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膠着はさせない

 アイギスの背に乗り、私は空からディミウスを追いかけた。森の樹冠が茂る辺りを過ぎ、低い建物が乱立する村の通りに、ディミウスの姿を発見した。ディミウスは、村に誰ひとりとして見当たらない現状に驚いているようだった。


「ディミウス! 無駄な抵抗はやめろ!」


 私はアイギスの巨体で木造の建物を薙ぎ倒しながら、ディミウスに突っ込むように地上に降り立った。アイギスは音速並みの速度が出るので、衝撃波で数件の建物が木っ端微塵となり、そこには新しい広場が出現した。ディミウスは突撃で体の一部を崩壊させたが、舞い上がる土埃に顔をしかめるだけだった。さらさらと土埃がディミウスに集まり、体が再生していく。


「そうか、予め避難させたか。お前にもそのくらいの知恵はあるようだな。だが、なぜ私が何度も兵にお前を襲わせたかわかるか?」

「わかってる」


 ディミウスが作り出した兵は、生き物と死者の中間みたいな何かだ。ほとんどの呪文が効かないから、セシオンが完成させた最強呪文で虚無の海に送るしかなかった。危険すぎるこの呪文は、私とセシオンしか全貌を知らない。


 かなり長い詠唱と、緻密な魔力の組み立て、膨大な魔力が必要な難しいものだ。他人に一節や二節聞き取られたとて、絶対に真似されないよう敢えて発動が困難に作られている。


 だけど何度も、更に寝起きのぼんやりした状態で詠唱していればディミウスならやり方を盗めるだろう。もちろん、ディミウスなら膨大な魔力ももち得ている。


「ベルギエルよ、親切にもお前が魔力の集め方、世界を虚無へ送る方法を私に教えてくれたんだ。優しいというのか、甘いというのか。お前は昔から見境なく、誰にでも何でも分け与えようとしていたからな。これで私と神以外を全て虚無に還し、新しい世界を作れる」


 私の昔の名前を呼び、喉の奥を震わせてディミウスは笑っていた。私はつられて口元が緩むのを感じる。歪んでしまっているけど、兄と慕っていた懐かしいディミウスの雰囲気が微かにあった。


「久しぶりの会話は楽しいな、ディミウス」

「何だ急に」

「ディミウスは生き物まがいしか作り出せないから、ずっと話し相手もいなくて、寂しかったんだろ?」


 ディミウスが怒りによってか、禍々しいオーラを膨れさせ、空気が生暖かくなった。私の横で、いつでも動けるようにアイギスがじりっと姿勢を変えた。


「私を愚弄するのか?」

「そうじゃない。でも、私を憎んでいるという割にはよく喋るじゃないか。誰しも孤独はつらい。だから、たくさんの命が必要なんだよ。神にとっても」


 例えば、私はシウが大好きだけど、世界に私とシウだけではきっと寂しくなってしまうだろう。アイギスもメリッサも大好きだし、それから今まで関わったたくさんの人々も好きだ。


 シウにだって私が側にいられないとき、心を温めてくれる誰かがいて欲しい。シウの愛情を独占したいという欲望はもちろんあるけど、シウに寂しい思いはさせたくない。


 美しいもの、おいしいもの、楽しいもの、時には煩わしいもの。たくさんの人々がいるから経験できることだ。


「神がみんなを創造する以前、どれだけ孤独だったかわかっただろう? 神が一番にディミウスを愛してるかどうかなんて、考えても仕方ないよ。もうやめよう」


 精一杯、私は語りかけたつもりだった。けれど眉間に深く皺を刻み、ディミウスは私を睨み付けた。


「わかった風な口をきくな」

「ディミウス!」


 再び、轟音と共に足元が揺れた。異形の魔王兵が私とアイギスを取り囲む。魔王兵に精霊魔法や、アイギスの物理攻撃はほぼ効果がない。こうなると、私の例の呪文の詠唱が早いか、ディミウスの詠唱が早いかの勝負となってしまう。私が負けたら、世界は虚無に呑み込まれる。そのとき、豪速で走ってくる足音があった。


「サミア! あっちは片付けてきたよ!!」


 白馬のメリッサのたてがみを靡かせ、その背中に乗ったシウが希望の槍を掲げた。シウの槍が、攻撃法としては最も早い。アイギスの体内から取り出した結晶で強化した槍は、容易に、祀ろわぬ魔王兵の肉塊を斬り貫く。


