第117話 侵攻に対する王都の方針
「暦の編纂の目途が立ったのでな。一時帰還の許可を陛下より頂いた」
暑い平原でもなんだからという事で、さくっと家まで進んでもらい無事親子の再会と相成った。
祖父は暦事業に行ったんの区切りがついたので、収穫時期までは村に滞在出来るという事だった。インテリお爺ちゃんらしい理知的な光が浮かんだ眼差しで、父と母を見つめ話している姿を見ていると胸が温かくなる。
「あらあら。ティンの子供の頃にそっくり。はじめましてね」
温かい光を灯しながら抱き上げてくれるのは祖母だ。はじめましてと頭を下げて頬に手を伸ばすと、嬉しそうに微笑みを浮かべる。
「ふふ。大きくなったのね。書状では聞いていたけど、本当、大きくなって……」
そう言いながら、ぎゅっと抱きしめられる。
一通り挨拶が済むと、ヴェーチーがおずおずと扉から顔を見せる。すると、祖父母が臣下の礼を取ろうとするがあわあわと彼女が起こしにいく。
「ふむ……。あの悪戯姫が立派になられて」
祖父の言葉に、顔を真っ赤にして恥ずかしがっていたのは内緒だ。どうも、過去の話は黒歴史になってしまったらしい。
「ベベレジアの侵攻か。噂は王都でも聞いとる」
白湯を傾けながら、祖父が父と真剣な表情で語り合う。
「どうも一昨年、去年と収穫が悪かったようだな。その分を南方に求めての行動だろうというのが結論だな」
領土というより、収奪が目的と。
「備蓄も尽きる頃だろう。今年の収穫が悪ければ、本格的な侵攻となろうな」
そんな景気の悪い言葉で暗い話は終わった。
「ふむ。三歳の子供とは思えんな……」
知識層の祖父が今までの成果物の確認を始めると、呆れのように独り言つ。木板に書かれた図面一つ取っても、真剣に眺めている。
「マギーラ様の祝福か。慈悲深き主神。我らの暮らしを思ってか……のう」
村の帳簿を確認し、嘆息とも安堵とも取れない息を漏らしながら少し困ったように微笑みかけてくれた。
「のう、ティーダ。我が孫よ」
一通り村の運営状態の確認が終わると、祖父が私を連れて庭に出た。どうも二人きりで話したいようなのでてちてちと家の裏側の木陰に進む。
「はい」
「どのような先を見据えておろうか?」
三歳児に未来を問うというのも中々に飛んでいるが、これまでの数々を見てきた後には十分に答える知識があるとみているんだろうなと。
「パパとママ。おじいちゃんとおばあちゃん、それにむらのひとがしあわせにくらせるようになったらうれしいの」
微笑み、そう告げると、瞑目し数瞬。祖父が大きく頷く。
「陛下はディーを王都に招くつもりなのだが……」
それは直参という扱いではなく、直臣として国の運営に参画しろという事なのだろうか。そうなると、村の運営からは離れる事となる。
「ティーダが、マギーラの導きが否というのであれば、それも定められた先なのだろうな……」
「くにをとますのもいろいろあるの。かこいこむだけがさくじゃないの」
私が告げると、一瞬目を見開いた祖父が破顔する。
「そうだな。王都ばかりが国ではない。裾野を広げてこその盤石。陛下には儂が話しておく。出来れば戻りたいが……。まぁ、ディーもおるのでな。この村は安泰だろう。儂は陛下を支える事にしよう」
そう告げると、にこやかに抱き上げてくれた。
その夜、王軍の接待という事で女衆はおおわらわとなった。人数が人数だ。兵卒の対応はセーファ達に任せるとしても士官級の人間だけでもとんでもない。急いで備蓄から肉を出したり、漁師に相談して新鮮な魚を仕入れたり、新規開拓用に余剰生産していた燻製をかき集め、村中から泥を吐かせていたウナギを集めて、何とか宴の準備が整った。
サプライズは分かるけど、出来れば先触れくらいは欲しかったなと、おちゃめな国王にびびびっと恨みの念を送っておいた。
「うむ。王都のウナギも美味いが、やはりここのものが格別。噂通りだな」
輜重部隊の指揮官よりお褒めの言葉を賜り、無事宴が進んでいく。王軍の方もベベレジアの大規模侵攻を見越して、現在再編及び慣熟作業中のようだ。今回の輜重行はその延長らしい。
僅かに残っていた蒸留酒を隠し玉に、さっさと酔い潰して、家族の団欒を優先する事にした。
遅くまで語り合っていた夜。微かな物音で目が覚めた私は、母が部屋に戻ってきたのに気付く。その雰囲気はいつものおおらかな母に加え、解放されたような、少しだけ穏やかなものを纏っていた。そっと抱きしめられるのに合わせて、頬を擦りつけると母もうにうにと頬を合わせてくる。
「ふふ。元気そうで本当に良かった……」
安心したように囁くと、疲れが出たのかすとんと力を失い、そのまま寝入る。私は布を母にかけ、ふわと欠伸を一つ。明日からは再蒸留かなと思いながら、母のお腹の辺りに潜り込み、目を閉じた。




