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第107話 宴席の準備

 庭を眺めると子供達がころんころんと縦横無尽に転がっている。お母さん方も微笑みながら、その愛らしい姿を見物している。

 一歳か二歳くらいの子供が羨ましそうにほぅっという感じで前のめりになるがぱたりと倒れて泣き出したりしているのをお母さんがあやしていたりするが、概ね平和だ。

 気付くと、教えてもいないのに後転を始めている子供がいたりと、中々興味深い。


「馬と一緒の時は集中しなさいと言った」


 父の言葉に、前を向き直る。ベティアはちょっと拗ねた感じだったが、そっと横顔に触れて撫でていると、目が細まる。ふふ、ちょっと嫉妬深いところも可愛い。


 村から離れ、草原の方に出ると一気に視界が広がる。春を迎え、草花は萌え盛る。冬の間は荒涼としていた大地がふかふかの絨毯のように広がっている。


「さあ、練習を始めようか。一巡りしてきなさい」


 父の言葉に頷き、私は鐙を踏み、ベティアに跨る。


 鐙に関しては、父から鐙に慣れるように言われた。鐙無しの馬に乗る事を強いられると思ったが、父は否定的だった。


「折角、馬の負担が軽減するのだ。それに新しい装備には早めに慣れておいて損はない」


 父の合理性には頭が下がる思いだ。そのお蔭で補助も無く馬に跨れるのはありがたいし、無駄に内股を真っ赤にする必要も無いのが嬉しい。


 父は私の様子を伺いながら、遠く遥か彼方を視野に入れている。忙しい父が朝から私の面倒を見てくれているのにも訳がある。


 春を迎え、遊牧の民達が宿営地を離れ、牧草地へと移動し始めるのだ。



 遊牧の民の価値観は定住の民の価値観とは異なる。良い人悪い人は勿論存在するのだが、根本の価値観がかけ離れていると言う事を前提にしなければ、正しい交流は出来ない。


 その中の一つに、力がある方が併呑するべきだという部分は、王国がどれ程に指示をしても治らない部分だろう。ただこれにも意味があって、弱い勢力を吸収合併し、強い勢力がそれを庇護しながら全体の成長を促すという側面もある。

 ただ、略奪の言い訳にする輩というのも存在するので、注意をするに越した事は無い。

 そのため、父は朝から監視兼挨拶のために、村から離れて見回りを兼ねて私を教えてくれている。

 文官が増えたからこそなので、私も感慨深い。


「大分姿勢は整ってきたね。じゃあ、少し駆けてみなさい」


 父の言葉に、とんっと腹に足を当てると、ベティアがててっとリズムを変える。上下の振動が鋭くなり、視界が狭まる。それと比例するように当たる風も鋭くなり、どこか心から沸き立つような感情が沸々と煮えてくる。人間のどこかにあるスピード欲のようなものが刺激され、楽しくなってくる。


「こら、ティーダ。酔ってる。周りをよく見なさい!!」


 あっさりと父にばれたので、上体を起こし、周りを見るように努める。馬上の景色は本当に美しい。過ぎ去る姿にかけがえのない美を感じる。

 そんな視界の端に、影が微かに映る。私は馬首を巡らし、影に相対させる。


「パパ、おきゃくさまなの!!」


 私の鋭い叫びに、父が鋭い掛け声と共に、接近しながら遠くを眺める。


「あぁ、北のキャデーナだね。買い物だろう」


 遠く胡麻よりも小さな旗を確認したのか、父が安心させるように告げる。

 練習はここまで、私は父と一緒に村に戻った。


 川辺で父と一緒にベティアの汗を流していると、セーファが駆けてくる。


「ディー!! キャディーナんところが来たが、ちょっとまずい。大分気が立っている」


 父の話では、かなり北の方に宿営地を構えた大きな団体と聞いている。父も首を傾げる。


「気が立っている? 原因は?」


「移動中に襲われたようなんだが、被害が出たようだ。買い物ついでに少しの間、怪我人の保護を求めている」


「分かった。老母様に連絡。薬師を用意してもらえ。キャディーナは執務施設に誘導してくれ」


 父の言葉に、セーファが踵を返して、駆けていく。


「さて……。温厚なキャディーナが気が立っているとは……まずいね」


 父が苦笑を浮かべながら、私の頭を安心させるように撫でてくれた。



「レフェショ!! いや、今はレフェショヴェーダか。久しいな、直接会うのは四年ぶりか」


 恰幅の良い白髪が混じり始めたくらいの歳。五十半ばくらいの男性が大らかに告げるのに、父が首肯する。


「久しいな。王の覚えめでたく、レフェショヴェーダを頂いた」


「堅苦しいのは相変わらずか。しかし、小さかった村が驚くほどに豊かになった。村を巡る柵も、目で追えぬ程ではないか」


「村の人々の弛まぬ努力のお陰だ」


 そんな感じで、明るい話の応酬が続く。私は母と一緒に、にこにこと微笑んでいる。ヴェーチィーはちょっと説明し辛いので、家で待機中だ。


「ティンも壮健そうだな。その子が?」


「えぇ、息子のティーダです」


 キャディーナの言葉に、私はにじり出て、頭を下げる。


「はじめまして。レフェショヴェーダ、ディーがこ、ティーダです。みっつになりました」


「おぉ、三つとは思えぬ挨拶。賢い子だな。儂はキャディーナ。一族を率いておる。良しなにな」


 にこやかに微笑みながらの挨拶に、こくりと頭を振ると、人懐っこい目でこちらを眺める。


「ふふ。顔はティンに似たか。だが、目の光はディーだな。良い後継ぎにならねばな。努力せよ」


 そう告げると、関心を失ったのか、父との話に戻る。私は母と共に席を離れ、宴席の準備に向かう。



「少しやつれたわ……。何かあったのかしら……」


 台所で母が少し思わし気な表情で呟く。悪い知らせでなければ良いがと思いながら、皿をうんしょうんしょと運ぶ事にした。



「では、友がキャディーナの訪問に幸いあれ。春の恵みが、草原を渡る風のように、数え切れぬ喜びをもたらさん事を」


 父の言葉を皮切りに、宴会が始まった。

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