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一難去って

 私たちはとりあえず、人々が戻ってきて騒ぎになる前にとセシオンの遺体を森の方へと運んだ。もちろん、みんなの怪我は回復魔法で治した。


「ゆっくり眠ってくれ、セシオン」


 土の精霊を呼び出し、深い穴を掘ってそこにセシオンを安置する。土をかけようとする私を制止し、シウが最期の別れを惜しんだ。


「うっ……またね、主」


 シウはセシオンの遺体を見ていると、どうしても涙を禁じ得ないようだ。直接目で見て、手に触れられる体というのは、それだけで多くの記憶を呼び覚ます。私はシウの背中をさすり、悲しみに寄り添った。


「肉体というのは、魂を乗せる船に似ている」

「急に何の話?」

「いいから、聞け。生きるということは、荒れ狂う海に船を浮かべて沈まないように努めることだ。漕ぎ手である魂がなければ、あっという間に船は沈んでしまう。そのようにできているから、体は土に埋め、この星に還すんだ」


 シウは紺碧の瞳を涙で濡らしたまま、じっと私を見つめた。


「しかし魂と肉体が揃っていても、生き続けるとは荒波をかいくぐり続けることだ。当たり前のようで、奇跡に近い」

「ごめん、サミアが何が言いたいのかわからないよ」

「まだ話は終わってない」


 私はシウの広い背中をぱしっと叩き、シウが困惑したように瞬きをする。


「んっ?」

「だから、ときには悲しみに暮れることもあるだろうけど、生きている今を大切にしろって言いたかったんだ。それに、シウが幸せでいることは、セシオンの望みでもある」

「あ、そういうこと」


 納得したらしく、シウは両手で顔の涙を拭った。


「慰めてくれてたんだね。ありがとう。サミアがいてくれて本当によかった」


 さっきから泣いてばかりいるというのに、シウの目蓋は腫れもせず相変わらず美しい。無理して作っただろうにその笑顔は、妙にキラキラしていた。


「そ、そうだ。人間の寿命は竜に比べたら短いんだから、あまりのんびりしてばかりいられない」

「そうだね」


 私たちはセシオンの遺体を丁重に埋葬し、その場を後にした。


 壊滅している村の修復作業を行わなければいけない。既に、武装した先遣隊がやって来ていた。惨憺たる村の有り様を見て暗い表情を浮かべている。ゼイーダ国王との約束通り、全てを虚無に返す呪文は使ってないから村の大地はちゃんとある。けれど規模の小さな田舎村の、ほとんどの建物はなくなっていた。


 私は先遣隊に手を振りながら近付き、大声で戦いの終焉を告げる。よく見ると隊列の中心、一際立派な黒馬に乗っているのはゼイーダ国王だった。彼はひらりと馬から降り、私に駆け寄った。


「ああサミア、それから皆。無事でよかった。何よりだよ」


 ゼイーダ国王は輝く鎧と赤いマントが似合っていて、見た目だけならなかなか強そうである。


「来てたんだ。約束通り、私たちは全員無事だった。だから何も、国王陛下自らこんな危ない場所に来なくて良かったのに」


 私のやや失礼な発言にも、ゼイーダ国王は金色の瞳を細めてにっこりするだけだ。


「力量不足はわかってるけどね、少しでも力になれないかなあと思ったんだ。かわいい私の姫が戦っているときに、安全な地でふんぞり返っていられないよ」

「それはどうも……」


 忘れがちだけど、ゼイーダ国王と養子縁組をしたせいで、今の私はゼイーダの姫である。ゼイーダ国王は娘がいないせいか、私を『姫』と呼ぶのが最近のお気に入りで、やたらと父親のような顔をしたがるところがあった。


「姫の後始末は任せてくれ。王らしく、この村の復興の指示をして首都に帰るよ」


 眉をしかめながら笑い、ゼイーダ国王は小さくため息をついた。私を責める気はないと思うけれど、王としてやっぱりショックなのだろう。村は、ほぼ全壊状態だ。先に全員避難させていたので人的被害こそないものの、人口約700人くらいの居場所がなくなっている。


