第111話 畑の拡張と人員増強
それから数日してキャディーナ達はより西側の牧草地帯に向かって旅立っていった。そのまま進むと砂漠になるのだが、その手前辺りが平地でよい牧草が生い茂っており馬の成長にもってこいなのらしい。
落ち着くと、良いお客様として村に溶け込んでいた人間達が、移動するのだ。
旅立ちとなると騒動が付き物で、村の若い男女が育んだ淡い恋とかの話もあったのだが。
「いやぁぁぁ!! もっとあそぶぅぅぅぅ!! いかないでぇぇぇぇ!!」
子供達の順応性は凄まじく、もう村の一員のような顔をして一緒に遊んでいたのだ。双方共に友達と思っているので、別れとなると、少々激しい。
「また、今度来るからね。少しの別れだから」
お母さん方が取りなそうとしているが、本能的に長い別れになるのを察知しているのか、地面にごろごろ転がってまで嫌がっている子もいる。
「さみちいの……。」
「おわかえ?」
フェリルとジェシも仲良くなった女の子と涙ながらに、お別れの挨拶をしている。
「ほこりたかきゆうぼくのたみのぜんとに、しゅくふくがありますように」
私はキャディーナ達の子供のリーダー役のセティという男の子とお別れをする。この子も四つになって馬を譲ってもらったばかりで、何かと話が合ったのだ。
「ありがとう。こんどはおれのいしでここまでくるさ」
ちょっと勇ましい感じの子だが、根はやさしい。女の子にも優しいので結構もてていた。きっと子供時代に出会う事はもう無いだろうけど、それでもいつかまた出会える。いつかが無ければ、自分の足でここまで来る。そんな眩しいばかりの意思表示が、少しばかり面映ゆい。
という事で、セティ達が説得して、スンスン泣きながらも、母親達にしがみ付いて馬に乗り込んでいく子供達。村の人間総出で見送った。
「気が抜けちゃったわね」
母が部屋の片づけをしながらぽつりと呟く。それを手伝っていたヴェーチィーも頷く。
「いそがしかったの。こどものおせわに、しょくじのじゅんび、うまのおせわ。めがまわったの」
私がそう告げると、二人が噴き出すように笑う。
「そうね。ティーダは頑張っていたわね」
そう言って、くしくしと頭を撫でてくれるので、目を細めて頷く。
「あぁ。よく頑張っていた。という訳で、目途が立ったよ」
そんな会話を聞いていたのか、父が羊皮紙を片手に部屋に入ってくる。
「めど?」
「畑の拡張の件だよ。揚水用の井戸の試作も完了した。実際に水が揚がるのは確認出来たから、製造の了解は出したよ」
「ふぉ。のうさぎょうがんばるの!!」
父の言葉にふんすと意気込むと、ポンポンと頭を叩くように撫でられる。
「そこは大丈夫。セーファが張り切っている。戦争の可能性があるから、体を作りたいって言っているからね」
兵が拡張した畑に関して、世話は村の人が行う事になっている。収穫の内、税を引いた分の何割かを兵に渡す形で間借りする契約だ。兵の人も開墾くらいは出来るが、世話をしている暇はないので、win-winの関係なのだろう。
「でも、かくちょうするとなると、ひとがたりないの」
現在、村の人間で農業を営んでいる人間にも、限りはある。開墾や耕耘を兵に任せても、どこかで手が足りなくなる。
「それも織り込んでいるよ。王都に農家募集の旨の使いを出したから。種蒔きまでには新しい人が来る筈だよ」
父がそう言うと、母が目を丸くすると、感極まったのか、ふぃっとしゃがみ込む。
「大丈夫?」
ヴェーチィーが駆け寄ると、母が何度か頷く。
「ティーダのお陰でお金は回るようになったけどね。定住する身としては、人員の拡張こそ喜ばしい。さぁ、また家の建築から何からで忙しくなるよ」
父の力強い言葉に、母が何度も何度も頷いていたのが印象的だった。
「ふぉぉ、ひとふえゆの!!」
「おんなのこいゆかな……」
幼馴染ーズに人が増えるかもと伝えると、爆発的に子供達に、そしてお母さん達に広まった。うん、本当に回覧板いらずだ。リアル井戸端会議の拡散力は舐めてはいけない。
「あそびあいてがふえるといいね」
私が告げると、二人が眩しいほどの笑顔で頷く。
「でも、およめしゃんはわたちたちなの!!」
そこは譲れないのかと、けぶる春の空を見上げながら、苦笑を浮かべてしまった。




