クロドメール国王との謁見
「まだそういう感じじゃない」
「あら! まだですって!!」
カタリーナは見えない誰かに話しかけ、高くなった声で喜色を表す。普段から侍女とかにそうやって話しかけているのだろう。
「すっごくすてきよサミア様!!」
「な、何がだ、声が大きい」
「胸がキュンキュンしますわ!! だってそれってお兄様からのキスがあってもいいと思ってらっしゃるのでしょう? 邪魔する者もいない二人旅で、あくまで紳士的なお兄様と、やきもきするサミア様……私、これだけで本が書けますわ!」
「飛躍しすぎだ。勝手に想像して書かなくていい」
別に私は、シウからのキスがあってもいいなんて思ったこともないのに、カタリーナは人の言葉尻を捉えて都合の良い妄想を膨らます。箱入りの貴族女性の恐ろしさってこういうとこか。
何だか顔が赤くなってしまいそうで、シウの所に戻りたくなって私は踵を返した。大体、こんな卑近な話題に現を抜かしている場合じゃない。私は魔王を倒すという重要な目標がある。
「お待ちになって。ねえ、今夜は城にお泊まりになるのでしょう? 私の部屋でもっと深くお話しましょう」
「泊まらない。理由があって宿泊場所には気をつけているんだ」
就寝中に魔王兵に襲われる可能性は、今でも残っている。アイギスに乗って、夜には古城に帰る予定でいた。
「どうしてですの?」
「色々と大変なんだ」
お喋りなカタリーナに全部は語りたくなかった。これ以上付き合ってられないと歩き出す私の前に、カタリーナが素早く回り込んできた。
どうもカタリーナは運動神経が良いらしい。幼い頃は絶対におてんば姫と呼ばれていたタイプだ。避けようとして私は石畳に慣れないパンプスを引っかけ転びそうになり、支えようとしてくれたカタリーナと正面から抱き合う形になった。というか、いい匂いがするふかふかに柔らかい胸に顔から飛び込んでしまった。
「ごめん! 痛くなかったか?」
羞恥が最高潮に達し、顔が燃えるように熱いが、どうにか謝罪はする。内心はもう本当に逃げたかった。
「私こそ、ごめんあそばせ。痛くはありませんわ」
そうは言っても、カタリーナの耳が少し赤くなっているものだから私も更に羞恥が込み上げた。お互いに無言で、服や髪などを直す。
「おやおや、どんな花より美しい光景ですな」
突然頭上からかけられたのんきな声に、私とカタリーナは飛び上がった。
すぐ近くの樹上から、枝切りハサミを持った園丁が笑いながら私たちを見下ろしていたのだった。何を勝手に覗いてるんだこの見知らぬおじさん?
危うく攻撃魔法を撃つところだった。
「おほほ、乙女同士の秘密ですわ」
カタリーナは否定もせずに、私まで巻き込んでとんでもないことを言う。これ以上一緒にいるとまた恥ずかしい思いをすることになりそうなので、私はこの隙に今度こそカタリーナの腕を振り切って、走り出した。
「あっ! お待ちになって!」
制止するカタリーナの声を背にして、私はめちゃくちゃに走った。履き慣れない靴なので少し足が痛むが、構わなかった。庭に面した回廊を見つけ、そのひんやりした柱の裏に隠れるように寄りかかる。
シウに見つけてもらうまでここに居よう。私は目を閉じて深呼吸をした。カタリーナは悪い人じゃないけど、育ちが違いすぎて理解するには時間がかかりそうだった。
「……ふう」
周囲に植えられている樹木やハーブの芳香効果もあり、私はすぐに気持ちが落ち着いた。空き時間に、この土地の地脈の流れでも探ろうかと土の精霊を数体召喚する。
白竜のアイギスがこの場所を苦手にしているように、澱んだ空気は微かにある。普通の人や、元気なカタリーナに悪影響を与えるほどじゃないけど、弱っているときなら邪な方向へ流されることもあるだろう。