「ありがとう! 私はディミウスに詠唱を止めさせるから、また雑魚を頼む!」

「わかった!」


 メリッサの手綱を引いたシウは、馬上から飛び上がった。一閃、光が走ったかのような速度で目玉がいくつもついた魔王兵を体を両断した。倒れた巨体で、おもちゃのように建物が吹き飛び、看板が私の目の前に刺さる。だが、構ってる場合じゃなかった。


 土の精霊を呼び、ディミウスの逃げた方向の地面を隆起させる。土の柱が数えきれないほど天へと伸び、また一方で奈落のような深い穴が出現する。要はディミウスに呪文の詠唱さえさせなければいい。続けて私は風の精霊を呼び、強風を吹かせた。地形により風は複雑に荒れ狂い、まともな呼吸すら厳しそうな、竜巻のような風が発生する。


「アイギス!」

「はい!」


 その中を、アイギスの背中に乗った私は飛んでいく。アイギスに乗っている限り、私は魔力のドームに覆われてどんな風が吹こうと関係がない。アイギスも、音速で飛ぶときはもっとひどい気流になるが、耐えられるので問題なかった。


 ただし、普通の人間であるセシオンの体に寄生しているディミウスは別だろう。しかも一度崩壊しかけた体だ。硬い岩さえ穿つような風の中、粉々になってしまったかもしれない。


「ディミウスがどこにいるかわかるか?」

「もちろんです!」


 高い魔力感知能力を持つアイギスは、もう既に突き止めていたようだ。迷うことなく、黒い砂塵の舞う一角へ翼をはためかせた。信じられないが、これがディミウスだと言う。


 私は彼の説得を続けるために風を止め、砂塵が人の形を為すまでしばし待った。やがて人の形――顔や耳が形成されてから、私は話しかけた。


「ひとりで戦いながら、あんな長い呪文は絶対に唱えられないよ。私には頼もしい仲間がいる。諦めろ、ディミウス」

「くっ……うるさい!!」


 ディミウスの手の一振りで、また魔王兵が何体も発生する。これだけは神の力の一部なので、呪文も何も必要がなく厄介だった。同じことを繰り返していたら、シウの体力が削られてしまう。


 背中がぞくっとして、上を見上げると魔王兵の柱のように太い腕が、私を叩き潰そうと伸びてきていた。


「サミア様!」


 私の上に覆い被さったアイギスによって、私は無傷だった。代わりに、何か破裂したかなような激しい打擲音が響き、アイギスの半透明の鱗がいくつか飛び散った。


「だ、大丈夫か?」

「私はこのくらいは別に大丈夫です」


 私だったら全身の骨が粉々になっただろう一撃も、アイギスならかすり傷だという。白竜の強靭な体躯は、やはりかなりの戦力だった。でも痛そうだからあまり長引かせたくはない。


 視線を移せば、魔王兵を次々倒しているシウも顔を紅潮させ、汗をかいていた。それを見るや突然、ディミウスがにやりと笑ってシウの方向へと跳躍した。


「あっ!!」


 そこはシウが空中に飛び上がって、その勢いで魔王兵を貫こうとしている着地点だった。シウは叫び、無理に姿勢を変えて隆起だらけの地面に不時着する。ごろごろと地面にもんどり打って、シウの姿は土の柱や土煙で見えなくなった。すぐにディミウスも姿をくらましてしまう。


 ――シウは、やっぱりセシオンの姿をしたディミウスを攻撃できないんだ。


「アイギス、向こうでシウの盾になって!」

「しかし、サミア様が」

「私は自分で何とかするから! シウは怪我をしたかもしれない」


 私は自分に光学迷彩の魔法をかけ、姿が見えないようにした。絶対に効くがどうかわからないけど、魔力も探知されないように遮断する。


「それから、魔王兵を適当に投げ散らかして派手な音を立てて、ディミウスの注意を逸らして。私が一気にけりをつける」

「わかりました」


 アイギスは猛烈な勢いでシウに加勢し、凶悪な鉤爪で魔王兵を掴み、あちこちに投げ飛ばし始めた。巨体が打ち付けられ、土の柱が崩れ、轟音がこだまする。


 痛覚などない魔王兵は、アイギスに投げられてもすぐに立ち上がる。だが、そうするとアイギスとシウがいる場所へ一直線に集中するので、シウは攻撃しやすくなったようだ。悲鳴すらなく、斬られていく魔王兵の体が積み上がっていった。


 その間に私は隠れて呪文を詠唱しているだろうディミウスに接近するべく、風の精霊に頼んで浮いて移動をする。ディミウスの居場所は、アイギスに大体教えてもらっていた。


 それに、隠れていそうな場所は大体予想がついた。

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