この世で一番嫌いな場所
三章スタートです。
絶対学校にいきたくないマン、ひきこもりの意地を見せてやろう編です。
俺は今年で十五歳になる。
この時点で俺は、理想のひきこもりライフを手に入れつつあった。
城から馬車で二時間ほどの距離にある湖畔にログハウスをおっ建て、日々の大半どころかそれこそ一週間は城に戻らずそこで生活している。実に快適。
俺が不在のときはコピーアンドロイドが俺の代わりを務めているので、父さんたちもその事実を知らない。
まさしくパラダイスを俺は手に入れたわけだ。
ところが、である――。
雪解け間近のある日、俺は父さんに呼ばれて相対していた。
滅多に入らない執務室で、応接セットはあるが執務机に陣取る父さんの前で俺は突っ立っている。
「急に呼び立ててすまんな、ハルト」
「べつにいいけど、どうしたの? 珍しいね」
このところ剣の稽古とかやらなくなったからなあ。この歳になれば貴族の(義理とはいえ)息子として、それなりにお勉強とかしなくちゃいけない、らしい。
でも俺はそういうのを免除されている。期待されてないのか、自由にさせてくれているのか。感覚的には後者なんだけどね。
「春から王都で暮らしてほしい」
「嫌です」
いきなりなんなのわけわからん! 脊髄反射で答えちゃったよ。
「まあ、その反応は当然だな。とにかく、これを見てくれ」
父さんは折りたたまれた紙を差し出した。
俺はてくてく歩いてそれを受け取る。
読んだ。
といっても途中までだが、そこで俺の我慢が限界を迎えた。
「推薦状? 王都の、学校に、入学……」
吐き気がしてきた。
学校。
前世で俺を苦しめた、忌むべき場所。そこへ、行けと?
「嫌です」
今度はきっぱりはっきりと、拒否を通した。
「だろうな。お前は領内の学校に通わせようとしたとき、ひどく反発していた。なぜそこまで毛嫌いするのか理由は訊かぬが、今回は『嫌だ』で通らぬ事情がある」
「……王様直々だから?」
この手紙の送り主は、この国の王様だったのだ。
「なぜジルク王がお前に目を付けたかはわからぬ。ハルトの出生に気づ――あ、いや、平民出であると知っているはずなのにな」
俺が元捨てられた王子だとは、父さんと母さんしか知らないことになっている。あとはフレイか。俺にも告げていない。
左胸の〝王紋〟はずっと隠しているし、フレイはおっちょこちょいでうっかりさんで抜けたところは多いが、秘密を漏らすようなヘマだけはしたことがない。
王はもちろん、他の誰にも悟られてはいないはずだ。
「可能性があるとすれば――」
誰だろうと、俺の快適ライフを邪魔する奴は許さない。
「マリアンヌ王女殿下か」
お姉ちゃんが!? あの女、いい人そうに見えて実は腹黒だったのか!
「王女はお前の実力を高く評価する一人だ。またそこにも書いてあるが、ライアス王子が飛び級で入学するとある。『ともに研鑽し、王国の発展に寄与することを望む』とはすなわち、『友だちになってやれ』との意ではないだろうか?」
あのクソガキの性格からして、友だちいなさそうだもんな。でも王子なんだから、イエスマンが持ち上げてくれるんじゃね? 前世にもいたよ、そういうの。
だから『友だちになって』は違う気がする。
「それじゃあこの推薦状って、実質は王女様からってこと?」
「王はマリアンヌ王女を溺愛しているからな。ライアス王子とはギクシャクしているが、愛娘のお願いを断れなかったと考えれば筋は通る」
なんであのお姉ちゃんは俺を学校に入れたがってるんだ?
ちゃんと読めばこの国で一番のエリート魔法学校みたいだし、俺にそういうステータスを持たせたいのかな?
