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サミアの消失

シウ視点です (三人称)

時間経過を表現したくていつもより長くなってしまいましたので、読み流して大丈夫です。

 サミアが何か言いかけたのを遮るように、光が明滅した。圧倒的な光量に目が痛み、反射的にシウは顔を背け、瞼を閉じる。瞼の裏側まで焼きつくすような光が弱まり、やっと顔をしかめて周囲を見回したときには、サミアの姿は跡形もなく消えていた。


「サミア?」


 ざあっと血の気が引くのを感じながら、シウは息をつめて彼女の気配を探す。どれだけ遠く離れてしまっても必ず大切な人を見つけられるよう神に願って生まれたので、わかるはずだった。実際、星の裏側にあるクロドメール国からもシウは導かれるようにサミアを見つけ出した。


 ただ、サミアに出会ってからは、その感覚は用済みとばかりに弱くなった。だからなるべく離れないようにしてきたのに、こうして姿が見えなくなると不安が募る。


 深呼吸を繰り返し、ようやく探り当てたサミアの気配は希薄ながら、まだこの場所にあった。しかし姿は見えない。まるで、雑草の生えた地面に溶けてしまったようだった。


「こんなの……どうしたら」


 シウの前世、千年生きた白竜の記憶の中にもこんな事態は一度もない。そもそも地脈を整えるなど、神の領域の話だ。サミアはなぜそこまで許されているのか、何を託されているのか、シウにはわからなかった。


「どうしてサミアばかりが苦労しなきゃいけないんだ」


 サミアは、またしても大変な役目を担っているのかと神に悪態のひとつも吐きたくなった。


 危ないからと離れてもらっていた白竜が滑空してきて、背後に降り立つ。巨体でかなりの生垣を押し潰したが、シウも白竜も気にしなかった。


「サミア様はどうなったのですか?」

「僕にもわからない。サミアは、やれば何とかなるとしか説明してくれなかったから」


 そう言い出したらもう聞いても無駄だと前世からの付き合いで知っていた。だが想像以上の事態に胸が締め付けられる。


「これで10日後にどうやって起こすのですか?」

「ねえ。どうしよう」


 1ヶ月に1度しか出ない船が出る前にちゃんと起こしてとサミアに頼まれている。けれど、影も形もなく消えてしまった彼女をどう起こすのか、それもわからなかった。下手に地面を掘る気にもならない。


「……ゆっくり待つしかないよね」


 内心では嵐のように悲しみが吹き荒れていたが、前世を含めると歳下の白竜の手前、シウは冷静を装った。


 古城内部から適当な椅子をひとつ持ってきて、サミアが眠っている場所に置く。そうして椅子にかけて、ただサミアを想うことにした。戻ってきたサミアを喜ばす方法を、しっかり考えておかなければならない。


 白竜も潰した生垣の上に適当に寝転び、思想に耽っているようだった。白竜が以前によくいた高い物見塔は、連日の戦いでとっくに壊れてしまっている。


 そのうち白馬のメリッサもやってきたので、シウは彼女のブラッシングをした。


 夕方の干潮の時間には来客があった。ダニーロの妻と娘だ。シウが歳上の女性に弱いとサミアが知って頼んでおいたのだろう。気を紛らわせるように、あれこれと話しかけたり、差し入れの食料も、今見てる前で食べてしまえと熱心に勧められる。


 シウが仕方なく食べる間に、彼女たちは、サミアが起こした強い光が丘の上のレストランからも見えたと教えてくれた。


 夜になると、シウはサミアの消えた場所の側に、久しぶりにテントを出して設置した。少しでも近くにいたかったからだ。温かくて柔らかなサミアが横にいないことに悲しくなりながら、無機質なクッションを抱き締める。


(サミアは自分がどれだけかわいいか、わかってないんだよ。あんなの、前世よりもっともっと好きになるよ)


 サミアは立っているときはいつも胸を張り、話せば傲岸不遜な口調、何かに悩んでいるときは腕を組む。シウの記憶の中にある、セシオンの動きそのものだ。しかしそれを小さな体で一生懸命やっているのだから、ひたすらかわいいだけだった。


 もちろん、サミアの新しい側面もシウにとっては愛しいものだった。サミアは無垢な優しさを持っている。セシオンは理性的な判断をしていたが、サミアはもっと生まれたての赤子のように、純粋に相手に同調して手を差し伸べる。


 そんな彼女を出来る限り手助けして、見守っていくことこそ、シウの願いだった。


(でもサミアは放っておくと、どんどん苦労しようとするから僕が適度にワガママ言って気を逸らせてあげないと。サミアにはおいしいものを食べて、きれいな風景を見て、穏やかに過ごしてもらいたい。何度も犠牲になって欲しくない)



