第112話 春の野草とちりりと鳴るもの
てちてちと歩くラーシーと一緒に庭に出ると、玄関の方でヴェーチィーが同年代の女の子達と話をしているのが見えた。最近、家から出て積極的に会話なんかに果敢にチャレンジしているなと思ったら、お友達が出来たようだ。
うんうんと成長を見守っていると、連れ立ってどこかに行こうとしているので、ててーっと近づいてみる。
「おねえちゃんたちはどこにいくの?」
その問いに、農家のエレンシーがにこやかに答えてくれる。
「あら、ティーダ。春になったでしょ? 野草を摘みに行こうかと思っているの」
そろそろ農作業も耕耘作業に入って、どちらかと言えば男性側の作業が増えてきたので、女性はここぞとばかりに食料調達に勤しむらしい。
「ぼくもついていっていい? いろいろべんきょうしたいんだ」
どうも、帯刀を許されて農作業に出られない男の子達も護衛で付いてくるらしい。こういうところで格好良いところを見せておかないと将来のお嫁さんはゲット出来ないので、士気も高い。そういう意味では安心かなと思っていたら、人手が欲しかったのか、良いという返事を貰えたので、一緒に川辺まで行く事にした。
行く事にしたのだが……。
「その子達の面倒はティーダに任せるね」
エレンシーがにこやかなまま指さす先を眺めると、ひしっと何かの妖怪のように二人の人影が服の裾を掴んでいる。
「おもちろいことするき!!」
「いっちょにいくの!!」
という訳で、幼馴染ーズとそのお母さんも一緒に歌いながら、川辺を目指す事にした。
ちなみに、この歌う事にも意味があって、野生動物に人間が近づいている事を知らせるのだそうだ。
熊とかは見たことが無いが、シカやイノシシなんかに関しては効果がある。ただ、時期を間違うと逆に興奮しちゃうので年長の人に任せた方が良いらしい。今の時期は子育ての真っ最中なので、表に出てこないし、出てきても歌を聞いて、去っていくみたいだ。
プール代わりに使っている川辺ではなく、森に近い川辺に向かって歩いていると、森の方からイィィ、ウィィみたいな高い鳴き声が聞こえてきた。
「あら、表まで出てきているの」
ジェシのお母さんが呟くと、ひょこっと木陰から小さな鹿の顔が覗く。歌声に誘われたのか、偶々なのかは分からないが、円らな瞳に好奇心をいっぱいに湛えて、じっとこちらを見つめてくる。
「ふぉぉぉぉ!!」
「かぁいぃの!!」
ふらふらと幼馴染ーズがてちてち近づこうとするのを、がしっとお母さん方が掴んで止める。
「駄目よ。母鹿は怖いのよ?」
そう告げると、高い笛のような声が響く。小鹿がきょろきょろと辺りを見回すと、のそっと大きな鹿が現れて、こちらを睥睨する。若干息が荒く、一触即発な雰囲気を感じたが、お母さん方が皆を連れてじりじりと見つめたまま下がると、小鹿と一緒に森の奥に消えていく。
「もう、この子達は」
慣れていない二人が、お母さん達に顔を挟まれて、反省を即されている。野生動物にみだりに近づかない。お母さん方の強い視線で間違いなく心に刻んだ。
そのまま川辺に出た私達は年長の子達と組んで野草を探す事にした。私は日本でも見かけたツクシやフキを見つけて大喜びで摘んでいく。この世界でも食べられる野草として認識されているようで年長のレーヤルちゃんも太鼓判を押してくれた。
「でも、食べられるってよく知っていたね?」
「ママにおしえてもらったの!!」
そんな会話をしながら、色々と摘んでいくと、川と森の間にひょこりと見覚えのある葉を発見した。
「ふぉ!!」
素っ頓狂な声を上げながら手を伸ばすと、レーヤルが首を振る。
「それ、苦いよ?」
「うん、だいじょうぶ!!」
そう聞くと、やはり想像通りだったのだろう。ドクダミの葉の若い部分を摘んで大事に仕舞う。レーヤルは怪訝な顔をしていたが、これは重要だ。
そんな感じで、皆で収穫を持ち寄り分配する。幼馴染ーズに関しては早々に飽きて遊んでいたようだが、お母さん方が八面六臂に集めていたので、問題ない。色々トレードしていったが、ドクダミは人気が無いため、誰も手を出さない。
そんな感じで、ホクホクしながら家路に就く。
「あのね……。ありがとう」
村に入って、家に向かって歩いていると、ヴェーチィーがそっと呟いてくる。
「ふえ?」
首を傾げると、後ろからぎゅっと抱き着いてくる。
「心配してくれたんだよね?」
その言葉に、ぽんぽんと腕を叩く。
「おいしいものをたべたかったの!!」
私がそう言うと、笑いながら解放してくれた。
