結婚式 1
クロドメールの冬は、シウが言った通りに、たくさんの雪が降った。だから私たちは、雪を見てはそうっとキスをした。
キスをすると、忙しい毎日でも、その瞬間は気持ちが通じ合っているように錯覚できる。
例え真実は違っていても、そんな気になれるだけでいい。私とシウは見つめる先は同じでも、それぞれ違う考え方をする。そのせいで衝突もするけれど、違うからこそ惹かれるんだろう。
十分に好きだと思っていたけど、シウはもっと特別な存在になった。
でもやっぱり小さなケンカはしたものの、その度に周囲の人たちが仲裁してくれた。
意外なことにディミウスまで穏やかに諌めてくれたりした。私がシウのバカ、などと言えば一緒になって悪口を言ってくれるかと思ったのに、『もしも完璧と思えば、その次に完璧は崩れ去る。少し不満があるくらいがいいのだろう』などと哲学者みたいなことを、含蓄深そうに語った。
春になって雪が溶け始めたら、雪の下の小さな花を見つけて喜びを共有した。葉を落としていた茶色い木々は枝の先端に蕾を膨らませ、薄いピンク色の花を咲かせた。
そうして夏になり、私とシウの結婚式の日がやって来た。
この日のために作られた白いドレスのデザインは、あまり派手すぎないものが良い私と、羽根飾りなどで派手にしたいシウとでケンカになったが、最終的には実際に着る私の意見が適用された。つまり、引き裾はそこそこの長さで、スカートはそこまで膨らんでいないものとした。羽根はなしだ。
繊細なレースと輝くパールで彩られているけど、派手すぎない。腕利きの侍女たちにあれこれ指示を出し、総監督みたいに私にずっと付き添ってくれているカタリーナが、うっとりと嘆息しながら頬に手を当てた。
「ああサミア様、本当にお美しいですわ。やや古風とも言えるこのドレスをお選びになったのはまさにご慧眼でしたわね。清らかで、愛らしくて、サミア様の魅力を最大に引き出していますわ!」
「うん、ありがとう」
センスが古いのは、千年以上の長生きだから仕方ないのだ。カタリーナは仕上げとばかりに私の頭にティアラを載せ、ベールと共に固定した。このティアラはシウとカタリーナの母上、セレーナ王妃も使った伝統のものだという。
クロドメール王室は戦争の賠償金のためにほとんどの宝物を売り払ったが、流石にこれは残していた。
「とてもよくお似合いですわ」
「私が付けていいのかどうか」
「良いに決まっています」
ダイヤモンドとプラチナが輝くティアラを見つめるカタリーナの瞳に、星のような光が灯る。
「だって、お兄様と結婚するサミア様は次期王妃。私はもうすぐマルクス様と結婚するので、降嫁しますもの」
マルクスとの結婚式の想像で興奮しているのか、カタリーナは満面の笑みを浮かべた。婚約中のカタリーナとマルクスは、亀の歩みでゆっくりゆっくり仲を深めている。
「それに、お母様の思い出の品はちゃんと別にありますの」
「それなら、良かった」
「ええ。お気に入りだったサファイアの指輪をマルクス様に預けていますから、この結婚式に感化されて明日にでも私の指に嵌めて下さいますわ」
うふふ、とカタリーナは無邪気ではない笑い方をした。預けてというか、押し付けたんだろう。カタリーナが先に進みたがりのおませさんなのに対して、マルクスはいつまでも彼女を子ども扱いしている。
でも時の流れは誰にも平等だから、そんな言い訳で逃げられるのもあと僅かだろう。マルクスの心は、とっくにカタリーナに陥落している、というのが私の見立てだ。
扉を叩くノックと、来訪者を告げる侍従の声がした。式で、私の父役を務めるゼイーダ国王陛下が来たようだ。ゼイーダ国王が広い心で自由にさせてくれてるから忘れがちだけど、色々とあって私はゼイーダ国王と養子縁組をした王女なのだ。
