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第84話 直訴

「じゃあ、ごはんなの!!」


 品評会もどきの後は、お偉いさんで集まって鰻会議をするらしいので、私達は余った鰻を食べる事にした。

 お偉いさんの喜んでいる表情を見る限りは大成功と言う事で、護衛の人達もそう伝えられると泣き出しそうな顔で喜んでいた。長い道のりを重い荷物を上げ下げして頑張ったんだ。ご褒美が無いと始まらない。


 と言う訳で、並べられた鰻を食べる。蒲焼が評判だったので、卵を使ったうまきとか新しい料理も置いている。


「うわ……」


「うまっ!!」


 護衛の人が白焼きを頬張った瞬間叫ぶ。あれ? 食べ慣れていると思ったのに。と思って両親の方を見つめると、くてんと首を傾げて焼いた物を凝視している。

 はて? と私もは頬張ってみる。


「ふぉぉ、臭くない。泥くさくない!!」


 私が叫ぶと、皆がそれだという表情でうんうんと頷く。謎が解けたとばかりに皆が急いで咀嚼し始める。


 蒸してふっくらした身はぎりぎりで保持しており、口に入れた瞬間さらりと解ける。移動中は清水に晒す程度にしていた為、身が細っていた。しかし、逆に秋で肥えた脂を適度に落とし、弾力とふわふわ感、そして強い甘みの三つを兼ね備えた完璧(パーフェクト)鰻へと進化していた。移動にも意味があったのだなと。


 後、特に臭いの原因になる成分は皮と脂に多く含まれる。そこに徹底的に熱を入れる事によって臭いは弱くなる。と思ったところではたと気付く。


「かまどがおおきかったからだ!!」


「そうね。大きな竈だから作業しやすかったわね」


 母がきょとんと言うが、そうじゃない。薪の投入量もそうだし、熱の投射面積も広い。家のガス火で焼くよりも、鰻屋さんの広い炭火床で焼く方が美味しいのと同じ原理なのだろう。それにいつもより高い熱で焼かれているため、油で揚げたような芳ばしい香りも強い。これ、本格的に鰻を食べるようになったら、専用の器具を作るべきだなと改めて考える。


 ただただ香ばしく、さくふわトロを楽しんでいると、引き続き王城の料理人達が焼き上げた蒲焼を持って来てくれる。

 先程、今後を考えて調理方法を引き継いだのだが、やはり百戦錬磨の調理人。母の所作をたちどころに覚えて吸収してくれた。


「あぁぁぁ、甘い……」


「幸せだー」


 甘味は麻薬と良く言ったものだ。護衛の人達がにへらにへらと笑み崩れている。両親も新しい味に真剣に向き合っている。私も、ではとはくっと食らいつく。


「ふぉ、あまみそかん!!」


 思わず口に出た。醤油程繊細でぱっきりした澄んだ味ではない。どちらかと言うと雑味の多い味噌という感じだが、田楽に近い雰囲気になっている。あぁぁぁ、山椒が欲しい。と言うか、日本酒が欲しい。と思っていると、父も同じ思いなのか、食堂の横の棚に目が釘付けだ。棚には小奇麗な瓶が並んでいる。あぁ、お酒が入っているのだなと得心する。母に頬をつねられてはっと我に返る父が可愛い。


 うまきも大絶賛だった。卵の甘みと甘味噌の香りがマッチしており、より子供向きな感じになっている。私は朝ご飯の事も忘れてはくはくと食い進める。


「ふぉぉ、おなかのなかでふくれるの……」


 結局食べ過ぎで最後の出汁茶漬けは食べられなかった。ふぉぉ、炭水化物を逃すとは……。〆な感じがしない!!


 美味しいものを食べた後の余韻に皆で浸っていると、侍従より呼び出しを受ける。



「ほんに大儀であった」


 先程の応接間とは別の、大会議室のような部屋に案内される。円卓も精緻な浮彫が刻まれており、格式を感じる。


「満場一致にて、今後の鰻の摂食奨励と大規模な公的調理資格を認めるものとします」


 宰相の言葉に、円卓の皆がだんだんと卓を叩く。これが賛意の表し方らしい。ちなみに、調理資格は鰻の毒の件があったのと、捌き方から調理法までの伝授を目的としている。鰻の獲得に関しては今後税が課されるのでその収入が資格者の育成に使われるし、一部私達の懐にも入ってくる寸法だ。ちなみに、私達の村は鰻に関して永年税免除となっている。


「うむ、美味かった。軍の方でも推していく」


 先程の体格の良い人が叫ぶ。この人がこの国の軍事の長らしい。


「毒見の表情を見ましたか? 常に緊張を強いられている彼があれほどに喜ぶのです。どれほどの人が欲するか楽しみなものです」


 細身の人がにこにこと告げる。財務を取り仕切っている人らしい。新しい税収が生まれるのだ、諸手を上げたいのだろう。


 その後も賞賛を浴びていたが、そっと国王が手を挙げる。


「皆の者の思いも分かる。このような恵みを国に齎したディーに、褒美をやりたい。ディーよ望みはあるか?」


 国王の言葉にさっと平伏した父が口を開こうとするが、ちりっと嫌な予感を感じて、ばっと前に出て私も平伏する。絶対に父の性格だと、ここで謙遜する。


「へいかに!! みなみなさまにおねがいのぎがあります!!」


 私の叫びに、平伏したのも忘れたのか慌てて父が頭を上げたのが分かる。でも、こればかりは譲れない。


「わたしのそふぼのきかんを。そしてこたびのけん、あまりのしうち。できましてはヴェーチィーでんかをいさめてはもらえませんでしょうか!!」


 場は温かさを失い、一瞬にして静まり返った。

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