わからん。
「儂も不安がないとは言わん。今でこそ大人しいが、王妃が何事か企んで、王女を焚きつけた可能性もあるからな。しかし――」
父さんは真剣な目つきで言った。
「お前には、もっと広い世界を見てほしい。自室にこもって古代魔法の研究に勤しむのを否定はしないが、多くの人に出会い、刺激を受け、より深い洞察を得るよい機会だろう。たしか、古代魔法専門の研究室もあったはずだ」
研究室か。年齢的に高校をイメージしてたけど、大学のほうが近いかもな。
「……断ると、いろいろ面倒なのかな?」
「まあな。仮に王女が送り主としても悪気はなかったのだろう。ただ、国王の名での推薦状だ。断るには嘘をつかねばなるまいし、発覚すれば余計ややこしくなる」
だろうなあ。お姉ちゃん、何考えてんのさ。
「……わかった。行くよ」
父さんには世話になりっぱなしだし、これ以上迷惑はかけられない。
ま、策はあるしな。
「感謝する。よく学び、いずれ成長した姿を見せてくれ。っと、今のうちに言っておくか」
「ん? どしたの?」
「推薦入学だから、ハルトは入学試験を免除される。お前は現在の魔法レベルが最大に達しているから、あえて測定はされんだろうが――」
「わかった。『ミージャの水晶』には近づかないように、ってことね」
魔法レベルは公にしているが、俺が属性を持たない特殊な事例なのは秘密にしている。魔法レベルや属性を測定する『ミージャの水晶』を使われると、それがバレてしまうのだ。
そこから俺が元王子様だと勘づかれるのは困るってわけね。
「お前が無属性であるのを公言できぬ理由は、いずれ語る。今は許してくれ」
「べつに気にしてないってば。そこらへんはうまくやるよ。入学式って、まだ先なんでしょ?」
「まだ一ヵ月ほどある。シャルロッテは寂しがるだろうな。言うタイミングは任せてよいか?」
「ああ、あの子なら大丈夫だよ」
俺、学校に通うつもりなんてないし。絶対にひきこもりライフは継続させる。
その後ちょっとした話をして、俺は自分の部屋に戻ったわけだが。
「任せておけ。コピーが作られたのは、こんなときのためだもんな」
俺とそっくりな少年が、にこやかに告げた。
性格も同じなのに聞き分けがいいじゃないか。
「なんて言うと思ったか? 嫌だ。俺は絶対に学校なんて行かないぞ!」
ぜんぜん聞き分けよくなかった。
「まあ落ち着け。お前も俺なら、俺が何を考えているかわかるよな? 冷静になって頭を巡らせてみろ。すべてが丸く収まる唯一の策がある!」
ぽくぽくぽく、チーン。
「なるほど。コピーの俺は魔法が使えないから、『こいつダメじゃん』って退学させるよう仕向ける、とそういうことか」
さすが俺。理解が早い。
「俺が通うのは国で一番のエリート学校だ。落ちこぼれをいつまでも在籍させるはずがない」
「でもそれ、本体でもいいよね?」
「俺は結界魔法が使えちゃうからな。たとえば不良に絡まれたとき、俺は俺の身を守るため、思わず使ってしまうかもしれない」
「……不良に絡まれて、魔法をぶっ放されたら俺はどうなる?」
「知らんのか? 大ケガをする」
「やっぱりお前がやれよ! なんで俺が痛い目見なくちゃならんのだ!」
「死ぬよりマシだろ!」
「死ぬかもしれんだろ!」
いやまあ、その可能性がないとは言えない。
「大丈夫だ、安心しろ。お前の「代わりはいるもの」」
最後ハモった。
「やっぱりか! 今の俺って何体目だよ!?」
「いやすまん、マジで冗談だ。さすがに俺とそっくりな姿をしたのをほいほい犠牲にはできない」
やろうと思ったことはあるけどね。
「あるんだな、やろうと思ったこと」
「うっ……。さすがにお見通しか。でもそのときシャルに『可哀そうだからやめて』って言われてな」
「信じよう」
俺ってホントに面倒くさい奴だな。
「ともかく、結界で痛くないよう体は守ってやる。お前のミッションは落ちこぼれを演じ、早期に学校を追い出されることだ。それに注力してくれ」
「まあ、仕方ないか。お前が湖畔のログハウスに引きこもっている間、俺はこの部屋でひきこもり生活を満喫している。それを守るためだ」
「頼んだぞ」
「おう!」
こうして、俺たちの『早期退学ミッション』は開始された――。




