クロドメール国へ
「じゃ、じゃあ、マルド国のケバブサンドでも買いに行こう。名物だから、17年経った今でも色んな店で売ってるだろう」
「了解です!」
魔王探しは一転、おいしいものを探す旅程に変更となった。思いつく場所を口にすると、白竜アイギスは急速に旋回をして南に進路を変えた。島や岩礁すらない洋上なのであまり視界に変化はあまりないが、ものすごい高速で移動している。
だけどシウは幾度も後ろを振り返り、静かで虚ろな海に向かって遠い目をしていた。
シウはどうやら前世での最後の戦いの場所、つまり自分の死んだ場所を見てショックを受けたようだった。
私には経験がないが、自分が死んだ記憶というのは底知れない恐怖なのだろう。私が持っているセシオンの最後の記憶は、所詮他人のものであり当事者意識に欠けている。慰める言葉もない私は、空元気で各地の名物料理の話をした。
すぐにマルドという南の国に到着した。しかしアイギスで都市や町に近付くと、住人からの注目を浴びてしまう。そうすると自由に買い物が出来ないのは確実なので、近隣の森で降りる。そこからは白馬のメリッサに乗って移動する戦法を取った。
メリッサの移動速度、乗り心地は私と契約をして魔力を分け与えたことで格段に良くなった。どんなに飛ばしても、もうお尻は痛くならない。
メリッサは久しぶりに離島以外の地を走り、気分が良さそうで何よりだった。
私とシウは手分けして店によって味の異なるスパイスケバブサンド、揚げ芋、珍しい果物などを買い込み、みんなで食べられるように、静かな無人島に移動した。
アイギスお勧めの、穏やかな海に囲まれた静かな無人島だ。メリッサは無人島の踏み荒らされていない若草を、アイギスは大きな顎でケバブサンドを一口にと、分けあってみんなで食べた。
お腹いっぱいになるまで食べ、ぼんやり草に寝転んでいると太陽は朱色に滲みながら静かに沈んでいく。限りある幸せとわかっているせいか、私の目にも涙が滲みそうになった。
「シウ」
私は横に寝ているシウの手を取り、ぎゅっと握った。今でも私より大きな手だ。
「な、なに?」
シウの声は裏返った。シウは私が急激に成長してからというもの、照れてしまって身体的接触を控えるようになった。必要があるなら抱き抱えて運んではくれるし、本当にごくわずかに頬とか髪とかに触れては来るものの、以前の比ではない。だから私からこうして触れないといけない。
「魔王との戦いのことだけど、心配いらないから。もう絶対にお前を、道半ばで死なせない。私だって死にたくない。みんなで満足して、もういいってとこまで生きてから死のう」
私の精一杯の励ましを、シウは噛みしめるように、咀嚼するように数度呼吸して息を吐く。
「ありがとう」
「礼を言うことじゃない。今日の私は満足した。明日はシウの行きたいところに行こう」
「うーん、どこでもいい?」
「もちろん」
紫に陰る雲間に、鳥たちが群れを成して飛んでいるのが見えた。私たちもそろそろ、古城に戻りたいなと思う。
「あのさ、明日はクロドメールに行ってみない?」
シウがごろんと私側に体を向かせ、遠慮がちに発言をした。そこはシウが王子として生まれた国で、本来の旅の目的地だった場所だ。
「クロドメールに行ったら行ったで婚約祝いとか、国王と王妃との謁見とかで忙しくなるだろうから……」
だから先伸ばしにしていたのに、シウには考えがあるようで長い睫毛を瞬かせる。
「そうだけど、でも妹や弟に会いたいなって。ずっと国を離れていたから」
「ああ」
シウは後妻である現在の王妃には煙たがられているらしいが、弟妹とはそうでもないと聞いていた。なるほど、魔王と対峙するかもしれない前に、弟妹に会いたいのか。
