第36話 人類最古の殺傷兵器
消費期限はどの程度だろうとか、村の皆にも味見をしてもらい、味の調整を行ったりと忙しい時期を潜り抜け、何とか商材として運用が確立したのは秋も深まり、冬の足音が聞こえ始めそうな時期だった。分厚い服に包まれた私は、村外れの門から大きな背負子を背負って馬に乗る父を見送りに出てきた。
「ぱーぱ。がんばる!!」
ひらひらと母に抱っこされて手を振る私にそっと笑顔を向けて、父達、交易隊の出発となる。内陸の他の村や遊牧の人達に渡した川魚の燻製の反響は大きく、あるだけ持ってきて欲しいという要請が矢継ぎ早に訪れていた。その辺りの折衝を行うためには権限を持った人間が表に出るしかない。結構大きな村でも下手に出て商品を欲しがる機会なんて早々無いので、ここはトップダウンで色々がつんと決めてきて欲しいと父に相談したのがこの結果だ。
生まれてからずっとそばにいた父との初めての別れ。少しだけ寂しいけど……。そっと見上げた母の心配そうな顔を見れば、私だけ悲しむ訳にはいかない。きゅっと母の手を握りしめて、歩き始める人の群れを見送った。
村の外れ、川に近い場所にはトンテントンテンと新しい建物が建築されている。ちょっと試しで作る程度なら広間で問題無かったのだけど、本格的に燻製を干して燻煙して保管するには家では手狭になったので、別途燻製小屋を作る事になった。最近はこういう公共事業も無かったので、久々の作業と言う事で村の男手も張り切っている。勿論、資材費と人件費は小規模な、お試し交易の儲けから出している。商売は交易をしてこそなんぼだ。
父は初めて村の人が持ち帰ってきた交易の儲けを見て、卒倒しかけた。かなり強気というか吹っ掛けすぎの値段を提示していたのだが、すんなりと通されてちょっと怖くなったらしい。元々、吹っ掛けつつ値引き交渉をしてそこそこの値段に落ち着けるつもりだったのだが、金が余り気味の遊牧の人達が抱える、食に対しての欲望を読み間違えたのは私の責任だろう。てへ。
それに加えて、村の周囲を囲っている柵も手直しが始まっている。野犬や狼が森の方から出張してくる事はある。作物や家畜が狙われないようにというのが建前だが、本音は村にスパイが入り込むのを防ぐためだ。防備に手をしっかり入れていると見れば、あまり迂闊な事も考えないだろう。そこが甘いと、変に目を付けられる可能性も高い。まずはあぶく銭を公益に変えてしまおうというのも目的の一つだ。
「ふふ。心配しなくても大丈夫よ」
ちゃぱちゃぱと少しだけ温度が上がったタライ風呂の中でぷかぷか浮きながら、母の表情を眺めていると、そっと微笑みを返された。
「ディーはね、強いの。だから帰ってくる。安心して待っていましょうね」
自分で自分に言い聞かせるかのような母を見ながら、どうすれば家族を守れるかなと考え始めた。
「うー、でーん!! なにちてるの?」
縄を貰ってそれを三つ編みにして丈夫な縄に縒っていると、フェリルとジェシがでーんと背中に乗ってきて、ぐぇっとなる。胡坐の状態で背中から押されると、支えきれない。それに一歳児の成長は早い。日々すくすくと育っている二人がかりで体重をかけられると、同じく育っている私でも無理だ。
「ぶきをつくってるの」
「ぶきぃ!!」
子供心の琴線に触れたのか、二人はちょっと真剣な表情で寝転がり、こちらの手元をじっと眺めはじめる。まだまだ寒風というには穏やかな風が吹き抜けていく中、私は縒っていた縄を二つに切り、先をグルグル縄で結ぶ。それぞれを布に結びつけたら、完成だ。
「できたー」
会心の作と言う事で、くるくると回し始めると、二人がはてな顔でこちらを見つめる。
「なにちょれ」
ふふふ。スリングなのだよ。弓は存在しているが、いくら成長したからって早々に引けるようになる訳では無い。そもそも真っ直ぐ放つだけでどれだけの訓練時間が必要になるか分からない。
「みてみる?」
「あいっ!!」
それでも、人は手で投げる投石だけで怪我をするし、当たり所が悪ければ、死んじゃうんだよ。
手頃な大きさの石を拾って、布に包んで、ひゅんっと軽くスローイングしてみる。縒った縄の長さは両手で広げられる長さぐらいが限度なのでそれほど長くないが、それでも勢いよく飛んだ石は思ったよりも遥か彼方に転がる。むふふーっとドヤ顔をしてみると、遠くで見守っていた二人が歓声を上げる。
「しゅごい!!」
「びゅーん!!」
念のため、お母さん方に見守ってもらっていたが、すっぽ抜けて後ろに飛んだりしなくてよかった。手放しのタイミングに慣れてきたら回転数を上げて、速度を速めていく。最終的に当たれば小さな木片を吹っ飛ばせる程度の威力がある事は分かった。これでも当たれば怪我をする。後は手首を鍛えつつ、腕の保持する筋肉を鍛えれば、威力は上がるだろう。
問題は……。
「びゅー!!」
「とんだー!!」
石投げは子供達でもポピュラーな遊びだったので、子供達が投石部隊にクラスチェンジしてしまった事だろうか……。お母さん方も子供にせがまれて作り方を教えて欲しいと母にねだっている。母は困り顔でこちらを見ているが、ごめんなさい。相談してからの方が良かったです。後で勉強会を開くと言う事で、その日は解散と相成った。
「心配しているのね」
一人欠けただけで寂しい夕食の時間、ぽつりと母が零す。
「まもるちからはあったほうがいいとおもうの。なにがあるかわからないから」
父から聞いたが、母も剣は使えるらしい。強盗、盗賊は分からないけど、冬に向かって野犬や狼の襲撃の可能性は多分にある。男手が減った状態でもし万が一があれば問題だ。
「そうね……。私もしっかりしなくっちゃ」
ぱんっと顔を張った母は、凛として美しかった。