私は目を閉ざしてしばらく、土の精霊から伝わる情報を読み解いた。結果は、やはりだった。地脈の流れは滞り、いくつもの膿が発生している。
「困ったな」
これは、あの古城のときのようにしばらく土の下で眠って流れを正す必要がある。しかしそうするとまた私自身が強化される。すると、僅かに繋がっている魔王が強化されてしまう。
「サミア!」
シウの声に呼ばれ、暗い回廊から陽の光がよく当たる庭へと視線を向けた。走ってきたのか、シウは軽く息を切らせていた。
「ごめんね、あの、カタリーナが迷惑かけて」
「まあカタリーナくらいはかわいいものだ。それより、国王陛下とはいつ会えるんだ?」
「ああ、交渉してきた」
珍しく不満そうに、シウは眉を歪めた。この時点で良い感触ではなかったとわかってしまう。
「最初は多忙につき10日後まで無理だとか言ってたけど、明日の謁見予定に変更させたよ」
「やるもんだな」
「だって、数刻の余裕もないほどには多忙じゃないよ。単に待たせた方が威厳が保てると思ってるんだよ」
「いいさ。それでも拝謁の光栄に浴せるのなら」
私が胸に手を当てて堅苦しく言うと、シウは口元をゆるめた。
「ありがとう、サミア。クロドメールに来てくれて」
「私もシウの家族に会えて嬉しいよ」
シウとは会話することに疲労を感じない。前世も含めて育ちは全く違うのに、今まで気にもしなかった。いつでも揺るぎない彼らしさは、とてもいいものだと思う。
◆
翌日は、ゼイーダ国に寄って私の養子縁組証明書を取得してからクロドメール国に行く。偉い人というのは、みんな日数を多く表現するらしく、ゼイーダ国王が約束したよりも早く出来上がっていた。これにて私はゼイーダ国の王女の身分を獲得したことになる。
クロドメールでは時間通りに謁見の間に案内され、シウに付き添われてありがちな赤い絨毯が敷かれた広間を進んだ。
最奥の壇上には国旗や建国に関わる宝具が飾られ、その前に国王と王妃が重厚な玉座に静かに座っている。私は、さっき習ったばかりの淑女の礼をした。
「クロドメール国王陛下並びに、王妃殿下にご挨拶申し上げます。サミア・マリーテレーズ・デ・ゼイーダでございます」
名前が長ければ偉いのかどうか疑問だが、私は新しい名前を名乗った。家名に国名を、二番目の名前にはゼイーダ国王の母君の名前をもらった。
「面をあげよ」
しっかり間を取って、クロドメール国王は私に顔を上げる許可を出した。ただ、声には緊張が含まれていた。クロドメール国王は現在43歳を迎え、それなりの貫禄があって然るべきだが、失礼ながらそれは僅かにしか感じられない。私は顔を上げ、クロドメール国王と相対した。
クロドメール国王は、金髪碧眼で、面長の酷薄そうな顔立ちをしている。息子であるシウとは全く似ていない。そもそもセシオンの記憶にもあるのだが、それよりは17年分歳を取っていた。
彼の眉骨の高さで奥まって見える碧い目が、私を怪しむように眇められた。
「そなたが、セシオンの生まれ変わりとな。私を覚えているか?」
「はい、当時から聡明さに富む王子と存じておりました。貴国の益々の発展は陛下のお力の賜物でしょう。私は、彼と微力ながら更なる発展に寄与致したいと願っております」
横にいるシウに微笑みかけると、察した微笑みが帰ってくる。
息子の婚約のことなどすっ飛ばし、ただひたすらに私がセシオンかどうか問うクロドメール国王だ。違ったら婚約を破棄するつもりかと、私は皮肉を込めて適当なお世辞を唱えたのだった。
国王の横に鎮座する王妃が、扇で口元を隠しているのが気になった。




