第103話 馬のいる生活
「ふぉぉぉ……」
父にぽてっと馬に乗せられ、ベティアを引いて帰ってきたら、早速村外れでベティアの慣らしが始まる。環境の変化に敏感なので、人の気配がしながらも自由に遊ぶ事が出来る場所で少し緩和させるようだ。
「かわいいの……」
父の馬の後をかつかつと追いかけるベティア。そのしなやかなお腹部分がチャーミングでうっとりする。
「こぉら。可愛がってばかりもいれないよ」
ぺふっと頭に父の手が乗る。
「耳を見なさい。前に向いている時とくるくる激しく動かしている時があるのは分かるかい?」
父の馬の後を追いかける時はきちんと耳がぴんと立って前を向いている。でも、足元の草を食べる時は耳がくるくる落ち着かない。
「あいっ!!」
「一緒に歩いて戻ってきた事によって、同族には少し慣れて心を許しているけど、環境の変化に恐れを抱いて不安を感じている。状況をもっとよく知りたいっていう思いの表れだよ」
父が指さす通り、ある程度父の馬が離れると、急いで近くに寄り添いに行く。でも、父の馬はちょっと鬱陶しそうだ。
「少しずつでも良い。馬の気持ちを感じ取れるようになるんだ。そうしたらきっと馬は答えてくれる」
そんな感じで父から馬講座を聞いていると、夕暮れが迫ってくる。そろそろ落ち着いたかと手綱を握って村に戻る。父は私を信用して手綱を預けてくれた。あまり力で引っ張らないように誘導に徹しながら村に帰る。
「まぁ、凛々しいわね。小さいけど、賢そうな目。良い子ね」
母が手慣れた様子で首筋から、耳の後ろをかしかしと掻くとゆったりとふるふる首を振るう。
「本当。ふふ、少しティーダに似ているかも」
ヴェーチィーも微笑みながら母の後ろで様子を伺う。
家の厩舎は元々お客様の分も考えて大きく作られている。勿論、ベティア用の馬房も用意した。寝ワラも新しいふかふかなのを用意してある。
その厩舎前で家族にご対面となった。ベティアもちょっとおどおどしながらも匂いを確認し、状況が落ち着くと耳としっぽが自然と穏やかな動きになる。
「今日は暖かかったし、汗もかいているから洗ってあげよう。ティーダは見ているかい?」
「ううん。やってみる」
いつもは川に出て洗っているのだが、今日は遅いという事で皆で水を汲んで水浴びをさせる。私は母に抱っこされながら、カシュカシュとブラシで毛を漉いていく。
「ふ……ふぅぅん……ぶふぅ……ぅん」
首元を梳いていると、ベティアが高く嘶いたと思うとくいっと頭を向けて、濡れた鼻をべちゃっとくっつけてくる。
「ふぉ、くすぐったい」
私がはしっと顔を掴むと、目を細くして、ふすふすと鼻息を荒げる。
「はは、ご機嫌だな」
父の言葉に家族皆が笑う。後は良く絞った布で水気をふき取ると、さっぱりした表情のベティアが生まれる。馬房につなぎ水桶と飼い葉を用意する。
「新しい産業が生まれて麦の育成に集中出来るようになって、収穫も上がった。今年は兵達の開墾分もある……」
父が遠くを望むように呟く。
「来年はもっと多くの馬を養う事も出来るだろう。それはティーダのお陰だ。ありがとう」
その呟きに、私はこくりと頷いた。
「ふぉぉ、うまー!!」
「しゅごいの、まだみっちゅなのに!!」
次の日嬉しくなって馬の話をすると、フェリルとジェシが食いついてきた。見たい見たいと聞かないので、母に付き添ってもらってベティアの様子を見に行く。
「しずかにね」
私が告げると、幼馴染ーズがこくりと頷きながら、喉を動かす。家の厩舎にも入れてもらえないので、初めてらしい。母の先導の元、ベティアの馬房の前に立つ。
「ふぉぉ、ちっちゃぁ……」
「かあいい……」
小声ながらも感動の声が漏れる。二人はお互いの手を握りしめながら、少し上気した表情で、陶然とベティアを眺める。ぶふっと鼻息を出して、くりっくりっと耳を動かすベティア。小さな闖入者にちょっと戸惑っているようだ。母が安心させるように撫でながら、フェリルとジェシを呼ぶ。
「そっと手を出して。ゆっくりね。怖くないから」
母の言葉に、幼馴染ーズが恐れ恐れという感じで、小さな手を伸ばす。くんくんとそれを嗅いだベティアがべろっと舐めると、ひゃあっと二人が後退る。ぶふふっと鼻息を吹かすベティアの目は細まり、少し悪戯が成功した悪ガキみたいな顔になっている。
「さぁ、触れてみて。優しくね」
母の言葉に、少し慣れた調子で手を伸ばす二人。顔の辺りを撫でさすると、くすぐったそうにベティアがふるふると首を振る。
「ふぉぉぉ、ぬくいの!!」
「かたーのに、やわいの!!」
厩舎を出た幼馴染ーズは手を洗うと大興奮で捲し立て始める。きっと自分の家の厩舎にも突撃するんだろうなと思っていると、母が笑顔で頷く。きっとお母さん方に報告してくれるのだろう。
姦しい幼馴染の話を聞きながら、これからの生活を思い描いてみた。その中にはもう、ちゃんとベティアも存在していた。あぁ、楽しみだな。そう思いながら私は、くいっと唇の端を上げてみた。




