第113話 蒸留器騒動の始まり
「何でぇ、この奇妙な物は……」
ヴェーチィーと一緒にてちてちと鍜治場に向かって、虎おっさんに木板を渡すと素っ頓狂な声が上がった。木板の上には長い筒と水筒がくっついた奇妙な器具の絵が描かれている。
「くすりをつくるどうぐなの」
私がそう告げると、納得半分の半信半疑な表情になったが、取り敢えず型を作るところからやってもらえる事になった。薬に関しては迷信の部分も多岐に渡っているので、少々奇妙な道具をお願いしても納得してもらえるのがありがたい。
「あれは何をするための道具なの?」
そのまま、また村のお嬢さん達と一緒に野草狩りに出かけると、ヴェーチィーが思い出したように問うてくる。
「ふむぅ……」
説明が難しい。蒸留器と言っても理解はされないだろう。
「きれいになるくすりをつくるどうぐなの」
そう告げると、喜色満面となりそれからは何も聞かなくなったので、美容はちょろいなと思った。
春は足早に過ぎていく。戦争の準備は父とセーファに任せて、私は村の人と一緒に食料事情の改善に邁進していた。忙しい中、熊おっさんが機織り機を順次作り上げてくれたので、粉挽き要員の女性の手が機織りの方に移行した。ちなみに、ウェルシのお母さんが先生役だ。本人はお母さんの助手役として頑張ってくれている。
で、一時的に生産量が落ちた布も、二週間ほどで機織り機の使い方に習熟したお母さん方の手によって以前に比べ大幅に凌駕する結果となった。
こうなると、布を外部に売る事が出来るようになったので、外貨が手に入る。そのお金で長期保管が可能な食料を仕入れるように父から指示してもらっている。
村自体は鹿対策のために、基本的に柵か塀に囲まれた構造になっている。最低限の籠城は可能なので食料の備蓄さえあれば、戦禍に晒されても維持は可能だ。
外貨を獲得した際に出た税は高床式の穀倉の建築に設備投資する事にした。ネコ科の動物が穀物を食べる生き物を狩ってくれるが、湿気対策も含めて根本的に作り替える事にした。
建築に関しては交易に忙しいお父さん連中の手を煩わせられないので、兵の手を借りた。いつの間にか立派な工兵として生まれ変わったなと感慨深い。将来的には攻城兵器などを現地で生産する事も可能だろう。
また、建築資材の狩り出しに若手の男手を使ったところ、そこにお金が上手く回り、内需が拡大した。まぁ、拡大したのはあぶく銭を手に入れた男の子達がこれを機会にと、結婚を申し込んだため、女性陣の結婚資金が動いたからだが。
「なんだか、せいきょうなの」
春ももう終わり、日差しが温かいから暑いに変わり始めた頃。家の玄関から顔を出して村を見渡すと、一昔前よりも雑多というか、勢いがあるというか、建物が建ち過ぎな感じを受ける。
「ふふ。ティーダが頑張ったからよ」
改めて自分のした事に呆れていると、母が抱っこしてくれて、なお高い所から見渡させてくれる。
「もう、ディーと同じくらい働いているのに、野草まで採りに行って。大丈夫なのかしら」
ちょっと心配を浮かべた母の横顔にぷにゅっと頬を押し付けて、うりうりする。
「なるべくしょくりょうはだいじにするの。とれたてをたべるのがおいしいの!!」
そんな感じでコミュニケーションを取りつつ、ヴェーチィーと一緒にいってきますと家を出る。
食料事情の改善はこの季節の変わり目ほどの時間でじりじりと結果が出始めている。穀倉は少しずつ満たされているし、交易の金額も鰻上りになっている。
「でも、あと半年くらいか……。何とかしないとな」
そんな中でも進む、戦争に対する準備。村を出てすぐの広場には、兵達が今日も訓練を行っている。
無理をさせているなと思いながら、こくんと静かに一礼しそっと呟くと、ヴェーチィーがくてんと首を傾げる。
「何か言った?」
「なんでもないの!!」
今日も食料事情改善のために、森にてちてちと野草狩りに精を出そう。
「あぁ、出来たぞ」
野草狩りの帰りに、そろそろかなと思って虎おっさんの鍜治場に顔を出すと、嬉しそうにひょいっと蒸留器を出してくる。
「おぉぉ、すごいの!! おぉぉ、きちんとようせつされてる!!」
少々いびつではあるが、蒸留器の要件は満たしたものが目の前に存在している。鋳型で作るのかなと思っていたが、曲げと溶接で作ったようだ。思った以上に薄くて軽い。
「曲げの部分は経験があんまりないからな。そんな円状に作る機会もねぇしな」
「これからきかいがたくさんうまれるの」
私がそう告げると、怪訝な表情が返ってくるが織り込み済みだ。溶接しての管が生産可能なら、次はポンプへの移行が出来る。技術向上の一環でお願いした蒸留器だったが、嬉しい誤算が存在した。
流石に私とヴェーチーで持ち帰られる重さではなかったので、お弟子さんがえっちらおっちら家まで運んでくれた。
「なんだい、これ?」
キッチンの隅にでーんと置かれた奇妙な器具を見た瞬間、父も母も胡乱な表情を向けてきた。
「きれいになるくすりをつくるどうぐなの。あと、あたらしいおさけもつくれるの!!」
私の言葉に、父と母とヴェーチィーの瞳がきゅぴーんと射るように輝いた。