 翌朝は、サミアが作り置いてくれたミートボール入りのスープを温めて食べた。アイテムポーチに収納して置けば腐りはしないので、大事に食べようと10日分に分けてある。少し、サミアの存在を身近に感じられて体の内側から暖まった。


 食べた後は体が鈍らないように軽い鍛練をしてから、白馬のメリッサに乗って離島の外周を回ったりもした。それでも太陽は昇りかけの高さで、シウは一日の長さに辟易とした。サミアがいないと、まだまだ時間が余ってしまう。


 サミアの柔らかな桃色の髪の毛が風に踊る様子を見ていられるだけで、透き通った水色の瞳がこちらに向いているだけでシウは十分だったが、今はいない。


 夜になってまた、ひとりでテントで眠った。


 一日おきにダニーロの妻と娘は離島を訪問したが、6日目にはひとり増えていた。ゴブラン公爵の抱える壮年の騎士だった。


「彼女たちに関与しないよう、ゴブラン卿にお願い申し上げたのですがどういうことでしょうか?」


 騎士に脅された訳ではないようだが、迷惑そうな彼女たちを慮ってシウは間に入った。さっと彼女たちはシウの背後に隠れる。


「ど、同行をお願いしただけです!私は、殿下に申し上げたいことがあって参りました!」

「僕に?」


 よく見れば、屈強そうな騎士だが、暇潰しに上空をぐるぐる旋回している白竜を恐れているのか、全身を覆う甲冑が暑いのか、滝のように汗をかいていた。


「公爵閣下が、殿下に直接会ってお話したいそうです。公爵邸への招待状をお持ちしました」


 騎士は封蝋のついた招待状を差し出すが、汗にまみれているので突き返す。


「僕と話がしたいなら、ここに来たらいいって伝えておいて。僕はここを離れない」


 サミアの側を離れる気がないシウは、にべもなくそう言うと騎士に背を向けた。騎士はしばらく背後で何か言っていたが、無視を続けるとやがて立ち去った。



 翌日の夕方には、騒がしい複数の足音がした。シウが干潮の時間にだけ現れる道に目をやると、ゴブラン公爵家の紋章のついた旗を振る騎士団だった。来いと言った手前、仕方なくシウは浜辺で出迎えてやる。近くまで来ると、ゴブラン公爵の厳つい顔も判別出来た。


「殿下!」


 ゴブラン公爵は離島に上陸せずにかなり遠くから、左右を騎士に守られて声をかける。震えて声が上ずった情けない呼びかけなのは、興味を持った白竜までがシウの横に鎮座してるからと思われた。


「何のご用でしょうか?」

「折り入って話がございます。ただその……恐れ入りますが、白竜にしばしこの場を離れて頂くよう、お願いして頂けると、恐悦至極でございます」


 あまりに丁寧にお願いするので、シウは少し同情した。白竜をそんなに恐れる必要はないのだが、恐怖というのは言ってわかるものではない。


「白竜、しばらくお散歩してきてくれるかな?」

「ええもちろん、シウ様がおっしゃるなら」


 白竜は翼を勢いよく広げ、夕陽に向かって飛び上がるのですぐに見えなくなった。


「僕の城でもないですけど、どうぞ。座って話せるところがいいですよね」

「お気遣いに感謝申し上げます」


 掃除をしてあって座れる場所は厨房横の使用人の食堂室しかないので、そこに案内をした。


 簡素な木の椅子とテーブルだが、ゴブラン公爵は意に介せず生真面目に着席した。侍従と2名の騎士以外は外で待機してもらう。自分で淹れるのは得意ではないがお茶くらい出すべきかとシウが迷っていると、ゴブラン公爵がわざとらしく周囲を見渡し、口を開く。


「殿下がお連れになっている、サミアという少女は今どこに? 彼女の安否を確認したいのですが」

「……この地を豊かにするという、ゴブラン卿との約束を果たそうとがんばっている最中ですよ。今は面会させられません」


 シウにさえ姿が見えないのだ。ゴブラン公爵に会わせられる訳がなかった。


「そうですか。彼女は、片田舎の孤児院から引き取ったそうですね。どうやってかわかりませんが、あのような異才を見出だした殿下のご慧眼には、敬服致します」

「何をおっしゃりたいのですか?」


 サミアについての話だったのかと、シウは表情を硬くして着席した。ゴブラン公爵は何かを恐れ、唇を青くしていた。


「殿下は、孤児院からサミアの身元を引き取る手続きを完了させたようですが、それでもまだ、彼女は我らがゼイーダの国民です。どうか、我らに引き渡して頂きたい。これは国王陛下たっての命令です」


