第108話 宴もたけなわ
「これは!! 交易品を口にする事はあるが、現地の物はまた格別だな」
キャディーナの親戚と思しき男性が燻製の川魚に舌鼓を打つ。
「なんのなんの。この白身の魚のぷりぷりとした脂。それにほろりと崩れる歯応え、これこそ至極」
「いやいや。この長細い肉を食べてみよ。ぱつりと弾けた後の肉汁。溢れ出んばかりに張りつめたこの緊張。美しい」
別の男性がフォークで刺しているのは、最近試験的に作り始めた鹿の腸詰め、ソーセージの燻製だ。まだ強度や日持ち期間などが分からないため、外には出していない。ただ、腸や腹肉も使えるようになるので、出来れば商品化したいと考えている。
「いやはや。豊かなものよの。ディーが入ったばかりの頃など、貧しいにも程があったが……」
キャディーナの言葉に父が頷く。
「土を食み、泥を飲むような日々であった。しかし、皆の力で今では豊かになった」
酒杯を干しながら、父が誇らしく告げる。遊牧の民にとって、土着の民の心情は理解しかねるらしい。それでも、古くから知る人間の成功は嬉しいらしく、前半は朗らかな時間が続く。
「しかし、ベベレジアの民め。古来よりあの地は我らの遊牧地。それを占拠するばかりか、攻撃を仕掛けてくるとは……」
「うむ。あれは生粋の軍も混じっていよう。盗み働きに国が関与するなど、恥を知らぬ者共よ」
酒が入り始めると、剣呑な一面を見せ始める。北の国ベベレジアの盗賊に襲撃されたらしいのだが、どうも軍崩れないし軍人が襲撃者に混じっていたらしい。
「しかし、大事無くて幸いだった」
父の述べる通り、死者は出ておらず、負傷者も時間はかかるが全快が可能な範囲の怪我だった。
「雄々しき勇者達の敢闘よ。一つ間違えれば総崩れであった」
キャディーナも眉を顰めながら、杯を干す。
ちなみに、この手の宴会を主宰するのは、誉れらしい。訪問者の一次情報を直接受けられるというメリットもあるので、贅を尽くす。個人的には知らない人間にあんまりお金をかけるのは好きでは無いのだが、情報を手に入れづらいこの生活において、訪問者の歓待というのは情報を得る重要な機会となる。
「最近、北の方では賊の跳梁が話題となっていたが……。国が絡むか……」
父の言葉に、男達が頷く。
「何ケ所かの村を巡ったが、どこも疲弊しておったな。このように豊かな村ばかりでは無いのでな」
男達の語る内容を吟味しながら父が情報収集に明け暮れる中、私はそっと母に手を引かれ、席を立つ。ここからは大人の男の時間らしい。
「うわぁ、かわいい」
「こっち、くるの!!」
ラーシーがてちてちきょろきょろする度に、歓声が上がる。女部屋の方でも宴会というかお茶会が繰り広げられている。子供達は一角に集められつまらなそうだったので、ラーシーを連れてくると、女の子達が食いついた。
「ふぉぉ、あーだー」
てちてち歩くラーシーの後ろを、楽しそうにはいはいする子供が追いかける。広い空間をはいはい出来るのが新鮮なのか、上機嫌で這いまわっている。
「あの人が……」
そんな中で何人か不安そうにしている女性が周りに慰められている。怪我をした男性の身内らしい。母も容体を説明しながら、少しでも安心するように尽力している。
私はこの村の子供達を魅了した玩具を取り出し、母に負担をかけないように子供達の面倒を見る事にした。
「ふぇぇ、ちゃかれたー」
ぱたんと部屋に転がったのは、日も落ちて大分経ってからだ。お開きとなり、キャディーナの皆が眠りに就いたところで解放されたが、子供には大分酷な時間になっている。
「ふふ、頑張ったわね、ティーダ。えらいえらい」
んーっと頬を擦り付けてくる母に、すりすりとする。後ろで羨ましそうに眺めているヴェーチィーの頭をなでなでする。ヴェーチーも裏方として、調理のお手伝いをしていたのだ。
「いいか?」
父の声と共に、戸が引かれる。部屋に入ってきた父がやや疲れた調子で座り込む。
「結論から言うと、ベベレジア側が侵攻を計画しているようだ」
いつにない、真剣な表情の父の一言に、ごくりと喉が動く。
「これから春蒔きの時期というのに、これだけ活発に動くのは威力偵察だろう。本命は夏終わり頃と周囲は見ている。国王陛下にもご報告せねばならない」
その言葉に、母とヴェーチーが不安そうに見つめ合う。
戦争。自分ではどうにも出来ない事態を前に、どれだけ被害を減らすために動けるか。頭の中でシミュレーションを開始する事にした。