「いや、何も陛下にばかり責任は負わせない。こんなのは神に直してもらうから、少し待ってくれ」

「うん、どういうことかな?」

「まあまあ、見てればわかる」


 私は空を見上げ、両手を組んで神に祈る。


 ――罪もない人々が困っています。どうか、村を元に戻して下さい。


 そよ風が頬を撫で、眩い光がちかちかと明滅した。次の瞬間には、瓦礫の山はしっかりとした木造の家に、土の柱は素朴な石畳の道に戻っていた。願いは聞き入れられたのだ。まあ、神が私の本当の親だし、ディミウスから力を取り戻して真の万能になったのだ。このくらいはやってもらわないと困る。


 こうして見ると、もう一段階くらい豪華な村にしても良かったのではと思うくらいだ。


「サミア……これはとても有難いけど、大変な力だよ。あなたの願いを、神は聞き入れるというのかい?」


 ゼイーダ国王は奇跡を目の当たりにしても、額に汗するくらいで何とか平静を保っている。でも背後にいる騎士たちは腰を抜かしてガクガクしていた。


「わかってるだろ、私は無欲だから別に悪用はしない。じゃあ、今度こそ後始末を頼む」


 面倒なので、愛想笑いだけして私たちはアイギスに乗って飛び去ることにした。遠くなるゼイーダ国王はやれやれといった感じで肩をすくめていた。




「やっぱり親が元気だと色々と助かるな」


 海鳥を追い越し、気持ちよく青空を移動する。今度はシウの国、クロドメールへと向かいながら、ふと呟いた。シウはやれやれ、みたいに少し呆れる。


「サミアの親って神様だから、助かる規模が違いすぎるけどね」

「まあ甘えすぎは良くないけど、使えるものは親でも神でも使っていかないとな」

「すごいこと言ってるよね」


 ため息まじりのシウの今の脳内は、クロドメール国が関わっている戦争を終結させることでいっぱいなのだろう。魔王ディミウス問題が片付いたから、今度はそっちに集中しなければいけない。


「まあでも、神が目覚めたから、クロドメール国に滞留してる悪い気も良くなってるはずだぞ。クロドメール国王も、少しは正気に戻ってシウの請願を真面目に検討してるんじゃないか?」

「だといいな……」


 しかし、クロドメール国に到着すると予想以上の事態が発生していたのだった。王宮の空気はきれいさっぱり、洗い流されたように爽やかだが、重臣たちがシウにすがるように集まって来たのだ。


「どうしたのかな?」


 シウは一瞬で王子らしい威厳ある雰囲気を作って問いかける。歩み出た老齢の大臣は、深刻そうに額に皺を寄せ、長身のシウを見上げた。


「申し上げます。王妃殿下が、突然国王陛下をバルコニーから突き落としました。口論の末だったようです」


 私は後添いの王妃と会ったときを思い出した。彼女はかなり感情的な人で、ヒステリーを起こしていたりしたが、そんなひどいことまでやるのか。


「陛下の容態は?」

「はっ、すぐに聖女を呼び、外傷は治療しましたが、意識が戻っていません。何せ頭を強く打ったようで、その場合の治療は難しいようです」


 少し青ざめたシウが私をちらっと見る。私は安心させるように頷いた。大丈夫、多分治療できるはず。


「陛下は今どちらに?」

「あまり動かさない方が良いとのことでしたので、1階の部屋で安静にお眠りになっています。案内いたします」


 彼らと連れ立って急ぎ足で、私たちは国王陛下のいる部屋へと移動した。その間にシウはいくつも質問を重ねた。王妃は現在は、監視をつけた上で私室に謹慎させているそうだ。


 いくら王妃と言えども、クロドメール国の最高権力者たる国王に、故意に傷害を負わせた罪からは決して免れないだろう。ただ故意かどうかは国王の意識が戻らないとわからないが、王妃は事故だったと主張している、と苦い顔で大臣は言った。

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