「あらあら。たくさん摘んできたわね」
キッチンで戦利品をどちゃっと出すと、母がにこにこと褒めてくれる。むにゅっと抱きしめられ、私とヴェーチィーの顔でサンドイッチ状態で、むにゅむにゅ顔を押し付けられる。
少しだけ恥ずかしそうなヴェーチィーと押し返す私。暫く抱擁が続き、解放される。
「どう料理しようかしら……」
母の言葉に、しゅぴっと手を上げる。
「たべたいものがあるの!!」
そう、私は揚げ物に飢えておる。
「ラードで良いのよね? 本当に大丈夫かしら?」
母に深めの鍋に、油をちょっと多めに張ってもらう。流石になみなみと使うにはもったいないので、心持ちひたひたになる程度だ。火をつけ、ちりりと鳴り始めたら、そこに薄衣を付けた野草達を投入する。
ぴちぴちと油が跳ねると、ひゃっとヴェーチィーが逃げる。母は大丈夫と告げながら、ゆったりと油をかき混ぜながら、くっつかないように調整してくれる。
「ふぉ、これくらいでいいの!! そこにおくの」
試験で作ってみたザルの上に、揚がった野草の天ぷら達がぽてぽてと置かれていく。
「あついうちがおいしいの!!」
私がそんな事を言っていると、がちゃりと丁度良く玄関からの音が響いた。
「パパかえってきたの!!」
という訳で、夕飯となった。
「ふむ。油で野草を焼いたのかい? 美味しいのかな?」
王都でも揚げる文化は見ていないので、この国で初めての触感だろう。父が匙で掬ったツクシのかき揚げに塩を振りかけて、ざくりと頬張る。
「むっ!?」
一瞬目を白黒させたかと思うと、そのままざくざくと面白そうに咀嚼して、嚥下する。
「どう、かしら?」
母も初めての事で自信が無いのか、ちょっと気弱に確認する。
「この歯ごたえがまず面白いよ。それに野草なんて、苦いよね? 油で焼いたからかな、甘い感じがする。それに、この表の固いのも美味しいよ。これもお酒が飲みたくなるね」
父が匙で衣をかつかつ叩きながら言うと、そそくさとお酒を取りに席を立つ。酒宴が続いていたので、母に言っても持ってきてくれないと分かっているのだろう。
それを見た私達は急いで自分の分を確保し始める。父がお酒を飲み始めると、際限なく食べられてしまう。
「あら、本当。この触感は気持ち良いわ……」
「お肉が入っていないのに、イノシシの香りもする……。そのせいなのかな、甘いね」
二人も絶賛しながら、ナンもどきのパンと一緒に食べて、スープを楽しんでいる。
私もと、さくりとフキの天ぷらを噛み締める。さくりと軽い感触とは裏腹に、新鮮なラードが熱せられたトンカツとかを彷彿とさせる甘い香りがまず口の中に広がる。頭が甘いのかなと認識した瞬間、フキの瑞々しい水分とえごみが口に広がり、混乱の中、食材が混ざり合い妙味を作り上げる。えごみは油と衣の甘さで中和され、フキそのものの香りがどこまでも鼻腔の中を貫き、ふぅと吐き出した息にすら、青い爽やかな香りが宿る。それでいて、塩味を纏った衣は確かな満足感と頭の芯に訴えてくる甘味をもたらしてくれる。 甘さから苦み、そして塩味。万化する味は、次を、その次をと訴えかけ、匙を伸ばす手が止まらない。
そんな訳で、家族四人がころころと食べ過ぎで動けなくなる状態まで宴は続いた。
「これは、辛いね……」
父が苦笑を浮かべながら、胃の辺りをさする。慣れない油でちょっともたれているのだろう。
「ママ、おねがいします」
私がそう告げると、母がキッチンに向かってくれる。暫くすると、厚手の杯から湯気を立てながら、お盆を持ってきてくれる。
父がくんくんと嗅ぐと、びくっと頭が後ろに下がる。
「えらく苦そうな匂いだな」
「ドクダミのおちゃなの。あぶらものでもたれたときにいいの」
私がそう告げると、父が半信半疑の表情でくぴっと口に含み、眉根を寄せる。
「苦いな……」
「がまんなの」
そう告げて、家族でくぴくぴとドクダミ茶を飲んでいく。
「あ、腹が動き出した」
暫くすると、父が胃を押さえながら、満足げに告げると、そっと頭を撫でてくれる。
「ドクダミはえらいの。けしょうすいとかもできるの!!」
私がそう告げると、ひょいっと母に頭を掴まれる。
「また、奇麗なの?」
「きれいに、なるの」
私が告げると、母がにこやかにほほ笑む。ふと見ると、ヴェーチィーもちょっと期待顔だ。
そんな三者三葉の様子を見て、父が笑い始めると、皆もうつったかのように笑いが木霊し始める。
春の夜は、そんな長閑で温かく過ぎていった。




