎだった。
パレードを終えると王宮に戻り、慌ただしく軽食で腹ごしらえをしながら着替えさせられる。今度は、結婚披露舞踏会があるのだった。
シウの瞳の色に合わせた濃紺のドレスには、星空のような特殊加工がされている。お揃いの生地のテールコートを着たシウと、この日のために練習したダンスを踊った。
シウが嫉妬するのでほかの人とは踊れないのだが、十分楽しいので私は満足だった。
ふと周囲を見ると、カタリーナが招待客のゼイーダ王子、ダンテと踊っていた。ダンテはゼイーダ国王似の濃い茶色の髪、金色の瞳をした見目麗しい王子だ。一応私の義理の兄だが、本当にゼイーダ国王似で大変優しく、親切な人物だ。年齢も私やカタリーナに近いので、会話も弾んでいるようだった。
カタリーナに社交的なことを任せてしまって申し訳ないなと観察していると、また別の人物が目に留まる。
蒼白な顔をして壁際に立っているマルクスだ。今は神官服ではなく、普通の人と同じテールコートを着ている。
「もしかして、これがカタリーナの作戦なのかな」
飲み物を持って来たシウを捕まえ、カタリーナとマルクスを見るように促す。シウは切なげに吐息をこぼした。
「うわ、いくらマルクスがなかなか結婚に踏み切らないからって、我が妹ながらひどいことを……彼に同情するね」
「ダンスくらいで?」
「ダンスくらいでも」
曲が終わると、マルクスがカタリーナに早足で歩み寄り、次のダンスを申し込んでいた。この調子で結婚もいい加減決めたらいいのに、と私は内心で応援をした。
舞踏会が終わると、今度は湯浴みをしてナイトドレスに着替える仕事が待っていた。




