第106話 体操と運動の始まり
人前でキスをするのは憚られる文化ではある。大の大人が公衆の面前でやったら破廉恥なと言われかねない事象だ。
ただ、可愛らしい子供の行為にまでとやかく言われる訳では無い。なので、ノーカウントだ。
「ふぉぉ。ティーダ、ちゅきー」
取り敢えず、引き離されたジェシは落ち着くまで抱っこされたままあやされていたが、興奮して疲れたのかすとんと眠ってしまった。
家に帰ってから、頭を触って簪が無い事に気付いて大喧嘩したらしい。ジェシのお母さんには手順を教えていたので、事なきを得た。
フェリルはお冠だったが、経験上、来年の誕生日には同じものがもらえるだろうと、今からわくわくしている。だが、その計算だと、ジェシも新しいものがもらえる筈なのだが、その辺りが可愛らしい。
次の日、外で遊んでいると、ててーっとジェシが接近してくる。
「ふへへ。みちぇみちぇ」
くるりと振り向きながら、ちらっちらっと後頭部を指さす。そこには昨日と同じくまとめ髪が揺れている。
「かわいいね。おかあさん?」
「うん。えへへ」
にこにことしたジェシがそっと寄り添ってくると、淑やかな調子で、そっと腕を掴んで、絡めて、そのまま座り込む。後は延々と、囁き続けている。余程に気に入ったのだろうと、頭を撫でておく。
と、悪寒にも似た視線を感じて振り返ると、そこには般若のような形相を浮かべたフェリル。
つかつかつかと近付いてくると、ふんっと気合を入れて振り返る。
そこには櫛が朝日を浴びてぬるりと輝きを帯びている。
「か……かわいいね、フェリル。」
私が咄嗟に囁くと、機嫌を直したようにどかっと逆サイドに座り込むと、むじりっと腕を取られ、そのまま絡められる。
母やお母さん方はあらあらなんて言っているが、そんなに平和な光景ではない。全く身動きが取れない。遊べない。助けてー。その日は結局夕方になるまで解放されなかった。変な姿勢でずっと座っていたので、筋肉痛になってしまった。
「ふぉ、なにちてるの?」
「あちょび?」
私が準備運動をしていると、幼馴染ーズがてちてちと接近してくる。
「じゅんびうんどうだよ」
「うんどー?」
くてんと首を傾げる二人に、動作を教えていく。
遠方への視察は父に止められている。これは、最低限自分の身を守れなければ、誰かと一緒に探索に向かっても足を引っ張るだけだという判断からだ。四歳になったら剣も教えてもらえるらしい。なので、基礎体力作りをそろそろ始めようかと思う。子供の体であまり無理な運動を繰り返すと、成長を逆に阻害する。筋力トレーニングを続けていると、歪に成長する。なので、柔軟性や持続性、俊敏性に寄る運動を開始しようかと思う。これなら、遊びながらでも出来るだろう。
芝生の上で、三人が集まって新しい事をしていると、わらわらと子供達が集まってくる。ストレッチくらいなら良いかと、皆に教えていく。
「ふぉぉぉぉ。まがやない……」
「あち、ひらかない!!」
「いちゃい!!」
伏臥上体反らしや屈伸くらいなら問題無かったが、開脚前屈や腹筋などになると、流石に脱落者が出てくる。痛くて辛いと学んだのか、早々に子供達が散っていく。
「うんどーすゆ」
「たのちみ」
幼馴染ーズは一緒に遊ぼうと気合を入れているのか、全てクリアして横に立っている。
私は取り敢えずの運動として、芝生の上で前回りを見せてみる。こけた時や落下した時に、体重移動や受け身は重要なファクターになる。前回りはそのエッセンスが動作の中に多く含まれている。機敏に、美しく前回りが出来るのは結構重要なのだ。
「ふぉ!! ころん!!」
「ころころ!!」
二人が驚きの表情で固まっているが、補助をして実際に転がって見ると、その表情は一点、きらきら輝くものに変わった。
「ふぉぉぉぉ、ころんすゆー!!」
「ころころしちゃい!!」
次も、次もとせがまれて、頑張って補助を続ける。暫くやっていると、コツを掴んだのか、二人共一人で出来るようになったので、そこら中でころんころん転がっている。私は補助だけで筋肉痛になりそうだ。
そんな感じで、皆から離れて、ころんころんと自由に転がる三人だった。
そんな楽しそうな姿を見て、やりたがらない子供がいる訳が無い。結局、補助を手伝わされて、その夜には腕の筋肉痛に悩まされる羽目になった。
「ウェイトトレーニングと変わらないな……」
とほほと思いながら、湯たんぽを付けながら揉み解してから、次の日に備えて目を閉じる事にした。久々の運動からか、目を閉じると、すぅっと深い眠りに落ちていく。
あぁ、幸せだな。そう思いながら、意識を失った。