「そうか。じゃあ明日行こう。発注した私のドレスも、そろそろ1着くらいは完成してるだろう。ゼイーダ国王との養子縁組証明書は後からでいい」
「ありがとう、サミア」
「礼を言われるほどじゃない。私もいい加減、シウの父王に挨拶しないとな」
私たちは急ぎ無人島からモノラティの港町に戻り、閉店前の仕立て屋に行ってドレスを引き取った。幸い、2着のドレスが出来あがっていた。
そうして翌日、ついにクロドメール国を訪れた。本来の旅の目的地に、アイギスに乗ってこんなに早く辿り着くとは思いもしなかったが、やっとという感じだ。ここではどうせ目立つので、堂々とアイギスで王城に乗り付ける。
クロドメールの王城は、セシオンの記憶にある17年前より随分軍事的に増強していた。城は絢爛というより大砲などが設置されていて物々しく、兵の数も多い。
それでもアイギスは手紙のやり取りで何度もクロドメール国に来ていたから、見張り兵も手慣れた様子で離着陸場所へと誘導してくれた。王城の裏側、広い園庭の平地だ。シウが光魔法で信号を打っているのもある。
何人もの兵がバタバタと園庭に駆けつけ、20人くらいが整列の後に敬礼をした。
「殿下!! ご無事のお帰りに、我々一同心よりお祝い申し上げます! また、白竜様及び、婚約者のサミア様に厚く歓迎申し上げます!!」
私はシウがどう答えるのかワクワクしながら待った。今日のシウは王子らしい煌びやかな、金色の刺繍が見事な服とマントを身に付けている。
「歓迎ご苦労。父上に僕が帰って来たって伝えて。僕はサミアと私室にいるから」
私の期待を裏切らず、シウは親切な笑みの中に若干の王族らしい威厳を醸し出し、簡単に兵に答えた。兵ははきはきと返事をし、散会した。軍隊の雰囲気だ。
「行こうかサミア。アイギスはここで休んでる?」
「いえ、私はどこか離れたところで翼を伸ばしていますので、ご用があればまた呼んで下さい」
時間がかかると知っているアイギスは大きな翼膜を広げ、さっさと退却してしまった。私もうっすら淀みを感じるが、ここはあまり好きな空気じゃないのだろう。メリッサの世話だけを兵に頼み、私とシウはクロドメール城の内部に足を踏み入れた。
すれ違う兵やメイドたちが、事態を察して廊下の両脇で頭を下げている。やっぱりそれなりの服を着てきて良かったなと思った。私が今着ているのは、青い細身の、清楚で無難なドレスだ。何も舞踏会に出るようなゴテゴテしたものではないが、アンブロシウス王子の婚約者らしい雰囲気くらいは出せている。――と自負している。
シウは勝手知ったる実家という感じで、広い王城をどんどん歩き、王族の居住場所へと進んだ。そのうちシウの部屋だと思われる扉が見えてくる。
シウが9ヶ月も城を空けていたにも関わらず、部屋の前には侍従が2人立っていた。彼らはシウが何も言わなくても足を進めるだけでさっと両開きの重厚な扉を開ける。この人たち、ずっとここに居たんだろうか?
室内は、金色の縁飾りの付いた猫足の家具や調度品が余裕を持って飾られいて、どれもピカピカだった。清掃まで行き届いている。
「この部屋も久しぶりだな。どうぞ座って」
「あ、うん」
シウに勧められ、フカフカのソファに私はお尻を半分乗っけてみる。豪華な部屋自体はセシオンの記憶で経験があるけど、シウの部屋だと思うと落ち着かなかった。無人島とか古城ならともかく、婚約者の部屋に二人きりの場合、一般的にどんな話をするのか私は知らない。
「サミアに弟と妹を紹介したいけど、今は勉強中かな? ちょっと見てくるからここで待ってて……」
そのとき、コツコツと急いだ様子のノック音が響いた。
「お兄様? 私です、カタリーナです」
高めで早口の少女の声は、礼儀正しいというよりは喜びの感情が溢れていた。早速妹が現れたなと私は立ち上がった。




