妹は伝道者
週の頭、朝のホームルーム。エリート中のエリートたちが集まる一年A組は張り詰めたような空気に包まれていた。
今日、この日。このクラスに編入生がやってくる。
編入自体が珍しいものなら、入学式から間もない時期ともなれば異例中の異例。
しかも相手はまだ十一歳の幼さで、今まで謎のベールに包まれていた辺境伯の秘蔵っ子。
閃光姫を遥かに超える素質が公になったものの、懐疑的な見方が大勢を占めていた。
しかしその人物は、あのハルト・ゼンフィスの妹と言う。
果たして、彼女はどんな人物なのか?
二人を除き固唾をのんで登場を待っていた。
ところが。
「皆さま、わたくしはシャルロッテ・ゼンフィスと申します。今日から皆さまと一緒に勉学に励みたいと思います。若輩者ではありますけど、どうかよろしくお願いします」
にっこりと愛らしい挨拶に、緊張はすぐさまほんわか解けた。
ホームルームが終わると、シャルロッテの周りには人だかりができる。
「かわいー。まだ十一歳なんでしょ?」
「でもオリンピウス遺跡に入ったりしたんだよな?」
「兄妹そろってすごいよね」
「君ってもう現在魔法レベルが【20】あるんだよね?」
「すでにこのクラスで三番手かよ。あの兄貴といい勝負なのか?」
愛くるしさに魅了されてはいるが、やはり一番の関心はその実力の程だ。
椅子に座って背筋を伸ばすシャルロッテは、ふるふると首を横に振った。
「いいえ、わたくしなんて兄上さまには遠く及びません。なにせ兄上さまはとってもとーーーっても、すごいですから!」
まったく説得力のないふわっとした賞賛にも、らんらんと目を輝かせる様には確信に満ち溢れている。みなは大きくどよめく。
「やっぱりあいつ、只者じゃないんだな」
「授業への参加を免除されるくらいだもんね」
エリート中のエリートクラスであっても、一年生から超高難度な授業を選択するのは稀だ。ゆえに、実際に授業でハルトの実力を目の当たりにした者はほとんどいなかった。
肌で痛感している者は、二人だけ。そのうちの一人、
「ふん、ハルトがすげーのは今さらな話だろうが」
ライアスの苛立たしげな声にシャルロッテが反応した。遠巻きに見ていた彼にパタパタと駆け寄る。
「ライアス王子、ご挨拶が遅れてごめんなさいです」
「ったく、ハルトが授業に出なくなったと思ったら、まさかお前と一緒とはな」
「兄上さまがよかったですか?」
「べ、べべべべつに、ハルトとか関係ねえし!」
「現実にいたのですね……ツンデレ」
「なんだそりゃ?」
親戚なので不思議ではないが、次期国王と目されるライアス王子と対等に話している様にもクラスメイトたちは驚く。
一方、もう一人のシャルロッテを知る者――イリスフィリアは、
「ボクに訊かれても困る……」
ここぞとばかりに(主に女子生徒に)囲まれて、シャルロッテに関する質問攻めを受けていた――。
授業でもシャルロッテは注目の的だった。
高難度の『属性細論Ⅰ』の講義では。
「……この複雑な属性比率計算を暗算で? 貴様、どんな破天荒な教育を受けてきたのだ?」
担当教授のオラトリア・ベルカムは、片眼鏡のずれを直しながらこぼす。
「兄上さまなら見た瞬間にわかります」
「そ、そこまで計算能力が高いのか……」
大いなる誤解だ。ハルトは目に結界で作ったミージャの水晶(改)を貼り付けているので計算の必要がなかった。
「補助属性の理解もすごいな。まるでヴァイス・オウルの論文を丸ごと記憶しているかのようだ」
シャルロッテこそ謎の天才研究者ヴァイス・オウルその人なのだが、ベルカムが知る由もない。
「兄上さまなら、一目見てどんな補助属性を持つかもわかります」
「なんという洞察力! ぐぬぬ……やはり我が研究室に迎えたい……」
またも誤解したベルカムは、髪をかきむしって悔しがるのだった――。
午後になり、実技系の授業でもシャルロッテは止まらない。
ハルトに作ってもらったブルマータイプの体操服で度肝を抜き、魔法射撃で高い能力を見せつけて周囲を驚かせたのに続き。
「おおっ! なんという身のこなしだ」
タンクトップを着たムキムキの担当教官が目を見張る。
魔法体術の授業では、ライアスの苛烈な攻撃をくるくるくるりと避けまくっていた。
「うぅむ。身体強化系魔法の精度もさることながら、体捌きの完成度が高い」
魔族のフレイと毎日のように追いかけっこをしてきたゆえである。
ライアスはぜーはーと息を乱して怒声を飛ばす。
「くそっ、避けてばかりいねえで反撃しやがれ!」
「ちょっとわたくしには難しいです。ライアス王子に隙が無くて……」
そもそも彼女は殴る蹴る投げ飛ばすといった技を習っていない。
タンクトップ教官が大胸筋を自慢するポーズで会話に入る。
「隙は狙うものでもあるが、作るものでもあるぞぉ?」
なるほど、とシャルロッテはフレイとの追いかけっこを思い出す。
「あっ」
シャルロッテは足を滑らせ、小躯がぐらりと傾いた。
とてもわざとらしいが、ライアスはあえて乗ることにした。
「うりゃぁ!」
容赦なく突進して体当たりを試みる。
シャルロッテは片足で地を蹴り、くるんと一回転。体勢を低くして、ライアスの突進をすり抜けるや足を取った。
「ぬぉっ!?」
バランスを崩すも耐えたライアスだったが、シャルロッテが強引に押し倒して関節技を極められる。
「くそっ、ハルトみたいな妙な技を使いやがって……」
ストリートファイト系アニメから得た知識である。油断しまくりのフレイで何度も成功した技だった。
「いえいえ、兄上さまの技の切れには遠く及びません」
シャルロッテは技を解いて首を横に振る。
「そもそも兄上さまは相手を寄せ付けることない圧倒的な力がありますから、体術すら不要なのです。それでいて格闘戦に持ちこむことがあるのは、相手と同じ条件でも力の差をみせて戦意をそぐためなのです」
むろん、ハルトにそんな意図はない。不意打ちできるときは迷わずやる男だ。格闘戦をするのは、視聴者を喜ばせるとき――演出のためである。
「なんと……。彼にそんな深い思惑があったとは」
タンクトップ教官はシャルロッテの能力に舌を巻くとともに、上腕二頭筋をむきっと盛り上げて感心する。
こうして事あるごとにハルトを持ち上げるスーパーちびっ子の存在が、ハルトの学校引きこもりライフに影を落とすことになるとは、まだ彼は知らなかった――。