 ゴブラン公爵の背後に控えていた侍従が、立派な書状をさっと傷だらけの木製テーブルに広げる。確かにゼイーダ国王の署名のある命令書だった。この数日で、ゴブラン公爵は国王にまで報告したのだと窺えた。


「あの少女の持つ魔力は、あまりにも危険です。もしや復活した魔王なのでは? だからこの離島に、毎晩のように巨大な魔王兵が現れるのでしょう! 領土拡大を進めるクロドメール国には渡せません」


「クロドメールが、海で遠く隔てられた貴国を侵略するとでも?そんなことはしません、貴国の安全は保証します。僕は、サミアの人間性が好きで連れて行きたいだけです。それとひとつお伝えします」


 面倒になり、シウは反論しようとするゴブラン公爵を遮るように手のひらを見せた。


「サミアは、全く危険な人物ではありません。なぜなら、サミアは勇者セシオンの生まれ変わりだからです。僕が遥々この国までやって来て、孤児院からサミアを連れ出したのもそれが理由です」

「はっ? あの子が勇者セシオンの生まれ変わり? いや確かに、偉そうな口調で喋る変な子どもだとは思いましたが………」


 疑わしげに太い眉を寄せるゴブラン公爵だが、シウは彼女のかわいさがわからない可哀想なやつだと内心笑った。


「以前の姿との乖離のせいかサミアはあまり公表したがらないのですが、間違いなくセシオンです。ですから、ラーズの生まれ変わりの僕と共にあるべきなのです。ゼイーダ国王は17年前から変わっていませんね? サミアが目覚めて話ができるようになれば、セシオンしか知り得ない国王の秘密をゴブラン卿にお話するでしょう」


 はったりだが、シウは口元を笑ませ言い切った。セシオンは各国の王族と面会している。そのとき、白竜だったシウは城壁の外にいたので本当は知らないが、シウの整った顔はこういうときに役に立ち、ゴブラン公爵は押されていた。


「う、うむ。なるほど」

「それとあの人の高潔さは変わっていませんから、決して我が国の戦争などに関わることはありません。セシオンのときもそうだったでしょう。財宝も、名誉も、権利も求めない人です。求めるのは、人々の平和だけ。わかったら今日のところはお引き取り下さい。サミアは4日後に起きる予定です」


 4日のうちに対策を練るつもりで、シウは一気にまくし立てて離席を促した。


「殿下、恐れ入りますが私はそこらの使者ではありません。国王からゴブラン公爵位を拝受した男です。こうして国王の命令書を持ってきたからには、何としてでもサミアを保護しなければなりません……が、サミア本人に抵抗されては間違いなく敵いません。人助けと思い、どうか殿下から説得して頂けませんか?」


 だが諦めの悪いゴブラン公爵は、なおも食い下がる。


「そんなこと言われても、今はサミアの姿はどこにも見えないんですよ。離島中、隅から隅まで探して頂いても結構です」


 それで見つかるなら、シウにとっても嬉しいことだった。姿だけでもこの目に映したいのに、地中奥深くにでもいるかのように微かな気配しかしない。ゴブラン公爵が何か思いつき、はっと息を吸う。


「まさか、あの子ども死んではいませんよね?」

「失礼なことを言わないで下さい」


 突如氷のように冷ややかになるシウの声に、ゴブラン公爵は竦み上がった。シウの異名である竜騎士の名に違わず、まるで大きな白竜のような威圧感にゴブラン公爵の背後に立っていた侍従、騎士たちは後ろに数歩、たたらを踏む。


「ひ、非礼を申し上げたことを、お詫びします。では念のため、城を改めてさせてもらい何もなければ4日後に参り、サミアとの面会を申し入れます」

「わかりました」


 話が終わる前からゴブラン公爵の騎士団は勝手に古城を捜索していたようだったが、もちろんサミアは影も形も見当たらなかった。潮が満ち始めた浅瀬の道を、足をひどく濡らしながら彼らは帰っていった。



「サミア……」


 サミアが姿を消した、生け垣迷路に佇みシウは虚空に向かって呼び掛ける。騎士団によって踏み荒らされた跡はあるが、サミアの微弱な気配は変わっていなかった。


「ゼイーダ国王まで君が欲しいんだって。サミアはモテてモテて困っちゃうね」


 答えるものはいなかったが、メリッサが蹄の音をさせて駆けてきて、シウに寄り添った。

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