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第42話 戦争は数だよ

「静まれ!! まだ戦端が切られただけだ!!」


 あっという間の勝利に浮かれそうになる空気が、怜悧な音色の言葉に切り裂かれ、沈静化する。そのマグマのような沸々と煮えたぎる思いは、今は胸の奥で蜷局(とぐろ)を巻かせておけば良い。戦争はまだまだ続くのだから。


 ただただ静かなこちらに、相手側は全く状況が分からないのか、陣を出た本隊五十弱がくるくると門から三百メートル程、弓でも届かない位置で勢いを付けながら走っている。


 柵の高さは百五十センチほど。人の顎をちょっと超える程度だ。騎馬からすれば、馬ごと飛び越えられなくても、自分が飛び越えて入れば良いと考える魅惑的な高さ。向こうとしては、ある程度の人数が侵入して、こちらの手勢を始末してしまえば、後は門を開けて蹂躙してしまえば良いと思わせる。それ程に騎馬は、圧倒的な暴力装置なのだ。


 だが、その考えそのものが、悪手なのだと私はほくそ笑む。


 老人会が手配したスリングは、農閑期という格好の訓練期間を経て、殺戮兵器に生まれ変わっている。キルレンジは最短でも五十メートル。それが、百余りで待ち受けているのだ。


 対抗して、この時代、弓は特殊技能だ。遊牧の民は獲物を狩るために弓を幼少の頃から学ぶが、兵站として補給を考えられていない弓などほぼ怖くはない。特に獲物を狩る際の矢の挙動は直線であり、防衛設備を抜く際の曲射は軍事訓練でも受けなければ技術を得る事は出来ない。柵の中で見づらい私達を直接射る事は出来ないし、曲射では馬上短弓のため威力が少なすぎる。



 攻めあぐねた相手側は業を煮やしたのか、片手盾を正面に向け、全軍で突撃を開始する。その後方には丸太を持った男達が必死に走ってきているのが見える。攻城兵器を現地調達していたから、朝までかかったのかと。人の庭の物を勝手に使うとは太い奴らだと、むかむかしてくる。薪の一欠けらだって大事にしているんだぞ、こっちは。


 そんな私の中のむかつきは一向に斟酌(しんしゃく)してもらえないのか、殺到してくる馬群。その怒涛の迫力に、村人達の目に恐怖が浮かぶ。



 私だって、五十歳(じょうか)。支店一つ、五百人を指揮してきた自負はある。戦争も経営も根っこは一緒だ。いつだって人を動かすのは、明確な目的、勢い、そして……


「おーい、見ろ!! 馬鹿の一つ覚えのように、獲物が走って来るぞ!! 笑え、さぁ、笑え!!」


 羅刹女の余裕の叫びは、恐怖に緊張した村人の心を溶かし、そこここで呆れたような笑いが起こる。適度な余裕。


 切迫した時間は体感の時間を何倍にも引き延ばす。再び不可視の線を相手が踏み抜いた瞬間、私はポンと手を叩く。


「はーなてーぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」


 雷鳴のような指揮の声で、スリングから山なりな軌道を描き、石礫が天をキャンバスに雷雲を彷彿させる絵を描く。曲射には技術が必要? 知った事か、戦争も経営も、最終的には数の暴力だよ、兄貴。


 多少の勢いの減少は向こうの突撃の勢いでカバー出来る。勢いのある重量物をまともに食らって、次々ともんどりうって落馬していく相手の騎馬隊。後方から盾を持って必死に肉薄しようとしている攻城兵器も屋根の上から直射している猟師の皆さんの奮戦で全く前に進めない。


 幾度かターンしては、再突撃を敢行するが、無尽蔵とも思われる勢いで補給される石礫の前に完封される。かといって、回り込むにも、気付けば青年隊がわらわらと騎馬機動力以上の勢いで集まり、追い散らす。


 三十騎程が戦闘不能になったところで、残余のニ十騎弱が馬首を返す。這う這うの体で逃げ出す様に勝利かと、安堵の息を吐こうとした瞬間……。


「かーいもーん!! 追撃するぞ!!」


 おい、爺さん。そんな指示は出していない。ジェシの曾祖父が肉食獣と言うか、もう、怪物のような良い笑顔で、騎乗の人になっている。その後方には、戦闘経験者三十人がうずうずした表情で付き従う。


「なーに、あんな羊相手に、怪我なんか負うかよ。さっさと片付けてくらぁ!!」


 ふぉぉ、シビリアンコントロールとは、とか色々と諦めの境地に達しながら、手を振ると、(あぶみ)を蹴った騎馬は鞘から撓みながら引き抜かれた刃の勢いで波涛の進軍を開始した。そう、鐙。馬上戦闘の最大功労者。父にもまだ教えていない、最終兵器。


 大きく弧を描きながら勢いを得たその刃は、ばらけた羊の群れのわき腹を、一刀両断の勢いで食い破った。

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