「やあ、今日のサミアは、また一段と美しいね」
ファビアン・ニコラ・デ・ゼイーダ国王は、にこやかな笑顔で入室した。茶色の髪と金色の瞳をした、私が知る限り最も立派な王様らしい王だ。後ろに控える近衛騎士も含めて、空気がぱっと華やかなものとなる。
ゼイーダ国の盛装はクロドメール国より、派手な印象が強い。北方のクロドメールの盛装は青が基調なのに対して、温暖な気候のゼイーダは赤だ。赤に金色の肩章やボタン、モールなどが眩しいくらい。
「陛下こそ、今日は張り切っているんじゃ?」
「ふふふ、それはそうさ。大事なサミアの結婚なのだから張り切ったよ」
もともと精悍で見目が良いゼイーダ国王だが、今日はいつにも増して金やルビーの宝飾品がキラキラしていた。しかし、似合っている。そんな彼が、じっと私を見つめて、金色の瞳を潤ませた。
「今日のサミアがこんなにも美しいのは、きっと愛の輝きによるものだろう」
ゼイーダ国王は、おふざけの気配もなく真剣に語り始めた。彼には王の威厳が存分に溢れていて、室内にいる侍女やメイドも黙してゼイーダ国王の言葉に耳を傾けた。
「以前のあなたは、他人の親愛の情をまともに受け取ってくれない孤高の人だった。そんなあなたが、愛し愛する人と結婚するのだから、こんなにおめでたいことはないよ。心から祝福する、おめでとう」
以前のあなたとは、セシオンのことだ。ゼイーダ国王は私がセシオンの生まれ変わりと信じている。けれど、ゼイーダ国王が与えてくれる大きな愛情は、私が引き継いでいずれセシオンに与えたいものだ。
「ありがとう」
不意に目の奥が熱くなってしまう。ゼイーダ国王は、間違いなくセシオンの良き祖父になってくれるだろう。だから、私の判断はきっと間違っていない。
「陛下が私の父役を引き受けてくれて、良かった。私は、ゼイーダ国に生まれ落ちて良かった」
「そう思ってくれるなら、お父様と呼んでもいいんだよ?」
少し泣きそうな私を笑わすためか、器用なウインクまで送られた。だけど私は首を振る。私の直接の親は神だし、兄のようなディミウスが私を育て上げてくれたのだ。中型犬くらいに大きくなったディミウスは部屋の隅で、大人しく待機している。
やはりゼイーダ国王がどんなに好ましくてもお父様とは呼べない。代わりに、私もあまり上手くないウインクをする。
「式の直前にそんな呼び方をしたら、陛下は私を放してくれなくなる」
ゼイーダ国王はニヤッとして、私の肩を軽く抱いた。
「ああ全くその通りだよ。こんなにかわいい私の娘が、クロドメールに嫁いでしまうなんて!」
「国交が親密になっていいことじゃないか」
二国間は距離が離れすぎているため、特に敵対も協力もしていなかった。しかし結婚までに間に合わせた、私が開発した転移ゲートによってこれからは人も物も、活発に行き来するだろう。ゼイーダ国王たちも、ひょいっと扉をくぐる気楽さでこちらにやって来ている。
「国交は無論大事だけれど、忘れないでいて欲しい。私はいつでも、あなたの味方だから」
「ありがとう」
何だか、ありがとうって言ってばかりだ。だけど、今日はもっともっと繰り返すことになるだろう。
私はゼイーダ国王にエスコートされ、控室を出た。結婚式は、王宮と隣接している神殿でマルクス教皇が行う。ぞろぞろと行列になって神殿へと移動をした。
既に神殿の主聖堂には、大勢の列席者が集まっているらしく、ざわめきが扉の向こうから伝わって来る。私たちは、祭壇前に続く左側の扉前にいた。右側には、シウとクロドメール国王一行が待機しているはずだ。
やがて、準備が整ったらしくパイプオルガンの演奏が始まった。聖堂の天井まで到達しそうな、巨大で膨大な本数のパイプから音が鳴り響く。




