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第135話 新たな家族

 火熨斗の開発に精を出してからヴェーチィーと一緒にベティアに乗って遠乗りに行った帰り。

 日暮れが近づき慌ただしくなってきた村を抜け、母と一緒に夕食の用意をしていた時間帯。

 父の仕事も終わり、肩を回しながら帰ってきた辺りだった。


 慌ただし気にノックされた玄関に父が向かう。

 訪問してきた人間の遠い声を聞くとセーファのようだったので、てちてちと向かう。


「王軍の先触れだ。勅使の護衛だそうだ」


 王都からの使者がまた来たらしい。


「という事は、勅令か……。いやはや、短い期間に立て続けだな」


 父がやや顔を曇らすのに、セーファは同情するように眉根に皺を寄せる。


「受け入れの準備を進める。皆には明日伝える」


 父が指示を出すと、セーファが即座に走り戻る。

 振り返って私がいるのを見つけると、苦笑を浮かべながらぽてっと頭に手を置いてくれる。


「大体の予想は付くけどね。頼りにされるのは(ほまれ)だけど、便利屋扱いでないかは少し心配になるね」


 そんな事を言いながら、食卓に戻った。



 数日の時を経て、華美な勅使の列を迎えたのは雪混じりのみぞれが降る日だった。

 そろそろ春も近づきつつあるのに、寒い日が続く。

 金銀に彩られた輿に乗る勅使が家の前に降りると、書状を父に手渡してくる。


「アリゼシア王女をですか……」


 寒さの極限という事で列の皆を歓迎している間に父に書状の内容を聞いてみたが、父の予想通りアリゼシアを村で預かってもらえないかという勅令という名の嘆願状だった。

 ベベレジア側としては負けた事もあり、王家の不満だった王女を外に出せて一定の小康状態は保っている。

 逆にこちらとしては勝って賠償金を得たとしても死んだ人間が生き返る事は無い。

 ベベレジアに、より苛烈な対応をという声も上がっているようだ。

 と言うのも。


「支援を陛下は考えていらっしゃるからね」


 今回を奇貨とし、賠償金を出してくる事に対して余裕を見せるという名目で食料を下賜するつもりらしい。

 これはベベレジア側の食糧事情を安定させると共に、こちらに対する心証を良くさせる狙いがあるらしい。


「ここで王女が問題になってくる」


 世の中、不満を持っている人間というのはどこでもいるもので。

 この弱腰とも見える外交政策を嫌って、アリゼシアを利用しようとしている勢力があるらしい。

 害すれば戦争が再開される。

 それが成らなくても、そういう雰囲気を感じ取って気鬱にさせる、またはあらぬ疑いをかける。

 そういう動きを察知したので、対処して欲しいそうだ。


「まぁ、予想通りだったよ。当たって欲しくは無かったけどね」


 父の言葉に、私はなんともいえない表情を浮かべてしまった。


 勅使は去り、雪が消え始める頃だった。

 陽光は温かく照らし、林の中には少し気の早い獲物達がわらわらと春の芽吹きを探し回る頃。


 私は火熨斗の開発の最終段階に立っていた。


「あつさがきまったの!!」


「あぁ。この辺りまでだな。熱を通し過ぎるより、通さない方がまだましだ。それに炭の需要が減る時期だしな」


 青銅の熱伝導なんてかっちりと覚えていないし、手作業で精度を出し切るのは無理なので、安全稼働を前提とした。

 少々の事は運用でカバーしてもらうという事で、初期作品が完成となった。

 これからは年中通して炭の需要が出来ると、にっこりしているとヴェーチィーが迎えに来た。


「そろそろよ」


 それに合わせ、量産の手配を頼んだ私は、ヴェーチィーと共に、村の外れまで向かう。

 既に父と母は立っており、村人達も準備が終わっているようだ。


 暫くすると、村人の騒めきと共に小さな影が見えてくる。

 蟻の行列を思わせる長い列は、壮麗な拵えで作られた馬車の列だった。


 その主賓である女の子が、馬車から降りて、ててーっとこちらに向かってくる。


「また来たよ」


 笑顔で告げる少女に、私達も笑顔を浮かべ答える。


「おかえり、アリゼシア。ようこそ我が家へ」


 こうして家族がまた一人増えた。


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